つけたよー
俺は焦っていた。
恐らくこの先、ミラちゃんは俺を自分の物にしないだろうと察していた。
彼女はちょっと優しすぎる。
こんな良い防具は自分にはもったいない、そう考えているからだ。
では装備しない防具の行き先はどこかと言えば、もちろん売り飛ばすしかないだろう。
仲間に譲るという選択肢もあるけど、俺はどちらかと言えば術士に向いている防具だ。
理由は簡単。ゆったりとして、ひらひらしているから。
これだと前衛のディアナとノットだと戦闘中に引っかけて動きを阻害してしまうし、後衛とはいえ弓を扱うレインも俊敏さを損なうので却下だろう。実際に彼女たちの装備は意識して動きやすさを追求している。
これで残ったミラちゃんまで辞退するなら、俺はどこかの誰かの手に渡るはずだ。
もしも、その相手がおっさんだったりしたら……憤死しちゃうかな。
だからこそ落ち着ける場所に移動したら、その時こそ念話でコミュニケーションを取ろうと決めていた。
優しいからこそ、俺の事情を打ち明ければ親身になって協力してくれるはず。
はず、だった。
疲れ切ったミラちゃんたちはダンジョンを出ると、真っ先に宿へと駆け込んだ。
今日のところはゆっくり休み、ギルドは明日行こう、とのことだ。
俺としてもゆっくり話す時間ができるのはありがたいと思った。
でも話しかけるタイミングを見計らっていたのがマズかった。
彼女は宿の一室に入ると、まず最初に予備の着替えを手に取り、あっさり俺をベッドの上へと丁寧に畳んで置いたのだった。
そして現在に至るまで俺を装備していない。一度も。
完全にチャンスを逃した。
あれから壁に掛けられた俺はミラちゃんのあれこれを眺めつつ必死に念話が伝わらないかと頑張ってはみたが、やはり装備してくれないことには無駄だった。
やがて太陽が昇りきると、早速とばかりにギルドへと赴く彼女たち四人。
ディアナは大きな袋を担ぎ、ミラちゃんは俺を抱きかかえている。
運命の時が近付いていた。
ああああ、もうギルドが目の前に……!
さいごまで、あきらめるなー。じぶんのかんかくを、しんじろー
俺の感覚……ミラちゃんのお胸しか感じられない!
役に立つのか立たないのかわからない神様のアドバイスを受けて俺はどうにか心を鎮める。
柔らかい感覚を信じることで落ち着けたようだ。ありがとう神様。
いいってことよー。
そうだな。ここまで来たら足掻いても仕方ない。
どの道、抵抗もできないのだから。
あとは鑑定で低い評価が受けられることを祈るばかりであろう。
すっかり賢者の気分でいると、いつの間にかギルド内に入っていたようだ。
ギルドのロビーは酒場のような造りをしており、まだ朝も早いからか人気は少ない。隅っこの席で何やら怪しげに会話している二人組がいるくらいか。
なんて観察していたら受付カウンターの奥からお姉さんが飛び出してきた。
「みんな無事だったのね! 良かった!」
「うぐっ、とりあえず落ち着け! ……その言い方だと何かあったみたいだな」
思いきり抱き付かれたノットが押し退けながら応対する。
しかしギルドの受付が美人のお姉さんってのはお約束なのだろうか?
おっさんより、いいでしょー?
誰だってそう思う。俺もそう思う。
「あなたたちがダンジョンに潜ってすぐにモンスターの分布に変動が起きた可能性がある、って情報が入ったのよ。それに厄介なのが目撃されたウワサもあったから心配で……」
「それはアサライムのことか?」
「知ってるってことは……」
「ああ」
ノットは受付お姉さんにダンジョンでの出来事を話した。
暗殺スライムの奇襲、悪魔の出現、そしてミラちゃんの受けた災難。
「アサライムの確認と、新種と思われるモンスターについての報告は以上だ。ミラがかかった装備破壊の罠に関しては、まあ普通はかからないからな」
「あ、あの時はすみませんでした……」
どうやらミラちゃんの服が大変なことになっていたのは罠にかかったせいらしい。それもノットが発見済みだったのにドジって踏み抜いたとか。
ただの装備破壊で、本人にのみ効果が及ぶものだったのが不幸中の幸いか。足手まといの称号は伊達じゃない。
ドジっ子の称号が付いていないのが不思議なくらいだな。
つけようかー。
やめたげてよお!
「それも新しく出現した罠ってことね。報告ありがとう。まだまだ帰還した人が少なくて情報不足なのよ」
「そうなるとダンジョンにはしばらく行かない方がいいか」
ん、どうしてだ?
きけん、だからかなー。
彼女たちの冒険者としてのランクは中級といったところで、その程度の冒険者たちはギルドで必要な情報を揃え、しっかりと準備を整えてからダンジョンへ挑むという。
つまり未知のダンジョンへ挑むのは上級とされる冒険者だけだそうだ。
これも命を第一に考え、利益より安全を優先しているが故だとか。
「残念だけど、そうなっちゃうよね」
「仕方ない」
「…………」
賛同したのはディアナとレインだ。
ミラちゃんだけは思い詰めた表情で黙っていたのが少し気になったけど今は置いておこう。
「じゃあ、鑑定を頼もっか」
そう言ってディアナは背負っていた袋をカウンターにどさりと乗せる。
開いた口からは赤や青、緑といった様々な色の石が転がり出た。
「これが今回の収穫だよ。これだけ魔石があればしばらく食べていけるし、ちょうど良かったかもね」
魔石?
だんじょんで、とれる、いしだよー。
ほー、これが売れるのか?
みたいだねー。
大きさは拳大ほどの物から、指でつまめる程度とまちまちで、形も不揃いだ。一見すると宝石のようにも思えるが、どれも暗い光を宿していてお世辞にも綺麗とは言えない。
「これで全部ね?」
「あ、それともう一つあってだな……ミラ」
「はい」
呼ばれたミラちゃんは俺を優しくカウンターへと乗せてくれた。
「ダンジョンで見つけた物だ」
「これって防具かしら? いったいどこで?」
「たしか15階層だったか……転移陣を探していたら代わりにな」
「そう考えると、私たちって運が良かったのかもね!」
ダンジョンには一定の階層毎に地上へと帰還できる転移陣があるという。
罠にかかったミラちゃんを安全な場所に残して先に進んでいたのはそれを探していたからだとか。
結局、転移陣は見つからず、これ以上の探索は危険だと判断して引き返した際に俺が入った宝箱を発見したようだ。
そういえば、あの箱って宝箱だったんだな。
ていばん、だよねー。
やっぱり俺みたいな珍しいアイテムが入ってるもんなの?
うーん、よくわからないかなー。
おや、神様でもわからないの?
たんとうが、ちがうよー。
担当って……それは詳しく聞いておきたいね。
「じゃあ、これも一緒に鑑定ね」
「どれくらいかかる?」
「今ヒマだから、すぐ終わらせるわよ。ちょっと待ってねー」
神様に気を取られているとお姉さんは俺に手をかざし、何かを呟いていた、
え、まって、この人が鑑定するの? というか今ここで?
覚悟はしていたものの、あまりに急過ぎてうろたえてしまった。
それも束の間で、すぐにお姉さんは信じられないといった様子で俺を優しく掴みあげて、決定的な言葉を告げる。
「こ、これインテリジェンス・アイテムよ!?」
ギルド内の空気が変わったように感じられた。
先にあれこれと話しこんでいる内に、他の冒険者たちが姿を見せ始めていたのだが、今のはその全員に聞こえるほどの音量だったわけで……。
想像よりお姉さんの反応がでかいのも気になる。
ちょっとレアな装備だとは予想していたんだけど、やばいのかな?
はなす、けんとか、ぼうぐとか、かーなーりー、つよくて、めずらしいねー。
マジかー。
「やはり意思持ちだったか」
「ノットは知ってたの?」
「というより、ミラの話を聞いてそうじゃないかとな」
あー、あの時に感付かれてたのかー。
「過去にも意思を持った剣や盾、他にも宝珠といったアイテムが世に出た例もある。そして、それらはいずれも手にした者に栄光をもたらしたと聞く。私も、実際に見るのはこれが初めてだがな」
彼女はこういうアイテムの説明になると饒舌になる気がするね。ちょっと目がキラキラっと輝いているし。
しかし、そこまで評価が高いとは予想外だったな。こうなったらミラちゃんも俺を装備するとは言いださないだろう。次の装備者は幼女、いや少女……せめて女であってくれないかな。
俺は半ば諦めて成り行きを見守ることにした。
「ということは、これを売ったら……?」
「売りに出された記録はいくつかあるが、最低でも城をひとつ買えるらしいな」
「じゃあ売ろうよ!」
「ダメです!」
もし顔があったら有り金をすべて失った表情をしていたであろう心境で静観していたのだが、ここで待ったの声がかかる。
いったい誰が、と見ればミラちゃんだった。
その結果、身内どころかギルド内のほぼ全員の注目を集めてしまい、さっきまでの威勢の良さとは打って変わって狼狽しては怯んでいる。
「あ、う……」
勢いに任せて言ってしまったんだろうな。
まともに声を出すことも難しくなってしまったようだ。
「ノット。急ぐ必要は、無い」
助け船を出したのは今日初めて話しているのを聞いたレインだ。
彼女はお姉さんから俺を受け取ると、そっとミラちゃんへ差し出す。
「それに、これはもうミラの物。判断はミラがする」
「レインさん……」
「たしかにレインの言う通り、だな」
「ごめんねミラ。私も、ちょっと先走ったかも」
「い、いえ、私のほうこそ急に大声を出してしまって……」
……えーっと、これはどういう状況なんだ?
てっきりミラちゃんは俺を装備する気なんてないんだと思ってた。
しかし実際は俺を売るのに反対して、みんなも無理強いはしないと……。
あれ、もしかして上手いこと話が進んでるんじゃないか?
おーいえー。
どうやら神は俺を見放さなかったようだ。
「少しよろしいですかな?」
ほっと一息ついていると、そんな男の声が聞こえた。
たしか隅っこにいた奴じゃないか?
また一波乱ありそうな予感がして嫌になる。