昔の話ですよ!
対魔獣城塞都市イル・ブラインハイド。
名前が長い、他に同様の都市は少ないという理由から、ほとんどの人たちから単に城塞都市と呼ばれる。
そんな街の外壁からは、常に専任の監視兵が四方へ目を光らせていた。
彼らは城塞都市の領主に雇われている正規の衛兵であり、冒険者とは立場も役割も大きく異なる。
冒険者たちは主に魔獣を狩ることで生計を立てているが、衛兵の仕事は都市を守ることにあった。通常の衛兵ならば、人間同士の争いにも介入すると考えれば違いは一目瞭然だ。
とはいえ、やはり重要視されているのは魔獣への備えか。
都市の外壁は魔の森が存在する南方面だけ特に分厚く、高く設計してあった。
その上、壁と同じ材質による石造りの小部屋が、壁上部にいくつも設けられており、隙間のないしっかりとした屋根は冷たい雨風も通さず任務に集中できた。
非常時には小部屋内から操作可能な大魔弩『ミーティア』も配備されている。
これは皇帝国が新開発した、一般的に魔導兵器と呼ばれるものだ。
耀気機関によって大槍を射出する仕掛けで、射程範囲と連射性能こそ低いものの、凄まじい速度で放たれた槍は目標を確実に射抜くのである。
さらには仕掛けられた耀気由来の炸薬による爆破で、着弾地点から半径6メートルまで深刻なダメージを与える殺傷性を誇っていた。
そういった設備からも、どれだけ魔獣対策に力を注いでいるか窺えるだろう。
太陽が城塞都市を照らし出す頃。
いつものように監視部屋では交代の引き継ぎを行われていた。
ただでさえ見通しが悪い夜間は、睡魔に打ち勝てる精神力と集中力も必要とするため特に優秀な者が努めている。
だからといって日中の担当が劣っているはずもなく、互いに熟練の兵だ。
「……異常なし、と。報告は以上だ」
「了解しました。お疲れ様です」
引き継ぎ業務も慣れたもので、本日の仕事を終えた衛兵はほっと息を吐く。
他の監視部屋でも、同じようなやり取りが交わされていることだろう。
変わり映えのしない日々だが、それこそ彼らの求める平穏だ。
長く続けていると多少は退屈に感じてしまうものでも、魔獣による被害を年に数回ほど目にすることで、皮肉にも彼らの気を引き締める役割を担っていた。
もちろん、何事もなければそれが一番だが。
交代した監視兵はいつも通りに魔の森へと鋭い眼差しを向ける。
今日もまた、何事もなく過ごせるように願いながら。
すべてが同じ、平穏な一日が始まる……はずだった。
その瞬間までは。
状況は俺だけではなく、ノブナーガとネイリィも把握していたようだ。
表情を強張らせ、なにかを探るように一点を見つめて黙り込んでいる。
たぶん二人も【察知】と似たようなスキルでも持っているのだろう。
もっとも俺だって詳細まではわからない。
ただ、間違いなく尋常ではない異変が起きている、と確信していた。
「すぐにみんなを起こそう。ナミツネ!」
いつからいたのか、ナミツネが小屋の陰からスッと現れた。
きっと話のジャマをしないよう、そして用があれば即座に出られるよう控えていたのだろう。
「では私は騎士たちを。お嬢様方はどうされますか?」
「ミリアたちのことは任せなさい」
「お手数おかけします」
言い終えるとナミツネは騎士たちの小屋へ赴き、ネイリィもミリアちゃんたちの小屋へと急いだ。
まあ緊急とはいえ、みんなが寝ている小屋に男を入れたくないからね。その辺はナミツネも弁えていたので心配はいらなかった。
本来ならカノン辺りの仕事だろうけど今回ばかりは仕方ない。
「ノブナーガ、もしかして先ほどの話は……」
「すべてかどうかは判断できないが、おおよそ当たりと見ていいだろうな」
やはり同じ意見か。
予想通りなら、魔の森から魔獣が溢れ出ている。
そう表現するのも【察知】による反応は、まさに器から溢れるようにして次々と数を増やしているからだ。
そして移動する方向には……。
「恐らく魔の森から大量の魔獣が飛び出し、城塞都市へ向かっているのでしょう」
「……そこまで感じ取れるのか」
ちょっとびっくり、みたいな顔で見られた。
どうやらノブナーガのスキルは俺の【察知】ほど精度が良くないみたいだ。
「では、街からは距離もあるこの森ならば安全ということか?」
「少なくとも、現時点で魔獣がこちらへ向かう様子はありませんね」
「そうか……ここにはオーガたちもいるな」
なにやら考え込んでいるのでジャマしないよう静かに待つ。
頭脳担当がいるなら、わざわざ俺が口出しする必要はないからね。
そういう面倒事はできる限り任せたいものだ。
「おぉーい、お前ら大丈夫かぁ!?」
せっかく人が気を遣っているのに誰だ。
大声の呼び掛けに振り返ると、それは泉で出会ったオーガたちではないか。
ノブナーガも思考を中断させて突然の来客に驚く。
「おっと、私は言葉が通じないんだ。ネイリィを呼んで来よう」
「あ、いえ、それには及びませんよ」
忘れかけていたけど、普通はオーガと会話できないんだったな。
しかしネイリィを呼ぶとは、やっぱり彼女なら話せるのかな?
などと気になっている間にも巨体の鬼は、どすん、どすん、と大地を踏み鳴らしながら近寄って、俺たちの前で立ち止まった。
「なにか、ご用でしょうか?」
「ついさっき、多くの危険を感じて、お前たちが心配になって来た」
「オーガも魔獣の気配に気付いていたのですか」
「魔獣……これは、魔獣なのか?」
こちらも精度は良くなさそうだ。
ともあれ、心配して様子を見に来てくれたのだから邪険にしては悪い。
「わざわざ、ありがとうございます。今のところ魔獣たちはこちらへ向かう様子はないので心配いりませんよ。そちらも混乱してはいませんか?」
「念のため、戦えない者は、避難させた。お前たちはどうする?」
避難。そうするのが一番だろうけど。
ひとまず翻訳するとしよう。
「彼らも異常を察して、仲間を避難させたそうです。それで私たちはどうするのかと聞いています」
「本当にオーガと話せるのか。しかし普通の言葉を話しているようにしか聞こえなかったのは……おっと、それどころじゃないな」
その辺は俺も説明できないので触れないで貰えると助かるね。
「クロシュさん、なにかあったんですか?」
「いったい何事で……うぉっ」
ミリアちゃんたちと、護衛騎士の面々も集まりだした。
騎士たちは寝起きでオーガを見たせいか僅かに身構えてしまったのに対し、ミリアちゃんたちが普通に受け入れていたのが対照的だ。
子供は柔軟性があるからね。
ちなみに髪が整えられて寝癖もないのは、きっとネイリィのおかげだろう。
「まず現状について整理しよう」
そう言ってノブナーガはみんなにもわかるように説明を始めた。魔獣の大群が城塞都市に向かっており、それが何者かの陰謀である可能性が高いことを。
「魔獣……もふもふさんが言っていたのは、このことだったんですね」
ミリアちゃんも理解したようだ。
名前が違う気もするけど似たようなものだろう。
「そこで、我々がどうするのかだが……」
なぜか言い淀むノブナーガ。
てっきり俺は、城塞都市の救援に向かうものだと予想していたけど。
違うのか?
「あー……私は皇帝国の侯爵として義務がある。そうでなくとも城塞都市の民を見捨てることはできないと考えている。特にあそこを任せている奴は付き合いも長くて友人だ。ぜひ手助けしてやりたいと思う部分もあってだな……うむ」
どうも様子がおかしい。
同じように訝しむミリアちゃんが尋ねた。
「お父様、どうかしたのですか?」
「……ミリア。私は侯爵である前に、お前の父だ。もう二度と悲しませたり、危険な目には遭わせないと決心したばかりなんだ。だというのに……」
「アナタ、らしくないわよ」
今度はネイリィも口を開く。
「いつもなら即断即決するところでしょう?」
「い、いや、これでも私は反省しているんだぞ。それに今回は君まで巻き込んでしまったからな」
「それこそ、いつものことでしょ?」
「……たしかに。いや、だがな」
納得しかけたノブナーガだけど、踏み止まった。
なるほど。つまり救援には向かいたいけど、また想定外の事態に巻き込まれでもして、その結果ミリアちゃんを再び悲しませないかが不安なようだ。
この現状が、オーガ退治に出向いた己自身が発端だから無理もない。
俺としては、優先すべきはミリアちゃんである。
例え城塞都市が滅び、国が潰え、幾千幾万の命が失われようとも、俺はミリアちゃんたちを護れるなら構わないのだ。
もし俺に選択権を委ねられたら、迷わずみんなで遠くに避難することを選ぶ。
でも、この場でそれを持っているのは俺ではなかった。
だから余計な口出しはせず、成り行きを見守ることにする。
すべてを決めるのは……ミリアちゃんだ。
「私からも言わせてください。今のお父様は、いつものお父様らしくありません」
「ミリア……」
「いつまでも子供じゃないんですから、わかっています。お父様はこれまで多くの人を守るために尽力して来たのだと。今回だって危険なオーガの報告を聞いて、強い自分なら犠牲を出さずに解決できると考えたから出向いたのでしょう?」
実際のところ、ノブナーガを【鑑定】すると。
【ノブナーガ・グレン・エルドハート】
レベル:127
クラス:狂戦鬼
ランク:☆☆☆☆☆(ミスリル)
○能力値
HP:3600/3600
MP:200/200
攻撃力:B
防御力:C
魔法力:D
魔防力:D
思考力:C
加速力:C
運命力:C
○スキル
EXランク
【竜体化】
Aランク
【武術・上級】【無念夢想】【精神異常無効】
Bランク
【気功】【闘気】【覇気】
Cランク
【異常耐性・毒痺眠】【心眼】【気配探知】
○称号
【貴族の子】【侯爵子息】【武闘家】【戦士】【剣士】【不撓不屈】
【戦場の覇者】【英雄】【狂戦鬼】【侯爵】【親バカ】
実はオーガどころかラエちゃんよりも強かった。
これ魔法陣がなかったら、割と余裕で勝てていたんじゃないかな?
戦いに絶対の自信を持っているのも素直に頷けた。
ところで気になる『EXランク』という奇妙なスキルだが。
【竜体化】
一時的に竜の力をその身に宿す降臨術。発動には触媒を必要とする。
人あらざる力は精神を蝕み、やがて心を失う。
具体的にどうなるのかは不明だけど、なにやら危険な匂いがプンプンだ。
まあスキルについては本人が一番理解しているから心配いらないか。
おっと、それより会話に集中しよう。
「たしかに、ちょっと怒ったり悲しくなったりしますけど、だからといって私は誰かを守ろうとするお父様の足を引っ張りたくないんです。私なら大丈夫ですから、だからお父様はいつものように前だけを見て進んでください」
毅然とした態度で言い切ったミリアちゃんは、それはもう立派なものだった。
この歳で親の仕事に理解があるとは、実に将来が楽しみでもあり、末恐ろしくもある。叶うなら成長しないまま成長して欲しい。
「……ネイリィ、あんなに甘えん坊だったミリアが成長したな」
「ええ、付き添いがいないと夜中にトイレも行けないミリアは大人になったのよ」
「い、いきなり、なにを言い出すんですか!? 昔の話ですよ!」
その昔とは、きっとつい最近なんだろうな。
とはいえ誰にでも恥ずかしい過去はあるものだ。
咄嗟に聞こえなかった風に装ってみたけど無駄に終わり、すでにミリアちゃんは慌てふためいて突然の暴露を止めに飛びかかっていた。
「ふふっ、冗談よ。あなたが取られそうだから、ちょっと嫉妬したの」
言いながらネイリィは優しく抱き締め、ミリアちゃんは捕獲されてしまった。
その一瞬、アイスブルーの瞳がこちらに向けられた気がした。
次の瞬間にはジタバタと、もがく娘に戻っていたので気のせいか。
「さて、アナタ。ここまで娘に言われて黙っている気なの?」
「わかっているとも。おかげで決心がついた」
どこか憂いの影が差していた顔はさっぱりとしていた。
もはや迷いはないということか。
「諸君、私はこれより城塞都市へ救援に向かうつもりだ。幸いこの森は安全のように思えるが、万が一を考慮して戦えない者と共にすべての護衛騎士を残すこととする。おっと反論は聞かんぞ。そんな暇もない。カノン、そしてアミスちゃんとソフィーちゃんはここに残りなさい。ナミツネ、皆を頼んだぞ」
「……この身に代えましても。お館様もご武運を」
「ああ。いざとなればオーガたちに頼らせて貰うといい。さて、救援と気楽に言ってみたが私ひとりでは手が足りないだろう」
「もちろん、私は一緒に行くわよ?」
「駄目だと言っても来るのだろう。わかっているさ」
滔々と指示を出すノブナーガは、次に俺とミリアちゃんを見据える。
「最後にミリアと、そしてクロシュちゃん。二人の力を借りたい」
「それが、どういう意味か理解していますね?」
「当然だとも」
俺が戦うとは、俺を装備するミリアちゃんを戦場に出すという意味だ。
危険だと認識している戦場へ、娘を連れて行く。
先ほどの躊躇いは、この事実も含まれていたようだ。
「でしたら私よりも、ミリアの意志をお聞きしたいです」
「頼ってばかりで申し訳ありません。でもクロシュさん、もう一度私たちに力を貸してくれませんか?」
即答だった。
真正面から俺の目を見つめるミリアちゃんの黒い双眸は一点の曇りもなく、ただ瞳に映る相手を心から信じているかのようだ。
初めて出会った頃を思い出す。
あれだけ疑いの目を向けられていたというのに、ほんの一週間ほどで、ずいぶんと変わったな。
というより、こっちが本来のミリアちゃんなのだろう。
せっかくなので俺も、あの時の言葉でもって答えを返す。
「はい。私にお任せですよ。いくらでも頼ってください。それに応える力を私は持っているのですから、むしろ頼られなくなったら寂しいですよ」
わたしも、さみしい、かなー。
……ああ、幼女神様もこういう感覚で見てたってことですかね。
だとすれば、俺が悪戦苦闘している姿はとても歯痒く思えただろう。
早く頼ってくれたら、すぐに解決してあげるのに、と。
でも俺には自分の力で成し遂げたい、成長したいという気持ちも強いワケで、もしかしたら、それはミリアちゃんも同じなんじゃないか?
なかなか難しい問題だ。
ただ単に強くなれば護れると思っていたけど、そう簡単ではないらしい。
だけど、今の俺にはどうすればいいのか見当もつかない。
……いつか答えを見つけられるだろうか。
「よろしくお願いします、クロシュさん!」
「ええ、行きましょうミリア」
それから幼女神様もね。
えい、えい、おー。
ランク表記について。
「プラチナ」を「ミスリル」に変更しました。
特に深い意味はありません。




