思い違いをしていたみたいです
土産話として庭園の様子を語っていると護衛から声がかけられた。
ようやく捜索隊の拠点へ到着したらしい。
窓から覗いてみると夕暮れの中、前方に見張り用のヤグラが見え始めていた。確認できる範囲では三基あり、拠点を中心として三方向に立てられている。
魔獣対策だろう木製のしっかりとした柵は拠点の周囲をグルリと固めており、例え人間相手でも侵入を拒める安心感があった。
すぐ近くには川も流れているようで、長期滞在するのに不安はなさそうだ。
ところで、車はどこから入るのかな?
などという心配は杞憂で、数人がかりで柵の一部を動かしたら十分な広さの入口が確保された。ちゃんと考えているんだなぁ。
そのまま車が内部へ入って行くのを感心しつつ眺めていると、入口からすぐ先に屈強な男たちが、左右に一列となって並んでいるのを見つける。
恐らく歓待するため駆り出された捜索隊なのだろうが……ちょっと暑苦しい。
近付くに連れて、その感想はより強くなっていく。
それに服が汚れているし、髪も乱れ、ヒゲは生え放題で清潔感がなかった。
有り体に言ってしまえば不潔なのだ。
一応、彼らの雇い主が直々に訪れたワケだし、そうでなくとも上位貴族だから出迎えるのは当然とも言えるだろう。
だとしても、この男たちに囲まれた状況で車から降りるのは……。
いや、これまで彼らはミリアちゃんの両親を必死に探してくれていたんだ。そんな態度では失礼だろう……しかし。
表情に出さないよう悩んでいると、前の車から先にナミツネが降りて責任者らしき男と言葉を交わしていた。
やがて申し訳なさそうにしながら、こちらへ近寄って窓越しに話し始める。
「申し訳ありません。まさかこんなにも礼儀がなっていないとは思わず……」
「構いませんから、すぐに休める場所へ案内させてください」
「もちろんです」
駆け足で戻るナミツネを見送ったミリアちゃんは、こちらを気にした風に視線を送って来るのだが、その意図が掴めない。
ふと車内を見回してみれば、みんなが渋い顔をしている。
同時にどんなやり取りがされたのか車が動き出し、男たちの列を通り過ぎた。
どういうことだ?
「すみませんクロシュさん。それに皆さんも。お見苦しいところをお見せして」
なにごとかと聞く前に、ミリアちゃんの言葉でようやく理解した。
どうやら俺だけではなく、みんなも同じような思いだったようだ。
たしかに貴族を出迎えるのに、あんな汚れた格好では無礼だろうし、実際に俺も降りなくて済んだと喜んでいたりする。
これが騎士であれば礼儀を弁えて身綺麗に整えたりするのだが、捜索隊として雇われている彼らは恐らく、そういった教養のない者たちだ。
であればナミツネの事前通達にミスや確認不足があったのは否めず、その責任の所在は主であるミリアちゃんにある。
要するに、汚いものを見せて不快にさせたと、謝罪しているワケだ。
……だが。
「いいえ、彼らはあんなに汚れてしまうほどに尽力してくれているのです。それに忙しいところを、わざわざ出迎えてくれたことに感謝しなければ」
思いきって口にしてみたけど、俺が言うと偽善者だな。
だけど見た目が聖女と謳われるミラちゃんなので、説得力はあると信じよう。
これは、ミリアちゃんたちに必要なことだ。
「言われてみれば、何人か怪我をしているみたいですね。あれは捜索中に魔獣から受けたものでしょうか……私は酷く、思い違いをしていたみたいです」
「お嬢様だけではありません。私だって……」
「そ、そうですわね。彼らが努力したからこそ、この拠点もあるわけですし」
「外見だけで嫌悪感を抱いてしまうなんて、恥ずべきことなんでしょうね」
言いたいことが伝わってくれたのか、口々に反省する言葉を述べていた。
やっぱり基本的には頭の良い、優しい子たちなんだ。
ただ貴族としての価値観が時折、よくない考え方をさせてしまう。
俺も偉そうに言えるほど立派なもんじゃないけど、気付いた時には今回のように窘めるのも必要だろう。
そしてそれこそ、俺が目指す在り方のひとつなのかもしれない。
でも結局、車は移動してから降りることになった。
どう思うのかと、衛生的な問題は別だからね。
心から感謝こそすれど、不潔なものは不潔なのである。
せめて水浴びくらいはして貰いたい。川の水は使い放題なんだもの。
みんなは気が咎めているみたいだけど、長い移動で疲れていたのは事実だし、ひとまず休みましょうと俺から提案すれば誰も反対はしなかった。
ただ、後にミリアちゃんはケガ人の治療費を全額負担するよう指示を出した。
その辺りの補償がなかったというのに驚いたけど、それが常識だったのだから仕方ない。次世代を担う彼女たちの意識が変われば、きっと改善されるだろう。
ややあって案内されたのは立派な天幕のひとつだ。
途中いくつかあったものよりも一際大きく、見るからに特別仕様である。
やはりというか、ミリアちゃんたち専用に用意されたらしい。
具体的にはご令嬢方四人に加え、カノンと俺だ。やったね。
最近は自分の外見が女性であることに感謝してばかりで、なんだか男に戻ろうという気がまったく起きないのは果たして良いのか悪いのか。
仮に男だった場合を想像する。
行きはむさい騎士たちと狭い車の中で長時間も揺られ、天幕も騎士たちか捜索隊に混ざって男臭い中で寝食を共に……。
寒気立ったのでやめよう。
それと比べて。
「ここはパラダイスですね」
「どうかしましたか?」
おっと口から思念がだだ漏れしていた。
是非もない。なにせ天と地ほどの差があったのだから。
おかげでミラちゃんの姿になったのは素晴らしき幸運だと理解できた。甘んじて享受しようじゃないか。
どうせ正体は布だから、性別とか今さらだね。
少し休憩してから、拠点中央にある大きな天幕を俺たちは訪れていた。
ここは会議用に使われているようで、広いテーブルとイスがいくつも用意されていた。地図やら書状やらが散乱していたけど、それもすぐに片付けられると代わりにカノンが用意したお茶が人数分、コトリと置かれた。
さて、どうしてこんなところに集まったのかというと……。
「お疲れのところすみませんが、明日から予定を再確認しますので」
というワケで、ナミツネが進行役となって今後について話が進む。
内容は明日の朝から森に入るところから始まり、地図で埋められていない地点を目標に向かうことや、魔獣の遭遇例が多いところは避けて、まずは森に慣れるため奥地へは進まないこと、扱う道具や遭難時における行動の講習などなど。
本当にあらかじめ説明されていた話を再確認するに留まった。
伝達不足で行方不明になりました、では困るので万全を期しているのだろう。面倒ではあるけど、疎かにしてはいけないと誰もが理解して真剣に耳を傾ける。
最後に俺たちのほうから要望はないかと尋ねられたので、ちょうどいいかと俺は手をあげた。
「よろしいでしょうか」
「これはクロシュ殿、どうかされましたかな?」
「実はですね……」
そういえばナミツネには庭園のことを話してなかったと気付き、俺は車内での一件を説明する。
「ふむ、そのようなことが……」
「そこで得られた情報を、ここで話しておきたいのですが」
ナミツネは自分の一存では決められないと思ったようだが、他のみんなには先に話を通している。なのでミリアちゃんが代表して頷いた。
「わかりました。ところで、それは重要な内容ですかな?」
ちらりと入口で番をしている騎士たちに目配せをした。
「……そうですね。できれば私たちだけで内密にしておきたいです」
ひとつ頷いてから、視線で騎士たちに退室を命じた。話が終わるまで外で待つのだろうが夜は冷え込むはずだ。早めに切り上げてやるとしよう。
これで天幕にいるのは俺たちだけとなった。
「では、まず敵について判明したことからにしましょう」
俺は庭園にて出会ったルーゲインについて、ありのまま話した。
これは報告であると同時に、みんなの意見も聞く相談だ。もしかしたら俺が気付けなかった部分に、誰かが思い至るかもしれない。
でも主観が入り交じった情報はできるだけ排除しないと、俺と同じ結論に至ってしまうだろう。
だからこそ、やつの言葉はできるだけ変えずに伝えることにした。
「インテリジェンス・アイテムの国……ですか」
「作戦が成功すれば国が手に入る。その障害となっているのがお嬢様……だから執拗に狙われているのですね」
「インテリジェンス・アイテムがそのような企てをしているのも衝撃なのですが、どこかの国が加担しているというのも……」
「それというのは、つまり国がミリアを狙っているわけですの?」
「なんとも……大きな話になって来ましたな」
やはり、すぐには飲み込めないようで静まり返る。
とりあえず疑問点だけ洗いだしておこう。
「私が気になっているのは、なぜミリアが障害なのか? 作戦とはなにか? 協力している国とはどこか? ……この三点ですね。それとミリアが、というよりは当主の存在が目障りなのでしょう」
「だから先にお父様が狙われ、次は次期当主となる私ですか」
「ということはミリアではなく私かソフィー、あるいはミルフィがクロシュさんに選ばれていたら同じように……命を狙われていたのでしょうか?」
「そうなっていたしても、お姉さまが守ってくれましたわ。心配無用でしてよ」
なぜかソフィーちゃんが自信満々に答えた。当たってるけど。
その後もあれこれと意見が飛び交ったけど答えは見出せず、そして。
「ですけど逆に言えば、ミリアが無事であれば作戦を阻めるという意味ですわ」
「そうですね、ミリアをクロシュさんが守っている限りは安全でしょう」
やはり、この結論になってしまった。
判断材料が少なすぎるし、ダメで元々だったからね。
もしかしたら帝国が敵かもしれないという意見は出なかったけど、俺は敢えてなにも言わずにおく。あくまで可能性の話だ。
曖昧な情報に踊らされて足元が疎かになるよりは、確実にミリアちゃんを、みんなを護れるようにドッシリと構えておきたい。
ひとまずルーゲインの企みについてはここで打ち切りとして、次は朗報である新たな味方を紹介しよう。
その名もヴァイス。ミリアちゃんを護る白騎士である。
不安を打ち消すように、ちょっと誇張して頼れる存在として語っておく。
実際【人化】できるほどなら、少なくとも俺と同じか、それ以上のレベルはあるはずだ。期待していいと思う。
……どうせならステータスを見せて貰えば良かったな。頼めば断ったりはしないだろうし、まあ次の機会としよう。
「ヴァイスさんですか」
「ええ、といっても彼女もインテリジェンス・アイテムで……」
あ、そういえば前にアミスちゃんがなにか言ってなかったかな?
「正体はホワイトレイピアという、かつてミラが手にしていた剣なのですが」
「ホワイトレイピアですか!?」
大きく反応したのは、やっぱりアミスちゃんだった。
「まさか『白の精霊剣』がインテリジェンス・アイテムになっていたとは……」
と、ここで思い出した。
たしか聖女のお伽噺で登場する剣、ホワイトレイピアこと『白の精霊剣』に憧れていたんだったな。
行方不明になっていたとされている伝説の剣だけど、実は人の姿をして動き回っているのだから、見つかるはずもない。
だが、そのせいで迷惑をかけてしまったのだとしたら非常に申し訳ない。言わば身内の不始末だ、なにか償いが必要だろうか。
それとなく尋ねてみる。
「当時は管理者の責任として色々とあったみたいですけど、昔の話ですから……」
「であればヴァイスには、みなさんを護ることで代わりとさせましょう」
最初からそのつもりだったけどね。
「それにミリアがヴァイスと私を装備すれば、もはや敵はいません」
「……えっと、クロシュさん?」
不思議そうな顔をするミリアちゃん。
「どうしました?」
「インテリジェンス・アイテムは二つ同時に装備できませんよね?」
「……そうなのですか?」
初耳である。
慌てて久しぶりとなる【知識の書庫】で確認すると。
【回答:知恵ある道具の複数装備は魔力が反発し、効果を得られない。】
マジだった。
より具体的には、装備はできるけどステータス上昇の恩恵がなくなるようだ。
それも片方ではなく両方なので、装備していないも同然である。
スキルも本人の意志で発動するタイプは可能だけど、装備者に常時機能するタイプだと相殺されるように無効となる。
思わぬ落とし穴だけど、考えてみれば当然の話でもあった。でなければ金持ちが複数のインテリジェンス・アイテムを集めて最強になれてしまうだろう。
それほどに強力な装備だからな。
とにかく残念ではあるけど、ヴァイスとの同時装着の夢は露と消えた。
「ではアミスが装備できるよう相談してみましょう」
「良いのですか!?」
思いのほか食い付いた。
憧れていた剣だから無理もないか。
ひょっとしたらミリアだけ特別な専用装備があったのを羨ましく思っていた面もあるのかもしれないな。
そう思って見れば、ソフィーちゃんが少しだけ悲しい目をしていた。
むー、今はどうしようもないからガマンして貰うとして、いずれミルフレンスちゃんの分も揃え、みんなにインテリジェンス・アイテムを装備させようか。
彼女たちを任せられるやつが現れるかどうかが難点だな。
……さて、最後になったけど、そろそろいいかな。
もしかしたら、これが本日のメインイベントかもしれない。
気合を入れ直し、俺はミリアちゃんを正面から見据える。
「ミリア、朗報を持ち帰ると約束したのを覚えていますか?」
「今の話ではなかったのですか?」
ちょっと勘違いさせていたようだ。
「いいえ、そんなものではありませんが……」
まだちょっとだけ、俺には躊躇いがあった。
彼女の両親が無事であると打ち明けてしまった時、どうなるのか。
これまでずっと生きていると、必ず帰ってくると強く信じていたミリアちゃんだけど、様々な重圧が精神をすり減らしていたのは一目瞭然だ。
友人たちとの再会もあってか、だいぶ持ち直してはいるものの未だに緊張を抜けきれずにいる。しかしだからこそ、心配かけまいとなんでもないように振舞えているのが俺にはわかった。
気を抜けない状況こそが、心の支えとなっているワケだ。
もし、その緊張が急に解けてしまったらどうなるのか。
これは予想だけど、張り詰めた糸がプツンと切れるように、気が抜けてしまい立ち直るのに時間がかかるのでないか。
もちろん、それが安全な場所であれば存分に休んで貰っても構わないのだが、現状はいつなにが起きるかも不明な状況に加え、明日からの捜索活動もあった。
魔獣という脅威が付き纏うし、だからといってミリアちゃんだけ拠点に置いて行くというのも色々な面で心配だ。
それでも……。
この程度で体調を崩すほどヤワではないと、そう信じている面があったりする。
でなければ俺と出会う前に、彼女の心は壊れていただろう。
「落ち着いて聞いてください、ミリア」
大丈夫だ。
要は伝え方なんだ。そこに気を配れば問題ない。
「庭園には様々なインテリジェンス・アイテムが集うことは説明した通りですが、中には変わった力を持つ者もいます。例えば、人探しに長けた者など……」
「それじゃあ……」
「状況は変わりません。なぜ戻らないのか、もしかしたら大ケガをしている可能性も否定できませんし、何者かに捕えられていたり、あるいは別の理由なのかも不明です。しかしどのような理由であっても、私たちの目的は変わりません」
「…………」
俺の言葉に、ミリアちゃんは口を挟まず静かに耳を傾けていた。
「救助を待っているのであれば、なおさらです。例え今は無事でも、決して油断などせずに、できる限り早く迎えに行くべきでしょう。……私の言っている意味がわかりますか?」
「……はい」
神妙な面持ちでミリアちゃんは頷く。
「私からの話は以上です」
「ありがとうございます、クロシュさん」
言葉にできるのは、このくらいが限界だろう。
どうにか危機感だけは維持しつつ上手く話したつもりだけど、どうだろう。
いっそのこと、はっきりと告げてしまえばどれだけ楽か。もどかしく思いながらも、両親の無事は伝わっているようなので成功したと判断してよさそうだ。
盛大に祝福するのは再会の瞬間まで待って貰おう。
……ひょっとしたら、黙っていたほうが良かったのかもしれない。
早めに教えてあげたいというのも、たぶん俺の自己満足だ。
なにも報せずにいれば苦心せずとも、確実に再会できただろう。
でも、もしかしたら利口なミリアちゃんは、俺がなにを危惧しているのかまで察して感謝してくれるかもしれない。
浅ましいけど、そうあって欲しいという願望があった。
前に幼女神様から言われた通り、俺は自分が護ってあげたいだなんて勝手に考えているくらいだしな。そのくらいの欲求は許して欲しい。
なんだか、しりあすー。
俺にだって、そういう時くらいあるます。
でも、クロシュくんは、がんばってるよー。
自分でもそう思いますけど……。
どうしたー?
……庭園で会ったやつのことなんですけどね。
ルーゲインと話してから、俺は妙なイラつきを感じていた。
それは単純に敵だからと思っていたけど、違う。
あいつは俺と同じなんだ。
ただ護りたいから、誰に頼まれずとも護ろうとする。
その結果、他の誰かを犠牲にするとしても……。
つまり俺自身が敵であるやつの考え方を認めてしまっていたワケだ。
これほど腹立たしいことは、そうそうないだろう。
でも……だからといってミリアちゃん手を出すのは許さない。似たような信念を掲げていても、まったく別物であり、決して相容れないのだ。
言わばこれは、俺とルーゲインの信念をかけた戦いでもあった。
俺もまた、ミリアちゃんたちを護るためならどんな犠牲も厭わないだろう。
それこそ再び、長い眠りに就くとしても……。




