地上だよー
では早速だけどスキルを使ってみよう。
俺のHP譲渡を使って……。
【クローク】
HP:83/100
【ミラ】
HP:41/80
これを。
【クローク】
HP:44/100
【ミラ】
HP:80/80
こうじゃ。
「あれ?」
「ミラ。どうかした?」
「なんだか急に体が軽くなったような……」
いきなり回復したことに驚いているようだ。
あまりスキルを取得すると、また自分にはもったいないとか言い出しそうだけどミラちゃんの安全を考えると仕方ない。必要経費だろう。
幸いなことに異常はないと判断したのか、あまり気にしていないようだった。でもそこは警戒して欲しいかな。ミラちゃんの今後が心配だ。
譲渡で俺のHPがかなり減ってしまった影響により、今では穴に加えて細かいほつれやら何やらでボロボロになってしまっていた。あまり目立たない箇所だから気付かれてはいないようだけど、しばらく戦闘は避けたいな。
なんて考えたのがフラグだったのか。
残念ながら数分も経たない内に、再びモンスターとの戦闘に突入していた。
今はあまり攻撃を受けたくないってのに。
「てやあぁぁぁぁ!!」
「そのまま惹き付けておいてくれっ! あとは私がっ!」
「ミラ、少し下がる」
「あ、はいっ」
幸いなことにミラちゃん以外の3人が優秀なおかげで後衛の俺たちに危機が迫る場面はなかった。
さっきの暗殺スライムはイレギュラーで、普段はこんな感じなんだろう。
少女たちは次々に現れるモンスターたちを油断なく倒して行く。
おかげで俺もまたレベルが上がった。
【クローク】
レベル:4
HP:56/100
SP:4
少し回復してHPにも余裕ができたな。
これなら多少の攻撃を食らっても問題ないだろう。食らいたくないけど。
万が一にもミラちゃんがダメージを受けたら即座にHP譲渡で回復させるつもりでいたけど今のところは余裕があるし心配いらないだろう。
この隙に新しくスキルを取得しておこうかな。
しかしSPの増え方が凄いな。あっという間に全スキルを取得できそうだ。
それは、どうかなー?
え、どういうことです?
あとの、おたのしみー。
……やっぱり無駄使いはしないよう心掛けておこう。
うーん、候補としては。
【察知】(1)
敵意を察する。敵意の定義は装備者の知識に基づく。
【警報】(1)
攻撃の意思を感知すると警報が鳴る。音・振動・報せる人物を設定可能。
この二つが良さそうだけど、どちらも装備者に依存してるんだよね。
察知はミラちゃんがどの程度を敵意だと考えるかが鍵のようだし、たぶん実際の効果があるのは俺だけだから必要性は薄い。
警報はそもそも何の警報なのかを教えておかないと混乱させるだけだ。攻撃を受ける前にそんな状況を招いては逆に危険だろう。
念話であらかじめ伝えておけるなら有効だけど、先に俺のことを信用させたりで話が長引くだろうし、それならダンジョンではなく安心して落ち着ける場所が望ましい。
やっぱりこっちかな。
【防護結界・被膜】(2)
装備者の身体を包み込む結界。使用中はMPを消費する。
これなら俺の意思で必要に応じて使えてミラちゃんを護れる。
咄嗟の判断力が肝心だけど、俺はもう慢心しないと決めた。
ならば。
【スキル、防護結界・被膜を取得しました。】
これでよい。
あとは注意深く戦闘状況を観察していようじゃないか。
俺は全体を見渡すように、それぞれの戦いを見守る。
そのおかげか、真っ先に気付いた。
全身が赤黒い巨躯、二対四本の腕を持ち、大きな角に炎の如く揺らめく頭髪と骸骨の顔。
まるで悪魔のような外見のモンスターがダンジョンの奥に出現していた。それは俺たちが通って来た道……つまり背後!
やばい!
前方から押し寄せるモンスターに集中しているせいで最後尾のレインですら気付いていなかった。
悪魔は全ての手に炎を生み出すと、細く長く形成する。それはまるで四本の赤熱する槍のようだ。
次に何をするつもりなのか、俺は直感的に悟っていた。
念話でミラちゃんに教えるか?
しかし彼女が他のみんなに伝えるには遅すぎる。
だったら、せめてミラちゃんだけでも護れるように……。
「後ろだ!」
「っ!」
観察力に優れるノットが気付き、それに反応してレインは身を翻す。
同時に炎の槍が放たれた。
凄まじい勢いで飛来するそれにレインは薄緑に光る矢と、風魔法を並列して放ち、二本を迎撃した。
続いてノットが銀色に光る奇妙な短剣を投げ、命中すると一本が消滅する。
最後の一本はミラちゃんが相対するように躍り出て水魔法の盾で防ごうとした。
だが燃え盛る炎に対して明らかに小さい。
このままでは……!
後ろに下がれ!
「っ!?」
驚いたように飛び退いた瞬間、水の盾は一気に蒸発し、爆発を引き起こす。
爆風が吹き荒び、高熱を伴って少し離れたミラちゃんに襲いかかる。
させん!
すでに結界を起動させておき、薄く淡い光が全身を包み込んでいた。
ミラちゃんは訪れるであろう衝撃と痛みに耐えようと身をかがめていたが、すぐに顔を上げると未だに火傷すら負わない自分の身に何がなんだかわからないといった表情をしている。
ようやく収まった時には、先程まで戦っていた雑魚モンスターは爆風に巻き込まれたのか消滅しており、残ったのは俺たちと悪魔だけだった。
「なんなんだ、あいつは……」
「あれ。危険」
僅かにダメージを受けていたノットとレインが呻くように言う。
「あんなの見たこと無いよ! なんで上層にいるの!?」
状況を把握していなかったディアナはようやく悪魔の存在を認識して叫ぶ。
たしかに、あの悪魔は他のやつらとは格が違う。
たった一度の攻撃で、この場にいる全員が心から理解してしまった。
殺される、と。
「っ! 撤退!」
混乱から立ち直ったディアナの号令だ。
それからの行動は早かった。
ノットを先頭にミラちゃん、レインが走り、殿をディアナが受け持つ。
だが悪魔は興味を失くしたようにそれ以上の攻撃を仕掛けようとせず、最後まで追って来る気配を見せなかった。
逃走には成功したものの、あいつが追って来ないとは限らない。
四人は小休憩を挟みつつ急ぎ足で進むと、遠くに強い光が見えた。
「見えた! 出口だ!」
ノットのはしゃぐような声が聞こえた。
命が助かったのだから嬉しいに決まっているか。
かく言う俺も、さっきのは非常に疲れた。
【クローク】
HP:76/100
MP:0/13
そう、爆風から護るために使った結界でMPがあっという間に底を突いたのだ、
まさか数秒しか保てないとは思わなんだ。
結界の燃費の悪さに愕然とするが、神様に聞くとこれほどの消耗は受けた攻撃の威力によるもので、通常ならもう少しは維持できるそうだ。
ちなみにMPは自然と回復するけどリラックスした状態でなければならず、それでも回復速度は遅いという。睡眠を取ると効率が良いそうで、夜にちゃんと眠って朝になれば全回復しているとも言っていた。
どちらにせよ今日はもう使えそうにないな。
だからこそダンジョンから出られるというのは俺からしてもありがたい。
ミラちゃんの様子もさっきからおかしいので早く休ませたかった。
「ミラ。どうかした?」
レインも気になっていたようだ。
「実は……さっきのことなんですけど」
「あのヤバいモンスターのことだよね?」
「はい、私が水の盾を出したのを覚えていますか?」
「あー……あれは、あまりよくなかったな」
「ミラ。無茶はダメ」
「うぅ……ごめんなさい」
やはり他のみんなから見ても無謀だったようだ。
結果的には助かったけど、あのままだったら爆発の衝撃と熱を至近距離で受けて大惨事になっていた。
俺の結界もMPの急激な消費という弱点が露呈したため、まともに食らえば耐えられるか怪しい。実際、直撃していないのにMPが枯渇したわけだし。
「だが、よく直前で無理だと判断できたな」
「それなんですけど、声が聞こえた気がするんです」
……え?
「声って、どんな?」
「男の人みたいでした。それで、後ろに下がれって言ったような……」
「まさかー。あそこには私たちとモンスター以外は誰もいなかったでしょ?」
「それだけじゃないんです」
着ている俺をめくって、腕を見せる。
「この辺りに傷があったんですけど、気が付いたら治ってて……」
「……えーとつまり、どういうことなの?」
「私もまだなんとも言えないんですけど、この防具のおかげじゃないかと」
あれ、気付いてないと思ってたけど意外と鋭い系?
いや鑑定されたらバレることだから良いんだけど、まさかミラちゃんが自力で勘付くとはね。うっかり念話を使っちゃってたみたいだし、そのせいかな。
「傷を癒す防具というのは聞いたことがあるが、声というのは……まさか」
何か思い当たる物があったのか、ノットはにやりと笑みを浮かべる。
「ひょっとしたら、そいつは想像以上の収穫かも知れないぞ」
「よくわからないけど、とにかく休みたいよー、疲れたー」
「みんな。疲れてる」
「そ、そうですよね。変なことを言ってすみません」
「じゃあ帰るとするか」
そうして彼女たちは無事にダンジョンから帰還し、俺は初めて異世界の地上へと出ることになった。
……というか、あそこって地下だったんだね。
これで序章が終わりになります。
次回から、ようやく本格的に物語がスタートします。
あと、ほぼ勢いで書いてましたので次回からは遅れると思います。