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そして布は幼女を護る  作者: モッチー
第2章「絶対もふもふ戦線」
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まだ眠っていますね

「僕たちの噂を話しているようでしたので、挨拶するにはちょうど良いかと」


 言いながら現れたのは金髪の幼い少年だった。

 どうやら【始まりの七人】とやらのうち、三人目がご登場らしい。

 背丈はミリアちゃんと同じくらいで、外見年齢もそれくらいだろう。中身まで同じではないはずだが。

 そんな幼い見た目のせいか、一見すると少女のような顔立ちをしている。

 服装は純白の生地に金の装飾が施されたフード付きのローブで、ちょっと前に見かけた俺の偽物に似ているがあれよりは大人しめなデザインをしており、高慢さを感じさせないどころか、むしろ柔和な印象を抱かせる。

 ただ特筆すべき点として、両手だけが異様な形をしていた。

 というのもローブの袖から見え隠れするのは少年の手ではなく、まるでロボットのような鉤爪が生えていたからだ。

 恐らく、これが少年の本体なのだろう。


「お気付きの通り、これが僕の正体です」


 あまりに注目し過ぎたようだが、少年は気にした風でもなく腕を掲げた。

 全体が露わになると、黄金のガントレットが肘の辺りまで覆っているのだとわかる。華奢な肩に見合わない大きさであり、人間の頭くらいなら容易に掴んでしまえそうなほどだった。

 全体が黄金色で、関節部や手の平側が黒という配色が余計に凶悪さを際立たせているが、穏やかな笑みを浮かべる少年が気軽に操る姿は不思議と違和感がない。

 そうして眺めていると、前開きのローブが少しはだけた。

 あのハーフパンツから伸びた膝小僧……うむ、やはり少女ではなく少年だな。


「改めまして、僕は【極光伯】なんて呼ばれています」


 その極光伯さんは恥ずかしげもなく朗らかに言い放った。

 また反応に困るのが飛び出たけど、どうにか無表情で返す。


「私は……クロシュと呼んでください」

「もちろんですクロシュさん。呼び名を気にする人は多いので」


 この言い方からすると、俺が【魔導布】だと知っているみたいだ。

 たぶんクレハと同じくホワイトレイピアから聞いていたのだろう。

 じゃなきゃ、わざわざ挨拶になんて来ないだろうしな。

 だが、俺の話を遮ったのはタイミングが悪い。


「金。邪魔」


 案の定、ホワイトレイピアが鋭い視線を向けて威嚇していた。


「怒らないでください白さん。最初は待っているつもりだったんですけど、先ほどクレハさんが飛び出して行ったのが気になったもので」

「釈明、無用」

「ま、まあその辺りにしておきなさい」

「師匠のお望みのままに」


 険悪な雰囲気になりつつあったので慌てて止めたけど、ちゃんと素直に言うことを聞いてくれるようで少しホッとした。

 いきなり師匠なんて呼ばれる上に、クレハに対するあの態度で、ちょっと扱いに戸惑っていたのだが心配いらなかったかな。


「……邪魔を排除する、師匠が止めた、話を聞けない、師匠の命令……」


 なんかブツブツと呟き始めちゃった。

 この子、本当に大丈夫だよな……?

 抑えられているうちに、極光伯さんにはさっさとお引き取り願おう。


「それで、用件は挨拶だけでしょうか」

「いえ、ついでのような形になってしまい申し訳ありませんが重要なお話が」


 その真剣な表情は、後にしてくれ、と言えるような雰囲気ではなかった。

 面倒だがしょうがない。さっさと終わらせるとしよう。


「手短にして貰えると助かります」

「では簡潔に言いますが、貴女の勧誘に来ました」

「もしかして、それは……」

「すでにお聞きかもしれませんが、この庭園を作ったのは私たち、ということになっています。正式名称を考えていなかったので私は管理人を自称していますが、まあこの際、呼び方はなんでも構わないですね」


 割と重要だと思うけどね。

 じゃないと、変な称号とか付けられちゃうし。


「ともかく私たち管理人は、そちらの白さんやクレハさんを含めて全部で七名いますが、実際に庭園を作り出しているのは、とある方ひとりになります。では残りの六人はなんのためにいるのか……それは抑止力のためです」


 話を続けながら極光伯はクレハがいた席に座り込むと、俺に視線を合わせた。


「元より庭園を作り、みなさんを招待するだけなら容易だったのですが、あくまで僕の目的は和平と協力です。好き勝手に暴れる者を戒め、逆に困っている者の力となれるような、そんな場所があればと考えていました」


 まるで夢を語るような極光伯だったが、すぐに俯いて顔色を暗くする。


「ですが、実際には僕の話など誰も耳を傾けてくれませんでした。最低限のルールとして無闇な殺人、窃盗、その他の犯罪行為をやめるようにと何度も喚起しましたが……弱い僕に誰が従うものか、と」


 自分勝手に暴れて世界を乱さないように、話し合う場……。

 以前に片眼鏡からもそんな話は聞いていたが、そこまで酷いとはな。


「だから僕は力を求めました。力が無ければ誰も耳を貸しません。まずは僕自身が強くなり、次に有力な方々と交渉して味方になって貰って、そうしてようやく僕の言葉を無視できないまでに至りました」


 思えば暗黒つらぬき丸も、放っておけばどれだけの被害を撒き散らしたのか。

 あんなのが何人もいると考えれば、武力に頼る方針も間違いではないだろう。

 元より、治安組織なんて力ありきだろうし。

 だが極光伯は、逮捕といった警察のような活動はせず、あくまで目に余る行為を抑制するに留まっているようだ。

 もし完全に防ごうとすれば、捕えようとして命のやり取りにまで発展する可能性が高く、できれば死者を出したくないらしい。

 ずいぶんと甘く、面倒なことをやっている。

 そんな奴らはさっさと消してしまえばいいのに、と考えるのは乱暴すぎるか?

 俺にそういった判断はできなさそうだし、するつもりもないけど。


「だとすると抑止力はすでに十分なのでは?」


 現に彼ら七人こそが、最強であるように認識されているみたいだからな。

 俺なんかが加わったところで、大して役に立てなさそうだ。


「それと、もし彼女の条件というのが理由なら私は辞退しますが……」


 大人しく成り行きを見ているホワイトレイピアにチラリと視線を向けつつきっぱりと断るが、極光伯は首を振った。


「確かに白さんの要請もありましたが、私が貴女を勧誘するのは、それとは別に大きな理由があるからです」

「大きな理由?」


 ここからが本題です、と極光伯は前置きから入った。


「強い者に対する抑止力は僕たち七人で構いませんが、弱い者たちを救うには、もっと多くの力が必要と分かったからです」


 極光伯の話は、つまりこうだ。

 集まった七人の威光によって犯罪の抑制は成功した。

 だが、この世界には未だに転生してから誰にも拾われず、身動きもできない体のまま暗闇で助けを求めている者たちが多いらしい。

 そんな者たちを救うには、実際に行動してくれる協力者が必要なのだという。

 より具体的には、どこに転生してしまったのかの特定や、インテリジェンス・アイテムを悪用しない信頼できる装備者の確保、自立できるようにレベル上げのサポートなどなど、課題が山積みとなっているそうだ。

 だから【人化】できる俺の協力を得たいけど、別に俺だけが必要という話ではなく、すでに俺以外にも協力者を募って少しずつ数を増しているみたいだ。

 指揮系統の関係から形式上は極光伯をトップとしているけど、もし俺が加わるなら完全に独立した部隊を設立するので、部下や配下といった扱いはしないとも確約してくれた。

 ちなみにホワイトレイピアたち他の六人も似たような状態だけど、協力してくれるかどうかは、その時次第という有様だという。

 すでに抑止力という役割を担ってくれている恩もあるため、あまり強く頼めないのだろう。俺を迎え入れたい理由には、その辺りの事情もありそうだな。


 ここまで話を聞いて、俺は万年筆を思い出していた。

 あいつもまた運が悪ければ、光の差さない静寂が支配する倉庫で、今も嘆きながら助けを求め続けていただろう。

 ……他人事じゃないけどね。


「僕自身もそうでしたが、突然この世界に生まれ変わってしまって戸惑い、時には訳も分からないまま利用される……そんな人たちを救いたいんです」


 話が一段落ついたところで、極光伯は改めて勧誘の言葉を投げかける。


「どうかクロシュさんの力を貸して頂けませんか?」


 俺は瞳を閉じ、顎に手を添えて熟考する。

 率直に言えば、了承しても構わないと思い始めている。

 無論、俺にはミリアちゃんを護る役目があるし、未だに全容が掴めない敵だっているのだ。この状況で人助けに出向く余裕などなかった。

 それでも、手が空いた時くらいならば構わないのではないか。

 俺に幼女神様がいてくれたように、誰かの力になるくらいはできるはず。

 打算的なことを言えば、仲間に加わればなにかと優遇して貰えるとも聞く。この庭園に集まる情報を駆使できれば今後も役立つだろう。

 単純に損得勘定しても、得られる物は大きい。


「……わかりました」

「それでは!」


 喜色満面の顔になった極光伯。

 その目の前に俺は腕を伸ばし、指を一本立てる。


「条件としてひとつ、私が無理だと感じたり容認できない話には協力しません」

「それは当然です。協力者の自由を奪っては本末転倒ですからね」


 よし、言質は取った。ならば問題はないだろう。

 となれば、すぐにでもミリアちゃんを狙う敵について情報が欲しい。

 手掛かりとしては、あの手鏡だが……。


「早速ですが、実は近々大きな作戦を予定していまして」


 ですよね。

 そんな気はしていたというか、だから急いで仲間を集めていたんだろうなとか、ある程度の予想はしていたよ。

 やはり世界の真理は等価交換。なにかを得ようとするなら、なにかを代償としなければならないワケだ。

 とはいえ必ず協力するとも約束していないので、無理そうなら断るが……。


「……まあ、とりあえず聞くだけ聞きましょうか」

「かねてから計画していたもので、成功すれば僕たち無機生命種(イノオルガ)にとって大きな栄光を掴む第一歩となります」


 ……うん?


「いま、なんて言いましたか?」

「ひょっとして、まだ知りませんでしたか? 僕たちは物ではなく、ちゃんと生きているのだと主張するために、これまでのインテリジェンス・アイテムなどではなく無機生命種(イノオルガ)と自称しているんです」


 聞いた覚えがあるような……。


「っと、話が逸れました。実は今回の作戦が成功すれば、僕たちイノオルガの国が手に入るんです」

「はい?」

「驚くのも無理はありません。詳細は省きますが、とある国と交渉した結果なんですよ。これで装備者のいない者たちを集めて保護する場所もできますし、希望すればそのまま【人化】した後は暮らすことだってできます。利用しようと企む輩だって手が出せませんよ」


 軽く興奮した様子で語っているが、俺はそれよりも引っ掛かっていた。

 この既視感……いや、過去にどこかで。


「しかし残念ながら、この作戦には否定的な仲間もおりましてね。現状では半数以上が様子見と称して傍観しています。非常に嘆かわしいことです。これは無駄な犠牲などではなく確かな栄光の礎になるというのに……理解できないのでしょう」


 心底、残念そうに嘆く姿を見つめながら、俺は口を開く。

 平静を保っていたつもりだが、思ったより冷たい声が出ていた。


「……それで、その作戦とやらはどのようなものなんですか?」

「ええ、そろそろ話さなければなりませんね」


 対して金色の少年は、笑みを絶やさずに続けた。


「実はすでに最終局面に入っているんですよ。あとは最後の障害……目標を排除すれば最期の作戦が決行されます」

「……目標とは、なんです?」

「名前はミーヤリア・グレン・エルドハート。この少女の抹殺です」




――――――――――――――――――――

【ルーゲイン】

レベル:142

クラス:極光伯

ランク:☆☆☆☆☆(ミスリル)


○能力値

 HP:5100/5100

 MP:1500/1500


○上昇値

 HP:C

 MP:B

攻撃力:D

防御力:C

魔法力:B

魔防力:D

思考力:B

加速力:F

運命力:D


○属性

【金陽】


○スキル

 Sランク

 【極光】


 Aランク

 【進化】【ステータス閲覧】【人化】【光魔法・上級】【合体】【浄光】


 Bランク

 【念話】【属性耐性・陽】【隠蔽】【属性空間】【ガードポイント】

 【護光壁】【日輪】【浄眼】【オートリカバー】【知識の図書館】


 Cランク

 【察知】【遮断結界・閃光】【異常耐性・全】


○称号

 【転生者】【成長する武器】【インテリジェンス・アイテム】【冒険者】

 【極光伯】【苦労人】【星界庭園の管理者】


――――――――――――――――――――




 反射的に【鑑定】を発動していた。

 もはや相手に気取られようが、信用を失おうが関係ない。

 詳しくスキルを調べているヒマはなかったけど、これだけわかれば十分。


「お前が……」


 決して忘れずに記憶へと刻み込んでいた、その憎き名前。

 あの手鏡がぽつりと零した、恐らく上位の存在であろう人物。


「お前が、俺の敵か」


 込み上げる怒りと殺意のまま睨みつけるも、やつは平然と受け止めていた。

 同時に猛る心を抑えようとする奇妙な力を感じた。まるで燃えている感情に冷水をかけて鎮めるかのようだ。

 これが片眼鏡が教えてくれた、感情を抑えるというやつなのだろうと、少し落ち着いた頭で理解する。

 同時に、この世界で攻撃スキルは使えないのだと思い出して、この場での戦闘は諦めざるを得なかった。


「落ち着いてください。僕は貴女と敵対したくないのです」

「なにを今さら……だいたい、死者を出すのは嫌なんじゃなかったのか?」

「僕は仲間たちを救いたいだけです。そのために必要であれば、この手を汚すことだって躊躇いません」

「そのために、あんな幼い少女を殺しても構わないと?」

「もちろん僕も本意ではありません。ですが冷静に考えてください。その犠牲によって数百、あるいは数千といる仲間たちを助けられるのなら、どちらを選ぶべきかは貴女なら理解できるはずです」


 つまり、それは。

 ミリアちゃんを殺せば、多くのインテリジェンス・アイテムに転生した奴らが助かるって言いたいのか。

 よくある、世界を救うか恋人を救うか、みたいな話だな。


「それを聞いて、俺が味方になると本気で思っているのか?」

「貴女は感情に流されず、しっかりと論理的な思考ができる善良な方だと認識しています。だからこそ、僕も正直に打ち明けたのですから」


 ……どうやら、こいつは俺を勘違いしているようだな。


「その思い上がり、いずれ後悔させてやる」

「ま、待ってください!」


 もう話すことはないと立ち上がった時、初めて焦った様子で引き止められた。


「これまで貴女に迷惑をかけたのは謝罪します。ですが、僕たちも引く訳にはいかないのです。もし、このまま貴女が敵対するというのであれば僕たちも手加減はできません。脅したくはないのですが、数で勝る僕たちが全力を出せば、いくら貴女でも無事では済みません。ですから……」

「だから、俺に裏切れって言いたいのかっ!?」


 今度こそ、俺の怒りは沸点を超えて爆発したようだ。

 呼応するように放たれた魔力が周囲に吹き荒れ、東屋を揺らし、庭園に旋風を巻き起こした。ところどころで驚きからかざわめきが聞こえる。

 感情の抑制は継続して効いているのか頭だけは冷静だったが、心は溶岩が噴出し続けるかの如く勢いで荒れ狂っているせいでおかしくなりそうだ。


「ぐっ……この魔力は!」


 直に魔力の噴出を受けたルーゲインはたじろぎ、顔をしかめる。

 その頬には汗が一筋流れ、危機を感じ取ったのか咄嗟に飛び退いた。

 いい判断だな。もう攻撃スキルとか関係なくなりつつあったんだ。

 今もこの腕が届く範囲にいれば、首を絞めてでも、この場で始末しようと動いていただろう。


「たしか、容認できない話には協力しないと言ったよな」

「……そうですね」

「だから最後の通告だ。あの子と、その周囲に関わるのはやめろ。もう少しまともな話をするなら聞かなかったことにしてやる」

「もう、後戻りはできません」

「じゃあ話は終わりだな」


 それだけ言い残すと、振り返ることなく俺は立ち去った。

 後ろから誰かが呼び掛けていたけど、反応することすら億劫だ。

 ただ僅かに残った理性だけが、この庭園から帰ろうとする俺を留めて、結果として人気のない隅のほうへと足を伸ばすのだった。






「交渉、決裂」


 クロシュが東屋を出て行って、すぐに白龍姫はそう呟いて立ち上がった。

 彼女が事態の行く末を黙って見ていたのは、自分がどう動けばいいのかを見極めるためである。

 そして、答えは出た。


「貴女もそちらに付くのですか」

「当然」


 極光伯ことルーゲインの問いにも、刹那の迷いすら見せずに即答する。

 同じ庭園の管理者として百年以上の付き合いがあるというのに、実に素っ気ない態度で敵に回ると宣言していたのだ。

 それもそのはずであり、彼女の目的は最初からクロシュただひとりだ。

 だからこそルーゲインも、この結果を予想はしていた。

 もっとも、最悪の展開としての予想だが。


「あ、じゃあ私も失礼して……」


 白龍姫が東屋を出たのに合わせ、片眼鏡が恐縮そうにそそくさと後を追う。

 名前すら知らなかったのでルーゲインは特に興味もなく見送ると、あとに残されたのは彼ひとりだけとなった。

 しばらくして周囲から人気がなくなった頃、それを見計らったかのように新たな影が三つ、東屋の中に現れる。

 それぞれ三角フラスコ、筆、鞭の形をしていた。


「まったく、ずいぶんと派手にやってしまいましたね」

「同士として引き入れる計画は、頓挫したと見ていいだろう」

「ハッ、だから俺様は反対してたんだぜ? 最初からあいつは敵ってこった」


 どこか嬉しそうな声色で仲間の失態を口々に責めるこの三人は、過去に悪行を働いていたところを七人の抑止力によって鳴りを潜めた外道である。

 当人たちは反省しているとしており、自ら協力すると立候補した彼らを高い能力を持つため味方に加えているのだが、ルーゲインは信用していない。

 というよりも、改心などしていない確信があった。


 スキル【浄眼】は、自身が定めた悪人と善人を見分ける選別の魔眼である。

 悪の定義は人によって異なるものだが、ルーゲインの場合はおおよそ一般的とされる常識を持っており、これに照らし合わせると三人は今もなお、ドス黒いオーラを纏っているように映るのだ。

 それなのに……とルーゲインは先ほど敵対してしまった女性を思い返す。

 怒り狂ったクロシュは口調こそ荒々しくなり、そちらが彼女の本性なのだろうと理解はしたものの、それでも【浄眼】を通すと透き通った白い光に溢れていた。

 あれは無償の愛や、慈愛といった心を持つ者だけが宿す色である。

 なぜ味方は黒く、相手は白いのか……。

 自分が間違っているような錯覚さえ起こしてしまいそうになるも、どうにか精神を持ち直し、厄介な者たちへと振り向く。


「こうなってしまう可能性は考えていたよ。それでも、彼女ならと納得してくれると思っていたんだけどね」


 心優しい者であれば、真摯に訴えかければ共感してくれると踏んでいたのだ。

 事実、途中までは上手く行っていたのだが、誤算があるとすれば思いのほか、装備者である少女と親しくなっていたことだろうとルーゲインは分析していた。

 クロシュが目覚めてから僅か一週間。

 その短い期間に、あそこまで入れ込むほどの信頼関係を築けていたとは考えにくかったのだ。

 それに、もしクロシュを引き込めれば間接的に白龍姫も手伝ってくれるはずという淡い期待もあって、功を焦ったかと反省するもすでに遅い。

 結果としては、丸ごと敵に回るという最悪の形となったのだから。


「計画に関しても、あそこまで話す必要はなかったのでは?」

「重要な部分については伏せておいたから、支障はないよ」

「しかし、余計な障害を招いたのは事実であろうな」

「まったくだぜ。黙ってりゃよかったのによ」

「僕なりの誠意だよ。仮にあのまま騙して目標の少女を殺してしまったら、その時は言い訳のしようがないからね」


 初めから仲間に引き入れようとしなければ、そんな配慮は必要なかったし、結局は敵対してしまっているので変わらない。

 要するに、見た目通りに子供のような甘い考え方をしているからだと、三人は内心で不満と侮蔑を漏らした。


「どうあれ責任を取る覚悟はあるのでしょうね?」

「自分の失敗くらい、自分で取り返すよ」


 暗にリーダーの座を譲れという意味の発言だったが、返された答えは別。

 つまり、自分で作った敵は、自分が戦うというものだ。


「……勝てるので?」

「難しいけど、負けはしないよ」


 先ほどのクロシュが放った魔力は想像を越えるほどに膨大であり、感情を抑制する『心情制御』を僅かに破り、もう少しで攻撃スキルを禁ずる『不戦領域』すら突破してしまうところだった。

 それらは、この庭園を築き上げた知人である【真月鏡】のスキルによるもので、誰にも知られていないことだが、純粋な魔力で打ち消せてしまうのだ。

 その魔力において【真月鏡】はルーゲインを凌ぐにも関わらず、クロシュがやってのけたのであれば、その実力も推し量れる。

 だが……。


「それに万が一、僕が負けたとしても、彼女が奮戦したとしても、この計画はすでに成功を約束されています。違いますか?」

「……まあ、そうですね」


 ルーゲインも馬鹿ではない。

 言ってしまえばクロシュに関しては、どう転んでも計画が狂うことなど無いと知っているからこそ、一か八かの勧誘に出たのだ。

 もしそうでなければ三人の言う通りに騙していたか、そもそも顔を合わせることもなかっただろう。


「とはいえ放っておいては報復に出られる危険もあるでしょう。可能であれば彼女を捕えることを進言しますよ。まあ、どうしても態度を改めないと彼女が言うのであれば、その時は強引な手で説得するしかありませんけどね」

「同意する。その折には、拙僧も手を貸そう」

「なるほどな。そりゃおもしれぇ!」


 ルーゲインは三人の下種な思惑に思い至り、顔をしかめた。


「彼女もまた僕たちと同じイノオルガです。おかしな真似はさせませんからね!」


 一喝すると、もはや同じ場に居合わせたくないと東屋から出て行く。

 その背中を悪意ある視線が捉え続けていた。

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[一言] 数多くの地球人たちが異世界で精神だけはまともな状態で人間たちに物を扱われる世界... 深く考えてみるとどの小説よりも暗い設定ですね。 この設定をどう扱うか興味深いですね。 少し感情移入したら…
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