本当に眠っていますね
腰痛により遅れており、ちょっと短い&雑かもしれませんが
キリのいいところまで出来たので投稿します。
明確に自我というものが芽生えたのは、いつの頃だったか。
ふと気が付けば我は我である……と、そんな意思を抱いていた。
この身は一振りの剣であり、ホワイトレイピアと呼ばれる武器であるとさえ疑問を持つことなく受け入れられた。
ただ一点を除いては――。
まだ自我がなかったにも関わらず、鮮明に思い返せる光景がある。
我が主、ミラ。
いくつもの武器が並ぶ雑多な店において我を選ばれた慈悲深き御方。
我が師匠、クロシュ。
主の御身を守護する気高き騎士の如き精神を宿した防具。
御二方とダンジョンでの修練は、遠く追憶の彼方にあっても輝きを放つ。
主に振るわれた我が影の獣を屠り、師匠の活躍により骸骨の悪魔共を滅した記憶は、我の意識が絶たれる最期まで決して忘れ得ぬ大切な宝であった。
……否、我が宝は御二方と過ごす時間そのものだった。
だからこそ我は、我を許さない。
卑劣なる槍の化生により主は窮地に立たされた。
救ったのは、我には感知すらできない力を振るったクロシュ師匠。
されど永き眠りという代償を負った師匠は、主が我を置いて姿を消してしまうほどの時が流れても、未だ目覚めていないとの噂を耳にする。
仮定に過ぎないが……。
あの戦いにおいて我はなにもできずにいた。
より正確に表現すれば、弱き我の出る幕などなかった。
ならば、我に師匠ほどの力があれば結果は違ったのではないか。
我は、か弱き過去の我を許さない。受け入れられない。
どこか暗い部屋に安置されていた我は、ひたすらに思考を繰り返した。
何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も。
いったい幾度目の夜が明けたのか。
やがて、ひとつの解を得た。
なぜ我は目覚めたのか?
歴然としており、もはや思考するまでもない。
我は強くなる。
必要とあらば、この身を変えてでも。
いずれ目覚める師匠が盾となり、我が剣となり、再び主に仕えるために。
今度こそ、大切なモノを奪おうとする外道を切り捨てるべく。
我、――魔を断つ剣なり。
「……というわけです」
「なるほど、まったくわかりません」
ホワイトレイピアを名乗る白い少女から事情を聞いてみたものの、どうも説明が苦手……というか口下手なようで要領を得なかった。
なんだ、魔を断つ剣って。
理解できたのは、自我を手に入れた彼女は【人化】によって現在の形となり、これまで修行を積んでいたことと。それらの話が真実であり彼女が本物のホワイトレイピアであるということだ。
なぜなら俺がクロシュであると気付いたのは、この【人化】した姿がミラちゃんのものであり、インテリジェンス・アイテム以外は入れない場所に現れたのなら答えはひとつしかないと確信したからだという。
実際、あの場にいた俺とミラちゃんくらいしか知らないはずの質問をしてみたら答えられたので間違いない。
だがしかし。
それでもなお、あの店で購入したレイピアとは信じがたい。
あれはミラちゃんが魔法を使うさいに、補佐となるように選んだものだったが、たしかに特別な要素などはない普通の剣だったはずだ。
おまけに、初めは転生者が【人化】しているのだと思い込んでいたが、どうやら後天的になる純粋なインテリジェンス・アイテムらしい。
むしろ、こちらが本来のモノで、永い年月を経た道具が成るそうだ。
九十九神みたいだな。
「ところで私も聞いていて、いいのかな?」
「今さらひとりにしないでください。こっちも戸惑っているんですよ」
片眼鏡が居心地悪そうに言うけど残って貰う。
ただでさえ不慣れな場所でこの状況、俺ひとりでは対処できそうにない。
「ねえ、白ってば……どうしてアタシと話す時は片言っぽいの?」
「変?」
「いや……変っていうか、ね?」
そんな話をしていると、紅白の少女たちもなにやら不思議な会話を繰り広げる。
跪いたままでは話し辛いので二人とも隣り合って座っているのだが、さっきから妙に対応が冷たい気がする。ひょっとして友人とかじゃないのかな。
なんだか、赤いのが勝手に友達だと思っているようにも……。
「ちょっと、その生温かいような目で見るのやめてよ!」
叱られてしまった。
「赤さんにそんな目をしたつもりはないのですが」
「なんかビビッときて分かんのよ! あと赤さんって呼ぶのもやめて! 赤ちゃんみたいで恥ずかしいから!」
騒がしい子だな。
「では、なんとお呼びすればいいのでしょう」
「むむっ、しょうがないわね……クレハよ」
赤い少女改め、クレハは不機嫌そうに口を尖らせながら名前を教えてくれた。
きっと生前の名前なのだろう。
ちなみに転生者ではないホワイトレイピアには、称号である【白龍姫】以外に名付けられたことがないそうで名前がない。
本人はあまり気にせず、好きに呼ばせているようだけど。
「赤。師匠に怒鳴る、ダメ」
「ええっ!? ア、アタシの師匠じゃないんだけど……というか白もそろそろクレハって呼んでくれても……」
「あー、今さらですけど二人はどういう関係なんですか?」
俺の質問には、同時に答えが返された。
片方は自信満々に、片方は表情を変えずに。
「もちろん! 友達に決まって……」
「ただの知り合いです、師匠」
「……え? えっ?」
これは、ちょっと……。
あまりに衝撃だったのかクレハの赤い瞳は潤み始めていた。
「あ、あの、クレハ」
「うわあああああああああああああああんっ!!」
どう声をかけたものかと言い淀んでいると、クレハは叫びながらいずこかへと走り去ってしまった。
止める間もない、とても素早い動きである。
「時に師匠、お聞きしたいのですが」
「今のをなかったことにした……!?」
人格にちょっと……いや、かなり問題がありそうだな。
ひょっとしたら純粋なインテリジェンス・アイテムには、人間の気持ちがあまり理解できないとか、そんな感じだろうか。
「とりあえず、あとで彼女に謝っておきなさい」
「必要ですか?」
「……わかりやすく言えば、主に仕えようとする者が無闇に敵を作るな、ということです。クレハさんは、あなたに好意を持っているからなおさらです」
「得心しました。それと、ひとついいでしょうか」
本当に理解したのか怪しいが、そうだと信じよう。
「なんです?」
「我も、名前で呼んでいただきたいです」
「名前がないのでは? というか好きに呼んでもいいという話では?」
「赤が名前で呼ばれており、我が呼ばれないのは不平等かと」
……そこが問題なの?
「まあ構いませんけど、そうなると名前を決めなければなりませんね」
「よろしければ師匠にお願いしたいです」
いきなり言われても悩むな。
「か、考える時間を貰えますか?」
「名を頂戴できるよう精進します」
微妙に噛み合ってない気がするけど、棚上げできたので良しとしよう。
なんだか疲れたけど、まだ終わりにするには早い。ガンバろう。
「話を戻しますが……そもそも、なぜ私が師匠なのでしょうか」
ミラちゃんが主なのはともかく、俺はどちらかと言えば先輩だと思うのだ。
「師匠からは多くを学びました故です。ご迷惑ですか?」
迷惑というほどでもないけど、なにかを教えて貰えると期待されているなら早いうちに訂正しておくべきだろう。
そう口に出しかけたが。
「師匠の手を煩わせたりはしません」
断られる雰囲気を感じ取ったのか先制された。意外と鋭いところもあるようだ。
そこまで師匠と仰ぎたいなら構わないか。
すると許可が出たことに満足したようで、続けてこれまでの経緯を話し始める。
要約すれば、しばらくミラちゃんと同じように冒険者となって活動し、レベル上げに勤しんでいたそうだ。
期限は俺が目覚めるまでと考えていたようで、数えていないが百年以上は各地を転々としていたらしい。
ちょっとステータスが気になるけど、怖いので後回しにしておこう。
たぶん師匠であるはずの俺より高いだろうな……。
そんなある日のことだ。
同じく【人化】したインテリジェンス・アイテムから勧誘を受けたという。
最初は利がないとして断ったものの、俺が目覚めた時に情報が伝わりやすくなるとそそのかされて、条件付きで了承した。
そうして作られたのが俺たちがいる、この庭園だった。
厳密には、この庭園を作っているのは、たったひとりのスキルによるもので、すでに【白龍姫】として名が通っていた彼女は名前を貸しただけで詳しい事情は知らされてないらしい。
これはクレハも同様で、色々と融通して貰っていたりするのだとか。
たしか片眼鏡によれば庭園の創設者は七人いて、それが【人化】していた【白龍姫】ことホワイトレイピアと、【紅翼扇】ことクレハという話だったはずだ。
となると、あと五人いるワケだな。
「それで、条件というのは?」
「我に助勢を強要しないこと、師匠が目覚めた暁には席を用意することです」
「……つまり私にも加われと?」
「我だけが特別な扱いを受けるなど申し開きができません」
あまり興味はないけどね。
「ちなみにその七人を【始まりの七人】とか、【七色の番人】とかって呼んでいたりするよ」
片眼鏡の補足に興味を失うどころか、決して加入しないと固く誓った。
ただでさえ【魔導布】なんて称号を付けられているのに。
嫌だぞ、そんな痛い通り名は。
ホワイトレイピアも俺が否定的なのを感じてか、すぐに諦めたようだ。
「我の話は以上です。よろしければ師匠のお話もお聞かせください」
「え、私の話ですか……」
なにやら期待しているようだ。
でも、これといって……いや、ミリアちゃんのことは話しておくべきか。
間違いなく敵ではないだろうし、むしろ強力な味方となってくれるだろう。
「実は、私はとある方をお護りしているところでして」
「師匠は新たな主に仕えているので?」
「説明すると長いのですが……」
「ちょっと、よろしいでしょうか?」
いざミリアちゃんとの馴れ初めを語ろうとした時、またしても何者かが東屋へと入り込んで来るではないか。
ちょっと不機嫌なオーラを醸し出しつつ、そいつを見てみれば。
「お話中のところ申し訳ないです。僕も挨拶に伺いたいと思いまして」
金色に輝く髪に、まだ幼い少年の……人の姿をしていた。




