楽しみに待ってますね
翌日、準備を整えた俺たちは予定通りに東の森へと向けて出発した。
必要な物はナミツネら護衛騎士が揃えていたし、俺とミリアちゃんたちはのんびりと待っているだけだったので楽なものだ。
ただ、さすがに護衛騎士の人数が多すぎて、一度に移動するには無理があったとかで半数を後発組として分けて移動することになった。
それと緊急時の備えに、城塞都市に護衛騎士を10人ほど残すそうだ。
ナミツネたちにもしもの事態が起きれば、彼らが護衛対象であるミリアちゃんたちを護りながら屋敷へと帰還する手筈となっている。
そんな最悪の展開には、決してさせないけどね。
しかしちょうどいいので、居残り組に万年筆の監視を頼んでおく。
話し相手くらいにはなってやって欲しい。
騎士を満載にした耀気動車に挟まれ、計三台の車は順調に目的地への道を進む。
悪名高い『魔の森』とは別方向だからか人通りは少なく、これといったトラブルもなく、やがて周囲に人気がなくなると、あとはひたすらにのどかな風景が窓の向こうで流れて行くだけとなった。
途中、このまま進めば夕暮れまでには捜索隊が拠点としている地点へ到着できそうだとの報告を受けた。
これが先を急ぐ旅でなければ良かったのだけど、こうして車での移動に一日を費やすのは耀気機関車での優雅な旅とは違い、なかなかに歯痒く感じられた。
だが今日の俺は用事があったので、そちらに集中できるのはありがたくもある。
「集会ですか?」
「そのようなもの、ですね。詳しくは私もわからないのですが」
屋敷を発った時と同じくミリアちゃんとソフィーちゃんに挟まれながら、インテリジェンス・アイテムが集う不思議空間について説明する。
時間は正午前……もうすぐ幼女神様から言われた通り、俺はあの集会に向かうつもりだった。
精神だけを飛ばす感じだから、車内からでも問題なく行けるはずだけど、いきなり動かなくなったら心配するからね。
たしか時間の流れが違うとかで、現実では一分くらいしか経たず、本体に異常があれば自動で戻されると片眼鏡が言っていたので心配いらないとは思うけど。
ただ、敵にインテリジェンス・アイテムが加担しているので油断はできない。
あの手鏡の話からすれば他にも同類が敵に回っているみたいだし、そうなると確実に集会にも何人かは参加しているだろう。
そして、このタイミングで幼女神様が集会へ行くように指示したのは、そこで敵の手掛かりが掴めるからだと俺は予想していた。
言うなれば、すべてのインテリジェンス・アイテムが敵となり得るのだ。
片眼鏡ですら信用はできないけど、前に教えてくれたことに関してだけは、あの時点で敵対していない俺にウソを吐くとは考えにくいので逆に信用している。
「つまり、その集会では情報交換をしているのですね」
「ではお姉さまも、なにか調べに行くつもりなんですの?」
「まあ、そんなところです……」
ちょっと曖昧な言葉で濁したけど納得してくれたようだ。
ここで幼女神様に言われたから、などと説明しても俺にしか聞こえないし、見えない存在を信じさせるのは難しいからな。
それに、まったく間違った話でもない。
「ミリア、恐らく朗報を持ち帰れると思いますので期待していてください」
「朗報ですか?」
俺はミリアちゃんに、まだ彼女の両親が生きていることを教えていない。
ちょうど知ったのが観光の真っ最中で切り出すにはタイミングが悪かったり、そもそも情報の出所が幼女神様でやっぱり説明が難しかったり、他にも細かい事情があったのだが……。
この集会によって得られた情報とすれば、それらはほぼ解決する。
様々なスキルを持ったインテリジェンス・アイテムが集まっているのだから、探し人の生死を把握するスキル持ちがいたとしても不思議ではなく、少なくとも謎の神によるお告げだと主張するよりは無理なくスムーズに話が進むだろう。
「……わかりました。楽しみに待ってますね」
首を傾げていたミリアちゃんだけど、俺の言葉を信じてくれたようだ。
できれば、もっと早く教えてあげたかったんだけどね。悪いけど、もうちょっとだけ待っていて貰おう。
あとは集会に行くだけだが、念のためにもう一度だけ確認しておこうかな。
本当にミリアちゃんの両親は生きているんですよね?
そうだよー。
まさか、これから向かう森にいないなんてことは……。
ちゃんと、いるから、あんしん、だよー
ふむ……なら問題ないか。
そろそろ、じかん、だねー。
おっと、もうそんな時間か。
がんばって、ねー。
ん? 幼女神様は一緒に来てくれないんですか?
ちょっと、おるすばん、かなー。
じゃあ良い子にしててくださいね。
はーい。
とっても良い返事だった。
まあ、前にも一度は行っている場所だし、ひとりでも大丈夫だろう。
注意するとしたら、敵に気付かれないよう目立たないようにするくらいだし。
「それでは、そろそろ行って来ますね」
「はい、いってらっしゃい」
座ったままで言うのも妙なセリフだが、次の瞬間には、そんな違和感は周囲の光景と一緒に消え失せてしまった。
前回は気付いたら移動していたけど、今回は視界の端からパタパタとパネルがひっくり返るようにして映像が切り替わる奇妙な現象を目にした。
やがて両隣にいたミリアちゃんとソフィーちゃんの暖かな体温が感じられなくなると、世界は一変する。
「……ふむ、ちゃんと行けたみたいだな」
記憶にある通り周囲は白いモヤが立ち込めており、空を仰げば満天の星々が輝いているのを確認する。
ただ以前と違うのは、すでに目の前には白壁が存在することか。
まあ細かな差異はどうだっていいだろう。
重要なのは、この内側の庭園に集まっている奴らだからな……。
深呼吸して覚悟を決めると、悠然と歩いて門である大きな穴をくぐった。
さて、これからどうしよう。
庭園はすでに他のインテリジェンス・アイテムが集まっており、前回と同じく武器や防具が浮きながら雑談するというおかしな光景を繰り広げていた。
そんな中、俺はか細い木に寄り添うようにして立っている。
幼女神様からは特になにをしろとは指示されていないのだが、逆になにかしたらマズイのかも不明なので迂闊に行動できなかったのだ。
おまけに、さっきから視線を集めているみたいだし。
ここへ訪れたのは二回目なので常連からしたら俺は珍しく……つまりは新顔がどんな奴なのか値踏みされているのだろう。
誰が敵なのか判別できない内にあまり目立つワケにはいかないので、木陰で大人しく唯一の知り合いが現れるのを待つかと方針を決める。
どうせ他にすることもないのだ。
「……あのー、ちょっといいですか?」
だが面倒なことに新人の力量でも探りに来たのか、話しかけられてしまった。
見れば外見は薄い冊子が上向きに開いて浮かんでおり、どうやら本のインテリジェンス・アイテムのようだ。
無視するのも変に目立ってしまうか……。
嫌々ながらも応対してやる。
「なにか?」
「よ、よろしければ、お名前を聞かせてくれたらと……」
なぜだ、と聞き返そうとして思い留まった。
最初はもしかしたら敵なのかと疑ったのだが、どうも様子からして違う気がするし、なにより敵であれば俺に名前を確認しないだろう。
だとすれば目的はいったい……?
悩んでいたのは数秒だったが、疑問から口を閉ざす俺に勘違いしたのか慌てたようにパラパラとページを捲らせた。
「す、すみません! いきなり失礼ですよね!?」
「……いえ」
やたら恐縮されて反応に困るな。
この本の腰が低いだけなのか、他に理由でもあるのか。
ふと周囲を見れば、遠巻きにこちらの様子を観察している中に見覚えのある形を発見して、俺は笑みを浮かべた。
いや、この状況から抜け出せるから喜んだだけだが。
「失礼」
挙動不審な本は放っておいて目的の人物に向かい歩き出す。
すると近くにいた盾やら筆やらが道を開けるように左右に割れ、なぜかそこに紛れる片眼鏡。
「いや、あなたに用があるのですが……」
「うん? ……うぇ!? 私に!?」
なにを驚いているのか、この片眼鏡は。
ともかく、他に知り合いのいない俺にとってこいつは、この妙な視線を遮るにはちょうど良かった。
前に聞きそびれていたこともあったしな。
そう思って落ち着いて話せる場所に移動しようと、付いて来るように伝えたら動揺しながらも縦に揺れた。たぶん頷いたのだろう。
……もしかして俺のことを忘れたのか?
確認はあとだ。今も注目されているので、さっさとこの場を離れるとしよう。
「お、おい、グラスの奴いつの間にあんな美人と知り合ったんだよ?」
「オレが知るかよ。というかアレって……」
「他にいねえはずだしな。でも黒髪なんていたっけか?」
「まさか新しく現れたとかじゃ」
後ろでなにやら騒いでいたけど話している内容までは聞き取れなかった。
悪意のようなものは感じられなかったので、たぶん純粋に俺の感想でも言い合っているのだろう。
気にせずに空いている東屋のひとつに入り込むと、ある程度は視線を遮れたので一息ついて腰を落ち着かせた。
ここは話し合いのために開放されているみたいだし、俺たちが使っても構わないはずだ。イスとテーブルまで用意してあるのでありがたい。
ついでにお茶と茶菓子のひとつでもあれば嬉しいけど……?
……なにか、おかしいね。
おかしいと言うよりは、あまりに馴染んでいて自然体だったというか。
微塵も疑問に思わず、ここまで歩いて来ちゃったんだけど……。
俺って【人化】したままじゃない?
「あのー、私に用事というのは?」
どこかよそよそしい態度の片眼鏡。
そりゃそうだ、向こうからしたら初対面だもの。
そして理解したよ、どうりで視線が集まるワケだ……。
たしか人の姿になれるのは、ここの創設者という七人だけだって聞いた覚えがあるし、そこに【人化】して行ったら注目されないワケがない。
目立たないように、とか考えていたばかりでこの失態……。
なんか頭が痛くなってきたけど、先に説明してやらないと。
「ちょっとお待ちを」
口で説明するよりは【人化】を解けばわかりやすい、と思ったのだが。
……あれ?
いつもなら瞬時に戻れるはずが、うんともすんとも言わなかった。
まさか元の姿に戻れなくなったんじゃ……。
ど、どうしよう……。
「え、あ、ええっ!?」
内心では冷や汗をかいていたら片眼鏡が驚愕したように声をあげた。
同時に、あの不快感が俺を襲っていた。
「……なるほど、覗き癖は直っていないようですね」
「あ、ご、ごめんよ! でも、じゃあ本当にクロシュ……さん?」
「ええ。まあ説明する手間が省けたので今回は許しましょう」
前回で反省したかのように見えたが、またもや【観察】のスキルを使って勝手に俺のステータスを覗いたらしい。
おかげで俺の名前もわかったのだろうけど、悪癖となりつつありそうだな。
ひょっとしたら、だから片眼鏡なんて姿だったりして。
「でも、たしか男性だって言ってなかったかな」
「そこは色々とありまして……ところで、ひとつお聞きしたいのですが」
「こっちも聞きたいことだらけなんだけどね」
知ったことではないし、前回の覗きを許す代わりとして俺に情報提供する契約となっているはずだ。
それは理解しているらしく片眼鏡も強くは言わなかったので、俺は遠慮せずに疑問をぶつける。
「実は先ほどから元の姿に戻ろうとしているのですが……」
「できない、と?」
「心当たりはありますか」
原因があるとすれば、この空間しか考えられない。
俺よりも片眼鏡のほうが詳しいので、もしかしたらと思ったのだ。
「たぶん情報操作を妨害するためだからじゃないかな?」
「情報操作、ですか?」
「覚えているかわからないけど、ここでは攻撃系のスキルを無効化されるんだ。それと同じように自分の姿を偽ったりだとか、相手を騙すようなスキルもまとめて無効になるみたいだよ。実際、前に紹介した【白龍姫】や【紅翼扇】は人のままだったでしょ」
言われてみれば、あの二人は必要もないのに【人化】していたな。
目立ちたいだとか理由があれば別だが、どうも赤いほうは嫌がっていたみたいだし、俺と同じようにここでは【人化】を解けないのだろう。
しかし、これは有益な情報だな。
同じインテリジェンス・アイテムが情報をやり取りする空間とはいえ、利益のために騙そうとする者がいるのは危惧していた通りだ。
問題は別人に成り代わるといったスキルを使われたら、見破るのは難しいという点だったが、これなら心配無用だと思えるほど効果を実感していた。
それでも口八丁で詐欺を行う者はいるだろうけど。
「なぜ、こっちの姿で固定されるのかは疑問ですけどね」
「でもそっちのほうがいいんじゃない?」
「あまりに目立つので、それは困るのです」
「へー」
生返事に少しイラッとする。
さっきから、どこを見ているんだ?
「なにか気になることでも?」
「あ、いや……いきなり知り合いがそんな姿になれば、動揺くらいするよ」
それもそうか。
あまり自覚がないけど【人化】は珍しいみたいだからな。
思い返すとあっさり取得できたから気にしてなかったけど、取得条件ってなんだったんだろうな。
覚えているのは【擬体】から派生したってことだが、【擬体】の取得方法さえ判明すれば、もっと【人化】が普及して俺も目立たなくなるんじゃないか?
無償じゃ教える気にならないけど。
「それにしても、クロシュさんが女性だったなんて驚いたね」
「はい?」
「やっぱり最初は警戒していたせいかな。あ、ちなみに私は本当に男だからね」
……さて、どうしようかな。
なにか勘違いされているみたいだし、早いうちに訂正しておくべきか。
それとも面倒だから、このまま黙っておくか。
いや、あとでバレた時を考えると先に言ってしまうべきかな。
こっちの世界でも女でいたくはないからね。
「そのことですが……」
「おジャマするよー」
唐突に赤髪の少女が東屋に乱入したせいで、俺の声は遮られてしまった。
「どちらさまです?」
「わ、ホントに【人化】してるんだー。ふーん」
話を遮った上にこちらの話を聞かない態度に、軽く嫌悪感を覚えるが堪える。
というのも、この少女……そう少女の姿をしている。
「な、な……」
片眼鏡が、見かけは変わらないけど狼狽している様子なので間違いない。
和服を改造してフリルで飾ったコスプレ感のする服装に、この赤髪と瞳は前回の時にも見かけた。
「たしか【紅翼扇】でしたっけ」
「それ、あんまし好きじゃないのよね」
奇遇だな、俺も【魔導布】というのは好みじゃない。
その点だけは気が合いそうだ。
「でさー、アンタが【魔導布】だっていうのはウソなの?」
推し量るような目つきを向ける赤い少女に、俺は涼しい顔で答えてやる。
「私も、その呼び方は好きではないですね。できればクロシュと」
「ふーん……ウソじゃなさそうね。じゃあホントなんだ」
さっきからホントに失礼なやつだな。
言葉にしないまでも視線に不満を込めて送る。
「ねー、白の言ってたクロシュってこれなのー?」
無視された。相手の顔色とか空気は読めないようだ。
なにか伝えるにはハッキリと言葉にするしかないらしいと諦めた時、東屋にもうひとり闖入者が現れた。
やはり見覚えのある、髪から服装まで真っ白な少女だ。
赤いほうに『白』と呼ばれた、その少女はゆっくりと俺の前に立つと……。
「この時をお待ちしておりました。クロシュ師匠」
まるで騎士の如く、片膝をついて頭を垂れた。
「え……?」
「ちょ、なにしてんの白!?」
赤い少女も予想外の行動だったらしく慌てて立たせようとするが、頑なに動こうとしない白いの。
というか師匠ってなんだ?
「赤。クロシュ師匠は、我の師匠。当然の帰結」
「いやイミわかんないし、さっき流暢に喋ってたじゃん!?」
「ええっと、私もわからないのですが……なぜ私が師匠なのでしょうか」
「もちろん、クロシュ師匠が先達として、我らが主君に仕えていたからです」
「主君というのは?」
「よもやお忘れですか? 名はミラ。現在では聖女と呼ばれております」
……なんだと?
俺がミラちゃんに仕えていたというのは理解できるが、俺を師匠と敬う白い少女が何者なのか、まったく見当がつかなかった。
「いったい、あなたの名前は……」
「我に名はありません。今は【白龍姫】などとされていますが、ただ……」
白い少女は跪いたまま腰に差した細い剣……レイピアを引き抜くと、俺を見つめて、その名を明かした。
「あの頃は、ホワイトレイピアと呼ばれておりました」




