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そして布は幼女を護る  作者: モッチー
第2章「絶対もふもふ戦線」
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だとしても私は行きます

 無事にオークション会場から抜け出した俺たちは、カノンたちと合流すると説明もそこそこに宿へと急いだ。

 気付かれなかったはずだけど、念のために離れたほうがいい。

 しばらくミリアちゃんにも装備されたままでいたけど、追手が現れることもなく平穏な道中だった。

 【察知】にも反応はないし、さすがに心配しすぎだったかな。

 ともあれ油断は禁物だ。

 なにせ回収したはいいものの扱いに困る物が手に入ってしまったからな。




 クーデルが手配した高級宿は、三階建ての細長い建物が数軒ほど並ぶ形となっており、その中から一部屋……例えばA棟の一号室、のように必要な部屋数だけ借りるのが普通なのだが、やつは安全面を考慮したのか一棟丸ごと貸し切っていた。

 資金の問題はどうなったんだと心配にもなるけど、おかげで気兼ねせずに施設を利用できるので、あまり文句は言えないな。

 そんな宿に設けられている談話室の一画を陣取ると、再び【人化】した俺はオークションでの一幕をみんなに話し、当の万年筆をテーブルの上に転がす。

 先に黙っておくよう伝えてあるので見た目ではインテリジェンス・アイテムだとは気付けないだろうけど、間違いなく俺の偽物を演じていた本人だ。


「脅威はないとのことですが……放っておいても平気という意味ですか?」


 カノンの心配する声に俺は頷く。

 この万年筆はレベルも一桁で、ステータスが低いのはもちろん、スキルに至っては【念話】以外だと【描写】とかいう万年筆らしく字や絵を書くスキルしか取得していなかったのだ。

 自力で移動することも不可能な状態だが、もしかしたらSPを貯め込んでいる可能性も否定できないな。見張りくらいは必要だろう。

 ただ、最終的にどうするか……その処遇を決めなければならない。


「私はクロシュさんに一任したいと思うのですが」


 詐欺師だった男の未来を予測しているからか、すでにミリアちゃんの怒りは霧散しているみたいだ。この万年筆に対して思うところはないらしい。


「お嬢様がお決めになったのでしたら私から言うことはありません」

「ええ、私たちも特にどうしたい訳ではありませんからね」

「そうですわね、お姉さまのお好きになされば良いかと」


 この場にはいないけど、たぶんミルフレンスちゃんも同じ意見だろう。

 となると、本当に俺の自由にしていいみたいだ……でもなぁ。

 俺としても別にどうこうするつもりはなかった。放っておくと事態が悪化して俺にシワ寄せが来ると危惧したから回収したのであって、罪を償わせるとか、そういう意図はまったくないのだ。


 でも詐欺の片棒を担いでいたワケだし、ミリアちゃんたちの手前なにかしらの罰は必要だと思う。

 自力では行動できないから暗い倉庫に放置するだけでも拷問だろうけど。

 ……その線でいくか?

 不穏な雰囲気を察したのかは知らないが、大人しく黙っていた万年筆から、恐る恐るといった感じで話しかけられた。


〈あ、あの……私はこれからどうなるんでしょうか?〉


 オークションの時とは打って変わって、ずいぶんと謙虚な口調になっている。

 あれは演技だったのだろう。


〈ひとまず二度と詐欺ができないよう拘束するとして、それとは別に罰を与えることになるだろうな〉


 敢えて冷たい口調で言い放つ。

 どうやら俺にだけ【念話】を放っているようなので、この会話をミリアちゃんたちに聞かれる心配はない。


〈わ、私はあんなこと、したくなかったのに……〉


 なにやら事情がありそうなので詳しく聞いてみる。


〈昔のことはもう薄っすらとしか覚えてないんですけど、気が付いたら知らない場所にいて、こんな姿になってて……アニメとかで知ってたからすぐに転生かもって思ったんですけど、でもまったく動けなくて……〉


 万年筆の話には俺も覚えがあった。

 最初こそ幼女神様のおかげで異世界へ行くことも、転生することもあっさり理解して受け入れられたけど、そのあと宝箱で過ごした一カ月は、もしひとりだったとしたら正気ではいられなかっただろう。

 そんなこともあって幼女神様への感謝は果てなく深かったりするのだが。

 この万年筆の場合、救いとなる幼女神様はいなかったようだ。


〈どうにか、この【念話】っていうのを使えるようになったから誰かに助けを求めたら……あのオジサンに拾われて〉


 本人に大した能力がないのと、人気のある武具ではなく万年筆という道具であったことで価値は付かないと判断されたそうだ。

 それ以降、また放置されたくなければと強要されたという。

 軽く動揺しているのか、今の話では大部分しか理解できなかったけど、それも仕方ないのかも知れない。

 精神的に衰弱しているみたいだし、同情できる部分はある。

 これがウソでなければの話だが。


 だけどまあ、この話をみんなにすれば処罰は保留としても構わないかな。

 しばらくは護衛騎士に見張りを任せておけばいいだろう。

 もしウソだったと判明すれば……その時こそ倉庫放置の刑だけどね。




 ひとまず万年筆の件は片付いたので、場所を談話室から会議室に移す。

 会議室とは俺が勝手にそう呼んでいるだけなのだが雰囲気からして似たようなものだろう。

 それに、これから始まるのはまさしく会議である。

 高級そうなふかふかの椅子に座っているのは俺とミリアちゃん、アミスちゃんとソフィーちゃん。あとミルフレンスちゃんは無理やり連れて来られたようで突っ伏して寝ている。いつも通りというか、もはや慣れた光景だった。

 カノンはミリアちゃんの背後に控えており、最後に長テーブルを挟んでナミツネが俺たちの前に立っている。

 いつぞやの面接会場スタイルだ。


「それでは準備が整ったようなので、報告としますかな」


 俺たちが観光を楽しんでいる間にナミツネは、先行してミリアちゃんの両親を捜索していた部隊と連絡を取り、より詳細な情報を得ていたのである。

 というのも これまでの捜索隊からの報告では結果だけで、細かい内容までは伝えられていなかったからだ。

 これまでは必要なかったので、そのこと自体はおかしくない。だが今後はこちらも行動するのに際し、どこまで捜索の手が及んだのか等を知っておかなければ二度手間になるからな。


「まず判明している範囲で、順番にお館様の足取りを順に追いますぞ」


 そう言ってナミツネはテーブルの上に地図を広げた。

 覗き込んでみると雑というか簡素な書き込み具合だと思っていたらナミツネの手書きらしい。今回のために用意したようだ。意外とマメな男である。

 一本だけ赤い線が引かれており、それが探し人の足跡だとわかった。


「始まりは、この城塞都市より東に位置する森でオーガの集団が発見されたという報告がお館様の耳に入ったことですな」

「それは私も聞きました。ただ当初は凶悪な魔獣が住みつき、討伐できる者がいないという話でしたね」

「情報が錯綜していた……というには少しばかり都合がいいでしょうな」


 その時点で敵は動いており、曖昧な報告によって踊らされたってことか。

 ナミツネが調べたところオーガの集団が出たというのは事実のようだが、特に被害もなく討伐する必要性は薄いとして放置されていたそうだ

 わざわざ当主にまで誰が知らせたのかを考えれば、すべてが仕組まれていたと容易に想像がつく。

 しかし疑問なのは、なぜミリアちゃんの両親は自ら討伐に向かったんだ?


「その、お父様は強い相手との手合わせが趣味だったので……」


 ちょっと申し訳なさそうに俯くミリアちゃん。

 オーガは冒険者ランクの指標としても採用されるほど有名であり、そのランクで数えると上から三番目に位置するほどに強いとされている。

 ちなみにオーガより上はゴーレムとドラゴンなのだが、この辺りになると有名な割に存在の確認すらも稀となっているようだ。いわば伝説のモンスターか。

 さすがそこまでとは言わないものの、オーガもやはり珍しいそうでミリアちゃんの父親が出向くのは納得できる行動だという。

 母親は付き添いみたいなものらしい。とても仲が良いようだ。


「もちろん護衛騎士も少数ですが連れて行ったはずです。ただ今回の私たちのように身分を隠していましたし……」


 俺たちの場合は敵の目を欺く意味があるのだが、そっちは単に手合わせを邪魔されたくないから、こっそりと忍んで行ったようだ。

 おかげで足取りを掴むのにも苦労しているとあっては、ミリアちゃんも親の子供染みた不手際に赤面するばかりである。


「おほん、ともかくお館様は城塞都市から東の森へ出立する姿が目撃されたのを最後に、目撃情報が途絶えているわけです。そこで捜索隊はこの森を中心として捜索を行っている、というのがこれまでの報告にもあった通りですな」


 この辺りは屋敷でも聞いた気がする。

 たしか障害となっているのは魔獣の襲撃で、そのせいもあって人手が足りていないんだったか。

 魔獣に関しては俺がいるし、人手もナミツネらの他に、図らずもアミスちゃんたちが連れている護衛騎士たちがいるから充分に多い。

 あとは、その東の森とやらはどれだけ広いのか。


「捜索隊がマッピングした地図を受け取っているのですが、想像以上の広さで未だに全容すら掴めていないとのことで……これは魔獣の影響もあるようですな」


 ナミツネが新たに地図を広げると、そこには細かく四角で区切られた図が描かれていた。この四角ひとつが一定範囲の空間となるようで、塗り潰されている部分が捜索済みなのだろう。

 森の部分を緑、川や水辺を青、岩場が茶、崖による通行不能を黒、目印となる特徴的な場所は記号を書き込み、他にも高低差など細かいメモが記されている。

 地図はおおよそ半分ほど埋まっていたけど、あくまで用意した紙の許容範囲であり、森の半分を踏破したワケではないようだ。

 この事実からも予想を大きく上回る広大さなのだと見て取れた。


「あとはこの地図を頼りに進み、未知の領域を進めばいいわけですが……」


 なにやらナミツネが言い辛そうに口ごもる。

 ちらりと向けた視線の先には、主たるミリアちゃんがいる。


「……ええっと、これも罠である可能性が高い、ということですね?」


 その先を答えたのはアミスちゃんだった。

 なるほど。両親だけではなくミリアちゃんまでも狙われている以上は、まったくあり得ないとは言い切れない。

 ただ、もしそうだったとしても、あまり気にしなくていいように思う。

 というのも屋敷を出たのは、ほんの二日前の朝だ。

 ミリアちゃんが自ら捜索に向かうなんて普通は予想できないし、現に暗殺者たちは屋敷へ集中して差し向けられていた。

 だから罠を仕掛けるには最速でも、標的であるミリアちゃんの姿を確認できなくなった敵が、行き先を東の森だと予測してからになってしまう。

 この短期間でそこまでの後手に回る経緯を経てから、なにかしらの罠を用意し、本当に訪れるかも曖昧な場所に仕掛けるというのは現実的ではない。

 ひょっとしたら未だにミリアちゃんが屋敷を離れていることにも気付いていなかったりして……いや、あまり楽観的になるのも良くないか。

 まあ、どちらにせよ……。


「だとしても私は行きます」

「お嬢なら、そう言うでしょうな」


 俺もそう思ってたよ。


「当然ですわね。ここまで来て引き下がれませんわ」

「それもあるけど、クロシュさんがいれば安心だから……」


 おっと、ここまで頼りにされてはガンバるしかないね!


「もちろんです。任せてください」


 俺が返事と一緒に安心させるよう優しく視線を向けると、ミリアちゃんもまた無邪気な笑みを見せるのだった。

 護りたい、この笑顔……そのためなら。

 

 ためならー?


 幼女神様にお任せする!


 おお、クロシュくんよ、まるなげとは、なさけないー。


 だって俺がなにかするより上手くいっちゃうんでしょ?


 いえー。


 それに幼女神様にすべて任せるって、俺としては苦渋の決断ですよ。


 そうなのー?


 まだ自力で護るのを諦めてないし、幼女神様に頼り過ぎるのちょっと不安だし。


 しんがい、だなー。


 変な称号とか付けたりしません?


 ここで、インドじんを、みぎにー。


 そして話を逸らすと。

 否定しなかったのが不安だけど、助けて貰える代償と思えば安いものか。


 その後、明日からの工程についてナミツネから説明を受けた。

 現地までは借りた耀気動車で向かい、まずは森の近くにある先の捜索隊が設置した拠点を目指すという。

 最初は様子見で数日ほどの探索を予定しており、何度か物資補給と休息を兼ねて城塞都市へ戻ったりするそうだ。

 なるほど、色々と考えているみたいで感心した。

 いくら俺を装備しているとはいえ、何日も未開の森を歩き続ければ体力、精神ともに疲労が溜まるし、なによりアミスちゃんたちまでカバーできない。

 だからといって引き返そうと提案しても受け入れないだろうからな。

 そこで補給という建前で城塞都市まで戻り、休息を最初から予定に組み込んでおけば、これが当然の工程だと見せられるワケだ。

 この辺りの細かい調整は、俺には思い付かなかった。

 今後のスケジュール管理もナミツネらに任せたほうが良さそうだな。

 俺は俺のやるべきことをやろう。

一部、間違えて「馬車」としていたので「耀気動車」に書き換えました。

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