それでいいんです
ミリアちゃんたちの強い要望から入った服飾専門店 。
見た目に気を使う女性冒険者をターゲットにしていると言うだけはあって、内装にも拘った装飾が施されており、さらには数人の女性客がいるのを目にすると、俺としては微妙に居心地の悪さを感じてしまう。
とはいえ見た目はミラちゃん。立派に聖女様である。
店員から不審に思われないよう努めて冷静に振舞うとしよう。
張り紙の注意書きによると、冒険者の証は購入時に提示を求められるだけで、ただ見ているだけなら必要ないようだ。
これで堂々と冷やかせる……というと、お嬢様であるミリアちゃんたち的には世間体が悪いようなので、あくまでも将来的に購入する際の下見をしに来たという体で話を合わせるようカノンから耳打ちされた。
別に誰が見ているワケでもないと思うのだが、貴族の見栄と情報網を侮ってはいけないらしい。どこにどんな繋がりがあるかわからないのだとか。
俺としてもミリアちゃんが不当に侮辱されて良い気はしないので黙って従う。
……まあ、あくまでも体裁の話なので、店内に入ってからは示し合わせたような動きで思い思いに物色を開始したんだけどね。
あまり店が広くないから、まとまって動くと他の客の邪魔になるし仕方ないか。
ただ俺は、みんなの好みを把握しておきたいのである。
幼女神様からの話で、次の【進化】後のデザインを意思で変えられると判明してから、俺はこの店の商品から勉強をさせて貰おうと考えたのだ。
でも装備者……特にミリアちゃんの趣味嗜好を無視しては本末転倒だろう。ある程度は彼女の希望に沿う形にしなければ意味がない。
そんなわけで、棚の陰に隠れてさりげなくミリアちゃんの様子を伺ってみた。
個別に陳列されている商品の他に、あらかじめ組み合わせの見本として頭から足までの装備をセットにして展示されているコーナーがある。
ひとつの装備セットの前でミリアちゃんは……。
「……っ」
なんとも際どい装備を手に、顔を真っ赤にして固まっていた。
状況から察するに軽い気持ちで手に取ったけど想像より過激で驚いたのだろう。
パッと見ただけではマントとミニスカの組み合わせだけど、その内側はハイレグのレオタードだったのだから気持ちはわかる。後ろ側とかヤバそうだ。
ただ、食い入るように眺めている辺りからすると、まさか興味があるの?
う、ううむ……まだ早いと思うんだけど背伸びしたい年頃ってやつか。
やがて元の場所に戻すと、そそくさと他の装備セットに手を伸ばした。
……一応、候補のひとつとして考えておこう。
しばらく観察したところ思ったよりミリアちゃんの興味は多岐に渡るようで、ブラウスにケープとフリルスカートの可愛らしいタイプから、黒革のベルトを巻き付けたジャケットとショートパンツの活発な印象があるタイプに、胸周りと腰部を布で覆うだけのまたもやセクシー系に至り……。
ついには格式の高そうな古めかしいローブや、ピシッとしたスーツ上下一式みたいなのを熱心に見つめており、もはや品揃えのほうを称賛したくなる勢いだ。
ここまで来ると、店に対してある疑惑が浮上するのだが、今のところ害はなさそうなので放っておこう。今はこっちが先決だ。
もしかしたらミリアちゃんは気になった物ではなく、無作為に選んで見ているだけなのかも知れないな。
だとすれば、こうしてこっそり観察していても意味はなさそうだ。
「なにか気に入った物は見つかりましたか?」
探りを入れるために、ちょうどこっちは見終わったところですという風に装って声をかけてみる。
すると、ミリアちゃんは手にしていた装備と俺を交互に視線を動かす。
「……やっぱり気品があったほうが」
奇妙な返事に首を傾げつつ、俺も装備に目をやる。
それは黒いローブに白の貫頭衣を被せた神官服のようなものだったが、胸の辺りが大きく開けており、相応の持ち主が身に纏えば、厳かな雰囲気にエロティシズムが合わさり最強に見えるだろう。
たしかに気品はちょっと感じられないが、悪くはないと思います。はい。
そんな邪念が伝わってしまったようだ。
「クロシュさんは、こういうのが好みなんですか?」
「え、いえ、悪くはないのではないかと、僅かに思えた次第でして……」
ここで誤魔化しても、恐らくミリアちゃんには通じないと俺の直感が走ったので正直に白状するしかない。
……なんだ、この恥ずかしさは。
まるでエロ本を目の前に並べられて、どれがお気に入りかと問われているような気分でいたたまれない。
「うーん、クロシュさんなら、もっと大人っぽいのが似合いますよ」
「はぁ……え、私ですか?」
ようやく理解が追い付いた。
どうもミリアちゃんは自分の好みではなく俺……というかミラちゃんに似合う装備であれこれと悩んでいたらしい。
「今のところ、一番のオススメはこちらですね」
そう言って指差したのは白いシャツの上に重ねた灰黒色のジャケットとタイトスカート、ついでに帽子まで付属して……これって軍服?
「この規律正しさと誠実を形にして、なお体のラインが出てクロシュさんの大人の魅力を感じさせる、非常に良いデザインではないでしょうか? 暗めの色というのもクロシュさんの白色に合いますね」
おお、ちゃんと白いコートの俺に合うように考えてくれたのか。
とても嬉しいけど……。
「せっかくですが購入できないのは残念ですね」
「……そういえば、そうでした」
忘れるほど夢中になっていたみたいだ。
しかしミリアちゃんには悪いけど、ほっとしている自分がいる。
さすがに、ここまでピッチリした服は、なんというか勘弁して欲しい。
今さら女性用の服を着るのに抵抗はないけど、それとは別なのだ。
もしミラちゃん本人であっても嫌がっただろう。
というか俺はミリアちゃんはどんな服が好みなのかを知りたいのである。
改めて、今度は直球で尋ねてみたら基本的になんでもいいらしい。
後にカノンから聞かされたが、ミリアちゃんは自分の服装に無頓着だとか。
つまり、この店に寄ったのも自分のためではなく、初めから俺が着ている光景をイメージしていたようだ。
……いずれ、あの軍服を着用する日が訪れそうな気がしてならない。
それから少し経って、他のみんなとも合流する。
あまり気にしてあげられなかったけど、それなりに満喫できたようで良かった。
それなりというのは、気になる物があっても買えないのが辛いらしい。
目で楽しめただけでも幸運だったと納得はしているみたいだけどね。
次回は冒険者を手配しようかなどと話しつつ、そろそろ店から出ようとしたところで、ミリアちゃんの一言で空気が変わった。
「やはり、あれが一番クロシュさんに似合いますね」
もちろん軍服を差しているのだが、その言葉にアミスちゃん、ソフィーちゃんが反論する。
「あちらより、向こうの騎士装束が良いと思います」
「いいえ、こちらの魔導礼装こそお姉さまに相応しいですわ」
三人の間で火花が散ったように錯覚した。
そして俺に最も似合う装備はどれかと熱く語り始めてしまったではないか!
このままではマズいと予感がした俺は、慌てて長居しては店に迷惑でしょうと諭し、外に出ることで無理やり終わらせる……つもりだったのだが。
三人は近くにあった別の店に目を付けると、誰がそこの商品から俺の気に入る服装を選べるかという謎の勝負にまで発展させてしまった。
おまけに、こちらの店では普通に買い物ができるということで、選ばれた服は俺にプレゼントしてくれるらしい。
どちらかと言えばプレゼントしたい側なのだが、先ほどの店で色々な意欲が高まっているせいなのか気力に満ち溢れている。
カノンは早々に審判の立ち位置に収まり、ミルフレンスちゃんはマイペースに店内をうろつき、俺はもう止められないのだと悟った。
「ルールを確認します。早いもの勝ちで、先にクロシュ様がお気に召す装備を選んで用意した方の勝利になります。そして選ばれた装備はクロシュ様へ贈呈され着用して頂けます。ちなみにクロシュ様には、どれが似合うか確認のため試着をお願いしますね。それでは『第一回クロシュ様ファッションショー』を開始します」
……俺で遊んでるワケじゃないよね?
カノンの合図で三人は一斉に散って店内を駆け巡り、すぐに両手で大量の服を抱えて戻って俺は試着室へと連行される。
彼女たちから逃げるという選択肢など俺にあろうはずもなく、しばらく着せ替えられるがままにされるのだった。
……たぶん二時間くらい経ったか。
結果を言えば、勝負はミルフレンスちゃんの勝ちとなった。
代わる代わるミリアちゃんたちの用意した服に着替えては、それをお披露目して凛々しい、素晴らしい、麗しいですわ、などと称賛され続けたけど、途中から俺の意見とか関係なくなっていた気がするな。
楽しそうにしていたので不満はないけどね。
そんな中でミルフレンスちゃんが横からそっと手渡してくれた一着……。
白いシャツに、黒いベストとネクタイというシンプルな組み合わせで、パッと見た感じではウェイターかなにかのようだが下は黒いショートパンツとなっていた。
これだけでは寒いだろうと配慮してくれたのか、ちゃんと黒いタイツまで用意してあり、最後にまたもや黒いロングブーツが出て来る。
やたら黒色が多いのは、白いコートが映えるようなのかな?
ともかく、せっかくミルフレンスちゃんが選んでくれた物だ。ミリアちゃんたちも彼女の参戦に軽く驚きつつも促してくれたので再び着替える。
ネクタイを締めて、最後に本体である白コートを軽く羽織って試着室のカーテンを開けると、その瞬間に勝敗が決した。
「胸元までしっかりと閉じて露出を抑え、気品を漂わせているのに……」
「大きな膨らみと腰から足に至るラインを隠さないことで魅力を損なわず……」
「白と黒のコントラストが眩しいですわ……」
なにやらうっとりとして感想を言い合っているけど、ミラちゃんの姿では男装という括りになってしまうこれは、俺からしてもなかなか気に入っていたりする。
だって中身は男だからね。
慣れたとはいえ、やはりスカートよりは落ち着くのである。
ただ誰かが言ったように胸の辺りがちょっとだけ窮屈なのと、ショートパンツのサイズが小さいのか、ピッチリと貼り付くような感触が気になる。
ひとつ大きいサイズに変えられないか聞いてみると。
「いいえ、クロシュさん。それでいいんです」
「そうですね。それが正解です」
「ピッタリですわ」
「は、はぁ……そうなのですか?」
「そうです」
当たり前のように返されたので俺も頷くしかない。
ふむ、こういうのが普通なのか。
「ではミルフレンス様の勝利ですね」
審判役を務めていたカノンの一声によってミリアちゃんたちは納得しつつも、ちょっと残念そうにしていた。
それから財布を管理しているらしいカノンが支払いに行こうとして、ついでにと、これまでにミリアちゃんたちが用意した服もいくつか選んで持って行く。
まさか、あれも買うのか。
そのまさかのようで、両手で抱えるほどのそれを気軽に購入していた。このくらいなら大した出費ではないのだろう。
しかし宿に戻るにはまだ早い。あまり荷物は増やすのは……。
当然だがミリアちゃんたちに持たせるなどあり得ないし、まあプレゼントを受け取るのは俺なのだから、ここは気合を入れるとしよう。
そう思っていたら、カノンは護衛騎士たちに大量の包みを渡していた。
……あ、そういえばいたんだっけ。ちょっと忘れかけていたよ。
でも荷物持ちのためにいるワケではないはずだけど……いいのかな?
さすがに悪い気がして、それとなく手伝おうとしたらカノンに止められた。
「見物料ですから、クロシュ様はお気になさらず」
なんの見物料なのかは気になったけど、良い笑顔で言われたので、それ以上は躊躇われた。きっと俺が知らなくていいことなのだろう。
ともあれ荷物の憂いがなくなったので良しとする。
「ミルフィがこういうことに参加するのは珍しいですわね」
みんなのところに戻ると、ちょうどソフィーちゃんが俺も気になっていたことをミルフレンスちゃんに尋ねていた。
「……ちょっと楽しそうだった」
そういえばミルフレンスちゃんはボードゲームが好きだったな。
ということは、こういった催しものにも関心があるのではないか?
わざわざ参加した辺りからして間違いないだろう。
なるほど。ミルフレンスちゃんと仲良くなるには、やはりゲーム参加による交流が近道のようだ。
問題は、俺がトランプならババ抜きと七並べくらいしか知らず、将棋もチェスもルールを把握していないという点だが……なんとかなるだろう。
それこそ、ミルフレンスちゃんから教わるとかね。
……おっと、その前に。
「私の服を選んでくれて、ありがとうございます。とても気に入りました」
「……別に構わない」
お礼を伝えると、照れているのかふいっと顔を逸らされてしまった。
まあ、徐々に距離を縮められたらいいか。




