そういう意図はなくてですね
ミリアちゃんは激怒した。
呆れた冒険者です、生かしておけません!
……とは言ってないけど、いつ口走ってもおかしくないほど怒っているのは火を見るよりも明らかってやつだ。
彼女は拗ねたり怒ったりすると頬を膨らませるクセがある。そして今、柔らかそうな少女のほっぺたはお餅を焼いたかのように膨れていたのだ。
俺は吹き出しそうになるのを必死に堪えて肩を揺らす。
それをミリアちゃんは、憤りを隠し切れていないと勘違いしたらしく、やり切れない思いを共感していることに少しだけ溜飲を下げたみたいだった。
とはいえ、俺が怒りを覚えているのは間違いではないし、同じようにアミスちゃんやソフィーちゃん、ミルフレンスちゃんとカノンに、さらには護衛騎士たちに至るまでが同様に憤慨している。
すべては、あの金髪の冒険者……グレイルのせいであると。
問題が発生したのは幼女神様と再会したあとだ。
本人が言っていた通り誰にも存在を認識されていない幼女神様は、歩くのが面倒になったようで宙に浮きながら付いて来ていた。
うっかり通行人とぶつかったり、店先にぶら下がっている看板に頭をぶつけないか心配だったけど、なんと物質を透き通って移動できるらしい。
普段は傍観者に徹するから気にしなくてもいいという本人の言葉もあって、幽霊みたいなものかと納得しつつお言葉に甘える。
意識を正面に戻せば、いよいよギルドの入口のひとつ東口が見え始めていた
徐々に大きくなる城に連れて、みんなの期待も自然と高まっているようだ。
だが、ここまで近付けば、より詳細に城の様子もわかるものであり……。
「あれは、どうしたのでしょう?」
異変に気付いたアミスちゃんが驚きを口にした。
それは東口付近に集まる人だかりである。
遠くて内容までは聞き取れないものの、悲鳴に似た高音の叫び声がここまで届いているのだが、不思議と緊迫した様子は見受けられない。
むしろ、喜んでいるような気配さえする。
「なんだか騒がしいですわね」
「ミリア……ちょっと見覚えがあると言いますか、イヤな予感がするのですが」
「クロシュさんもですか、私もです」
というのも集まっているのは若い女性が多いからだ。
中には年配のご婦人や、まだ少年と思われる駆け出し風の冒険者も混ざってはいるけど少数であり、黄色い声をあげているのは若い女性が大半である。
これに似た様子をすでに目撃していた身としては、どうも関連付けてしまう。
あまり近寄りたくなかったのだが、どちらにせよギルドに入るには、あの人垣を越えなければならないのだ。
予想が外れていることを祈りながら、恐る恐る騒ぎの中心へと向かってみる。
やがて悲鳴が鮮明に聞こえる距離になると……。
「きゃーグレイルさまー!」
「グレイルさまー!」
「きゃー!」
はっきりと聞こえた瞬間に、みんなの顔がげんなりとしたのがわかった。
たぶん、俺も似たような顔をしているはずだ。
どうやら騒ぎの原因は、あの男のようだからな……。
しかし遠くて細かい部分は聞き取れなかったのかと思いきや、本当にきゃーと、グレイルさまーしか言ってなかったのはビビるわ。
それだけ熱狂的にさせるほど人気があるということなのか。解せん。
「……入口が塞がれていますけど、どうしましょうクロシュさん」
「気は進みませんが、どうにか通して貰うしかないでしょう」
「それにしても、ギルドが黙っているのは妙ですわね」
言われてみれば、これほど騒いでいては他の人に迷惑だろう。ギルド側で対処してもおかしくないはずだ。例えば原因の男を摘み出したりとか。
だというのに、これといった対策もされずに現状では無法地帯である。
できれば関わりたくはなかったけど、仕方ない……。
ミリアちゃんたちに待っているよう伝えると、俺は意を決して集団のひとりに近付いて声をかけた。
「すみませんが、道を開けて貰えませんか?」
「ちょっとなによ! ここは私が先に……っ」
こちらを振り向くやいなや、その若い女性は凄い剣幕で怒鳴ったのだが、目が合った途端にぽかんと口を開いたまま硬直する。
ああ、この反応はメイドたちと同じだな。
【人化】によって完璧に模倣された、俺が知る頃から数年後の成長したミラちゃんの美貌を目にすると、同性であっても見惚れてしまうのだ。
反応は人によるんだけど、今回は効果絶大といったところか。
都合がいいので最大限に活用させて貰うとしよう。
「失礼、私たちはギルドに用があるのですが通して貰えますか?」
「え、あ、はい……あ、でも……えっと」
「大丈夫ですから落ち着いて。なにか言いたいことがあるのですね?」
「じ、実はギルドは今、グレイルさまが、冒険者だけで、立入禁止に……」
ぶんぶんと首を縦に振った女性は、しどろもどろになりながらも、なんとか理解できる言葉を紡ぎ出す。
その内容には驚いたけど、より詳しく聞き出す必要がありそうだ。
「ありがとうございます。ところで、もう少しお聞きしたいのですが」
「は、はひぃ……」
再度ぶんぶんと首が振られた。
もはや心ここにあらずといった感じだが、もう少しだけ頑張って貰おう。
「クロシュさんは、女性が相手だと理解している風になるんですよね……」
「というより男性の視線に対してだけ鈍感なように見えますね」
「総長さんには怒っていましたので、クロシュ様がまったく気にしないわけではないと思うのですが、ただ女性に関しては別の意味で警戒心が薄いようです」
「警戒心の薄いお姉さま……ああ、いけませんわ!」
「なにやら、ソフィーが良くない方へ向かっているような……」
「帰って来なさいソフィー!」
ペチペチと軽い音が響く。内容まで聞き取れないけど楽しそうでなによりだ。
だが、そんな背後からのはしゃぎ声を耳にしていると、これから告げなければならない残酷な事実に、俺は今から気が重くなっていた。
みんなのところへ戻った俺は、ギルドの現状を説明した。
やはり、あのグレイルを目当てに殺到するファンらを中へ入れないために、ギルド側は一時的に冒険者のみ立入を許可することにしたそうだ。
冒険者への依頼はどうするのかと聞けば、恒常的に行われている魔獣の討伐が、この都市における冒険者の主立った仕事らしい。
だとしても依頼がなくなるワケではないだろうに。まっとうな依頼者からしたら迷惑な話である。
なにより、これではミリアちゃんが観光できないではないか。
「では、やはり入れないんですね……」
「少なくとも開放されるのは夜になってからだと」
その辺りを知るには直接ギルド職員に問い合わせるしかない。
仕方なく俺は入口を塞いでいた女性たちをミラちゃんスマイルで陥落し、どうにか突破したところで、ようやく職員と接触できた。
まず立ち入り制限について問い質した結果、ギルド側の言い分はこうである。
ギルドとしては訪れた高ランク冒険者を追い出すわけにもいかず、かといって放っておけば依頼者に扮したファンがロビーにまで殺到し、他の冒険者の活動にも支障をきたしかねない。
だから今回の措置はやむを得ないものである……と教えてくれた職員だが、どうも不満を隠し切れていない様子だった。
さらに詳しく聞けば、当初ギルド側がファンに自制を求めるよう訴えたところ、あの男がなぜか反対して、むしろファンサービスとでも言うかのようにギルド内へ入れるよう要望したのだとか。
これを聞いたファンたちは歓喜し、ますます手の付けようがなくなってしまったのが立ち入り制限のきっかけだそうだ。
なんというか、余計なことしかしないな。
まだファンの勝手な暴走だとしてグレイル本人に非はないと判断していた職員たちも、ここに至って毛嫌いするようになったという。
とはいえ、やはり現状では口頭注意しかできないそうで、今もグレイル本人はギルド内に留まっているらしい。
夜に開放されるという話も、その頃には落ち着くだろうとの予測でしかない。
結局ところ、今日中にギルドを見学するのは絶望的なのだった。
そうして俺たちはグレイルに対する怒りと憎しみを募らせていたのだが。
改めてみんなの様子を見れば、怒りもあるけど、それ以上にギルドを見学できなかった悲しみが強いように感じられた。
……このままでは、いけない!
せっかく来たのだから、みんなには楽しい思い出をたくさん作って欲しい。
そのためには怒りに燃えている場合じゃない。俺は冷静になって、この雰囲気を変えようと提案してみる。
「……ここは冒険者ギルドだけではなく、様々な店がありますね」
ピクリと誰かが反応を示した。あるいは全員か。
咄嗟の発言だったけど、俺は見事に正解を引き当てたらしい。
「先ほどソフィーも言っていましたが、冒険者御用達の店もあるようですね。時間も空いてしまいましたし、今日のところは店巡りを楽しむのはどうでしょう?」
元々の予定では先にギルドを見学してから、日暮まで城塞都市の観光という話だったので、こちらにも興味があるのではと踏んでいたのだ。
「……そうですね。クロシュさんがそう言うのであれば」
「ええ、行きましょうお嬢様」
「東エリアは通って来たばかりですから、次は西エリアに行くのもいいですね」
「ギルド見学はすべてが解決してから、またみんなで来ればいいだけですものね」
「……行く」
どうにか先ほどまでの楽しげな雰囲気を取り戻せたようだ。
驚くべきことに、これまで黙って同行していたミルフレンスちゃんまでもが乗り気になったように思える。
もしかして目的はギルドじゃなくて店巡りだったのかな?
ともかく重い空気を変えられて良かった。
ただ、ひとつだけ心残りなのは、ギルドは冒険者なら入れた……つまり俺たちの中に冒険者がいたら、同行者もまとめて入れていたという点だ。
護衛たちに冒険者ギルドに登録している者がいないのは確認済みだったので今回に限ってはどうしようもないけど……。
いずれ機会があれば、冒険者になっておこうかな。
ギルドのある中央エリアは城の外周部が広場に囲まれる構造になっており、ぐるりと回って東エリアから反対側に位置する西エリアへと楽に移動できる。
すでに東エリアを通って来た俺たちはアミスちゃんの提案もあって、この広場からまだ見ぬ西エリアへと歩を進めた。
そして大きく異なった様相に、本日二度目の感嘆の声を漏らした。
事前にパンフレットで読んではいたけど、やはり実際に見るのとでは違う。
東は武具店や鍛冶場が多いせいか、道は灰色一色の石畳に土が露出している箇所もちらほらと見受けられ、無骨でちょっとむさ苦しい印象だった。
対して西エリアは地面に敷き詰められた色鮮やかなタイルを始めとして、オープンテラスのカフェや、ショーウインドに陳列された高そうな服などなど、全体的に華やかな印象を感じさせるのである。
エリアごとに別けているとはいえ、まったく違う街を訪れたような感覚だ。通りを歩く人たちすらオシャレに見えるのも気のせいではないだろう。
不意に甘く芳しい香りが鼻腔をくすぐり、お腹の辺りがきゅっとなる。
……まだ少し早いけど、どこかで昼食にしてもいいかもね。
期待を込めてちらりと視線をみんなに移す。
「見てください、お嬢様。あちらのお店は……」
「あ、あれは冒険者用として名高い『ワルキュリアの羽衣』……!」
「どこかで新店舗をオープンさせたとは聞いていましたが……」
「この城塞都市だなんて知りませんでしたわ……」
高そうなブティックに羨望の眼差しを向けていた。
うん、花より団子なのは俺だけだね。
話している内容からすると、女性用の服飾専門店なのは一目瞭然だけど、特に女性の冒険者に向けた防具が有名なようだ。
まだ歴史も浅く、各地に小さな店を構えている程度だが新進気鋭の名店として知られているらしい。
軽く覗いた感じでは軽装というか、やたら露出度の高いデザインが目立つ。
あれってビキニアーマーってやつじゃない?
どうも防御力に疑問が残るような装備だけど、そこはちゃんと魔導技術を駆使して魔術的な防御能力で補っているとミリアちゃん。
ならばデザインを普通にすれば、補うのではなく一層高い性能を得られるのではないかと思うのだが、肝心なのは性能ではなく見た目なのだとか。
できる限り着飾りたいというのは、異世界の冒険者も変わらないようだ。
ところで、いつの間にかミリアちゃんに解説されていたんだけど、そんなに教えて欲しそうな顔をしていたのかな?
俺の心中を知ってか知らずか、さらに宣伝めいた解説は続く。
「近年では女性冒険者の増加に伴い、従来の防具はデザインが地味で可愛くないからと装備しないのが当たり前のような風潮が蔓延してしまい、重傷を負って引退する者が多いそうです。ギルドも警告していますが、最終的には個人の判断に任せるしかないため効果はありませんでした。そんな中でワルキュリアの羽衣が販売を始めたのが見た目にも華やかで、なおかつ致命傷を防ぐほどに高性能の防具です。それまで防具なしの状態でも活動を続けられていた一流の冒険者も求めたことから人気に火が付き、今や冒険者でなくともデザインを評価する者がこぞって購入しているためブランド商品となっています」
ただ……、とミリアちゃん。
「あまりの人気に生産が追い付かず、加えて製作者の方針から店は自分で管理できる範囲までしか広げないと公言しているようで、小さなお店しか持ってないそうです。少し前に問い合わせたら予約も数年先まで一杯でした」
「しかし、ここに新しい店を出しているんですよね?」
俺の質問には、アミスちゃんが引き継いで答える。
「それなのですが、最近になって弟子を迎え入れたという噂と、冒険者と一般向けで別の商品を販売すると発表がありました。一般向けにはデザインだけそのままの物を、冒険者にはこれまで通りに防具として使える物を販売するそうです」
なるほど。きっと魔導技術による加工は手間がかかるのだろう。
防具としての性能を求めていない人に無用なものだから、その工程を省いて量産したってことか。
だが、中には本物を欲しがる人もいるんじゃないかな?
冒険者というだけで買えるのだから、誰かに依頼する手もある。
あまり以前と状況は変わらないような……。
そんな疑問を見越していたのか、ソフィーちゃんが続きを受け持った。
「もちろん、それだけでは意味がありませんわ。ですからワルキュリアの羽衣は冒険者向けの商品を販売する新店舗の場所を、まったく告知せずにオープンさせたのですわ。現地の冒険者だけが確実に手に入れられるように、ということなのでしょうけど……考えてみれば、この城塞都市が最も相応しいですわね」
ということは俺たちがこの店を発見できたのは、かなり運がいいようだ。
あまり客がいないのも、まだ周辺の冒険者にすら浸透していないせいだとすれば、いずれは客でごった返すのだろう。
逆にいえば、ゆっくり物色できるのは今だけだな。
「……なのでクロシュさん。冒険者ではない私たちに買うことはできませんけど、せっかくですから少しだけ店内を見てみたいと、あの、思うのですが」
やたらと熱心に教えてくれるなと思ったら、店に入る前振りだったらしい。
なんだか妙に気を使われているような気がする。
別に服というか防具を見るくらい問題ないだろう。年頃の女の子なら興味があるだろうし、それに付き合うのもやぶさかではないよ。
……あ、ひょっとして。
「もし私に遠慮しているのなら、気を使わなくても大丈夫ですよ?」
「えっと……クロシュさん以外の防具がいいとか、そういう意図はなくてですね」
「わかっていますから。むしろ、私も興味がありますので安心してください」
「そ、そうなんですか?」
見ればアミスちゃんとソフィーちゃんも安堵したようだった。
やっぱり、みんなは俺が防具であることから、他の防具に目移りするのは失礼かも……、みたいに考えていたようだ。
たしかに、みんなが俺を見放してしまうような凄い防具があったら困るが……。
ま、俺以上の防具なんてないと自信を持って言えるけどね!
それは、どうかなー?
おっと幼女神様、ちょっと聞き捨てならない発言ですぞ。
ひとつだけ、だめな、ところ、あるからなー。
そんなまさか……いったい、それはなんです?
でざいんー。
この白コートがいけないと?
かわいく、ないー。
ええ、でもカッコいいでしょう?
おんなのこは、かわいいのが、いいよー。
百理ありますね。
しかし……そうか、俺に足りないのは可愛さなのか!
たぶんねー。
しかし【変形】にも限度があるし、この形も【進化】で勝手になってしまっているので俺の意思ではどうしようもない。
色を変えるくらいなら【色彩】で自由自在だけど。
つぎの、しんかで、がんばろー。
頑張れる要素があると?
ほんにんの、つよい、いしが、かたちに、なるからねー。
それって、ひょっとして俺が防具になったのは合体したいと願ったのと同時に、護れる存在になりたいという強い意思が形になったものなのでは?
すっごーい。
褒められちゃった。
わーい、たーのしー。
……それなんかのネタでしょ。知らないけど。
クロシュくんは、おくれて、いるなー。
まさか俺が死んだあとに流行ったアニメかなにか?
どったん、ばったんー。
気になる……けど、どうせもう見れないからね。
かわいそうにー。
そう思うなら未来のネタはやめてください死んでしまいます。
わかったー。
本当にわかったのか不安だ……。
最後のネタは半年前から考えていました。
ようやく使えて一安心。わーい。




