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そして布は幼女を護る  作者: モッチー
第2章「絶対もふもふ戦線」
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来ましたよ!

 足早に駅への道を戻りながら、俺は今しがた手に入れたスキル【精神操作】と、【精神防壁】について詳しい効果を確認しておこうとステータスを開く。

 だが、スキル欄には新たにスキルが増えた形跡は見当たらない。

 たしかに【簒奪】で奪い取ったのは間違いないし、メッセージまで浮かんだのだから勘違いというのも考え辛いのだが……。

 いったいどういうことなんだ?

 あまり落ち着いて考えるヒマもない。ひとまず問題は棚上げにしておき、目的地へと急ぐことにする。


 軽く息を切らせつつ駅舎に戻るとミリアちゃんたちの姿は待合室になく、すでにプラットホームへと集まっていた。

 やはり思っていたよりも時間がかかってしまっていたようだ。

 まだ機関車は来ていないようだが、危うく置いていかれるところである。

 慌てて駆け寄るとミリアちゃんが俺に気付いたようで、笑顔で迎えてくれた。


「良かった……間に合わないかと思いましたよ。すぐに戻るとは聞いていましたが、どこに行っていたんですか?」


 別行動する際にナミツネに頼んでおいたのだが、どうやら奴は上手く誤魔化してくれたようで一安心する。

 せっかく友達と仲直りする機会でもあるのだし、今くらいはミリアちゃんに余計な心配をかけたくないからね。


「え……ええ、実はちょっと珍しくて、ついフラフラと見物してしまいました。勝手にすみません」


 思わずトイレだと言いかけそうになったが、そんな長いトイレはどうもイメージが悪いし、なにより【人化】してからは一度もしたことがない行為なので、むしろちゃんと出るのかとか、出る時はミラちゃんの体で色々とどうすればいいのかと変な方向に思考が加速し始めたので、咄嗟に無難なことを口にする。

 そんな俺の言い訳をミリアちゃんは素直に受け取ってくれたのか、疑う素振りも見せずに納得してくれたようだった。


「ああ、そういえばクロシュさんは耀気機関車は初めてでしたよね?」

「似たような乗り物は知識として知っていますが見るのは初めてですね」

「……あの、よろしければ詳しくお教えしますよ」


 得意げな顔でふんすっ、と話したがっていたのでお願いする。

 まず耀気機関車という車両は、後ろに客車や貨車を数両ほど牽引するという、俺の知識からそうかけ離れていない乗り物のようだ。

 ただし皇帝国に現存する耀気機関車は全部で3台だけであり、それぞれ路線が違うため必然的にひとつの駅における運行はかなり少なく、乗り遅れたら数日は待たなければならないらしい。危ないところだった。

 なぜ増やさないのかと聞けば、機関車自体が数年前に開発されたばかりで、なかなか生産が追い付かないことと、金持ちの長距離移動手段や物資の輸送用として使われるのが大半なので現状でも事足りるからだとか。

 そんなミリアちゃんの説明を聞きながら改めてプラットホームを見渡す。

 たしかに駅舎の造りは一般人が利用するには、少しばかり敷居が高いように思えるほど煌びやかであり、ちらほらと見かける客も身なりが良かった。


 ホームは高台に敷かれた一本のレールに沿うようにして俺たちが立っている乗り場があり、入口からは階段を登った先にある渡り廊下から移動できる。

 なぜだか近い手前側ではなく、奥の乗り場に誘導されているのだが、これは片側が乗客用で、反対側は燃料の補給や点検、貨物運搬用に使われるためだという。

 重量のある物を運び込むのに、より近いほうが便利ということだろう。

 このプラットホーム全体を包み込むようにレンガ風のブロックを組んで建てられた駅舎もレトロながら高級感を漂わせており、天井は明かりを取り込むためかアーチ状の骨組みに全面ガラス張りで、降り注ぐ日光がキラキラと眩しく、どこか幻想的な光景に映った。

 地球でも海外を探せばありそうな構造ではあるんだけど、少なくとも生前の俺の記憶には存在せず、どれもファンタジー色が強くて面白い。

 そうして景色を楽しんでいるとウワサの耀気機関車が到着し、駅の造りなど序の口だったと思い知ることになる。


「クロシュさん、来ましたよ!」


 心持ち上擦ったような声を出しながらミリアちゃんが指を差す。

 存在を報せるために汽笛を鳴らし、僅かな重低音を響かせてプラットホームへ滑り込むそれは機関車というより、黄金の塊と七つに色付いたガラスの集合体だ。

 基本的な部分は、流線型という近代的な部分を除けば、まだ理解できる。

 各部の装甲や、左右から伸びるアンテナか槍のようなパーツもいい。

 しかし目の前にあるのは日光を反射して輝く黄金色の車体で、その表面には幾何学模様が刻まれており、車体の上部にはステンドグラスの如く美麗に彩られた菱形の大きなガラスが、翼のような形に模られて取り付けられているのである。

 そして機関車が停止すると、七色の翼は休めるかのように折り畳まれ、どこからか響かせていた駆動音を沈黙させる。

 唖然として眺めているとミリアちゃんが俺の顔を下から覗き込む。


「驚きましたか?」

「そう……ですね」

「私も見るのは三回目ですけど、とても綺麗ですよね。誰がデザインしたのか一般には公開されていないのですが、一説によると『耀気』を開発した魔導士の手記から得られた構想だとか……」


 そいつ地球人じゃない?

 前から思ってたけど、ちょいちょい過去に転生か転移かしてやって来た地球人が文明レベルを加速させている気がしてならない。


「ちなみに、あれは金色なので誤解されやすいですが、本物の黄金ではなく別の金属らしいですね」


 真鍮みたいなものかな?

 雨で錆びそうだけど、魔導技術かなにかで保護しているのだろう。


「詳しくは私も知りませんが耀気機関である以上はなにか意味がありそうですね」


 あ、やばい。

 圧倒的な存在感に意識を奪われて、ミリアちゃんの様子に気付くのが遅れてしまった。見れば黄金の車体に負けないくらいキラキラとした目をしている。

 このままではミリアちゃんの耀気機関が暴走してしまう!


「耀気機関といえば、この機関車には皇帝国どころか大陸でも随一の性能を誇るといわれる最大最高の耀気機関が搭載されていまして、それは……」

「お嬢様、そろそろ乗りましょうね」

「え、わ、ちょっとカノン!?」


 絶妙なタイミングで話を遮り、肩を押しながら乗車を急かすカノン。

 相変わらずの見事な仕事ぶりに俺は心の中で喝采を送った。

 ありがとうカノン! ありがとう!

 そんなカノンは俺の感謝の念に気付いたのか、ちらりと視線を逸らすと……。


「車内では止めようがありませんので……どうか、ご武運を」


 とだけ言い残して颯爽と乗り込んでしまった。

 まるで他人事のような言い方に凄まじく悪い予感を覚えながら、重い足取りで後に続く俺だった。




 客車内は一両につき六つの個室で構成されている。

 いわゆる寝台車のようなものだ。

 夜間も走行すると聞いていたので、車内に宿泊できる設備があるとは予想していたが、その予想よりも立派で広い部屋が用意されていた。

 というのも窓際に二人掛けのソファーが二脚とテーブルが置かれていて、なお四人が眠れるベッドが設置されていたからだ。

 さすがにベッドはひとつを二人で使用する形になるらしく二台しかなかったが、それでも大きめのサイズなので充分にくつろげるだろう。

 一部屋に四人、それが六つということは、一車両につきたったの24人しか乗れない計算となる。ここまで贅沢な仕様なのは金持ちが乗るからなのか、金持ちしか乗れないからなのか……。

 もっとも、驚きなのはそんな車両を丸々ひとつ貸し切ってしまったクーデルと、それを当然のように受け入れているミリアちゃんたちだったりするのだが、それは今さらなので置いておくとしよう。

 ちなみに乗り切れない護衛騎士たちの大半は少し無理を言って、本来なら乗車できない最後尾の貨物車に詰め込まれている。

 元々アミスちゃんたちの同行は予定になかったので仕方ないのだが、騎士たる彼らは主君に文句を言えるわけもなく黙って従っている姿は感じ入るものがある。あとで陣中見舞いに行ってやるべきか。

 ただ、これほどの車両を貸し切って資金面は大丈夫なのか心配になるのだが、やはり安全には代えられないということなのだろう。支門のおっさんたちが敵ではないと判明したので、いざとなれば援助してくれると期待したい。

 ともかく、その辺りの問題はクーデルに任せておくことにしているのだ。

 俺は目の前の苦難をどう凌ぐかに集中するとしよう。


「最初期に開発された魔石炉は魔石の内部に蓄えられた魔力をそのまま使用していましたが燃費が悪く庶民の間ではまともに扱うことも困難でした。そこで登場したのが耀気機関で、これは予め魔石から抽出した魔力である耀気を燃料としているだけですが、それが飛躍的なまでに効率性を高め、ずっと少ない魔石で従来の魔石炉を起動できることから現在では庶民の間でも普及されるようになったのです。それだけではなく耀気は通常の魔力とは異なり、特殊な精製法で固体化、あるいは液体化させることで長期保存や運搬時の魔力暴発を抑えて大量に運べる利点から耀気動車のような魔導技術の発展に大きく貢献したのです」


 いつもより饒舌に、淀みなく舌を滑らせるミリアちゃん。


「その通りですね。ただしミリアの話に少しだけ補足するとすれば、液体化した物を『耀油液』と呼び、これは長期保存できると言ってもいずれは腐ってしまうもので、固体化した『耀化石』や純度の高い『耀気結晶』は腐りはしないものの、破損すると魔力が抜けるので運搬には細心の注意が必要になりますね」

「耀油液はすぐに消費できる利便性から耀気動車のような小中型の耀気機関に、耀化石などは得られる魔力の大きさから、この耀気機関車のような大型の機関に用いられますわね。ちなみに耀気のまま使うことは、あまりありませんわ」


 呼応するかのようにアミスちゃん、ソフィーちゃんが答えれば、負けじとミリアちゃんもさらなる知識を披露する。


「たしかに耀気は空気のような物なので取り扱いが一段と難しいですが、最近の研究では密閉した容器に込めた耀気を少しずつ放出することで新しい用途が考案されています。いずれは耀気そのものが必要不可欠な資源になると思いますよ」

「そのような研究があったのですか」

「さすがにミリアは詳しいですわね」


 ふふっ、と笑みを浮かべながらお茶を嗜む博識なお嬢様方は、続けて耀気機関車の少ない運行状況にまで触れ、討論に発展させる。

 そして場違いな俺は、どうやって部屋から脱出するかを検討していた。

 ありえん。この子たちは本当に10歳前後なのか?

 そう疑ってしまうほどに子供らしからぬ会話の内容に頭痛がする。

 まだ、どうにか付いていける範囲だけど、彼女らがもう少し成長したら俺など会話にも参加できない高レベルなお茶会を開きそうで恐ろしい。

 現状でも会話に加われていない時点でマズイのかも……。

 知識的な部分は300年ほど眠っていた弊害ということにしても、知能は生前のままだから非常に厳しい。

 ……ま、まあいずれだな。

 今はどうやってこの部屋から脱出するかが先決である。


 この場にカノンはいない。というより逃げられた。

 初めは俺とミリアちゃん、そしてカノンの三人という割り振りで部屋に入ったのだが、別室だったアミスちゃんとソフィーちゃんが早速とばかりに遊びにやって来て、部屋に入りきれないのでと配慮する形でカノンが退室したのだ。

 実際のところ、機関車でテンションが上がったミリアちゃんと他二人に巻き込まれるのを察していたのだろう。

 ソフィーちゃんはともかく、アミスちゃんも普段は冷静なのに時折このように子供らしい一面を見せるのだが今回のそれは一段と激しい。

 というか彼女たちも、この手の話が好きだったなんて聞いてないぞ。

 カノンが言う止められないとは、この状況だったのだと気付いた時には遅く、迂闊に動けば逃げようとしていると気付かれ、楽しくお喋りしている三人に水を差してしまう。逃げるに逃げられない状況となったワケだ。

 どうにか余裕の表情を浮かべて、フフ、ちゃんと話を聞いていますし内容も理解していますよ? という体裁を装ってはいるが冷や汗が止まらない。

 なにか、なにか突破口は……!

 その時だった。天啓的な閃きが脳裏をピリリッと走る。


「そろそろお茶がなくなりそうですね。私が持って来ますよ」


 実際には、まだ少し残っているのだが、それは建前だ。

 本当は俺を抜きにして、このまま三人でお喋りを続けて以前のような仲を取り戻して欲しい……という二段構えの建前で抜け出す寸法である。

 ミリアちゃんたちは最初こそ遠慮したが……。


「いえ、ついでに車内を見て回りたいので、三人はゆっくりしてください」


 という風に伝えるとミリアちゃんとアミスちゃんは理解してくれたようだ。

 ソフィーちゃんは付いて来たがっていたけど、最後はなんとか納得してくれた。

 さて、お茶はカノンが食堂車なるところから用意したと言っていたけど、しばらく辺りを散策しようかな。

 部屋を出ると、そこは人がすれ違える程度の細長い通路になっている。

 たしか食堂車は後方だったはずとカノンの言葉を思い返しながら、そちらへ振り向くと、ちょうど誰かが車両を移動するところだった。

 車両間を仕切る引き戸が閉じる瞬間、見覚えのある髪色がちらりと見える。

 まさか、あれは……。




「なにをしているんですか?」

「…………」


 気になって後を追い、行き着いたのは食堂車の一角だった。

 娯楽のない車内で長時間を過ごす客のために、小説やカードゲームの類を販売しているようである。

 そんなところに藤紫色をした髪の少女、ミルフレンスちゃんがいた。

 アミスちゃんとソフィーちゃんと同室で、二人がこちらに来た際に部屋で寝ていたと聞いていたのだが。


「……見つかった」


 小さな声だったけど、初めて彼女の声を聞いた気がした。


「なにか欲しい物でも?」


 見れば手には大きな箱がしっかりと抱えられていた。

 絵柄からして名前もルールを知らない物だが、こういうのは複数人で遊ぶのが基本なんじゃないかな。

 もしかしたら、みんなと一緒に遊びたかったのだろうか。

 そう心配して少し遠回りに尋ねてみると。


「これは、ひとり用」


 まさかのお一人様用だった。

 なんというか、もし日本の現代に生まれていたら色々と大変なことになっていそうな子である。

 こんな物を一点だけとはいえ販売している店もどうかと思うが、ひとりでの長旅なら需要があるのだろうか。だとしても荷物になりそうなサイズだけど。

 益体のないことを考えているうちに支払いを終えたミルフレンスちゃんは、さっさと部屋に戻ろうとする。

 せっかく会話が成り立ちそうな機会なので、もう少し話ができればと俺は急いで声をかける。


「ボードゲームとか好きなんですね」

「……それもある」


 他になにがあるのだろうか?

 すぐには思い付かず気を取られていると、いつの間にかミルフレンスちゃんの姿は消えていた。

 うーむ、少しわかったような謎が深まったような。

 次からはカードやボードゲームに関連した話題を振ってみようかなと思いつつ、せっかく食堂車まで来たのでお茶を用意して部屋へ戻ることにした。

次回でようやく、やりたかった事ができます。

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