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そして布は幼女を護る  作者: モッチー
第2章「絶対もふもふ戦線」
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どこに行ったのでしょうか

「という方法で私とミラは危機を切り抜けたのです」

「クロシュさんも聖女ミラも、最初から強かった訳ではないんですね」

「今の話に出たスライムとはアサライムでしょうか? 以前に読んだ記録によると何十年も前にいなくなった幻の魔物で、当時の討伐適応ランクはオーガ級と高難度だったはずですが……」

「そんな魔物を何匹も倒すなんて流石ですわ、お姉さま!」


 冒険者だったミラちゃんや当時の俺の話を聞きたいというリクエストに応じて、街へと向かう道中では暗殺スライムを狩った手段や、黒い骸骨のような悪魔に立ち向かった話をして盛り上がり、彼女たちは本当に聖女のミラちゃんのファンなんだなと再認識しつつ楽しい一時を過ごした。

 山林を抜ける間も何事もなく順調に進み、いよいよ車が街に入るという頃だ。

 予想通り【察知】に反応があった。

 できることなら、このまま楽しく過ごせたらと思ったのだが、なかなか上手くはいかないらしい。

 反応は至るところにあり、その中でいくつかがこちらの移動に合わせるような動きを見せていた。恐らく監視しているつもりなのだろう。

 すぐに排除するべきか逡巡し、下手に動くべきではないと判断する。

 相手は【支配】スキルを持っている可能性が高い。もしもすでに使用していれば【察知】にも反応しない無意識の刺客が潜み、俺がいない間にミリアちゃんたちを襲うかもしれない。

 逆に言えば、俺がみんなの近くにいる限り危険はないワケで、無理してまで倒す必要があるかは微妙だが……。

 もしかしたら新しい情報を得られるかも知れないし、なにより目障りだ。やっぱりここで叩いておくとしよう。

 ただし動くのはみんなが安全な場所まで移動してからだ。

 みんなが気付かないよう、こっそりとね。


 そう決めると意識は【察知】に向けたまま、ミリアちゃんたちに悟られないよう街並みを眺めているフリをする。

 すると、想像以上に先進的な光景が飛び込んで来た。

 外観はちょっとレトロな空気が漂う洋風の家屋が立ち並んでいるが、地面は石畳で均等に舗装されており、意外にも街灯らしき設備まで散見される。異世界とはいえ300年間による文明の進歩を感じさせられるな。

 乗っている車もそうなのだが、時折すれ違う車に関しても燃料の違いのせいか排気ガスのような環境汚染する物質は出ていないようである。

 他にも内部から紫色の煙を漂わせる怪しげな店や、小冊子を大量に並べた妙な屋台があったりと、色々と物珍しく観光でもしたい気分に駆られてしまうが、今はミリアちゃんを護ることが優先である。

 それと……この車、他の一般的な車と造りが違うらしく、日本風に言えば黒塗りの高級車が何台も並んで走行している感じなのでかなり目立つ。

 通りを歩く人たちからは何事かと奇異の視線を集めており、俺はなにやら恥ずかしくなって顔を車内へと戻した。

 感覚が未だに平凡なる一般市民でしかない俺は悪目立ちするのに落ち着かないが、見ればみんなは慣れているのか平然とお喋りしていた。さすがですお嬢様方。


 そうこうしている内に駅舎へと到着する。

 護衛が数名ほど一足先に向かって伝えていたからなのか、待機していた駅の職員たちの案内により待合室で発車までの時間を過ごすこととなった。

 具体的には次の発車時刻まで30分ほどだと言っていたのでちょうどいい。

 ここなら外からの監視は誤魔化せるし、事実【察知】によると敵意の反応は内部にまで侵入していない。仮に襲撃されても籠城くらいは難しくないはずだ。

 すぐに戻るとナミツネにだけ事情を話しておき、こっそりと入って来た扉とは別の出口を探す。

 時間を無駄にしたくなかったので近くにいた職員に尋ねてみると、丁寧に教えてくれた。ミリアちゃんたちと同伴していたから貴族だと思われたのかな?

 ともあれ敵に気付かれず抜け出せたので助かった。


 さて、まずは近くに反応があるので、そいつの姿を確認してみようか。

 物影からこっそり覗き込むと、そこでは仕事中の職員と思しき男と、怪しげな女が見つめ合っている最中であった。

 反応は女のほうから出ているが、いったいなにをしているのかと監視していると女は小瓶のような物を職員のポケットに滑り込ませた。

 まさかと思い、遠目に職員に【鑑定】を使ってみると案の定、【無意識操作】の表示がステータスに浮かんでしまった。

 間違いない。あの女がメイドに毒を盛らせようとした奴だ!

 そのまま女は立ち去ろうとしたので、追跡しようと一歩踏み出したところで俺は思い留まる。

 ひとまず先に職員をどうにかしないとマズイか……。

 焦らずとも【察知】によって見失うことはないのだから、あの小瓶の正体を確認してからでも遅くはないだろう。

 できれば【癒水】で正常に戻したかったけど、女とは別の者がこちらを……というより、たぶん職員の様子を監視しているっぽいので断念する。

 作戦がバレていると悟られて、また別の誰かを操られては面倒だ。

 となると監視者に怪しまれずに小瓶を回収するしかないのだが……。

 仕方ない。ちょっと頑張ってみよう。

 俺はフードを深く被ると物影から出て、平然と歩いて職員に近寄り、すれ違いざまに【変形】で伸ばした布の一部を操って小瓶を抜き取り、そして何食わぬ顔でその場を離れる。

 すり取るのにかかった時間なんと1秒未満である。なんと素早いピックポケットだ。手品師としてもやっていけそうだな。

 てきとうに歩いて物影に隠れても監視はこちらに付いていない。どうやら怪しまれなかったようで一安心する。

 早速、手に入れた小瓶の中身を【鑑定】で調べてみると……。


 ああ、またこの感情か。


 予想してはいたが、それは予想を越えた代物だった。

 中身の液体の正体と、その用途に具体的な効果までも理解した俺の心には、またもドス黒い炎が燃え盛っていた。

 この火が消えることはないと思っていたけど、みんなと触れあっていたせいなのか、少しは落ち着きつつはあったようだ。

 だがこれで元通りだ。狂おしいほどに胸を焦がす憎悪に身体が突き動かされてしまう。最早、俺自身にも止められる自信がない。止めようとする意志もない。

 一人残らず、この世界から焼却しなければ収まらない……!






 目標が護衛を引き連れ、車で街へ入ったという情報を入手した私は急いで通過予測地点である大通りの監視に入ると、数台の立派な車を目視にて確認できた。

 あの目立ち様は何かの罠か陽動かと疑ったが、目標の少女の姿も発見したので間違いない。護衛の数を揃えれば手出しはできないと踏んでいるのだろう。

 進行方向から、耀気機関車でいずこかへと向かうようだと推測する。

 護衛の数は多く、他にも邪魔者がいるようだが千載一遇のチャンスだ。これを逃してはならない。恐らくこれが私にとって最後のチャンスなのだから。


 私がこの任務を引き受けたのは、成功すれば地位が大きく飛躍するだろうと予測出来たからだ。それほどにこの作戦における目標の暗殺成功は価値が高い。

 だが逆に失敗すれば今の地位からの失脚は免れない。

 前回の襲撃は実行者が幹部の者であり、かつ雇った暗殺者に責任を押し付けたことで上手く逃げていたが、私は諜報部のサポートを除けば単独行動なのでそうもいかないだろう。

 それでも、私ならば可能だと確信していた。

 私の持つスキル【精神操作】はスキルランクが低く、その成功率は極端に悪いという欠陥の烙印を押されてしまうような有様だったが、私を拾い上げてくれた御方のために努力を重ねてようやく使い道を見出せたのだ。

 それは無意識レベルならば単純な動作を行わせられるというものだ。

 簡単に言えば、他人の何気ない行動にひとつだけ私の意図した動きを追加できるのだ。上手く使えば条件付けることも可能であり、持たせた毒を特定の人物に盛らせるくらいは操作できた。

 だから速効性の猛毒を渡された時はすでに成功した気分でさえいた……なのに。


 理由は不明だったが私の【精神操作】は解除されたのだ。

 術者である私には把握できるが、誰がどうやったのかまでは情報を得られなかった。そもそも操作状態を看破されたことも驚愕で信じられない。

 この失敗には狼狽した。

 だが屋敷から死体が運び出されたという報告から、先の襲撃時に捕えられていた暗殺者の口封じには成功したという功績によって、もう一度だけチャンスと共に新たな毒薬を与えられた。

 次こそは必ず成功させなければ、もう後がない。

 今度の毒は二つの小瓶に入った液体を混ぜると瞬時に無色無臭の気体へと揮発し、空気中に猛毒を散布するというものだ。

 屋外では広範囲に拡散してしまい効果が薄くなるようだが、屋内ならば濃厚な毒気を吸い込むことで呼吸器に異常が起こり、喀血し、やがて絶命に至らしめる。

 効果こそ前回よりも弱いせいで助かる猶予も僅かながら生じてしまうが、その時には周囲の護衛やお友達ともども激しい苦痛に苛まれながら床を這っており、訪れない助けを待ちながら血だまりの中で息を引き取るという、ある意味ではこちらの方がより悪辣かつ強力な毒である。

 だからこそ私は成功を疑わない。これなら確実に達成できるだろうと。


 問題は場所とタイミングだ。

 用心深く目標の車両を追跡していると駅の裏手で停止する。このまま走行中の機関車での使用も厭わないと覚悟を決めた時だった。

 幸いなことに機関車は次の発車まで時間があるらしく、目標は構内の関係者以外立入禁止の札がかけられた扉の奥へと案内されて行ったのだ。

 流石は上位貴族のお嬢様。VIP待遇という奴なのか、恐らくは時間までどこかの部屋で優雅に待つのだろう。

 ここであれば毒を使うのに不足はなかったが、迂闊には近寄れない。

 例の暗殺者たちの二度に渡る失敗は、どうやら目標の護衛に【気配感知】スキルか、それに類するスキルを持っていると推測されたからだ。

 もっとも二回目の襲撃は、こちらが指示を出していないのに勝手に動いたので自業自得ではあるが、おかげでかなりの範囲をカバーできるものと判明した。

 雑踏に紛れているとはいえ、私もあまり長居するのは良くないだろう。

 早く誰かに【精神操作】をかけなければならない。ただし二種類の毒を扉の奥でで混ぜ合わせることが可能な者でなければ意味がない。一般人では扉の奥へ入ろうとしないし、仮に入れても追い出されるのが先だからだ。

 目星を付けたのは職員のひとりだった。

 背後から近寄ると手早くスキルを使い、二つの小瓶をポケットに忍ばせて立ち去る。この間、僅か10秒ほどで終わった。

 無意識だけなら、これほど早く操れると発見できなければ今の私はいなかっただろう。欲を言えば完璧な精神操作をマスターしたいのだが……。

 もし確実に行うとすれば膨大な魔力と、圧倒的な能力値、そして長時間に渡る対象へのスキル行使が必要となるため現実的ではないのは明らかだった。

 過去には『視た』だけで相手を『完全に支配』するほど強力なスキル持ちもいたと聞くが、同系統のスキルを持つ私だからこそ、それは誤った情報か、または本人のハッタリだろうと吐き捨てられる。強力過ぎて余りにもあり得ない話だ。

 この私でさえ本人が強く拒否の感情を抱く行動までは絶対に操作できず、毒を盛る行為さえ本人が毒だと知らない前提があって初めて可能となるのだから。

 ともかく、現状ではこれでも充分だと自分を納得させておく。


 足早に諜報部が用意した隠れ家へと戻り、そろそろだと笑いを堪える。

 あと少しで構内は大パニックとなり、悲鳴は福音となって私に届くのだ。

 そして私はより高みへと昇る……。

 同士の中には、あの少女を生贄にしてまで手にする栄光など欲しくない、などとのたまう輩もいたが、奴らがでかい顔していられのも後僅かの間だけ。

 もうじき計画も最終段階に入る。そうすれば誰もが理解するだろう。

 どれだけの者たちが救われ、歓喜し、希望を掴むのかを。


「あの少女だって全てが終われば栄光の礎となれた事をむしろ感謝するわ。そうですよね、偉大なるルーゲイン様」

「そいつが親玉か」

「だ、誰っ!?」


 この場にいないはずの何者かの声に振り返ろうとして……。

 気付けば、私の体だった人間は身動きひとつ取れなくなっていた。






 俺の目の前には【変形】で伸ばした布に絡め取られて完全に動きを封じられた女がいる。見た目は平凡で、どこにでもいそうな顔だった。

 それを無視して、縛った衝撃によって女の手から滑り落ちた手鏡を拾い上げる。

 白地のフレームに若草色の唐草模様が持ち手の部分にまで入った、少し古臭い感じのする丸い鏡だ。

 自分の顔が映る鏡面に向かって話しかける。


「お前が知っていることを吐けば命だけは助けてやる」

「……どうして私の正体が分かったのかしら?」


 冷たい女の声が室内に響く。

 そう、この手鏡こそがメイドや職員を【無意識操作】状態にした張本人。

 手鏡のインテリジェンス・アイテムである。

 今回は見逃さなかったぞ。


「どうしても何も、そっちの人間に【鑑定】を使ったら一目瞭然だろう」


 最初はスキルを警戒していたのだが、フタを開けてみれば状態の欄に【傀儡】の文字が現れたのだ。おまけにスキルも平凡で戦闘能力などないに等しい。つまりは誰かに操られているのがわかったのだ。

 しかし、俺はこの女が職員と接触しているのを見ている。

 ならば答えは特殊な道具を使っているか、道具に使われているかだ。

 それにしても支配だとか操るタイプのスキル持ちは他力本願な思考に多いのか、この手鏡も例の暗黒つらぬき丸と同じく、スキルを見た限りでは自ら戦う術を持っていないらしい。

 おかげで安心して尋問を行えるのだから不満はないけど、それでいいのか?


「そんな馬鹿な……。護衛に【鑑定】持ちがいるなんて報告に……いえ、ちょっと待ちなさい。あ、貴女の着ているソレはまさか……!」


 こちらの呆れた視線を無視して手鏡はひとりで盛り上がっていた。

 少し面倒になって来たが、前回は俺のミスもあって暗殺者から情報を引き出せなかったのだ。ガマンしなければなるまい。


「あり得ないわ……。だって【魔導布】を装備できるのは目標の少女だけだって話じゃ……」

「お喋りはそこまでだ。いや、これから嫌でも話して貰うんだが、とにかく俺の質問にだけ答えろ」

「……フ、どうやって入ったか知らないけど、私だけだと思ったら大間違いよ」

「この街にいた怪しい奴なら先に始末しておいたぞ。全部な」

「何を馬鹿な」


 すぐには信じられない様子だったが、この建物の付近にも何人か潜伏していたのだ。そいつらは操られていない人間だが、気になって剥ぎ取っておいたアクセサリーを床に投げ捨てる。

 種類は指輪、耳飾り、ペンダントと様々で、よく観察してみればどれも共通する紋章が印されているのに気付く。恐らくは組織内で味方を識別するためのマークだろうと推測して持って来たのだが……効果は覿面だった。

 これで味方の全滅を理解しただろう。

 自分が生かされている理由も。


「まさか、それほどの【気配感知】……ま、待ちなさい。取引をしましょう。これはアナタにとっても悪い内容じゃないはずよ」


 この急展開にも関わらずあっさり交渉に入ろうとするあたり、なかなか頭の回る奴みたいだ。うっかり騙されないよう注意しなければ。

 俺は、悩んだら深く考えず叩き割ろうとだけ心に決めておく。

 最悪でも、こいつを生かしておくつもりはないのだ。


「内容次第だが、とりあえず言ってみろ」

「貴女に言ってるんじゃないわ。ねえ【魔導布】、私たちは同じこんな姿同士だからこそ、きっと分かりあえると思うの」


 なにを言ってるんだと首を傾げそうになったが、なんとなく想像が付いた。

 たぶんミラちゃんの姿をした俺と、布の防具である【魔導布】が同一人物だと気付いていないのだろう。

 前に【人化】持ちは数人だけしか確認されてないという話を聞いた気がするので、気付けないのも無理はないか。

 どう説明するか、あるいはこのまま教えずにいるかを決めあぐねていると、その沈黙を興味ありと受け取ったのか手鏡は続ける。


「アナタもそんな風に、物のように扱われるにのは嫌気が差しているんじゃないかしら? 私たちが目指しているのは、私たちのような境遇の者がまともに生きていける環境を作る事なのよ。どう、興味があるでしょう?」

「私たちってことは他にもインテリジェンス・アイテムの仲間がいるのか」

「……ええ、そうよ」


 不機嫌そうな気配が漂うが、仕方ないと言わんばかりに手鏡は答えた。


「ところで、その古臭い呼び方は止めて貰えないかしら? 今の私たちに相応しい新たな呼び名『無機生命種(イノオルガ)』があるのだから」


 初めて聞いたが、そこはどうでもいいので流しておこう。


「物のように扱われるのが嫌だっていうなら、その人間はどう説明するんだ? 見たところ物のように操られているみたいだが」

「フフ、いいわよ。本来なら話さないけど今回は教えてあげる。その人間は私の体として用意されたもの。つまり、それだけの力を私たちは持っているのよ!」


 質問の答えになってないのは置いておくにしても、なにやら自信満々だな。

 体を持たない手鏡の肉体代わりとして、この人間をなんらかの手段で操り、自在に使っているのは知っていたけど、問題は誰がどうやったのかだ。

 この手鏡にそこまでのスキルはないようなので他に考えられるのは、そういったスキル持ちの仲間がいる可能性だが、それは暗黒つらぬき丸と同レベル、あるいはそれ以上の【支配】スキル持ちがいることになる。

 ここは詳しく追及しなければ……。

 などと考えていたら、意外にも本人が勝手にペラペラと喋り始めた。


「何を考えているのか答えてあげましょうか。本当にそれだけの力があるのかは疑問だ……そうでしょう?」


 なんかイラッと来たけどガマンする。


「でもご心配なく、これは私たちの仲間に特殊な薬品を生み出せる者がいるのよ。定期的に服用させれば常に制御できるってわけね。それから、もし他人の体を使う事に良心の呵責を感じるなら安心してもいいわ。私たちが使うのは某国で罪人とされた者だけ、要するにこれこそが罰というものなのよ」


 特殊な薬品とは、恐らくスキルで作り出した物だろう。

 それを何度を使用することで恒常的に【支配】状態を維持しているのなら、暗黒つらぬき丸ほど性能は高くなさそうだが持続性はありそうだ。数を用意できるなら仲間に配って肉体を持つ者も量産できるし、なかなか厄介そうだな。

 某国の罪人というのも気になる。この国ではないということか?


「結構な組織力みたいだが、その某国ってのはどこなんだ? それと結局のところお前らはなにをするつもりだ?」

「貴女にそこまで話す必要などないわ! さあ【魔導布】よ、これでもう理解したでしょう? その人間に使われる理由など無いと!」


 あ、そうか。

 こいつは【魔導布】に俺を裏切らせようとしていたのか。だから色々と親切に説明して、どれだけ利益が得られるかと説得していたつもりのようだ。


「分かったら私の体を解放して! そして人間に叛逆しなさい! 今こそ私たちが栄光を掴む……え?」


 罪人であるというなら遠慮はいらないだろう。

 操られていた女を拘束する布帯に魔力を込めてキュッと締める。

 すると、ちょっとばかし加減を間違えて胴体の辺りから分裂してしまった。

 辺りに血や臓物、腸内の汚物などと共に不快な匂いが撒き散ったので【浄火】でさっさと焼却する。

 命がない死体であれば【浄火】の対象になるのだから、本来ならここまでやる必要はないのだが、こうも苛立っていると加減が難しい。

 特に、この感情を制御するのは至難の業と言えるだろう。


「な、なんで……私の話を聞いていなかったの!?」

「ちゃんと聞いていたよ。でも興味ない」

「だからっ! 貴様には言ってないと……っ!」

「いくつか話してくれたし、お礼に俺も教えてあげよう」


 口で言うより、見せたほうが早い。

 俺はその場で【人化】を解いて本来の姿を現す。ただ手足がないので【変形】で周囲に巻き付けた布帯を支えとして自立し、ついでに手鏡も掴んで解放しない。


〈さて、ここまで見せたらわかるだろう〉

「……ま、まさか、これは【人化】? あの【魔導布】が……だとしたら、そんなことが……!」

〈最後のチャンスだ。仲間はどこにいる? どんな奴だ? スキルは? なぜ彼女たちを狙う? お前たちの具体的な目的はなんだ? 吐かなければ殺す〉


 手鏡は僅かに沈黙すると、なにかを決意した声を口にした。


「……ひとつだけ教えてあげるわ。私の名前はベルナ、貴女を殺す者よ!」


 ほんの一瞬だけ脳内になにかが侵入するような違和感があったが、弾かれるようして迎撃されたようだ。

 今のが【精神操作】だろうか。


「やっぱり、駄目みたいね」

〈覚悟はできているというわけか〉

「…………」


 もはや、それ以上はなにも語りそうになかった。そろそろ終わりにしよう。

 だが相手がインテリジェンス・アイテムならば先にやることがある。

 これを使うのは二度目だが、あの時は急いでいたせいか、あまり使った時の感覚を覚えていない。

 今度は忘れないよう意識して、そのスキル【簒奪】を発動する。



【簒奪に成功しました。精神操作、精神防壁を取得しました】



 思ったよりもあっさりと、しかも念じただけ手に入ってしまった。

 それと頭にメッセージが浮かぶんだけど、こんなの前にもあったかな。

 ともかく無事にスキルを奪えたようなので、もう用はない。

 力を奪われたことにも気付いていないだろう手鏡を、締め付ける布帯に万力の如く圧力を加えて粉砕する。

 鏡面は破片となって床に散らばり、フレームも真っ二つに折れた。

 仕上げに【浄火】で灰の一欠片も残さず、完全消滅したのを確認してから、俺は誰もいない建物を後にした。

次回か、その次くらいでシリアスが死ぬと思いますのでご了承ください。

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