私も興味がありますから
アミスちゃんたちが屋敷を訪れてから二日が経った。
今日はいよいよ、ミリアちゃんの両親の捜索に出発する日だ。
約束通りクーデルは準備を終わらせており、目的地までは二日程で到着する予定となっている。現地での捜索にどれだけ時間がかかるかは未知数だが、一月後には王都で正式に当主と認定する式典が行われるそうなので、移動を考慮するとギリギリまで粘ったとしても残り25日ほどが期限である。
ジェノたちおっさん組の思惑が判明した今となっては、当主の座を諦めてもいいようにも感じられるが、そこは両親が戻るまで守りたいというミリアちゃんの強い希望で当初の予定通り進めることになった。
もしかしたら、あっさりと見つかって早く帰れるかもしれないのだ。とにかく諦めずにやれるだけやってみるしかないだろう。
それよりも問題なのは屋敷に滞在している三人なのだが……。
この二日間の彼女らの様子を振り返る。
まずアミスちゃんとソフィーちゃんのことだ。
二人はほとんど行動を共にしており、それは仲良しというよりかは保護者役としてのアミスちゃんがソフィーちゃんの気ままな行動を監督している感じだ。
持ち込んだらしいトランプっぽいカードや、すごろく的なボードゲームで遊んでいるのを見かけたけど、たまに俺のところへやって来ては雑談に興じた。
俺が特に興味を引かれたのは二人がミリアちゃんと同じように聖女ミラの伝説のファンであったことだ。
なんとソフィーちゃんは自身が【刻印術】を扱う関係からなのか、嬉しいことに【魔導布】こと俺を強く尊敬していたのだとか。俺の正体を知っても変わらずに慕ってくれるのには、そういった部分も関係していそうだ。
そしてアミスちゃんは剣術を嗜んでいることからミラちゃんが所有していたという『白の精霊剣』に憧れのような想いを抱いていると言うのだが……。
この話を聞いた時、なんのことか考え込んでしまった。
やっとのことで思い出したのはホワイトレイピアだ。ミラちゃんが持っていた剣なんて、あれ一本だけだったし色的にも間違いない。
そういえば、あの剣はどうなったんだろう。暗黒つらぬき丸との戦いでは腰に差していたかさえも記憶にないくらい影が薄かったけど『白の精霊剣』なんて呼ばれている辺り、ひょっとして俺と同じように伝説の武器として受け継がれていたりするのだろうか。
気になっているとソフィーちゃんが教えてくれた。
「残念ながら白の精霊剣は長い時代の間に紛失してしまったそうです」
失われた理由に関してはハッキリしていないようで盗まれたとも、いつの間にか消失していたとも言われているとか。
別に剣の一本や二本くらい、どうでもいいだろう。精霊剣なんて呼ばれていても実態は武具店で売られていた数打ち物だ。
ただ夢を壊さないためにも真実は黙っておくことにした。
そんな感じで和気あいあいと話していたのだが、捜索に出向く話を知ると即座に同行を申し出たのだ。
少数精鋭だからこそ敵の目を掻い潜れるので、彼女たちまで連れて行っては意味がない。俺は丁重にお断りしたのだが……やはりと言うべきか、それくらいで諦める彼女たちなら、ここにはいない。
密かに自分たちの護衛に準備をさせておき、こちらの出発に合わせて同時に屋敷を出るつもりなのである。
同行するのではなく勝手に出て行くだけです、などという言い訳まで用意してあったので俺に止める手立てはなかった。
最終的には、ならば一緒に行動したほうが安全でしょう、というクーデルの判断に従い、こちらが折れざるを得なかった。
この話を聞いたミリアちゃんが少し嬉しそうだったというのもあったりする。
なので、俺がガンバってみんなを護ればいいだけだと割り切ることにしたのだ。
最も苦労するのは行路や計画の見直しをするクーデルだからね。
ちなみに当のミリアちゃんだが。
やはり気まずいのか工房に籠ることが多く、食事時に集まってもぎこちない感じであまり上手く接することができないようだ。
カノン曰く、工房に籠るのはいつものことなので気にしないで大丈夫です、だそうだ。俺としても時間が解決すると踏んでいるので、そっとしておこうと思う。
再び杖の改良に勤しんでいる辺り、元気ではあるみたいだ。
そっとしておくと言えば……未だにミルフレンスちゃんが動かない。
厳密に言えば、自発的に動いているところを見たことがない。
さすがに食事やお風呂となれば部屋から出るだろうと思っていたが、なんと同行している従者に料理や、お湯を張った大きな桶をいくつも運ばせて部屋で食事もお風呂も済ませているらしい。
なにか外に出られない理由があるのではと心配になったけどアミスちゃんとソフィーちゃん、さらにミリアちゃんまでもが口を揃えて、単に出歩くのが面倒だから、と結論付けた。
しかし、この屋敷が大きいとはいえ客室に個別のトイレが付いているわけではない。必ずどこかのタイミングで部屋から出ているはずである。
それとも、思いもよらない方法で用を足しているとでもいうのだろうか……。
別にミルフレンスちゃんのトイレ事情を調べたいワケではない。
ただ俺はミルフレンスちゃんではなく、愛称であるミルフィちゃんと呼びたいので早く仲良くなりたいだけなのだが。こうも顔を合わせる機会がなくては難しい。
なにに興味を示すかがわかれば話の切っ掛けになるのだが、こればかりは誰に聞いてもわからず終いだった。
友人たちに言わせれば極度の面倒臭がりなだけでやる時はやるそうだ。
そんなミルフレンスちゃんだが、今回もアミスちゃんたちに連れられて同行する、もとい、同行させられるようだ。
道中で少しくらいは仲良くなれないか、そこは楽しみである。
という感じで懸念材料はあるものの、結局メンバーは以下の通りになった。
ミリアちゃんを筆頭として俺、カノン、ナミツネ率いる護衛騎士隊10名。アミスちゃんとソフィーちゃん、ミルフレンスちゃんの三人とそれぞれの護衛騎士たちが60名。合計して77名の大所帯である。
お忍びというか、このまま決戦に向かうと言われたほうが納得できそうだ。
移動に使う車も全部で8台となり、とにかく目立って仕方ない。
途中からは別の移動手段に変わるそうなので、それまでの辛抱だろう。
「それではクロシュ殿、お嬢様をお願いします」
「お任せください。必ず護ってみせます」
「祝いの宴の準備をして待っているからのう」
「楽しみにしています!」
屋敷に残るクーデル、フォル爺との別れを済ませて車に乗り込んだ。
まだ朝早く太陽も昇りきっていないが、早く着けばそれだけ捜索に時間を費やせる。できる限り移動にかかる時間は節約したかった。
車内には先にミリアちゃんとカノンが乗っている。二人は向かい合う形の座席に左右にそれぞれ座っていた。
ここはミリアちゃんの隣に座るのが自然な流れではないかな?
という意志の下、腰を落ち着かせた時だった。
「クロシュお姉さま~!」
「お邪魔させて貰います」
「…………」
「え、ソフィーとアミス、それにミルフレンスまで?」
俺に続いて三人が乗り込んで来たのである。
てっきり自分たちの車に乗っているのかと思ったが……特に一名は強制的に引っ張られて来た感じである。
「移動中は暇なので、もっとクロシュさんとお話したかったのですけど」
「私はお姉さまと一緒にいたいだけですわ」
ダメですか? などと潤んだ瞳で乞われては無下にできない。
「どうしますかミリア」
「私は構いません。クロシュさんのお好きにどうぞ」
車の所有者から許可も出たので快く迎え入れた。
ただ、この配置はちょっとよくない。
ミリアちゃんの隣に俺、その隣にソフィーちゃんが座り、正面にはアミスちゃんというこの布陣。初日の状況と瓜二つではないか。
「あぁ……お姉さま……」
案の定ソフィーちゃんが腕に抱き付いて来てご満悦といった表情をしている。ちょっと将来が心配になる顔だな。
ミリアちゃんは気にしてないという態度で窓から外を眺めているけど、俺の袖を先っぽだけ摘んでいたりする。抱きしめてやろうか。
「ところでクロシュさん。行き先までは聞いていますけど、その後どうするのかを詳しく知りたいのですが」
内なる邪悪との争いはアミスちゃんの一言で打ち切られた。
俺も実際の場所を知っているわけではないので、だいたいでしか把握していないのだが、とりあえず自分も再確認する意味を込めて今後の予定を話してみる。
まず目的地となるのは対魔獣城塞都市のひとつ『イル・ブラインハイド』だ。
例の歴史書でも登場した強大な魔獣たちの襲撃に対抗するための都市であり、防波堤だという。この国は南側に広がる樹海に沿うようにして、似たような機能を持つ都市をいくつも建築することで魔獣に備えているようだ。
イル・ブラインハイドは中でも最大規模の巨大都市であり、それだけ魔獣の脅威も多く、そしてミリアちゃんの両親が最後に立ち寄った場所だ。
先の捜索隊による報告では、最後に東方面の森へ向かっていたという情報を手にしている。問題は、この森もまた広大であり魔獣が生息していることだ。
詳しくは現地に残っている捜索隊と合流し、具体的な捜索範囲を決める手はずとなっているが、この辺りは慣れているナミツネに任せることで一致した。
俺の仕事はその後だからな。
ちなみに宿や交通手段など細かいところはすべてクーデルが手配してくれているので心配はいらないだろう。
だいたいこんなところだったはずとカノンに視線で確認を取り、間違いはなかったことに安堵した。
これって最初からカノンが説明していれば良かったのではないだろうか。
「では到着しても、すぐには動かないのですね」
「移動に二日かかるそうですので、少なくとも到着した日は体を休めたほうがいいでしょうね」
「それは自由時間ということですよね?」
まるで修学旅行のような言い方のアミスちゃんに少しだけ引っ掛かる。
「行きたい場所でもあるのですか?」
「ええと……余裕があればなんですけど、せっかくイル・ブラインハイドに行くのならギルドを見てみたいと思いまして」
「そうでしたわ!」
「ギルド……!」
「……っ!」
な、なんだなんだ。みんなが一斉に反応したぞ!?
俯いて静かに眠っていたはずのミルフレンスちゃんまでもピクリと動いて瞳を覗かせたのだ。そりゃビビるってもんだろう。
「クロシュ様、ギルドとは冒険者ギルドのことです。イル・ブラインハイドは冒険者たちの街という側面も持っていまして一部の人にとって憧れの場所なのです」
その一部の人とは冒険者を尊敬している者であり、ここにいる三人のようだ。
「しかしなぜ冒険者に?」
「それはもちろん、聖女ミラも冒険者でしたので」
ミラちゃんのファンである彼女たちが、冒険者に憧れを抱くのは言われてみれば当然の話ではあった。
ただミラちゃんが冒険者らしくなかったので繋がらなかったのである。
「今回の目的も、その重大さも理解していますけど、それでも時間に余裕があれば見ておきたくて……すみませんミリア」
「……いえ、私も興味がありますから」
当事者であるミリアちゃんまでもが賛同しているのだから遠慮はいらないか。
ずっと張り詰めていても疲れるし、少しは息抜きも必要だろう。
そのためにも、俺は細心の注意を払わなければならない。
みんなを乗せた車は、山林を抜けて最寄りの街へと向かう。
そして、そこから出ているという長距離移動が可能な耀気機関車に乗ってイル・ブラインハイドへ発つのである。
機関車というのが気にならないわけでもないが、その街にはミリアちゃんを毒殺しようとメイドを操っていた者が潜んでいる可能性が高い。
恐らく、なにかしらの動きを見せるはずだ。逃げるなら安全を優先して見逃すのもやぶさかではないが、もしまた攻撃を仕掛けるようであれば……。
すべてのスキルを駆使し、すべての力を惜しまず、この復讐心を絶やさずに、必ず報復してやろう。
誰に手を出したのかを、思い知らせてやるのだ。
三人が滞在中の話も書こうと思いましたが長くなるので変更しました。
次回またちょっとシリアスな予定です。次々回でシリアスブレイクの予定です。




