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そして布は幼女を護る  作者: モッチー
第2章「絶対もふもふ戦線」
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……なんでもないです

 処理を終えて屋敷へ戻ると、三台の車両が屋敷前に停止していた。

 どうやら無事に着いたようだ。

 問題がないのは【察知】で屋敷、及び周辺の森に反応がなくなったことでわかっていたけど、やはり実際に目で確認するとほっとする。

 周囲にいたナミツネの部下によると、使者として訪れた三人は屋敷の中でミリアちゃんが対応中だという。

 三人とは青髪のアミステーゼちゃんに、金髪ツインテのソフィーリアちゃんと……もうひとり車の中にいた気がするのでそれか。

 最後のひとりはどんな子だったっけ……。

 まあ行けば思い出すだろう。

 話もそこそこに切り上げると、寒そうにしている見張りの騎士たちを労いつつ、暖かい屋内へと足早に向かう俺だった。




「…………」

「あの、少し近いようなのですがミリア、それとソフィーリア」

「お姉さまったら、私のことも親しくソフィーとお呼びくださいと申していますのに。でも奥ゆかしいところも素敵ですわ……」


 たしかに、暖かい屋敷へ戻ったらミリアちゃんを抱きしめてぬくぬくしたいとは考えていたけども、これは予想外である。

 大き目なソファの中央に座らされた俺の右隣にはソフィーリアちゃん……改め、ソフィーちゃんが陣取り、その反対側をミリアちゃんが占領している。

 二人とも俺の腕に抱き付く形になっているので当然だが、距離が非常に近い。それこそ息がかかる程に。あと柔らかあったかい。

 これがモテ期という奴なのか。

 だが突然のハーレム展開に、このようなトラブルに慣れていない俺の脳内は対処できなくて無様にうろたえるしかない。

 嬉しいか嬉しくないかで判断すれば無論、とても嬉しい状況だ。

 ソフィーちゃんは金髪碧眼美少女で、その柔らかくも金色に輝く髪からは花の香りが漂っているし、こうも懐かれて悪い気などするわけがない。

 ただ、反対側からとてつもない圧力を感じる。

 なぜだかミリアちゃんの様子を見るのが怖くて振り向けないのである。

 どうしてこんなことになったのか、振り返ってみると……。


 まず屋敷内に入ったところで通りがかったナミツネに呼び止められ、あの後の詳しい経緯を知らされた。

 支門からの使者を屋敷まで護衛し、現在は談話室にいること。襲撃者の亡骸は持ち物の検査や人相の確認を行っている最中であること。

 そして俺からは、逃亡した敵はすべて捕えたものの残念ながら情報は得られずに死んでしまったことを説明した。

 訓練された暗殺者であれば仕方がないとナミツネは勝手に納得したようだ。

 別れ際に談話室の場所を教えて貰い、なにが目的でやって来たのかを彼女たちに確認しようとして……と、ここまでは良かった。

 問題はここからだ。


 部屋に入った俺を見るなりソフィーちゃんが「お姉さまぁ!」などと言いながら嬉しそうに抱き付いて来て、何事かと慌てていたら今度はミリアちゃんが笑顔なのに不機嫌そうという器用な表情で「またですかクロシュさん」とにじり寄って来るという状況で、俺はなにを弁明すればいいのかもわからないまま「これは違うのです」とか「誤解ですミリア」と言い続けて、とにかく大混乱だった。

 どうにか落ち着いてからもソフィーちゃんは俺から離れようとせず、対抗するようにミリアちゃんも離れず、まさに両手に花といった有様だった。うへへ。

 なんて考えて顔が緩んでいたせいかミリアちゃんからは「クロシュさん、不潔です」と突き刺すような視線で見られ、でも離れようとしないから口元がどうしても緩んでしまったりで辛いです。

 その間もソフィーちゃんからは質問攻めにされ、ひとまず俺の正体が【魔導布】ことインテリジェンス・アイテムであること、この姿はミラちゃんのものであり本来の俺ではないことなどは教えたのだけど――。


「他の人の姿になれないのでしたら、そのお姿こそお姉さまですわ!」


 ――と男前な言葉を返された。

 本性は別で、他人の姿を借りているだけだと知れば落ち着くかと思いきやこれである。恋は盲目ということなのかソフィーちゃんが特別なのか。

 どうであれ、多分この子はメイドたちと同じようにミラちゃんの美貌に惹かれているだけだと思うから、浮かれて調子に乗ったりしないように自分を戒めよう。

 それが困難であると承知の上でも。


「そろそろ、お話をよろしいでしょうか」


 成り行きを見守っていた凛とした佇まいの少女ことアミステーゼちゃんは、このままだと放置されかねないと危惧したのか少し強い口調で話を切り出した。

 俺も姿勢を改め……ようとして左右の二人を払い除けることなど不可能であると理解したので諦めた。せめて顔だけでも真剣な感じで耳を傾ける。


「既にミリ……ミーヤリアさんにはお話しましたが、当事者のひとりであるクロシュさんにも、私たちが訪れた目的を説明しなければなりません」


 彼女たちの目的は俺も知りたかったのでちょうどいいけど、俺が当事者とは、いったいどういう意味なのか。

 事務的な口調で語るアミステーゼちゃんは表情を変えることなく続ける。


「回りくどい話はやめて簡潔に言ってしまいますが、クロシュさんには私たちと一緒に来て貰いたいのです」

「一緒に……というと、どこへですか?」

「場所というより所属の話ですね。つまり主門から支門へ、ということです」


 それは、俺にミリアちゃんから離れろと言いたいのか。


「私たちがここへ来る道中で何者かに襲われたのをクロシュさんも見たでしょう。あの時はとても助かりました。ありがとうございます。ですが、これからもミーヤリアさんが命を狙われるのを第二門、及び第三門と第四門の当主は見過ごせないと考えているのです」

「では、ミリアを当主から外そうとしているのも」

「狙われているのはエルドハート家の主門、それも当主であることまでは判明していたようです。だから父様たちは……」


 すべて信じるとすれば、おっさん共はミリアちゃんを守るために、あれこれ策を弄していたらしい。

 だがミリアちゃん本人にそれを打ち明けなかったのはなぜだ?


「詳しくは聞かされていませんが、あまり知ってしまうと当主ではなくなっても命を狙われてしまう危険があるとだけ教えてくれました。恐らくは、それが理由で私たちにも話せないのでしょう」


 それだけ敵は大きな組織ってことなのか。

 たしかに仮面の襲撃者たちの死をも恐れない態度はまともではなかった。あれだけの者たちを揃えるには、並大抵のことでは難しいように思える。

 だとすれば筋は通っているか?


「それで選定の儀で言われていたように、当主の証でもある【魔導布】、つまり私が支門へ移れば敵の狙いもミリアから移る、ということですか」

「はい。ミーヤリアさんを守るためにも、お願いできますか?」


 俺はどう答えるべきだろう。

 本当に、それがミリアちゃんを護る最良なのか。

 きっと違うはずだ。

 なぜなら俺の左腕は、こんなにも強く離れまいと掴まれているのだから。

 離れないのはソフィーちゃんに触発されたのだと勘違いしていたけど、本当は事前に聞かされていたから、俺が行ってしまうのを引き止めたかったのだろう。

 そんな心配せずとも約束を破ったりなどしないのに。


「申し訳ありませんが、私はミリアを護ると約束しましたので、あなた方に付いて行くことはできません」


 ミリアちゃんからの熱視線を痛いほどに感じる。

 なんか照れるからそんなに見つめないで。


「……そうですか」


 説得されるかと思いきや、アミステーゼちゃんはあっさり諦めたようだ。

 それに、あまり残念そうではなく、むしろ嬉しそうに見える。


「断った私が言うのもなんですが、あなたは大丈夫なのですか? 私を連れて来るように頼まれたのでしょう?」

「あくまでも目的なミーヤリアさんの安全ですので、クロシュさんが守ると言うのであれば、私は無理強いできません。ただ……」


 ここで毅然とした態度だったアミステーゼちゃんは視線を彷徨わせると。


「このまま帰ると父様に怒られそうなので、しばらくここにいさせて貰えると、その、嬉しいのですが……」


 交渉失敗を咎められる覚悟があったのかと思えば、実のところ叱られるのは怖いから匿って欲しいとは。

 一気に彼女のしっかりした子という印象が幼くなった気がする。


「えーと、ということらしいですがミリア?」

「……まあ、私は構いませんけど」

「そういうことらしいですアミステーゼ」

「感謝しますミーヤ……いえ、ミリア」


 ニコリと微笑むアミステーゼちゃんに、プイと顔を背けるミリアちゃん。

 まだ彼女たちの関係性がよくわからないけど丸く収まったのかな?


「それからクロシュさん、私のこともアミスと呼んで頂いても構いません……というより、そう呼んで貰えると嬉しいのですが」

「わかりました、アミス」

「ああ、クロシュお姉さま! 私もソフィーとお呼びください、ですわ!」

「もしかして、その口調は無理しているんですか、ソフィー?」

「……クロシュさん」

「はい、なんですかミリア?」

「……なんでもないです」


 わいわいと一気に騒がしくなったけど、ミリアちゃんにとっては、これくらい明るい環境のほうがいいだろう。なんだかんだ悪くは思ってないみたいだし。

 ただし、最初から今までずっと我関せずを貫いている彼女を除けば……。


「あの、ずっと気になっていたのですが彼女は……」

「そうですね、紹介が遅れました。あれは第四門のミルフレンスです。見ての通りですが、あまり積極的に関わろうとしないので……」


 当のミルフレンスちゃんは名前を呼ばれたのも気にせず、少し離れた一人掛けのソファで膝を抱えて丸くなっていた。薄い紫色のゆるふわウェーブで顔が隠れているけど、もしかして寝てる?

 少し近寄って聞き耳を立ててみるとすーすーと寝息が聞こえた。


「お姉さま、ミルフィは昔からああだから気にしないで構いませんわ」


 と言われても……ああ、思い出したぞ。

 ひとりだけ妙なスキルと称号の持ち主がいたけど、この子だったか。

 しかし自己紹介すらせずに眠っているとは、あの時はもう少し普通に見えたというかなんというか……。


「彼女も父親に言われて来たのでは?」

「そうですね。元々は私が父様に頼まれたのを聞いたソフィーが自ら同行を申し出て、ついでに彼女も巻き込んだというのが正しいですけど、許可は取っています」

「ミリアの危機なのですから、私たち三人が集まるのは当然ですわ!」


 普段からやる気がないのに、もっとやる気がない状態ということだろうか。

 そのせいなのか襲撃時も車内でのんきに眠っていたというから筋金入りだ。

 まあ、そっとしておこう。


「ところで、ミリアとみなさんは友人ということでよろしいのでしょうか」


 最初はただの親戚くらいに考えていたけど、ソフィーちゃんのこれまでの口振りではかなり仲が良さそうだし、アミスちゃんもそれらしい素振りを見せている。

 だがミリアちゃんの様子が妙によそよそしいのが気になったのだ。


「それは……」

「クロシュさん、私はみなさんの部屋を用意するよう頼んで来ます」


 アミスちゃんがなにか言いかけたところで、ミリアちゃんが遮るように部屋を出て行った。まさか地雷を踏んだか!?


「ちょっと失礼します」


 慌てて後を追って部屋を出ると、すぐに追い付いた。

 その足取りは重く、俺が呼び止めるのを待っているような気がする。

 だが、なんと話しかけよう。

 ここは慎重に言葉を選ばなければならない。例えるならギャルゲーで選択肢が表示され、回答によっては好感度が大暴落するシーンだ。物によってはバッドルートに入って取り返しが付かない。

 恐らくだが、ミリアちゃんは彼女たちが敵ではないかと、まだ疑いを持っているんだと思う。俺だって彼女たちが襲われている現場を見ていなければ、あんな説明を聞いても信じなかっただろう。

 だとすれば誤解を解いてあげなければ……!


「ミリア……彼女たちと、その父親のことですが」

「敵ではない、ですよね?」


 あれ、気付いてたのか?


「みんなが襲われていたという報告を聞いた時から、疑いは晴れていましたよ。あの人たちは自分の娘を危険に晒すとは思えませんから」


 どうやら俺と同じ結論に至っていたようだ。

 てっきり、まだ信じられないと疑心暗鬼に囚われているのかと心配したよ。

 でも今のミリアちゃんは数日前とは違い、どこか晴れやかな表情をしていた。


「ミリア……なんだか、少し変わった気がしますね」

「そうだとすれば、それはクロシュさんが……いえ、なんでもありません」


 ふむ、俺がなにか役に立っていたのだとしたら嬉しいけど、せっかく濁そうとしているので流しておくとしよう。

 だとすると、なぜ逃げるように席を立ったのだろうか。

 ここは少し踏み込んで伺ってみると。


「……敵だと思い込んでいたので、あまり良くない態度を取っていたのを思い出しまして。い、今さら友人なんて呼べないのではと……」


 要するに気まずいワケだ。

 ただ本人はまた仲良くなりたい意志があるようなので、だったら問題ない。

 すべては誤解、ちょっとしたすれ違い、おっさん共の責任なのだ。

 子供であるミリアちゃんたちは悪くないし、すぐに以前のような関係に戻れるはずだ。それが友達というものだからね。

 という悟ったようなことを言ってしまい、後から少し恥ずかしくなったけど。


「ありがとうございます、クロシュさん」


 胸のつかえは取れたようなので良しとしよう。うん。

 それから本当に部屋の用意を頼みに行ったのを見送り、俺は談話室へと戻った。


「それで、どこまで聞こえていましたか?」

「えっ!?」

「あ、あの、盗み聞きをするつもりはなかったんですの! ちょっと聞こえてしまって……ごめんなさいですわ!」


 別にそのことは怒ってないからいいんだけど、二人にはどうしても確認しておかなければならない。


「ミリアの言っていたことですが……」

「私たちを敵、つまりミリアの父様である主門当主の失踪に関わっていると誤解していた件でしたら薄々と気付いていました。私の父様は隠そうしていましたが」


 娘の友人から疑われているなんて、おいそれとは話せなかったのだろう。

 もし仮に話していたら彼女なら弁解しただろうし、その時のミリアちゃんは信じようとせず、今以上に関係はこじれていたかもしれない。

 そう考えると、おっさんの判断は間違いではなかったのだろう。

 でも、それは終わった話だからどうでもいい。

 聞きたいのは過去がどうかより、現在どうなのかだ。


「アミスとソフィーは、今でもミリアを友人だと思っているのですね?」

「もちろんですわ!」

「その通りです。だからこそ、こうして私たちは来たのですから。たぶんミルフィも同じ気持ち……だと思うのですが」

「あの子はなにを考えているのか、ちょっとだけ分かり難いんですの……」


 ミルフレンスちゃんは相変わらずソファで丸まっているけど、本当にイヤだったらスキルを全開にして逃げているだろうから、あながち外れてはないだろう。


「それに、今回のクロシュさんに支門へ移って頂くという話は、本来ならミリアには内密で進めるはずだったのです」

「もし実行していたら逆効果になりそうですね」

「はい。私もカノンからミリアの状況を聞いて、このままでは良くないと判断しました。だから彼女にもちゃんと説明するべきだと考えたのです」


 なんと、さすがカノン。素晴らしい仕事をしてくれていたようだ。


「父様も私も、ミリアがどれだけ追い詰められていたのかを察せられることができませんでした。もしクロシュさんがいなければ今ごろは……」


 心を病んでいたかもしれない、かな。


「だから、クロシュさんが残ると言ってくれた時、本当は安心しました。これ以上ミリアを苦しめなくて済むんだと。特にクロシュさんには心を開いているように見えましたからね」

「言われてみれば、あのミリアがお姉さまには人見知りをしていませんでしたわ」


 人見知りのことまで知っているのか。

 やっぱり以前はかなり仲が良かったんだろうな。


「では、またミリアと仲良くしてくれますか?」

「もちろん……と言いたいのですが、誤解とはいえ事情も話さずに黙っていた私たちをミリアは許してくれるでしょうか……」

「だ、ダイジョウブですわよ! きっと、ミリアならわかってくれますわ!」

「声が裏返ってますよ」


 やはり彼女たちもまた、仲良くなりたいという意志がある。

 だったら問題はないだろう。

 お互いに仲良くなりたいと思っているのなら、後は時間が解決するはずだ。

 俺はミリアちゃんの気持ちを代弁こそしなかったが、必ず元通りの関係になれるとだけ励ましておいた。


 時には彼女たちの仲を取り持つことも必要になるだろう。

 これからは少しだけ注意しておくとしよう。

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