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そして布は幼女を護る  作者: モッチー
第2章「絶対もふもふ戦線」
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遠慮しておきます

ちょっと短いですがキリが良かったので

 クロシュさんがいる部屋から悲鳴のような声が聞こえたと報せを受けて、私は急いでカノンと一緒に様子を確かめに行きました。

 部屋の前では数人のメイドたちがうろたえています。

 クロシュさんからは中に入らないようにと言われているため、どうするべきか迷っているのでしょう。

 近くにいた者に状況を尋ねると、今は物音ひとつもしないほど静かで、声をかけても返事がないと言います。

 私も中に入るか迷いましたが、まずは声をかけてみることにしました


「クロシュさん! どうかしましたか? 大丈夫ですか!?」


 最初は返事がありませんでしたが、ノックと共に何度か呼びかけていると頭の中に声が響きました。これはクロシュさんが使う念話というスキルです。


〈……ミリア? どうかしましたか?〉


 状況を理解していないかのような、ぼんやりとした様子です。

 いつもなら、もう少しハッキリとした声なのですが。


「こちらから悲鳴のような声がしたと聞きまして……」

〈……悲鳴? ああ、そうですか〉


 なにか納得したようですが、私にはまるでわかりません。


「クロシュさん?」

〈あ、ええと……ちょっと想定外の事態が発生したといいますか〉


 やっぱりクロシュさんの様子がおかしいです。

 なんというか、落ち着きがありません。


「入ってもいいですか?」

「ちょっと待ってください! 今は少しマズいのです!」

「……え?」


 今のは念話ではなく、たしかに音として耳に聞こえました。

 それも女性の声のようです。


「クロシュさん、他に誰かいるんですか?」

〈あ、えーっと……わかりました。いずれは見て貰うことになるでしょうし……ただですね、難しいでしょうけど、あまり驚かないでください。そして心の準備ができたら扉を開けてください〉


 な、なんでしょうか。いったい、なにが待っているというのでしょう。

 少し怖くなってきましたが、今さら引き返すわけにもいきません。

 それなら代わってくれないかとカノンに目配せすると、露骨に目を逸らされました。おのれ。

 もはやこれまで、です。

 私は意を決してゆっくりと手を伸ばしました。


「お、お邪魔します……」


 最初に目に入ったのはベッドの近くに倒れたポールハンガーです。

 それ以外に不自然な点はなく……いえ、クロシュさんの姿がありません。

 まさか自力で移動したのでしょうか?

 室内に入ってみると人の気配を感じ、扉の陰になっていた部分へ振り向くと。


「…………」


 長い黒髪の女性が無言のまま、所在なさ気に立ち尽くしていました。


「あの、貴女は?」

「……えーっと、なんと言ったらいいのか」


 まったく見覚えのない人でしたが、身に纏っている服は違いました。

 あれは間違いなくクロシュさんです。


「クロシュさん……? どうして貴女が装備して……」

「簡単に説明するとですね、私がクロシュなのです」

「はい?」

「私がクロシュです」


 苦笑しながら自分を指差す妙に可愛らしい仕草を眺めながら、私はしばらく思考を停止させました。




「お忙しいところを、また集めてしまって申し訳ないです」

「い、いえ……私は構いませんが」

「これは驚きましたな……」

「うぅーむ、流石にワシもこんなのは初めて見るわい」 

「皆さん、あまりジロジロと失礼ですよ……ジー」

「カノン……説得力ないよ」


 あれから必死の説明でようやく理解してくれたミリアちゃんと、この姿を見てからずっと目を輝やかせているカノンと一緒に、俺は食堂へとやって来ていた。

 人化した姿をみんなに紹介しておかないと混乱するとのことで、再びクーデル、ナミツネ、フォル爺の三名を呼んだのだ。

 そしてスキル【人化】について説明したのだが、やはりというか衝撃が大きすぎてなかなか事態を飲み込めないらしい。

 壁際で待機しているメイドからも注目を集めている中、例の無意識操作を受けていた給仕係の子が俺に近寄って来た。


「クロシュ様、お茶のお代わりはいかがですか?」


 見ればカップは空になっている。

 三人を待っている間に用意して貰ったお茶だったが、一口飲んでみるとこれがなかなか美味しくて、いつの間にやら飲み干してしまっていたようだ。


「そうですね、お願いします」


 ありがとう、とにっこり笑顔で頼んだら頬を赤くしながらカップにお茶を注いでくれた。これで6人目か。

 ここに至るまでにもメイドさん方から熱い視線を受けていたりするのだ。

 今もお茶を注ぎ終えた給仕の子が待機しているメイドの列に戻ると小声できゃあきゃあとはしゃいでいる。意外と元気そうだな。

 だが女性すら虜にしてしまうのも無理はない。

 なにせ、この【人化】した姿は……最初に部屋の姿見で確認した時は目を疑ったけど、間違いなく大天使ことミラちゃんの顔と体なのだから。

 なぜミラちゃんなのかは置いておくとして、厳密には細かい差異がある。

 まず髪が優しい青色ではなく艶やかな黒色になっている。これはミラちゃんとの【合体】でも同じように変色しているので納得はできる。

 次に身長だけど、俺の知っているミラちゃんより高くなっているようだ。

 ついでに言ってしまうと胸もさらにボリュームアップしているような……。


「……ごくりっ」

「不躾です」

「ごぁッ!?」


 総長とかいうアホを【変形】で伸ばした布槍でシバく。

 ついでに目隠しもしておこう。


「な、なにも見えないのですが……」

「しばらくそのままでいてください」


 ミラちゃんの肢体をイヤらしい目で見るのは許さん。

 メイドたちもミリアちゃんが軽く咳払いをしたら静かになった。


「しかしクロシュ殿が人になられたのにも驚きましたが、そのお姿がお嬢様に似ているように思えるのは気のせいでしょうか」

「これは、かつて私を装備していたミラの体を模しているようです」

「ミラ……というと、聖女ミラですか!?」


 おぉ~と周囲からも感嘆の声が聞こえる。

 特にクーデルの反応は大きく、目を見開いている。


「ですが、お嬢様と聖女様は血の繋がりはないのでは?」

「その辺りは私にもわかりませんが……」


 どうしてミラちゃんの体になったのかは心当たりがある。

 【人化】の説明欄には、容姿は魂の記憶に準ずるとあった。

 俺はこれを生前の姿になるものだと勝手に想像していたのだが、もし魂の記憶とやらが上書きされているとしたらどうだろう。

 そこから俺が予想したのは、たった一度だけ使ったスキル【神衣】によってミラちゃんの魂と混ざり合ったという可能性だ。

 あの時の俺とミラちゃんは【合体】状態にあったし、元の肉体を既に失っていた俺の魂が、ミラちゃんの肉体を自身の物として記憶したのではないか。

 まあ、すべて憶測でしかないのだが。

 さすがに知識の書庫さんも、そこまでは教えてくれなかったし。


 ミリアちゃんに似ているという点については正直よくわからない。

 そんなに似ているかなとも思うし、単に黒髪だからじゃないかとも思う。

 この世界で黒髪はあまり見ないから余計にそう映るんじゃないかな。


「どうであっても良いではありませんか。こんなにもクロシュ様が可愛麗しくなられたのですから!」


 ふんすっと鼻息を荒くしてカノンが詰め寄って来た。

 片手を俺の腰に、もう一方の手はミリアちゃんの肩に乗せて引き寄せる。


「ほら! お嬢様とクロシュ様が並べば、黒髪の美少女姉妹ですよ!」

「カノン……」

「なるほど、私は姉ですね」

「クロシュさんもどうして乗り気なんです?」


 ミリアちゃんのように天使級かわいい妹ができるなら細かいことは気にしない。

 真の男ってのは、それくらいの器が必要なのさ。


「おに……お姉ちゃんと呼んでも、いいのですよ?」

「遠慮しておきますクロシュさん」


 渾身のキメ顔もミリアちゃんには効果がないようだ。

 素っ気ない返事で流されてしまった。残念。


「服装も似通っているせいか、お二人が本当に姉妹に見えてきますね」

「この服はミリアとカノンに用意して頂いたのですが……」


 というのも【人化】した直後の俺は、白いロングコート以外はなにも身に付けていない状態だったのだ。

 前を閉じていればパッと見ても割とわからないけど、さすがにマズいだろうということでスカートとブラウスに下着まで揃えてくれたのである。

 このロングコートは手から離すことはできても、少し離れようとしたら【人化】が解けそうになったので上から羽織っておくことにした。そのことから本体がどちらなのかが判明したけど、これって【人化】と呼べるのだろうか?

 こうなると【擬体】はどんな感じになるのか気になったけど後の祭りだ。

 

「その服は私のお母様の物なのです」

「サイズが合いそうなのが他になかったので……それと、あの中で最も普通だったのがその一着だけでした」


 ミリアちゃんのお母さんの普段の服装が気になるな。

 状況が状況だけに深く掘り下げるのは躊躇われる話題だ。


「ワシとしてはクロシュのお嬢がお茶を飲んでいるほうが気になるんじゃが、その姿になると物も食べられると思っていいんじゃな?」

「まだ試していませんが、食事も可能でしょう」

「おお、そうと分かれば次からは一人分多く用意しておくぞい」

「ありがとうございます、フォル爺」


 そういえば、なにかを食べたり飲んだりって、この世界に来てから初めてになるんだな。お茶は気付かずに飲んじゃったけども。

 ミリアちゃんほどのお嬢様の家で雇われている料理人だ、期待しておこう。


「あのー。そろそろ許してくれませんかね?」


 静かだと思ったらアホに目隠しを施したままだった。まあ許すとしよう。

 この体であまり過激なことをするとミラちゃんの聖女イメージを損なう危険性があるからな。気を付けなければ。


「いやぁ申し訳ない。しかしこれでお嬢様の守りは万全ですな」

「ところが、この姿はそれほど万能でもないのです」

「おや、それはいったい?」

「簡単に言ってしまえば、私はあくまでも誰かに装備される防具ということなのでしょう。この姿は便利ではありますけど本来の力のすべてを出し切れるものではありません。現在の私は恐らく半減……それ以下にまで弱体化しています」


 これは【鑑定】で判明したのだが、具体的には人化時だけの状態異常みたいなものでランクが二つも下がっているのだ。

 元が星四つのゴールドだったのが、今は星二つのアイアンになっている。

 つまり同じゴールドが相手とした場合なら、【人化】していると全能力が二段階下がることになるワケだ。

 相手がアイアンなら同格だから不利にはならないけど、元を考えるとなかなか厳しいペナルティである。


「そうなりますと、あまり便利とは言い難いような……」


 残念そうに呟くナミツネに、俺は不敵な笑みを返す。


「いえ、私にとって体があるのはとても有意義なのですよ。なにせ調べ物をするのにも誰かの手を借りなければなりませんでしたからね」


 そう、体を手に入れたのにはミリアちゃん護るという目的とは別に、俺ひとりで情報を集めるといった単独行動を可能にするためでもあったのだ。

 ちょっとしたハプニングはあったものの当初の目的に支障はないし、前向きに考えればミリアちゃんに受け入れられているので良かったのかもしれないな。うん、そういうことにしておこう。


 手始めに常識的な部分、この国のことや聞きそびれている魔法について把握しておきたい旨を話すと、それならばとミリアちゃんが書物室の存在を教えてくれた。

 あらゆる本を集めた部屋で、歴史書なども置いてあるらしい。

 早速その場所を案内して貰うことにしよう。

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