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そして布は幼女を護る  作者: モッチー
第2章「絶対もふもふ戦線」
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うわ、なんか出ました

「死んでいるとはどういうことですか?」


 その場にいた全員の疑問をクーデルは代表して尋ねる。

 すると、どうにか息を整えたメイドはゆっくりと語り出した。


 昨日の襲撃者たちは離れの倉庫にまとめて監禁しており、情報を引き出すべく尋問が行われていた。見張りの者も常時2名が付き、食事は最低限の量を与えるようにと総長であるナミツネから指示されていたという。

 そして今日、昼食として与えたパンとスープを食べたところ急に苦しみだし、何事かと見張りがうろたえている僅かな間に絶命したそうだ。


「それはつまり、食事に毒が盛られていたということでしょうか」


 ミリアちゃんは冷静に確認したが、しかしメイドは急ぎ報告にやって来ただけで原因の特定までは済んでいないようだ。

 とはいえ、このタイミングでは毒殺の可能性は高いだろう。

 恐らくは口封じされたのだろうが、いったい誰が実行したのか。


「……総長さんは現場に行って遺体の確認と全騎士隊に厳戒態勢の指示をお願いします。フォル爺は他に毒物が混入していないか確認を。クーデルさんは警備に携わる人を除いて、屋敷にいるすべての人を集めてください。場所は大広間でいいでしょう。急いでください」


 こんな時でも、いや、こんな時だからこそか。ミリアちゃんは幼いながらもすでに当主としての風格をまとっており、的確に必要と思われる指示を出した。

 それを受けて、三人は慌てて食堂から飛び出て行く。

 ただ……しっかりとした口調のミリアちゃんだったので誰も気付かなかったようだが、俺は彼女の握られた手が小さく震えているのを見逃さなかった。


〈大丈夫ですよミリア、私が護りますから〉

「……はい」


 改めて毒が入ったスープを【鑑定】してみる。今度は毒に焦点を当てて。


【忍び寄る死の具現】(Bランク)

 経口摂取でのみ効果を発揮する劇毒。

 数秒で死に至り、同ランク以上の解毒スキル、魔法、魔法薬でのみ解毒可能。


 俺が持つ【癒水】なら同じBランクだから解毒はできるはずだ。

 だけどもし、あのまま気付かずにミリアちゃんがスープを飲み込んでいたら、解毒が間に合うかは正直に言って自信がない。

 きっと先に【鑑定】で原因を特定しようとしたはずだから、それから【癒水】を使っても遅かっただろう。

 つまり、あと一歩なにかが狂えばミリアちゃんは死んでいた……。

 結果的に無事に済んで良かったという安堵と、【察知】が反応しないからと油断をしていたことへの後悔、姿の見えない敵への怒りが胸の中で渦巻く。

 そして、怒りと似ているようで違う別のナニカが心の奥底から溢れそうだった。

 ……この感覚は、なんだっけ?




 およそ一時間後、俺たちはミリアちゃんが指示した大広間へと移動していた。

 この場には屋敷のメイドさんたちや、フォル爺とクーデルの部下である料理人、政務官らが集合している。

 屋敷には他に護衛騎士隊と警備をしている者もいるのだが、敵が潜んでいるかも知れない状況で彼らを動かすわけにはいかないので、この場には集まっていない。

 いや、敵がいないことは【察知】によって判明している。

 だが毒を盛る何者かがいることは事実であるため、それを言っても信用しては貰えないだろう。

 ちなみに毒の確認は庭園の池に棲む観賞魚を鉢に移し、その中にスープを一滴垂らすという方法で行われた。結果、尊い犠牲により毒の存在は周知されている。

 あとは得体の知れない犯人を探さなければなるまい。


「どうでしたかクーデルさん」

「はい、警備担当の者もすべて確認しました。欠けている者はいません」

「これで犯人が逃げたという線は消えましたな」

「ふん、それではまるでワシらの中に毒を盛る輩がいるようではないか」

「そうですよ総長さん。どこかに隠れ潜んでいるかも知れないじゃないですか」

「しかしですなカノン殿、捕虜の食事ならいざ知らず、お嬢様の食事に細工ができる者といえば限られるわけでして」


 こういうのって毒見くらいはするだろうからな。

 実際、フォル爺の話によるとミリアちゃん用のスープは事前に試食されており、毒が仕込まれたとすれば調理室から運ばれている僅かな間だという。

 とすれば、配膳係のメイドさんが怪しまれるのは必然である。


「ち、違います。私はなにも……!」

「では他に誰が毒を入れられると?」

〈待ってくださいクーデルさん〉

「これはクロシュ殿、なんでしょうか」


 最初は俺を怪しんでいたクーデルだけど、毒の有無が判明してからはやけに態度が軟化した気がする。


〈そちらのメイドさんに聞きたいのですが、あなたが運ぶ前に誰がスープに近付けたかわかりますか?〉

「えっと、調理室にいた人なら誰でも……」

「言っておくがのう、運び出されるまではワシが目を光らせておったぞ」


 じゃあやっぱり運び出してから食堂に入るまでの間なのか?


〈途中で誰かとすれ違ったりもしなかったのでしょうか〉

「……ひとりだけ、いますけど」

〈なんですと?〉

「でも彼女は絶対にそんなことしません!」


 ちらりとメイドの瞳が動く。その視線を追った先には別のメイドが顔を青褪めて俯いていた。

 様子からして本人にも疑われる自覚はあるのだとわかるし、どうにも犯人な気がしない。そもそも犯人なら逃げるか隠れるかしているだろう。

 かといって他に容疑者がいないとなると吊るし上げられるのは時間の問題か。

 そうなる前に【鑑定】で見ておくとしよう。

 食堂にいた配膳係のメイドさんは確認済みだけど、あの場にいなかった者はまったくのノータッチなのだ。つまり青褪めているメイドさんを【鑑定】すれば解決まではいかなくても、少なくとも手掛かりを得られるはずだ。

 そんなわけで【鑑定】!



【ハミル・ライオール】


レベル:8

クラス:上級メイド

ランク:☆☆(アイアン)


○能力値

 HP:60/60

 MP:10/10

攻撃力:F

防御力:F

魔法力:F

魔防力:F

思考力:E

加速力:F

運命力:E


○スキル

 Cランク

 【メイド術】


○称号

 【貴族の娘】【男爵令嬢】【従者】


○状態

【無意識操作】



【無意識操作】(Dランク)

 本人の無意識に作用する支配系スキル。

 複雑な指示や、大きな負担となる命令は受け付けない。



 これか……っ!

 誰かに操られていたんだ。だから【察知】に反応しなかったのだろう。本人には悪意も敵意もないからな。そして本人も知らないうちに毒を盛るように命令されていたというわけだ。

 問題は、これを解除するには【癒水】で可能なのかどうかだ。

 こういう時は『知識の書庫』さんにお願いしよう。

 無意識操作の状態を治すにはどうすればいい? 俺のスキルでできるのか?


【回答:一定以上のダメージ、同ランク以上の状態回復スキルで治療可能。】

【回答:スキル【癒水】による治療が可能。】


 うむ、ありがとう書庫さん。

 念のために大広間に集まった全員を【鑑定】で確認したが、どうやら彼女だけのようだ。あとはどこで【無意識操作】を受けたのかだが、心当たりがあるかを聞くのは後にしておこう。

 まずは解除……ってあれ、水が出ないぞ? この状態じゃ使えないのか?


【回答:スキルは装備状態、非装備状態で発動できるタイプが別れる。】


 ほほう、なるほど。

 【変形】や【透視】は何気なく使っていたから気付かなかったけど、【癒水】は誰かに装備して貰っていないと使えないようだ。


〈ミリア、少し考えがあるので、私を装備してくれますか〉

「あ、はい」


 説明を求められるかと思ったけど案外すんなり従ってくれた。毒の一件でより信頼感を得られたってところかな。

 腕を通したのを確認して、俺は操られているメイドを近くに来るよう呼び、続けてミリアちゃんに手を伸ばすように伝える。


「うわ、なんか出ました」

〈それをメイドの彼女に飲ませてください〉

「大丈夫なんですか? すごい色してますけど……」


 見た目は藻が生えた池の水みたいに最悪だけど効果は確実だからね!

 メイドもさらに顔色が青くなっているけど断れる立場ではないので素直に飲んでくれた。そういえば味ってどうなんだろう。


「んむっ、なんというか……苦いような甘いような」


 不味くはないけど美味しくもなさそうだな。

 ともあれ【鑑定】したらちゃんと治っていたので良しとしよう。


〈ところで、あなたは最近どこかへ出かけたりしましたか?〉

「ええと……今日の午前中に買い出し班だったので街まで行きました。最近だとそれくらいです」


 その時に狙われたのか。

 詳しく聞いてみたけど、その時の記憶は曖昧でハッキリしないらしい。まあ覚えていたら後々バレちゃう危険性があるからな。対策くらいはされているか。

 俺はミリアちゃんに事の顛末を伝えて、みんなへの説明を頼んだ。

 こういうのは当主である彼女から話すほうが説得力があると理解したからね。




 そんなこんなで毒殺未遂事件は一応の解決となった。

 真犯人は屋敷にいないので根本的な解決には至らなかったけど、身内に裏切り者がいないとわかっただけでも良かった。

 捕えていた襲撃者たちの遺体については後日、然るべき所へと運び出されて埋葬されるという。

 せっかくの情報源を失ったのは痛いが、敵の手口を知れたのは大きい。

 ひとまず毒殺は二度とないと宣言できるけど、まだ安心はできないだろう。

 街にいる何者かによって、いつ誰が敵の手先と変貌するかもわからないのだ。今度は爆弾を抱えて来ることだって考えられる。

 俺が逐一【鑑定】で調べてもいいのだが、さすがに面倒だし、なによりこれは口実になる。


「……了承しました。護衛騎士隊が同行するのであれば私も文句は言いません」


 屋敷の外に出るのは危険だというクーデルの主張も今や完全に覆っている。もはや、どこにいようともミリアちゃんを守り切れるのは【鑑定】を使える俺だけだと納得したようだ。

 ならば捜索に出向いたとしても大して変わらないだろうと交渉した結果、ようやく折れてくれたのだ。

 ここまでスムーズに話が進むのが意外だったけど、やはり毒を見抜いた一件が効いているのか。

 ただ護衛騎士隊まで付いて来るのは面倒だけど、これは仕方ない。彼らも責任という物を背負っているのだから。

 むしろ無責任に頼まれていたら見損なっていたところだ。


「現地までの移動と、宿泊先はこちらで用意しますので三日ほどお待ちください」

〈よろしくお願いします〉


 そういえば行き先って具体的にどこなんだろう?

 ちょうどいい。三日もヒマができるなら地理関係を含めて、疑問だったことをまとめて調べておくチャンスだ。

 でもその前に、ひとつだけ試しておこうかな。


〈ミリア、少し実験したいので、どこかの部屋を借りてもいいでしょうか〉

「構いませんけど、なにをするんですか?」

〈終わってからのお楽しみということで〉


 ついでに誰も入らないように頼んでおこう。俺もどうなるか不明だからね。

 その間ミリアちゃんはカノンと常に行動し、飲食も厳重に管理された物のみを口にすることになった。 

 あまり不便なのもかわいそうだ。なるべく早く終わらせないとな。


 ポールハンガーごと空き室に運ばれ、ひとりになったところでスキル欄を開く。

 この実験は、場合によっては今後に役立ちそうなので余裕のある今のうちに試しておきたかったのだ。

 一度は必要ないと判断したスキルだが、今回のような事態となると、やはり自由に動ける体があったほうが便利だとわかった。

 ならば試す価値はあるだろう。



【擬体】(20)

 魔力により肉体を形成する。僅かでもダメージを受けると消滅してMP消費。



 でも、だが、しかしだ……。

 俺にはひとつだけ、どうしても不安な点がある。

 というか、それが払拭できなくて取得するのをためらっていたりするのだ。

 それは……今の俺が人間の体を手に入れたら、人間の姿になったら、いったいどんな容姿になるのか、である。

 予想としては生前の姿が最もあり得るんじゃないかと思われる。

 もし、そうだった場合ミリアちゃんはどんな反応をするだろうか。

 俺の顔を見て引いたりされたら……そういえば俺ってどんな顔だったっけ?

 それに歳も……あれ?

 いや、別にいいだろう。すでに終わったことだ。

 もしかしたら【擬体】によって思い出せるかもだけど、それ以前にミリアちゃんに引かれたりしないかが心配で……。


 ええーい、いつまでもウジウジ悩んでいたってしょうがない!

 やるぞ、俺はやるぞ! やるったらやるんだい!

 そぉい!



 【スキル、擬体を取得しました。】



 よし、これで……お?

 なんということだ。新たなスキルが出現した、だと……?



【人化】(30)

 人の姿に変化する。容姿は魂の記憶に準ずる。



 名前といい効果といい、たぶん【擬体】の上位互換だろう。

 幻ではなく、本物の肉体を得られるようだ。

 だったらどうせだ、SPに余裕はあるんだし、より良い物にしておこう。



 【スキル、人化を取得しました。】

 【人化を取得したため、擬体は上書き、消去されました。】



 同じのがあっても邪魔だし、上位互換なら構わないか。

 これで残りSPは369になったが、まだまだ余裕はある。

 さて、いよいよだ。

 もう引き返せないぜ……いざ【人化】!


 その瞬間、俺はポールハンガーから弾かれるように宙を舞った。

 全身が焼けているかの如く熱を発し、徐々に重圧に押し潰されるのを感じる。

 ち、違う……これは元から俺が受けていたはずの感覚だ。

 骨を、肉を、皮を、神経を得たことで、これまで遮断されていた触感が戻って来たのだ。


 体の熱……重さ、痛み、……そして鼓動。

 久しく忘れていた、生きているという苦しみを。

 胸の内側で絶え間なく響く心音が、俺に生を実感させた。


 ふと両脚が床に付いているのに気付くと、途端に鈍い頭痛に苛まれる。

 体調は最悪だ。吐き気もするし、なんだかダルい。

 ガンガンと異常を訴える後頭部に手を当て、足だけでは支え切れなくなった肉体をベッドに放り投げる。

 柔らかい羽毛の感触、仄かに香る石鹸の匂い、窓から差し込む日の光……。

 あらゆる情報が五感を通して脳内へ流れ込む。


「ぁ……アぁ、うあァ……!」


 呻き声が耳に届いた。

 誰かだなんて考えるまでもなく自分自身のものだ。

 なのに、俺には別の人物が思い浮かんだ。

 体感ではほんの少し前のことだというのに、なんだか懐かしく感じてしまう。

 あの優しい笑顔の少女を。


「アアアァァァァーーーーーーーーッ!!」

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