護ってくれるんですよね……?
今回はちょっと長くなりました
俺とミリアちゃんが無事に和解できたところで、カノンから例の書状について話を切り出した。
一カ月後までに領内で起きている問題を解決できなければ当主として認めないというアレだ。
報告を聞き終わったミリアちゃんは渋い顔をしたけど、カノンはさらに続ける。
「元々、対策を考えていたところですので……」
言いながら書状とは別の紙を懐から取り出し、その内容に目を通す。
どうやら手を打っていたようだ。さすがに放置しているわけがないか。
「細かい部分については政務担当官の皆さんにお任せしていますが、小難しい意見陳述を噛み砕いて結論だけ述べれば、お金が足りないそうです」
ぶっちゃけたな。わかりやすいけど。
「どのくらい足りないの?」
「目算で、おおよそ五千万ルアは必要とのことです」
〈すみません。五千万ルアというのは、どのくらいの金額なのでしょうか?〉
かなり高そうに思えるが物価次第だからな。
通貨がルアということすら今知った俺にわかるはずがない。
「あ、これは失礼しました。クロシュ様は目覚めたばかりで皇帝国の通貨や物価に詳しくないんですよね。そうですね……簡単に比較すると当領地における年間運用費が去年で1億五千万ルアほどですね」
ふむ、年間の三分の一か。
絶対に無理な額ってわけでもないのかな?
「通常であれば、なんとか捻出できる範囲ではあるのですが、今回の騒動により損失した部分が無視できなくてですね……」
「難しそうなの?」
「特例措置として申請すれば可能ですけど、その後はどうなるか不透明です。予想外の事態が起きれば対処できなくなりますし、なにより五千万ルアというのも必要最低限の計算ですので、実際はこれより増えるかと」
〈ともかく、お金があれば解決する話なのですね〉
難しくはありそうだがゴールは見えている。
そう簡単に稼げるとは思えないけど、目標さえ決まっていれば後はどう動くかだけだ。身動きが取れずに足踏みしているよりはずっとマシだろう。
だから、ここらで確認しておかなければならない。
〈もう一つの問題についても、この場で話しておきたいのですが、その前にミリアには聞きたいことがあります〉
「なんですか?」
〈ミリアの目的を教えてください。これからどうしたいのか、そしてもし貴女の身に危険が及ぶことがあっても諦めない覚悟があるかどうかを〉
実のところ目的なんて、今さら聞くまでもなく承知している。
だから本当に知りたいのは覚悟のほうだ。
この先には危険が待ち受けていると示唆しておき、それを知ってもなお進もうとするのであれば、俺も迷うのはやめる。
俺の言葉にミリアちゃんは少しだけ目を伏せて考えていたようだったが、すぐに強い意思が籠った光を瞳に宿す。
「私は、お父様とお母様を探して、そして二人が戻るまで主門の座と、私が生まれ育った地を護りたいです。諦めたりなんてしません。これまでだって例えひとりでも諦める気なんてなかったんですから。……それに」
最後まで言い切る前に、ミリアちゃんは視線を逸らすと。
「クロシュさんが護ってくれるんですよね……?」
僅かに頬を染めながら、そんな嬉しいことを言ってくれた。
むぅ……まだ信用してない、なんて宣言していたのにズルイじゃないか。
こんなの否応なしに志気が上がるってもんだ!
〈その通りです。私が全力でミリアを護りますので、ご安心を!〉
「は、はい。よろしくです……」
おっとっと、少し熱くなってしまったかな。
せっかく仲良くなりかけているんだから、あまり引かれないよう自制しよう。
〈ごほん。それでは先ほどの続きになりますが、もう一つの問題であるご両親の捜索に関してです。状況から考えて私とミリアが直接、消息を絶ったという森へ赴くのが効果的ではないかと思いますが、どうでしょうか〉
「私も同じ考えですが……」
「お嬢様、そうなりますと補佐官さんや総長さんたちが納得するかどうか」
聞けば捜索する土地には魔獣の存在に加えて、未開の森を進むことになるので下手をすれば遭難の危険もあるという。
もしかしたら当主の遺した一人娘であり、現在は仮とはいえ当主という地位に就いているミリアちゃんだ。忠実なる側近たちとしては、そのような場所へ送るのは容認できないのだろう。
事実、危険がまったくないとは無責任に確約できないのだが、ここは俺が全力で護ると誓うので納得して貰えないかな。
それとも他に良い案でもあるのだろうか、と試しに聞いてみれば。
「実は、お嬢様が仮当主になられたので、前当主の捜索という形でギルドへ依頼しようという案が進められているんです」
ギルドってミラちゃんみたいな冒険者がいる『冒険者ギルド』のことだよな?
他にもギルドと付く組織があるのかもしれないけど問題は……。
〈そのギルドに依頼を出せば、解決するのですか?〉
「効率は良くなるでしょうけど確実とは言えない、というのが実状ですね」
想像通りなら依頼を受ける冒険者の実力次第だろうからな。腕前の確かな冒険者が受けるかどうかも不明だ。
それとも貴族からの依頼ってことで優先して回してくれたりするのかなとカノンに訪ねたが、それはそれで依頼料に上乗せされるらしい。ただでさえ高額を請求されるのにである。
成果が出るかもわからない、ある意味で博打なギルドへの依頼にそこまでするべきなのかも疑問だが、他に打つ手がなければやむを得ないのだろう。
そして依頼を出すことが決まれば、ミリアちゃんを捜索に向かわせる必要性もないと判断して絶対に許可しなくなるはずだ。
こっそり抜け出すという方法もあるけど、できることなら同じミリアちゃんを応援する同士だ。手を取り合っていきたいものだが、どう説得するべきか……。
「クロシュさんが、どれほど有用なのかを示すしかないですね」
同じ考えに至ったのかミリアちゃんが唐突にそう言いだした。
〈私の有用性ですか……〉
「お嬢様を守ったことで総長さんの印象は良くなっていると思いますが、館に残っていた政務官たちは違いますからね」
「あの人たちは疑り深いので、クロシュさんの凄さを実演しないと納得しないはずです」
と言われても、いったいなにを以てして証明すればいいのか。
誰かと戦ったり、キズを治したりとか?
「そこで、これです!」
どこに隠し持っていたのか、銃によく似た螺旋刻印杖を掲げるように取り出すと俺の隣にそっと並べる。
「文官である人には単純な力より、知識を披露するべきだと私は思うんです。なので、クロシュさんがこれを使った時のことを詳しく教えて貰えますよね?」
な、なんだ? 急にミリアちゃんの様子がおかしくなったぞ。
「落ち着いてください、お嬢様。クロシュ様が困惑されています」
「私は冷静。だからクロシュさん。早く、教えて、ください」
〈まったく冷静に思えません〉
爛々と輝く双眸はエモノを前にした獣のようだった。
「えっと、クロシュ様……実はお嬢様は魔導技術に大変興味がありまして……」
魔導技術を一言で説明すれば、魔力を用いた技術全般を差すそうだ。
ミリアちゃんはその中でも特に魔道具関連を好むようである。
ああ、前に俺のファンとか言ってたのってそういう……。
「私が最初に知りたいのはですね、呪文を唱えずにどうやって杖を起動させたのかです。あの呪文でさえ、秘文字を読み解くのに一年近くかかったのです。自慢ではないですけど私は秘文字解読において世界でもトップレベルだと自負しています。それを初めて手にしたクロシュさんがどうして、あのように扱えたのですか?」
側近たちを説得するという話はどこへ行ったんだいミリアちゃん。
湧き上がる衝動に突き動かされるのか、気付けば俺を両手で掴んでおり、決して逃がさないという固い意思を表していた。
興奮からか上気した顔は、心なしかさっきより赤い気がする。もはや自分の欲求を満たすことしか頭にないようだ。称号に【冷静沈着】ってあったんだけど、おかしいね。あと妙にえっちく見えるのは俺の心が汚れているせいなのか。
と、とにかく正気に戻すためには要望に応えるしかなさそうだな。
たのしい、たのしい、魔導技術談義の時間は、とてつもなく長いようで、あっという間に過ぎ去って行った。
どことも知れぬ暗闇の中に、三つの声が響く。
ひとつは人間味を感じさせない冷血で無機質なもの。
ひとつはしわがれた固く古めかしいもの。
ひとつは粗野で乱暴なもの。
そのどれもが、どす黒い悪意に満ちていた。
「それで、この失敗はどう責任を取るつもりかな?」
「……あの様な用心棒は聞いておらぬ。拙僧に落ち度はない」
「ハッ、せこい手ばっか使うてめぇじゃ、どっちにしろ変わんねぇよ!」
「お主に言われたくはない」
「あぁ? 俺様とやりあうってのかよ?」
「そこまでにしておけ」
冷血な声が呆れたように続ける。
「失敗したなどと報告するわけにはいかないんだ。尻拭いは彼女にやって貰うことにするよ。構わないね?」
「……拙僧には物を言う資格などない。好きにするといい」
「おいおい、次は俺様にやらせろよ」
「君の役目は別にあるだろう。切り札は最後まで秘匿しなければな。もちろん、その時がくれば派手に暴れさせてあげるよ」
「チッ……だがな、あいつまでミスったら次こそは俺様にやらせて貰うぜ?」
「構わないとも。でも彼女には私の毒を持たせた。失敗するとは考えにくいな」
「拙僧が借り受けた毒は、用心棒に解毒されてしまったのを忘れたか?」
しわがれた声の忠告に対し、鼻で笑うと嬉しそうに話し出す。
「君に貸したのは、あくまで戦闘中に使う物だからね。でも今度のは違う。彼女が扱うのに適した私が生成できる毒の中でも最凶の一品さ。しかし……」
愉快に語っていた口調が苛立たしげ変化する。
「私たちの邪魔をしたとかいうインテリジェンス・アイテム、そいつには制裁を加えないといけないね。いったい、どこの誰なんだ?」
「拙僧の記憶にはない姿であった。恐らくは……」
「なるほど。だったら見つけ出すのは簡単そうだね。そっちは私に任せて貰うよ。僅かな障害でも排除しておきたいからね」
「おう、そっちは興味ねえし勝手にやってくれ」
「同意……しかし、捕縛された者共についてはどうする?」
「既に手は打ってあるさ。口は割らないだろうけど放っておくわけにもいかないからね。それじゃあ、私たちの栄光の為に……」
二人の声が後に続くと、暗闇に静寂が戻った。
暴走状態にあるミリアちゃんの質問のほとんどは秘文字や刻印術といった、俺には答えられるはずのないものばかりだった。
というか、なんで俺がそういうのに詳しいと思ったんだ?
最初は素直にわからないと告げようとしたものだが、期待の眼差しを向けられては抗えるはずもなく、どうしたものかと悩んだ末にあることを思い出した。
この世界に初めから存在する技術や概念であれば『知識の書庫』で調べられるということだ。魔導技術については無理だったが、さすがに三百年も眠っていた俺に最新の技術的な知識は求めていなかったようで助かった。
ならば後は検索結果を読みあげるだけで済むだろう。
などと一安心したのも束の間……。
「やはり秘文字は読み解き意味と配列を知るだけではなく魔力の流れにまで考慮しなければならないのですね。ですが魔力を感覚的に操れる者であれば秘文字を頼らずとも魔法を習得できるため過去には刻印術はあまり研究されていなかったということですか。昨今の魔法は存在せず過去に魔法とされている術は刻印術に神秘性を持たせただけの代物という学説は完全に否定されましたね。しかし発見されるアーティファクトは高度な刻印術が用いられていることから大昔には研究者がいた可能性は充分にあります。ところで秘文字の第七字と第十六字では造形に類似性が多く見られますが私は銀月と金陽という二属性は共に天を示しているからだと推測していまして全ての類似性を洗い出したところ第六十五字だけ独立している点が気にかかるのですが秘文字が八属主にまつわる神秘文字であれば新しい属性の発見に」
〈…………〉
「お、お嬢様。そろそろ昼食の時間ですし、その辺りで……」
「もうそんな時間なの?」
彼女の知的好奇心に際限はないらしく、いつまで経っても止まない怒涛の質問と持論展開に、俺はひたすら耐え忍ぶばかりであった。
そんなミリアちゃん講演会もカノンの一言によって閉会の時を見る。
よ、ようやく終わったか……?
「では続きは午後にしましょうか」
〈あ、え、あ、はい……はい……〉
「クロシュ様、お気を確かにっ」
少しは満足してくれたのか、ひとまずは『中断』のようである。次を覚悟しておかねば心を持って行かれそうだ。
当のミリアちゃんは未だに熱が冷めないようで俺の疲弊には気付かないまま部屋を後にした。
所変わって食堂には俺たち三人の他に多くのメイドさんらが集まっていた。
大広間と呼べるくらいに広い部屋であり、中央には長大なテーブルが鎮座している。その上には一人分の食器があらかじめ配置されていた。
ここで食事をするのはミリアちゃんだけなのだ。本来なら、さらに二人分が追加されていたはずだ。
食事できない体であることを残念に思う俺だが、屋敷の人たちを紹介しておきたいとカノンに誘われて付いて来ていた。賑やかしくらいにはなれるだろう。
ついでに放置されてしまっているが、側近の者たちを説得する方法も模索しなければならないので、これを機になにか糸口を掴めればとも思っている。
「クロシュ様、これでよろしいでしょうか?」
〈問題ありません〉
俺を着たままでは会話がし辛いのはミラちゃんの頃から理解している。かといって料理と一緒にテーブルの上に置かれるのもどうかと思うのでポールハンガーを用意して貰ったのだ。
形体上、立ち話のような形になってしまうがミリアちゃんの隣の席に設置して貰って少しは話しやすくなった。
「食事を始める前に、クロシュ様にご紹介しますね」
カノンは言いながらテーブルの向い側に手の平を上にして向ける。
そこには三人の男が立ち並んでいた。
「まずは左から順に政務官筆頭のクーデルさん」
「ご紹介に預かりましたクーデルです。お見知りおきを」
ビシッとした黒い燕尾服みたいなスーツを着た壮年の男だ。
やり手のビジネスマンといった印象である。
「続いてすでにご存じでしょうけど護衛騎士隊総長のナミツネさん」
「カノン殿からお聞きしましたが、あの時のお嬢様はクロシュ殿だったそうで。いやあ私はまったく気付きませんでした」
前にも会ったことがある総長と呼ばれていた初老の男だった。
さすがに防具は外しているけど、護衛騎士というだけあって帯剣している。
年の割に落ち着きがない感じがして、ちょっと頼りないんだよな。
名前が和風っぽいのは偶然か、あるいは……。
「最後に調理室総帥のフォドルタスさんです」
「ワシのことはフォル爺とでも呼んでくれ。お嬢を守ってくれて感謝するぞい」
白髪と不潔に感じない程度にヒゲを生やした清潔な調理服の老人である。
好々爺然とした風貌で三人の中では最も年老いて見えるが、まだまだ元気だ。
一連の紹介が終わってから、この中でミリアちゃんが捜索に出向くのを反対しそうなのはビジネスマンことクーデルだとわかる。
見た目通り頭が堅く、規律にうるさそうだからな。
軽く三人と挨拶を交わし、説得の機会を窺うことにする。
フォル爺が合図を出すと、メイドさんが配膳用の台車を押して現れた。
向かう先はミリアちゃんが座っている席、長いテーブルの横側で、その中央が彼女の定位置になっているらしい。
この食卓に着けるのは家の者か客人だけだそうで、カノンはミリアちゃんを挟んで俺の反対側に立っており、三人の側近らもテーブルの向こう側に立ったままだ。
この構図だと面接会場っぽくて笑ってしまいそうになるのを耐える。
「こちら前菜の『ベッシュミルとチーズのハムロール』です」
聞き慣れない名前だったけど、切り分けたアボカドっぽい果物とチーズをハムで巻いた的な料理だった。美味そう。
やっぱり果物の名前が違ったりするのだろうか。
試しに料理を【鑑定】してみる。
【ベッシュミルとチーズのハムロール】
ベッシュミルとチーズをハムでロールしたもの。
とある世界ではベッシュミルをアボカドと呼んでいる。
説明テキトウすぎじゃない?
しかもアボカドだけ詳しく解説してるし。担当したの誰だよ。ありがとう。
そんなツッコミを入れている間に、一口サイズだったのでミリアちゃんは手早く食べてしまった。その作法も美しくて見ているだけで飽きないね。
ところでカノンはいいとして、男三人はここに残る必要があるのだろうか。
ただミリアちゃんの食事風景を眺めているだけじゃないか。
なにか、こう歓談的なことをするのかと思って、そこから説得の材料を得ようとしていたんだけど……主の食事中は黙っているルールでもあるの?
いっそ自ら話しかけようか逡巡していると。
「フォル爺、今日の料理も素晴らしいですね。とても美味しいです」
「そのお言葉を頂ける為なら、何度でも腕を振るいますぞ」
「それと総長さん、昨日はよく頑張ってくれましたね。おかげで助かりました」
「お嬢様の為でしたら例え魔王が相手だろうと……」
「しかしお嬢様、襲撃を未然に防げなかったのは問題かと思われますね。総長殿、番兵の管轄は貴方でしょう?」
「か、確認中だ。だが怠慢は無かったと断言できる!」
「どうでしょうかね」
「その辺でよさんか。せっかくの料理が台無しなるわい」
食事中であるミリアちゃんから声をかけると、三人も自由に会話を始めた。
ふむ、主から話しかければ喋っても構わないってところか。
そういったマナーでもあるんだろうけど、貴族ってのは想像通りに面倒だ。
「ところでクーデルさん、私はクロシュさんと一緒にお父様とお母様の捜索に向かおうと考えているのですが」
ちょっとミリアちゃん!? まだ説得する準備が……。
「……私は賛成しかねます。理由はいくつかありますが、なによりも危険です。魔獣が生息しているだけではなく、道中でいつ第二第三の襲撃者が現れるかも知れない状況です。相手の目的すら不明である以上は屋敷へ留まりください」
予想通りの反応を返されたよ。どうするんだ?
「ですがクロシュさんがいれば襲撃者を退けられることは実証されています」
「確かに! 加えて我ら護衛騎士団がいれば必ずお嬢様をお守りすると……」
「いえ、総長さんたちには残って貰います」
「なんですとっ!? いやしかし……」
「クロシュさんの力なら私ひとりであれば逃げることも容易です。ですが総長さんたちを守りながらでは難しい場面もあるでしょう」
事実ではあるんだけど、なかなか辛辣である。
「総長殿……貴方が不甲斐ないばかりにお嬢様がこのようなお考えに」
「それを言うのであれば筆頭殿、ギルドへの要請はいつになったら行われるのですかな? 細かいことを気にして、まごついているからお嬢様は痺れを切らせて自ら向かうことを決断なされたのでしょう」
「細かい事なのではありません。当家の今後に関わる大事な場面であるからこそ慎重な判断が必要なのです!」
「二人とも落ち着かんか。お嬢、長くなりそうなのでこの話はまた後ほどにしましょう。今は料理を楽しんで頂けたらワシは嬉しいのですが」
「そうですね、わかりました」
気付けば給仕係のメイドさんが次の料理を出していいのかと顔色を窺っていた。
フォル爺が頷いたことで安心した風に仕事を続ける。
「こちらスープの『クン・ドル・ポタージュ』です」
前菜からスープってことはフルコースかな?
あれって本来はディナーだったような……まあ、よく知らないけど。
そもそも異世界だから関係ないだろう。
スープの名前はまたもや聞き慣れないけど、色合いからコンポタ的なあれだ。
たぶん合っているはずだけど【鑑定】にて答え合わせをしてみよう。
【クン・ドル・ポタージュ】
とろみのついたスープ。
とある世界ではコーンポタージュと呼んでいる。
致死毒が含まれている。
〈待ったッ!〉
瞬時に今まさに口へと運ばれようとしているスープを止めるべく、【変形】で伸ばした布の手をミリアちゃんの腕に巻き付かせる。
その際の衝撃でスプーンは手から弾かれるように離れ、床の上に転がった。
ギリギリだったが、なんとか間に合ったようだ。
「く、クロシュさん? どうかしましたか?」
「クロシュ様?」
「いったい何をっ!?」
その場にいた全員が俺の行動に驚いたようだが気にしているヒマはない。説明よりも先にすべきことがある。
俺は食堂にいる者を【鑑定】で調べたが、とりあえず怪しいスキルや称号を持った人物は見つからなかった。
「あの、クロシュさん……?」
いつまでも黙っている俺に、不安げな表情でミリアちゃんは呟いた。
〈そのスープには毒が入っているようです〉
どう告げるか迷ったが、下手にこじれても面倒なので正直に話しておく。
「そんな……」
「お嬢様、テーブルから離れてください!」
「これはいったい、どういうことなんです?」
「ワシの作ったスープに毒じゃと!?」
〈落ち着いてください。この場に毒を盛ったと思われる者はいませんでした〉
「当然です。メイドを含めて、当館にそのような事をする者はいません」
クーデルが冷たい声で続ける。
「そもそも、本当に毒が入っているのですか?」
〈どういう意味でしょう〉
「先ほどの捜索に向かうという話、クロシュ殿が襲撃者を容易く撃退できるという話でしたね。それを強調するための芝居なのでは?」
言われてみれば、傍から見るとそう映ってしまいそうだ。
しかも毒を証明する方法がなかったことに気付く。
正直に言っちゃったのは失敗だったか?
「ひとまずこの場は――」
「大変ですっ!」
ノックもせず、唐突に外からメイドが扉を開け放って駆け込んで来た。
本来なら不作法を叱責するところだろうが、図らずも俺の行動により緊張感が高まっており、さらにメイドの慌てようからも緊急性があると察せられた。
誰もが口を閉じ、不意に静まりかえった食堂に不気味な雰囲気が漂う。
「……今度は、なんですか?」
代表してミリアちゃんが恐る恐る尋ねると。
「捕えられていた人たちが、みんな死んでいます……!」
衝撃の一言が飛び出したのだった。




