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こちらは本日2回目の投稿になります。
【魔導布】ことクロシュは、私に協力すると言い出しました。
最初はなにを言っているのか理解できなかったけど、すぐに、また嘘かと思い至って断ることを決めます。
ですが、それでもなお食い下がるので理由と、その根拠を話しました。
理由は嘘をついたから。根拠は【魔導布】の称号を知っていたから。
すると、なにやら私がよく読んでいる推理小説に登場しそうな犯人の口上、それも前座である下っ端みたいなことを言い出しました。
まったく、勇者探偵シリーズを読破した私にそのような誤魔化しとは、挑戦と受け取りましたよ!
私の追及によって、とうとう犯人は自供しました。無駄な悪あがきでしたね。
ついつい推理に熱が入ってしまったのも、致し方ないというものです。
そうして論破した私ですが、この布は諦めるわけでもなく更に協力するという言葉を重ねます。
また嘘、だと思いました。
カノンは過去の経歴から心を許しているようでしたが私は……できません。
だって、もし嘘じゃなくても、本当に協力してくれたとしても、あとから裏切る可能性だってあります。絶対に裏切らない保証なんて、ありません。
私の固い意志を感じ取ったのかカノンすらなにも言わなくなりました。
これでいいんです……これで。
そう思うと同時に、なぜだか急に胸が重くなったようで気分は優れません。
……いえ、気のせいでしょう。最近はずっとこんな感じだったはずです。
ただ先ほどは、少しだけ体調が良くなったような――。
「きゃあっ!」
不意に体が浮き上がったかと思うと、目の前にカノンがいました。
突然のことで、なにがなんだか理解できませんが、どうやら私は座席から吹き飛んだようでした。恐らくは車が急ブレーキをかけた時によくある現象でしょう。
以前から思っていましたが、耀気動車には体を固定する器具でも取り付けたほうがいいのではないでしょうか?
いずれ怪我をしてしまいそうです。
「お嬢様、大丈夫でしたか?」
「うん。なんとか……ありがとうカノン」
それにしても急に止まるなんて危ないですね。
もしかして、野生動物かなにかが飛び出したのでしょうか?
「ミーヤリアお嬢様! 何者かに包囲されています! 護衛の騎士たちが戦いますので決して表に顔を出さないように!」
運転席にいる従者のひとりが慌てた様子でそう叫んだ時、本当の意味で状況を理解しました。
何者か、などと曖昧な表現でしたが間違いなく悪意を持った敵です。
ただ、単なる賊などとは違うでしょう。
街から屋敷に至るまでは山林部に一本だけ伸びた道なので、この場所を一般市民の方が通ることはありません。加えて、護衛を引き連れた車を狙う賊など存在しないと聞きます。強き者からは逃げ、弱き者を襲うからです。
だとすれば、この敵の目的と正体は……。
私は薄々と感付いていましたが、そこまでしないと心のどこかで……。
「ま、まさか賊だなんて。ここはもうエルドハート家の敷地に入っているというのに……番兵の方はなにをしているのでしょう」
驚きと不安の入り混じった表情でカノンがそう呟きました。
……今は考えている場合ではありませんね。
護衛の皆さんが善戦してくれることを祈りますが、私もできることをやらなければいけません。
「カノン、私の杖を出して」
「え、ああ、はい!」
指示に慌てて車内の隅に立て掛けてあった細長い包みを手に取ると、素早く厳重に巻かれた灰色の革紐を解き、中身を私に手渡してくれます。
それは古代遺跡から発掘されたというアーティファクトです。
見た目は材質不明な鉛色で、私が両腕を伸ばした程度に長くただの棒でしかありませんが、表面には秘文字が端から端まで螺旋を描くように刻まれています。
私は名前もわからなかったこの杖に『螺旋刻印杖』と名付けました。
螺旋刻印杖は特殊な武器ですが、今の状況なら有効に扱えるでしょう。
最初に試し撃ちをした際は非常に扱い辛かったのですが、改善方法が判明したので少し手を加え、持ち手側に木製の取っ手を追加しています。水平にした杖に対して僅かに角度を変えて伸びている形です。これを脇で挟むようにして構えることで安定するようになりました。ちょっと重くなったのが欠点ですが。
「外はどうなってるの?」
「ここからでは……騎士の方々が周囲を警戒しているとしか」
窓から外の様子を窺っていたカノンに聞いたところ、護衛騎士は私たちの車を中心に守りの陣形を組んでいるようです。肝心の敵はどうなったのでしょうか。
「お嬢様、どうやら木々の間に潜んでいるようですよ。あ、弓が見え……」
「ぐあぁッ!」
男の人の悲鳴です。まさか……。
「大変です! 騎士のひとりが負傷しました! ああっ、また!?」
向こうは物影に隠れて矢を放ち続けるつもりのようです。
こちらにも弓兵はいますが、この地形では圧倒的に不利でしょう。
「三番隊はそっちを任せる! 二番隊はこの場を死守! 一番隊は俺に続けェ!」
「オオオォォッ!!」
ですが、こちらも負けてはいません。護衛騎士隊総長が味方を引き連れて突撃しました。山林に入れば条件は同じと考えてのことでしょう。それどころか訓練を積んだ彼らなら近接戦において遅れを取ることはないはずです。
「一時はどうなることかと思いましたが、さすがは総長さんですね」
カノンもどこか安心した様子です。
私もほっと一息付きます。護身用として螺旋刻印杖の練習はしていたとはいえ、実戦で使うのは初めてになります。できれば人を向けたくはありません……。
そんな思いとは裏腹に、やがて戦況は悪化して行きました。
「ど、どんどん敵が増えているみたいですよ。総長さんはどこに行っちゃったんでしょうか。このままじゃ……」
総長が率いる一番隊と、指示通りに反対側に潜む敵へと向かった三番隊は林の奥へと消えたまま戻りません。
その隙を狙ってか、敵は攻勢にかかって来たのです。
顔をお面で隠した者たちは武器と盾を手にジリジリと間合いを狭めています。二番隊が頑張って阻んでいるようですが、迂闊に攻め込めば後方から矢が飛んで来るので、守勢に回るので精一杯のでした。
お互いに負傷者も増えていますが、すぐに後方から控えが現れる相手と比べて、徐々に戦力の差が浮き彫りになりつつあります。
この連携に、こちらの護衛を超えた人数や、整った装備……やはり敵は普通の賊などではなさそうです。
なんとか状況を保てているのも二番隊の皆さんが普段から訓練に励んでいるからでしょう。目前の敵を体術でいなしては、飛来する矢を剣で振り払っていました。卑劣な敵に負けない見事な戦いぶりに彼らを誇らしく思います。
ですが、このままでは……。
「カノン、そこをどいて」
「お嬢様……大丈夫なんですか?」
私はカノンと入れ替わるように窓際へと寄り添います。
まだ少し怖いですけど、護衛騎士隊の奮闘を無意味にするわけにはいきません。
決意を固め、螺旋刻印杖の先端を窓から突き出し、木陰に身を隠して弓を構える敵のひとりへと狙いを定めました。
「『起動、充填、開始』」
呪文を唱えると、手の平から熱を奪われる感覚がして全身から力が抜けます。これは私の中の魔力が吸われているからだそうです。
魔力を蓄えた杖は刻まれた秘文字を端から順に淡い光を帯びさせ、やがて先端まで達すれば、それは準備が完了したことを告げていました。
「『加圧、回転、開始』」
更なる呪文で杖はキィィィと小さく鋭い音を発し、解放の時を今か今かと待ち望んでいるかのようでした。
最後に、私は脇を引き締めて狙い澄ますと――。
「『解錠、発射、開始』」
ドンッ! と空気を震わせて杖の先端から黒色の魔力球が放たれ、一直線に標的が潜む樹木へ突き刺さり、次いで爆発を引き起こしました。
あとに残ったのは、中央辺りから破裂したかのように粉砕された木が一本です。
影に隠れていた人は逃げたのでしょう。血痕ひとつ周囲に見られないことから負傷もしていないようです。
本当は弓を狙ったつもりでしたが、やはり正確に撃つのは難しく、練習でも数回程度しか的に命中していません。それに威力も無駄に高く、なによりも……。
「はぁ……はぁ……次をっ」
「ダメですよ、お嬢様。もう魔力が……」
一発を撃つだけでも消耗が激しく、過去最高でも三発が限度だったのです。
加えて今は戦闘中です。練習の時みたいにゆっくりと集中したり、休憩することも、的が止まることもありません。
そんな状態で撃つのは初めてですが、ここまで疲れるとは予想外でした。
さっきので敵が動揺するなり、諦めるなりしてくれたらいいのですが……。
「落ち着けっ! あれは何発も撃てない! このまま攻め続けろっ!」
ここで初めて敵側から声があがりました。
残念ながら、そう上手くはいかないようです。
しかし確信したかのようなあの言い方は、まさか螺旋刻印杖を知っていたのでしょうか?
訝しんでいると、護衛騎士のひとりが車内へと声をかけて来ました。
「ミーヤリア様、もはや時間の問題です! 数人だけですが護衛として付きますので、お2人だけでもお逃げください! 屋敷にさえ辿り着ければあぐぁッ!」
「ああっ!?」
背中に矢を受けてしまった騎士をカノンと2人掛かりでどうにか車内へと引き込みます。手当てをしようとしましたが、本人から矢を抜けば出血が酷くなると止められてしまい、私にできることはありませんでした。
それに、彼らは少数による撤退で私たちを逃がすつもりのようでしたが、この襲撃の手際から鑑みるに、逃げ場も塞がれているはずです。
前方の様子がわからないので予想になりますが、こうして車が止まっているのも、倒木かなにかによって道が塞がれているからなのでしょう。
やはり、この杖で打開するしか方法は……。
〈私を使えば、この状況をどうにかできますよ〉
頭に直接響くようなその声を出せるのは、この場にひとりだけです。
〈そこで倒れている人も、今なら助けられます。私はキズを癒せますので〉
ふと聖女の伝説が脳裏に浮かびました。
魔導布クロシュを纏った聖女は多くの魔法を操り、多くの者を癒し、多くの困難に挑み、そのすべてを解決した。
そんな力が目の前にあるとすれば……。
手を伸ばしかけた私は、なのに、どうしてか空を掴みました。
「……本当に、そんな力があるんですか?」
〈本当です〉
「だって、そんな魔法なんて、あるわけないじゃないですか」
〈魔法があるわけない……ん? 存在しない?〉
魔導布は困惑した様子でした。
〈あとで詳しくお聞きしますが、今はそれどころじゃありません。その人、矢に毒が塗ってあったようです。あまり長くは持ちませんよ〉
言われて初めて、その護衛騎士の顔色が真っ青になり激しく汗をかいていることに気付きました。痛みのせいかと思いましたが、明らかに異常です。
〈外にも似たような状態の者が多数いるようです。助けたいなら急いでください〉
でも、だからって……。
〈目を逸らすのはやめなさいミーヤリア!〉
心臓が飛び跳ねるほど驚きました。それまで温厚そうで淡々とした口調だったのに、いきなり叱責するような鋭い声が響いたのです。
私は頭の隅で、伝説の魔導布も怒るんだ、などと場違いな感想をぼんやりと思い浮かべながらも、自然としっかり耳を傾けていました。
〈あなたは護衛の人たちを助けたいのではなかったのですか? だから、そのジュウ……杖を使って魔力が尽きかけても、なお戦おうとしたのではないですか?〉
そうです……。
ずっと主門に仕えてくれていた彼らを、こんなところで死なせてはいけないのです。今なお必死になって戦い続ける彼らを、傷と毒に苦しむ姿を目の当たりにして、私はそう強く思いました。
〈私を信じられないのも、理由はなんとなく理解しているつもりです。でも戦う覚悟ができたのなら目を逸らさずに、そして逃げないでください〉
逃げる……私がですか?
そうでした。いつの間にか私は、魔導布を利用するという考えを捨てていたのです。信用できないから……いえ、裏切られたくないから。
だったら初めから信じなければ、触れなければいいと、そう考えていました。
〈この場で逃げたら無事に助かっても後できっと後悔します。きっと心が傷付きます。私はあなたを護りたい……あらゆる脅威から、その身も、その心も、護ってみせます。ですからお願いします。私にあなたを護らせてください〉
どうしてそんなにまで私のことなんかを――。
何度も信用できないって言ったのに――。
もしかしてそれも嘘だったら――。
本当は、私だって――。
〈まあ、あれです。どうしても私を信じられないなら今はそれでも構わないんですよ。この時だけ私を利用するつもりでいいんです。言うなればお試し期間ですね。それで気に入ったらお買い上げということで。きっと後悔はさせませんよ〉
なにを言っているのでしょう。
もう頭の中がごちゃごちゃでしたが……。
「……今回だけ、ですか?」
〈ええ。次のことは、また次に考えればいいんです〉
「……助けて、くれるんですか?」
〈必ず〉
「……信じても、いいんですか?」
〈我が神に誓って〉
それがどれほどの重みを持つ言葉なのか、私にはわかりませんでした。
だけど、もう一度だけ誰かを頼ってみても……いいよね?
「……お願い、します。力を貸してください」
〈はい。私にお任せですよ〉
次の瞬間、私の意識は急激に遠のきました。
暖かくて大きななにかに包まれるようで、とても安らぎます。
全身を覆う安心感に身を委ねて……久しぶりにゆっくりと眠れそうでした。




