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そして布は幼女を護る  作者: モッチー
第2章「絶対もふもふ戦線」
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私の両親は規格外です

書き直しと体調不良が重なって遅くなりました。

今日はもう1話、投稿します。

 初めに両親が消息を絶ったという報せを聞いたミーヤリアは冷静だった。

 凶悪な魔獣が現れたという報告に、自ら討伐せんと騎士隊を率いて出向いた剛毅な両親のことを、彼女はあの二人なら心配はいらないと考えていたのだ。すぐに暢気な笑い声をあげながら戦利品を携えて戻るだろうと信じていた。

 それほどに二人が規格外であり、信頼していたのもあったが、なによりも幼い彼女は両親がいなくなるという想像ができなかったのだ。


 だが十日が過ぎ、やがて二十日が過ぎれば、流石に不安に駆られてしまう。

 さらには幼少時より共に育ち、彼女の従者となったカノンから恐ろしい話を耳にする。

 皇帝国の法律によると、行方不明になった者は最後に生存が確認された日から数えて一カ月後までに再確認されない場合、死亡した者として扱われるのだ。

 どうして今、そんな話をするのかとミーヤリアは憤慨したが、カノンはまっすぐに見つめて口を開く。


「私も無事に戻ると信じています……でも、これは義務なんです。もしもの時のために、お嬢様は知っておかないといけないんです」


 知りたくなかった。耳を塞ぎたかった。逃げ出したかった。

 でも、できなかった。

 彼女は侯爵家に生まれたミーヤリア・グレン・エルドハートである。いつか両親の跡を継ぐのだと教えられていたし、その覚悟も芽生え始めていた。


(でも、それはもっと後の話だって言ってたのに……)


 カノンは黙り込んでしまった彼女に、今も主門から第四門までのエルドハート家が総力を注いで捜索を続けています、と励ました。

 時間はまだあるのだと。

 きっと、もうすぐ見つかるはずだと。


 しかし不幸は重なるものであるらしく、立て続けに問題が起きた。

 最近になって野盗や魔獣たちの動きが活発になり、被害報告が増えたのだ。その影響から人手が不足し、捜索隊として派遣していた人員を戻さざるを得なくなり、大規模な捜索が困難となってしまった。

 すでに残り五日にまで差し迫っている。このままでは期限までに見つけ出せないだろう。

 どうにか人を手配するべく冒険者ギルドにも協力を要請しようと意見が出たが、それは世間に当主不在を公表するも同義であり、発見できれば良しとする賛成派と、勢い付いた賊の台頭や体面を気にする否定派の論争にまで発展した。

 そうこうしている内に、期限の日が訪れる。


 ここに至って、まだミーヤリアは諦めていなかった。

 というのも、例え法律によって死亡と判断されても実際は生きているかも知れない。だったら諦めずに探し続ければいいと結論を出していたのだ。

 後のことは、その時に考えればいい。とにかく無事に戻ってくれたら他のことなんて大した問題じゃないはず。

 そのはずだった。


 行方不明から一カ月が経ったその日、第二門から第四門までの連名で書状が届けられた。

 内容はミーヤリアの両親であるノブナーガ・グレン・エルドハート並びにネイリィ・グレン・エルドハート両名を死亡したものと見做して捜索を打ち切る、というものである。

 まさかの通達に裏切られた思いであり、これだけでも驚愕に値するのだが、文書には続きがある。

 難解な言い回しと曖昧な表現でぼかしてはいるが、有り体に言ってしまえば次期当主となるミーヤリアは相応しくないので新たな当主を選定する、であった。

 あり得ない話だ。

 もしこれが実現されれば、数百年と続く主門が変わってしまうではないか。

 なにかの間違いではないかとさえ思った。

 

 しかし彼女には、そのあり得ない話に心当たりがあった。


 そもそも最初からおかしいことばかりだったのだ。

 彼女の父親であるノブナーガは、若い頃は魔獣を大斧で真っ二つに割いたり、素手で撲殺したことで【狂戦鬼】と恐れられたという。

 対して母親であるネイリィは、戦場で姿も音もなく、ただ影と笑い声だけが響くと兵士の首がポロリと落ちたことから【笑う影】の名が自国より敵国で有名になったと聞く。

 つまり、どちらも全盛期より多少は衰えたとしても規格外のバケモノである。

 そんな二人がちょっと強い魔物退治にでかけて行方不明になるなど、誰かに罠を仕掛けられたと考えたほうが納得できた。


 一度そう思うとミーヤリアの心中では疑念が渦巻くばかりだ。

 書状によると、すでに帝都から正式に認可を得ており、選定の儀が行われることは確定しているというのも疑いを助長させた。

 もう第二門から第四門の当主たちは信用できない。

 ならば、自分たち主門の力だけで両親を探し出し、そして二人が帰って来る日まで家と領地を守らなければならない。

 ミーヤリアは、そう決意した。




 選定の儀をどうにか終えたミーヤリアは足早に廊下を移動する。

 エルドハート家に伝わる【魔導布】の目覚めによって大きな混乱は生じたが、そのおかげで主門の座は守られたのである。

 あのままであれば間違いなく彼女以外の誰かが、どういった理由かまでは不明だが、問答無用で選ばれていただろう。

 筋書きに気が付いた時には打つ手がなく、すべてが遅かった。

 だから、その点に関しては深く感謝したかったが、当のインテリジェンス・アイテムはひとつだけ嘘をついていたのを彼女は見破っていた。

 あの場で嘘をつくというのは、なにかしらの意図がなければおかしいのだが、どのような意図があったのかがわからない。

 やっぱり信用してはいけないと、ミーヤリアは判断した。


 ともあれ、まだ仮認定ではあるが当主となれた。

 これによって残る懸念は両親の捜索と、領地に頻発する問題対処となる。

 書類上の手続きを終えると、すぐに屋敷へ戻れるよう手配させた。

 途中、ジェノトリアから感じた視線に気付かないフリをして。




 耀気動車に乗って帰路の道すがら、ミーヤリアは捜索状況について対面に座るカノンに尋ねてみた。

 つい最近になって、手掛かりが見つかったという報告があり、すぐさま追加の捜索隊を派遣していたのだ。

 主門に仕える者たちの間では、未だに冒険者ギルドに協力要請するか否かで揉めている。やはり最終的な決定を下せる当主という存在は大きいのだろう。ミーヤリアは自身にそれほどの能力がないことに悔んだ。

 そんな中、無理を押しての追加は少数となったが、期待せずにはいられない。


「わわわっ、お、お嬢様、お怪我は!?」

「……大丈夫だから、そのままにしておいて」


 カノンはうっかり横に積んでいた箱を座席の下に落としてしまったようだ。

 それには【魔導布】が収められていたはずだ。

 会話を聞かれないようと完全に密閉しており、ミーヤリアは屋敷へ着いたら地下へ放り込むことを決めていた。

 ……伝説通りであれば心強い味方になってくれるかも知れない。

 などと考えたのは一瞬だけであり、信用できるのは主門の者だけで甘い考えだと切り捨てた。実際は信用できないからというより、もう裏切られたくないという思いが故の思考放棄でしかなかったが無意識の内に心は定められていた。

 なんであろうと、邪魔をされなければ問題はないと、見ないフリをして。 


「それより、さっきの続き」


 前回の報告で希望を持てたから選定の儀にも平静を装って出席できたと言える。

 だから発見までは行かなくとも、更なる手掛かりを得られたのではないかと期待していたのだ。次こそは見つけられると。

 だが、言い難そうなカノンの口から出たのは期待とは真逆の結果であった。


「あ、はい……えっとですね、先遣隊と追加で派遣した部隊は無事に合流し、予定通りの工程を終えて帰還したとのことです」


 それはつまり、手掛かりは意味を成さず、成果を挙げられなかったという意味。

 似たような報告は、これで何度目になるのかも覚えていない。

 この時、絶望というものを幼い彼女は初めて知った。


「現地に残っている部隊は?」

「半数ほどになりました……これ以上の捜索は範囲を縮小することに」


 主門だけで行われている捜索は、すでに当初のそれよりも大幅に規模を縮小している。更に半分以下となれば街ひとつを調べるのに手一杯なほどであった。


「それはダメ。追加の部隊を手配して」

「お嬢様……」


 なお増員しようとすると、カノンから優しく却下される。


「これ以上の人員追加はもう無理です。他はどこも手が足りていませんし……なによりも戦闘可能な者となると騎士はおろか、兵士の代わりに傭兵を雇わざるを得ない状況で」

「わかってる!」


 もちろん本人も無理であるとわかっていたが、ミーヤリアの精神は限界に近かった。両親の不在による心細さだけではなく、信頼していた支門の裏切りに加え、これから訪れるであろう苦難と、先の見えない不安……僅かに見えたはずの希望さえ打ち砕かれてしまった。

 これまでは貴族としての義務感が彼女を奮い立たせていたのだ。カノンにすら弱音を吐いたことはない。むしろ、一切の弱気に蓋をすることでこそ耐えられた。

 それも、とうとう堤防が決壊するように崩れ落ちる。


「わかってるよ……でも、それでも……私だけでも、お父様とお母様が、きっと、そうすれば……みんな、元通りに……」


 自然と涙が溢れ、言葉もつっかえ、自分でもなにを言っているのかわからない。

 もう疲れていたのだ。

 幼い少女が背負うには、荷が重すぎた。

 いっそこのまま、すべて投げ出してしまえたらと思うほどに。

 そんな悪魔の囁きを、断ち切るような声が頭の中に響き渡った。


〈ミーヤリア、私が協力しますので、どうか顔をあげてください〉


 心強い味方……ミーヤリアはまさかと振り払いつつ、どこかで期待していた。

 本人も気付かぬ、心の奥底で。

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