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そして布は幼女を護る  作者: モッチー
第2章「絶対もふもふ戦線」
41/209

そろそろですね

 七星幽界(アストレイラム)

 音として聞いたはずなのに、なぜだか漢字とルビまで理解できてしまった。これも【念話】の一種だろうか?


「ここは見ての通り、私たちインテリジェンス・アイテムの集会所みたいなものだよ。詳しいことは私も知らないけど意識だけを抜き取って集めたって話だね。君の本体は今も現実世界から一歩も動いていないはずさ」


 いわゆる精神世界ってやつか。


〈なぜ、私はここに?〉

「特に理由はないはずだよ。インテリジェンス・アイテムなら無条件で引き寄せられるからね。ただ行きたくないって強く念じていれば拒否もできるし、今も帰ろうと思えば、すぐに帰れるから安心するといいよ」


 それに、と続ける。


「現実とここでは時間の流れが違うらしくて、たしか一時間ほどこっちにいても、向こうでは1分ほどしか経ってないみたいだね。おまけに本体になにかあれば、すぐに意識が戻されるから危険もほとんどないかな」


 だからゆっくりして行くといいよ、と片眼鏡は気楽そうに話す。

 たしかに言う通り、周りの雰囲気からしても危険はなさそうだった。

 そういうことなら同じインテリジェンス・アイテムの話には少し興味があるし、情報収集の場として役立ちそうなここに滞在するのも悪くないだろう。

 最初こそ戸惑ってしまったが、こういう時はどっしりと構えておくに限る。人目の多いところで情報に弱いと見なされたら変なのに絡まれかねないからな。

 すでに手遅れである可能性は否定できない。


「そういえば自己紹介がまだだったね。私はグラリス・ハーフ。普段はグラスって呼ばれているから気軽に呼んでね。ちなみに男だよ」


 わざわざ性別まで明かす必要があるのか?

 ともあれ、名乗られたのであれば名乗り返すのが礼儀だろう。


〈私はクロシュです。……まあ男ですね〉


 言ってから気付いたが、この見た目では性別など判断できないだろう。それはつまり、真実を言っているかも判断できないということだ。

 性別を偽る必要があるのかは不明だけどね。


「……クロシュ?」

〈はい。どうかしましたか?〉


 なんとなく怪しんでいるような雰囲気を感じるが、顔がないせいか、まるで感情が読めない。

 これに関してはお互いさまだろうけど。


「その名前は自分で?」

〈……いえ、とある方に付けていただきました〉

「ああ、なるほど。それなら、そういうこともあるか」


 なにやら納得した様子で片眼鏡はごめんねと軽く詫びた。

 意味がわからんが、他に聞きたいことが山ほどある。


「お詫びと言ってはなんだけど、他にも質問があったら受け付けるよ。初めて来たのなら色々と分からないでしょ?」


 願ってもない申し出だ。


〈ではまず、この七星幽界(アストレイラム)? ……についてより詳しく〉



 この異空間、あるいは結界とも言うべき場所は、とあるインテリジェンス・アイテムが作り出していると片眼鏡は語りだした。

 元々は200年ほど前、意識ある道具として生まれ変わった者たちが、自分勝手に暴れて世界を乱さないようにと、話し合う場を設けたのが始まりだという。

 世界中に散っている物たちから意識だけを集めて会話する。

 そんなことが可能なスキルを手に入れたやつがいるとは驚きだ。どうやら300年も眠っていた遅れというのは大きいらしい。

 ひょっとして、俺より強いやつなんて割とゴロゴロいるんじゃないか?

 ……しばらくは大人しくしておくか。


 この空間の特性として、話し合いに特化している点が挙げられた。

 それが『不戦領域』である。

 これはアストレイラム内において戦いを禁じるスキルで、止められるのではなく、戦闘能力を失って無力化されてしまうようだ。

 現に【変形】スキルを試したところ、うんともすんとも言わなかった。

 強力な封印である代わりに、出入りは自由で一切制限されないことから足止め目的の監禁や、特定個人だけを出入禁止にして情報を遮断する等も不可能なので悪用される危険はないとされている。


 そして、もうひとつが『心情制御』。

 激しく心が揺れ動くと、どのような方向であれを抑制してしまうという。

 あまり小難しい理屈はわからんが、怒りとか、憎しみ、悲しみ、それに驚きといった感情が薄くなると解釈すればいいらしい。

 俺がここへ来てから、やけに冷静なのも、それが原因みたいだ。

 当然ながら現実世界へ帰ればすぐに戻るので害はなく、まさに話し合いにはうってつけの効果だろう。

 いきなり、こんなところへ引きずり込まれても文句ひとつ言う気にならないのは、ちょっと問題があるようにも思えるが、結果的に有益な場を提供して貰えるので差し引きゼロとしておこう。


「っとまあ、だいたいこんなところかな。他には、なにかある?」

〈ではもうひとつ。目的はインテリジェンス・アイテムが世界を荒らしてしまうような暴走を防ぐためだと言っていましたが、その効果はあるのでしょうか〉

「ああ、そっか。そこら辺の説明もしないとダメか……でもなぁ」


 なにか言いたくない事情でもあるのだろうか。


「いやぁ、これを話すとまた長くなるんだけど、もうそろそろ今回の集会は終わりなんだよね」

〈まだ1時間も経ってないように思いましたが……〉

「君が来るまでに4時間は経ってるからね」


 単に俺が遅かっただけか。

 どうせなら、もっと早く連れて来てくれたらよかったのに。


「気を抜いた状態じゃないとダメだって聞くし、なにか考え事でもしていたんじゃないかな?」


 そういえば直前までミーヤリアちゃんを待ち望んでいて落ち着きがなかったかもしれないな。

 しかし、そうなると時と場合によってはここへ来れない、なんてこともあり得るんじゃないだろうか?

 俺の杞憂は当たりで、実際に生まれ変わってからしばらく、この空間を知らずに過ごしていた者がそれなりにいたらしい。気の毒ではあるが事前に告知する方法もないので運が悪かったとして諦めるしかないようだ。

 ……今は他人を気にするよりも、自分のことを考えるべきか。


〈次回はいつになるんですか?〉

「一週間後の正午だね。というか毎週その時間にやってるよ」


 ふと、この世界の暦や時間がどうなっているのか知らないことに気付いたが、一週間や正午という単語から地球と同じだと考えてよさそうだ。

 わざわざ地球人を転生させているくらいだから、その辺は神様的なのが合わせてくれているのかな。思えば言語とかも一緒だな……あるいは自動翻訳こんにゃくでも機能しているのか。

 ……なんか俺って知らないことばかりだな。

 ちゃんと勉強する必要がありそうだ。


〈では、先ほどの話は来週にでも教えて貰えますか?〉

「もちろん構わないけど、それよりも今は先に見せたい人がいるんだ」


 わざわざ俺への説明を先延ばしにしたのも、それが理由にあったらしい。

 そうまでして見せたい人とは、いったいどんな人物なのだろうか。

 僅かに興味を惹かれた俺は片眼鏡に連れられて、庭園の奥へと案内される。

 終わりが近いこともあってかすでに周りのやつらは帰り始めているようで、先ほどまでの賑わいも薄れ、夢から覚めたかのような静けさだ。

 残っているのは、のどかになった庭園の空気を名残惜しく楽しむ者と、俺たちのように目的があるか、帰りそびれてウロつくやつらばかりか。

 そうした中に、ひとつの東屋を遠巻きに眺めている人垣が形成されていた。

 人垣といっても見た目は剣やら盾なので露店の陳列みたいだ。


〈あれは、なにを見物しているんですか?〉

「さっき言った人だよ」


 ふむ、人垣が邪魔だけど反対側に回り込めば見晴らしが良さそうだ。

 というか、なんでみんなして、こっち側から眺めているんだ?

 そんな疑問は、目的の人物を目にすることですぐに解消されることになる。

 目的の東屋の下には二人の女性がイスに座っていた。

 そう、あれは間違いなく女性だ。

 一目で女性と判断できたのは、彼女らが完全に人間の姿だったからである。


 ひとりは赤髪にルビーみたいに輝く紅眼、和服をアレンジしたようなコスプレっぽいが可愛らしい衣装に身を包んでいる。

 もう片方は背中と横顔しか見えないが、長い白髪に純白のウエディングドレスに似た美しい衣装で、そしてどちらも美人と呼んで差し支えないほどに整った容姿をしていた。歳は見た目、16歳程度といったところか。

 特に白いのはスタイルもいいようで、赤いのと比べると一際目立つ。見物人らの目的がどちらかを瞬時に察せられるほどだ。

 なるほど、こっち側だとほとんど背中しか見えない。あいつらは正面から見える位置に陣取っているというわけか。くだらないな。


「珍しい……今日は【白龍姫】だけじゃなくて【紅翼扇】もいるのか」

〈それは名前なのでしょうか?〉

「いやあ、名前というか二つ名というか……称号かな?」


 ……そういえば俺にも【魔導布】なんて呼び名があったから同類か。

 だが、やはりというか、あの二人も同じ(インテリジェ)存在(ンス・アイテム)のようだ。

 このアストレイラムを訪れるのは俺たちだけだというから、最初からわかっていたことだが、だとするとあの姿はいったいなんだ?


「驚いてくれたみたいだね。簡単に説明すると、あそこにいるのはアストレイラムの創設者、七人の内の二人なんだよ。白い髪の【白龍姫】はいつも終わり頃になってから来ては、ああしてくつろいでいるんだ。【紅翼扇】はジロジロ見られるのが嫌だってあまり人前には出て来ないから、今日はラッキーだね」


 ちなみに本当の名前は誰も知らないらしい。

 俺がクロシュではなく【魔導布】と呼ばれていたように、そちらの名のほうが知れ渡っているのだろう。

 本人からすれば、いい迷惑だ。


〈それで、あの姿はどういうことなんですか?〉

「ちょうど話そうと思ってたところだよ。スキルについては知っているよね」


 早い話が、スキルの中にそういったものがあるようだ。

 具体的なスキル名は公開されていないから不明だそうだが、一説には人の姿になるスキルの取得には高レベルであることが必須で、結果的に長い年月を要するという。つまり人の姿はインテリジェンス・アイテムに取って強者の証となるため、無条件で敵対を避けるべき相手として認識されているらしい。

 多くの視線を集めている紅白な二人もそれに分類されるようだ。

 俺に見せたかったというのも、事前に近寄らないほうがいい相手というのを教えておきたかったという思惑があったのだとか。

 そこまで考えてくれるとは、この片眼鏡は想像以上にお人好しだな。

 ただ厳密に言えば、アストレイラムの創設者たち七人、全員が人の姿になれるそうなので、そいつらすべてが要注意人物だという。

 なんにしても無闇に敵を増やすなど愚の骨頂である。ミーヤリアちゃんを危険に晒す可能性を1%でも増やす行為は慎むべきだと俺は改めて心に刻んだ。


〈他にも人の姿になれる者はいるんですか?〉

「うーん、私が聞いた話ではいないね。実質その七人がトップってわけさ」


 中でも【白龍姫】の人気は高く、多くの者の目標とされているとか。


〈あれは単純に、見た目から憧れている人もいそうですけどね〉

「はははっ、それもあるだろうね。見た目は重要だよ。でも……」


 続く言葉で、その点で言えばクロシュはいいよね、などと急に片眼鏡が持ち上げてきたので存在しない首を傾げてしまう。

 今のは俺の見た目がいいと言っていたんだよな?

 謙遜も、自惚れるつもりもないが、俺の姿といえば白いローブだ。そりゃ多少はスキル【色彩】で模様を付け足したかもしれないが別に大したものでもない。

 ひょっとして、こいつは眼鏡ではなく洋服になりたかったのだろうか。

 じゃなければ俺のどこにそんな……あれ?


 自身の体を見下ろしてみて異変に気付く。

 なんというか、全体的に改修されているのだ。

 首周りには柔らかいファーがもこもこしており、胴や腕、袖口付近などには複数のベルトが巻かれて銀の金具が鈍い光を放っている。裾の前面は膝下までなのに対し、背面部は踵に届きそうなほどに長く垂れ下がっていた。

 ファンタジーな柔らかい布のローブであった俺が、まるで現代的な白いロングコートという中二感が溢れる姿に変貌しているではないか!

 な、なぜだ……?

 そして脳裏をよぎるのは、こうなってしまった原因。


『進化……やるっきゃない!』


 なにが、やるっきゃない! だよ……。

 ま、まあ、なってしまったものは仕方ない。これが強さを求めた代償というのなら安いものだ。

 ……いかん、すでに思考が毒され始めているぞ。

 いっそのこと鎖とか付けて中二街道を突き抜けてしまおうか。もっとシルバー巻くとかさ。

 でも柔らかい布として幼女を受け止めたいから、そういうのはナシだ。

 思い返せば、最初はクロークだったんだよな。途中から猫耳ローブの姿になったのだし、服という括りで別のなにかに変化するのは予想できた気がする。

 となると次はジャケットになったり、あるいは全身スーツになるのだろうか。ミラちゃんとの【合体】でも似たような格好になったが……アリだな。

 幼女でピッチリとしたスーツって一種のロマンじゃない?


「どうかしたのかい?」

〈……いえ、なんでもありません〉


 なにかを感じ取られてしまったようだ。

 この片眼鏡、意外と鋭いようだな。

 うっかり【念話】で思考を漏らしでもしたら大変だし、ちょっと落ち着くためにもステータスの確認でもしてみようか。よく考えたら【進化】してからは慌ただしくてチェックし忘れていたし、ここらでどう変化があったのかを見ておく必要があるだろう。



【クロシュ】


レベル:74

クラス:魔導布

ランク:☆☆☆☆(ゴールド)


○能力値

 HP:1500/1500

 MP:3000/3000


○上昇値

 HP:C

 MP:B

攻撃力:D

防御力:D

魔法力:B

魔防力:B

思考力:F

加速力:D

運命力:D



 んー?

 ランクの星がひとつ増えてゴールドになったのと、上昇値も少し上がったか?

 スキルと称号などは変化なしっと。

 ふむ……微妙だ。

 これが【進化】なのだとしたら期待外れにも思えるが、そもそも俺はランクというのがなにか知らなかった。ひょっとしたら凄く強化されている可能性だってあるだろう。そう願いたい。

 せっかくだし、ここは片眼鏡に聞いてみようか?


〈ひとつ、いいですか?〉

「なんだい? 答えられる物なら答えるよ。ああでも、そろそろ本当に時間がないから手短にね」

〈私のステータスにある、ランクについてで……っ!〉


 ……なんだ今のは。

 これまで感じたことのない違和感に気分が悪くなる。

 まるで、隠していた黒歴史ノートを誰かに覗かれたような不快さだった。

 あとちょっと恥ずかしさも混ざって、なんか吐き気を催してきた。

 いったい、なにが原因で……?

 覗かれたという感覚から、監視されているような気がしてそちらへ視線を向けると……そこには相も変わらず片眼鏡が浮いていた。


〈なにか……なにを、したんですか?〉


 なにかしましたか? と尋ねようとして、すぐに言い直す。

 途中でやつを【鑑定】して理解したからだ。

 レベルやステータスに特筆するべき点は見当たらないが、スキル欄にはハッキリと【観察】の表示が出ていた。



【観察】(Dランク)

 名前を知っている生物のステータスを見る。



 ランクはかなり低いが、これは【鑑定】の下位互換だろう。

 どこまで見られたかは不明だが、こいつが俺のステータスを覗き見たのは間違いない。本来なら問い詰めたいところだが、それだと俺も【鑑定】を使ったのがバレてしまう。こういう場合だと後か先かなんて立証できないし、念のために俺は無知なフリをしておく。


「いや、すまない。気付かれないと思って、つい君のステータスを見させて貰ったんだ。悪気はなかったんだ。本当にすまない」


 意外なことに片眼鏡はすんなりと認めて謝罪した。


「今のは【観察】っていうスキルでね、精度は悪いけどステータスの一部がわかるんだよ。もっと凄いのだと【鑑定】っていうのがあるよ。……だからね、その、悪影響はないから」

〈断りもなく相手のステータスを覗くのが、ここの流儀なのでしょうか?〉

「いや、本当にごめん! なんなら私のステータスを開示するよ!」


 どうやら俺が【鑑定】を使ったどころか、持っていることもわからなかったようだ。それに、この反応はやはりマナー違反だという自覚があるらしい。俺だって同じインテリジェンス・アイテムに対して、無差別に【鑑定】するのはマズイかなと思って自重していたんだからな。

 しかも、この様子だとマジで悪意はなく魔が差したってところか……。

 だが俺は許さん。

 通常であれば舐めたマネをしてくれたお礼に片眼鏡を叩き割ってやるところだが、ここでは暴力が禁止されているので断念する。その代わりに、せっかく全面的に非を認めているわけだし、ちょいと恩を売っておくとしよう。

 ふふふ、どうやらノットの教えを実践する時がきたようだな。


〈あなたのステータスに興味はないので結構です〉

「そ、それじゃあ……」

〈許したわけではありませんので、そこは勘違いしないで欲しいですね〉

「あ、ああ……」


 あからさまに怒っていますよーという意思を込めて冷たくあしらうと、見るからにションボリとした雰囲気を放ち始めた。

 よし、ここだな。


〈ですが、色々と教えてくれた恩もありますからね。あなた次第では許そうと思います〉

「私次第……?」

〈はい。私はまだまだ情報に疎いので、あなたがアドバイザーになるということでどうでしょう〉


 どの道こいつには聞いておきたい話が山積みなのだ。ランクについても、うやむやになってるしな。

 加えて、いつまで俺に付き合ってくれるかも不明瞭だ。続きは来週って約束も守るとは限らない。

 では、そうなった時に次は誰から情報を得るかが問題となってくる。ある程度は信用できる相手でないと、うっかり騙されることもあり得るからだ。

 その点で言えば、基本的にはお人好しな片眼鏡だ。変なことを考えなければ情報源として役に立ちそうだし、なにより罪悪感で縛れば信用度も上がる。

 こいつとしては、そんなことで許してくれるのかと感謝するだろうが、情報とは時に金塊より重い価値があり、剣より鋭い武器となるのだ。


「それで許してくれるなら、わかったよ」


 予想通りで笑えてくるぞ。

 だがここまでアレだと、なんだか騙されやすそうで不安だな。偽の情報とか仕入れられるとこっちも困るんだよ。

 俺も鵜呑みにはしないよう注意しておくか。


 ふう。

 ここへ来てからというものの、様々な出来事があったからかさすがに疲れが出始めていた。肉体的な疲労はないけど精神はそうもいかないからね。

 思わず空を見上げると、遠くのほうが白んでいた。そろそろ夜明けか。

 いや待てよ。ここって夜や昼の概念はあるのか?

 気になって早速アドバイザー君に聞いてみると。


「夜が明けると、この集会も終わりなんだよ。星の輝きに照らされている間だけ開かれる夜会なんてロマンチックじゃないかな?」


 後半のどうでもいい情報は聞き流しておいた。本当に大丈夫かこいつ。


「それじゃあクロシュ、今日は本当にすまなかったね。また来週に会おう」

〈ええ、それでは〉


 言い終えるとほぼ同時に片眼鏡の姿がすぅっと透けていき、すぐに消え失せた。

 恐らく本体に戻ったということだろう。

 もう用はないし、俺も帰るか。


「……っ?」


 強く帰りたいと念じた時、誰かが囁いた。

 まったく聞き取れなかったはずなのに、自分が呼ばれた気がして振り向くと、髪から服まで真っ白い少女が、灰色の瞳で俺を見つめていた。

 真っ直ぐに向けられた視線から俺はなにも言えなくなり、黙って見つめ返すことしかできない。

 やがて朝日が二人の間を別つようにして差し込むと――。


 仮初の世界は終わりを告げた。

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