エピローグだよー
「それから、どうなったの?」
黒髪の幼い少女が尋ねると、それに妙齢の女性が答えた。
「無事に大切な仲間たちを助けた少女は、皇子を救出した褒美として爵位を授かりました……しかし、それから何年もの月日が流れても『魔導布クロシュ』は目覚めなかったのです」
「な、なんで? クロシュは起きたら、また一緒にって言ってたんでしょ?」
「それは少女にもわかりませんでした。だから彼女は待ち続けているのです。クロシュの心配いらないという言葉を信じて……」
めでたし、めでたしと締めくくられる。
女性は語り終えると、黒髪の少女が悲しそうな顔をしているのに気付いた。
「どうしたの?」
「だって、その女の子がかわいそうなんだもん……」
「……ふふっ」
マジメに言ってるのに笑われたと思った少女は、むっとして頬を膨らませた。
その柔らかい丸々を指でつつかれて口から空気が漏れる。
「もうっ、なにするのー!」
「ごめんなさい。あんまり可愛いものだから、ついね」
言いながらも、ころころと笑うものだから、少女の怒りも霧散してしまう。
この人は、そういう人なのだと諦めたのだ。
「でもね、その女の子は悲しいとは思っていないのよ」
「……なんで?」
「実はね、必ず会えることを教えて貰っていたりするの」
いったい誰に、と少女は喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。
聞かずとも、これまでの物語の中でひとつだけ該当するモノがあったから。
「もしかして、鏡に聞いたの?」
「大当たり。また会えるって知っていれば、悲しくなんてないでしょ?」
たしかにそうだ、と少女は思った。
「さあ、お話はお終いよ。もうお休みなさい」
「はーい」
少女が自室へ向かうと、水色の髪をした女性は誰にともなく呟いた。
「……いずれは、あの子に譲ろうと思うんですけど構いませんよね?」
視線を落とすと、自身が着用している白いローブが瞳に映る。
「今でもこうしてクロシュさんは私を護ってくれています。でも、私はあの頃よりもずっと強くなりました。だから、もう大丈夫です。その代わりに、あの子を護ってくれませんか? ……お願いします」
抱きしめるようにして白い布地に顔を埋め、ふと顔を上げた。
「あっ、でもクロシュさんが起きたらまた返して貰いますからね。それと……また一緒に、の続きが聞こえなかったんですけど、あれってまた一緒に冒険しましょう、とかですよね? ふふふー、強くなった私の魔法を見せるのが楽しみです。びっくりさせてあげますからね」
自信ありげな表情で宣言する。
語りかけている本人が目覚めていれば、ドヤ顔のミラちゃんもかわいい、と感想を述べただろう。
「……ですから、なるべく早く起きてくださいね、クロシュさん」
鏡への質問は『いつ目覚めるのか』だったのだが、また会えるとは答えても、それがいつなのかは教えてくれなかった。
知ってしまえば二度と会えない、とまで言われてしまったので納得するしかなかったのだ。
だから彼女は、いつ目覚めるのかもわからないまま、ただ待ち続けている。
寂しさはあった。だが俯いてはいられない。
目を覚ました時に、胸を張ってこんなに強くなったと報告したい。
だから……。
彼女は今日も笑顔だった。
冒険者パーティ『鏡の探求者』の記録。
■ミラ・グレン・エルドハート
水の聖女。
その実態は、魔導布クロシュを身に纏う魔導士。
当初はパーティ内で最も能力が劣る存在であった彼女だが、魔導布クロシュとの出会いが変えたと言われている。
皇帝国第二皇子暗殺未遂事件の折に魔導布クロシュを犠牲にして皇子を救い出した功績から爵位を拝領するも、しばらくは仲間たちと共にダンジョン『天の宝物庫』へ挑み続け、ついに攻略を成し遂げる。
その後も彼女は数多くのダンジョンを攻略していたが、ある時に孤児を養子として引き取ると帝国内の屋敷に身を落ち着け、貴族としての生活を送る。
類まれな能力と容姿からいくつもの縁談が持ち込まれていたがすべて断ったとされ、婚姻関係を結んだ記録はない。
そんな彼女の最後は消息不明となっており歴史家の間でも意見が別れている。
■ディアナ
来歴不明の剣士。
パーティの前衛を務め、若くして剣の天才であったという。
仲間たちと共に様々なダンジョンを攻略していたが、ミラが引退したことを機にパーティが解散する。
解散後もひとりで強さを求めてダンジョンへ挑み続けた彼女だが、その最後は戦死とされる。
ただし遺体を確認した者の記録が存在しないため、真偽が疑われている。
■ノット
元奴隷の盗賊。
パーティの参謀役としてダンジョン攻略後も仲間たちと共に行動するも、パーティ解散より以前から彼女の行方が消失している。
記録によると過去の因縁から命を狙われ、仲間を巻き込まないために自ら姿を消したとされているが真偽は不明である。
彼女の過去には陰惨な話が多く、奴隷時代に生き別れた妹がいたという資料が発見されたものの信憑性は薄い。
後世に正体不明の大規模な義賊が出現し、そのリーダーこそが彼女であると主張する歴史家もいる。
■○○○
未確認のメンバー。
パーティ『鏡の探求者』には、もうひとりのメンバーがいたという記録があるものの、その人物について一切が不明である。
存在だけが確認されているという、あまりの異常さに、何者かによって意図的に資料を消されたのではないかと推測されているが、誰がなんのためにという疑問は尽きず歴史研究家の頭を悩ませている。
■魔導布クロシュ
防具のインテリジェンス・アイテム。
第二皇子を救った功績から、皇帝国より正式に『魔導布』の称号が贈られた。
その時の戦いが原因で長い眠りに就き、300年前の当時から現在に至るまで目覚めることなく眠り続けているとされる。
1章終了です。お疲れさまでした。
活動報告にて今後の予定や2章について書いておきますので興味があればどうぞ。




