手伝おうかー?
あけましておめでとうごじゃいます
手足の数は人間と変わらず、全身が漆黒の甲冑に覆われた騎士といった風体なので最低限だが人の姿を保っている。
ただ手の平は指の一本一本が長く鋭く、人の頭を容易に掴めるほどに伸びた。
両肩からは天へ向かって大きな突起が生え、胴体に頭が陥没して一体化したようで首が見えない。胸部は前方へ突き出して大きな菱形で、なのに腰回りは折れそうなほど細くくびれている。
両脚はごつごつとして岩にも似た足甲に包まれており、足先に近付くに連れて先細りし、馬の蹄のような先端が全体重を支えていた。顔が収納されているであろう部分に入ったスリットからは紅い光点を覗かせる。
そんな異形の【鑑定】結果に、俺は目を覆いたくなった。
ただでさえバカみたいに高いステータスだというのに、暗黒つらぬき丸を装備していることで更に攻撃力、防御力が上がっている。おまけに【傀儡】を使ってないから皇子の時にあった制限がされてない状態だ。
単純に戦力差を計算すると、奴の攻撃力は、合体状態の俺とミラちゃんの防御力のおよそ5、6倍なのだから恐ろしい。
これ、かすっただけで致命傷になるんじゃないか?
それと名前に悪魔って付いてるけど、クラスは魔族となっている。
上級悪魔であるヘルのステータスと比較すると、これは上級悪魔より上位になる種族なのだろうか。
質問に答えてくれそうな相手もいないし、詳しく調べてみよう。
魔族……永い時を生きた古い悪魔の総称。
『知識の書庫』による検索結果では細かいことはわからなかったが、上級悪魔の上位種という予想は合っているみたいだ。
次に、状態欄に表示されている『憑依』がなにかを調べてみる。
憑依……魂が別の肉体に宿り意識を乗っ取る。全ステータス三分の一に減少。
あれで三分の一って、どういうことだ。説明しろ。
現状で攻撃力1000だから、本来なら攻撃力3000ってことだよな?
カードゲームじゃないんだから、そうぽんぽんと強いステータスを出されても困るな。その内にインフレを起こしそうだ。
こんな奴どうやって倒せと……。
ちょっと待てよ?
この魔族さんに俺たちと戦う気があるとは決まってないじゃないか。
いきなり召喚されただけだし、【支配】も受けていないのだから自分の意思で行動できるはずだ。もしヘルのように召喚されて迷惑なら槍をへし折って貰って、そのままお引き取り願おう。
まずは対話を試みようと『神話領域』を解除しようとした、その瞬間だった。
魔族はごく当たり前のように身を屈め、飛びかかってきたのだ。
まだ解除していないのに!?
空中で槍を持った腕を引く動作を見せたので、俺は全力で後方へ回避する。
とにかく間合いから出なければという一心だったので防ごうとか、カウンターを入れるとか、そんな考えは一切浮かばない。
互いの能力差からして結果は知れているからだ。俺が10のダメージを与えている間に、あっちは1000のダメージを叩き込んでくるだろう。
そんなの逃げるしかないだろう!
あと奴の中ではすでに戦いが始まっていたようだ。交渉の余地はないらしい。
槍の穂先が地面に突き刺さり、どうにか避けられたが間一髪だった。
これが『神話領域』を解除した後であれば、間違いなく認識する間もなく貫かれていただろう。それほどに奴は素早い。
このまま戦うという選択肢はなかった。
となれば逃走するしかないのだが、残念なことに唯一の扉は奴の背にある。
だが、どうにか魔法陣まで辿り着いて転移し、向こう側の陣を消せばもう追って来れなくなるはずだ。
問題は、その方法だが……。
布槍で牽制して隙をついて……当たってもダメージが入らないから無意味だ。
結界で防御して強引に……一撃で破られるだろうな。
すべての攻撃を回避してすり抜ける……さっきのですらギリギリだ。
どうする、どうすればいい……?
あまり考えている暇はない。この『神話領域』内ですら、向こうは平然と行動するのだ。
すぐにでも動かないと、でも……っ!
てつだおうかー?
余裕ないので手早くお願いっしゃす!
じゃあねー、さきに、ときよ、とまれー。
えっ。
ピタッと、魔族は動きを止めた。その足は僅かに浮いており、駆け出す直前だたったことがわかる。あ、危ねえ……。
でも、え、これって本当に時が止まってるの?
せいかくには、ちがう、けどねー。
あ、はい。そうですか。
なんだろう。あんだけ真剣に悩んでいたのがバカみたいに思えてくる。もう幼女神様だけでいいんじゃないかな。
おうえん、するだけ、だからねー。
ええ、そうでしたね。俺は実働、幼女神様は支援。
かんぺきな、ぶんたんだねー。
まあ助かったのでいいんですけど。で、これからどうすれば?
あらたな、ちからを、てにいれよー。
スキルか……。
そういえば結構なSPが残っていたはずだ。これを使っても倒せる展望がまったく見えないのだが、そう言うからには方法があるのだろう。
ちょー、ぎりぎり、だけどねー。
ギリギリなんだ。
おおいから、じゅんばんに、いこうかー。
ここまで来たら、すべてお任せしますよ。
えっとー、さいしょは、きんきゅう、MPじょうと、だよー。
なになに【緊急】と【MP譲渡】か。
【緊急】
装備者への害を感知すると自動で結界を張る。発動時にMPを消費する。
【MP譲渡】
装備者にMPを譲渡する。装備者より装備のMPが下回ると不可。
【スキル、緊急を取得しました。】
【スキル、MP譲渡を取得しました。】
おっ、今ので新たしいスキルが解放されたな。
【予知】(10)
未来の光景を幻視する。視える先は使用するMPで変化する。
【魔力放出】(3)
魔力そのものを放出する。射程、威力、持続はすべてMPに依存する。
どっちも、とってー。
これも取得、と……。
【スキル、予知を取得しました。】
【スキル、魔力放出を取得しました。】
という感じで、出現したスキル取得してを繰り返した結果。
以下のスキルを獲得した。
【属性付与】(2)
装備者の武器に属性を付与する。付与を可能にする属性を選択。
【属性付与・炎】 【属性付与・水】
【属性耐性】(2)
属性耐性を得る。取得する属性を選択。
【属性耐性・炎】 【属性耐性・風】 【属性耐性・月】
【魔力操作】(6)
放出した魔力を自在に操作する。
【武装化】(10)
自身の一部を武器に変化させて使用できる。攻撃力に補正。
【属性空間】(10)
指定した属性の空間を展開する。使用中はMPを消費する。
【近距離転移】(3)
装備者を近い範囲で転移させる。距離は使用するMPで変化する。
途中でSPが足りなくなるんじゃないかと焦ったがちゃんと計算してくれていたようで、残りSP3になったけど大丈夫だった。
あと、いつの間にかレベルが少し上がっていて不思議だったのだが、暗黒つらぬき丸を倒したことになっているようで、その分の経験値を得られたらしい。
これってどういう判定なんだろうな。
というわけで準備は整った。もうなにも怖くない。
ここまでお膳立てされたんだ、失敗はできないぞ。
とはいっても、こっからはもう作業みたいなものなんだけどね。
緊迫感もなにもあったもんじゃないけど、幼女神様が登場した瞬間から超絶チート形態に入っているので仕方ない。
そろそろ、じかん、もどすよー。
いつでもどうぞ。
そして、ときは、うごきだすー。
瞬間、魔族が猛スピードで突っ込んできた。
槍を振り被って薙ぎ払う体勢に入ったところで、俺はスキルを発動する。
使うのは【武装化】と【属性付与・陽】だ。
これで布槍の先端を鋼鉄の槍に変化させられるらしい。そうすると攻撃力とか上がるらしい。そこに魔族が苦手とする陽属性を付与すればそれなりに効果的らしい。らしい、というのは全部が全部、幼女神様からの受け売りだからである。
我が神を信じて四本の光槍を発射する。
黒槍の一振りですべて打ち払われてしまったが、織り込み済みだ。
追加で四本を発射する。
MPが尽きない限りいくらでも放てるのがこの攻撃の強みだった。
さすがに、これには対応できないと判断したのか魔族は大きく上体を逸らし、そのまま地面を蹴って回転しつつ距離を取った。
それでいい。当たらなくてもいい。本命は別にあるからな。
気取られないよう間髪いれずに追撃の光槍を放ち続ける。とにかく近付けなければ俺の勝ちだ。
こうしている間にも、スキル【属性空間】によってこの部屋は陽属性の魔力に満ち始めている。
陽属性は魔族に取って弱点であり、それが満ちた空間というのは人間に例えれば毒ガスが充満した密室だ。動きは徐々に鈍り、継続的にダメージが入る……とかなんとか幼女神様が言ってた。
もちろん、それだけで勝てる相手ではない。これすらも本命の準備を整える時間稼ぎの一助だ。
うおっ、と。
魔族は一瞬の隙を突き、光槍をすり抜けて攻撃を仕掛けてくる。
そんな光景が『視えた』ので、一足先に数歩ほど後退しておく。
すると、さっき視たのと寸分違わない動きで魔族が接近してきたのだが、俺が下がった分だけ距離が足りず、すぐに光槍の勢いに負けて再び退く。
併用するとMP消費が激しくなるのが難点だが、このスキル【予知】のおかげで魔族の猛攻もどうにか凌げられている。
んでもって。
そろそろ、いい頃合いかな?
己の内側で渦巻いている膨大な魔力にたしかな手応えを感じた。これなら問題なさそうだな。必要な魔力量に届いていることを確信する。
合体状態の俺はミラちゃんの魔力と統合、倍加しているため、かなりの量の魔力を保有していることになる。
だが、どれだけの魔力を持っていようが一度に放出できる量には限りがある。現に魔法はそれぞれ術毎に必要量が変わってくるが、常に一定量内に収まるよう設計されているのだ。それを超えるのは危険とされているのだとか。
魔力が水なら、俺は貯水タンクで、魔法は掬いあげる柄杓だろう。
そして、スキル【魔力放出】はタンクに取り付けられた蛇口だ。
これを使うと魔力を放ち続けられるが、それでも限界は越えられない。
わかりやすくイメージすると、ダムが想定以上の放水を行ってしまい決壊するようなものらしい。
それじゃあ【魔力放出】はまったく使えない子なのかと言えば、もうひとつのスキル【魔力操作】があることによって大きく化ける。
俺はスキルを得た時点から魔力を緩く放出させつつ、内側へと押し留めるよう操っていた。これを無理やりに抑えつけると暴発するみたいなので絶えず流動させ、しかし外へは決して漏らさないようにすれば自然と魔力の渦が出来上がった。
この渦は魔力が加算されるに釣れて回転の速度を増し、今ではプロペラの如く高速回転により視認できないまでに至った。
さて、先ほど魔力を水に例えたが、では密閉された空間で高速回転する水を、出口を誘導した上で解き放てばどうなるのか。
加えて、【属性空間】により俺の全魔力に陽属性を付与している。
これらがどんな結果を生むのか、もうすぐその答えが出るだろう。
俺の中に内包された魔力渦の気配を隠し切れなくなったのか、魔族が警戒する素振りを見せる。敢えて明らかな隙を晒しても二の足を踏んでいた。
やるなら今しかない!
光槍による攻撃の手は緩めないまま、俺は体の前面を【変形】させる。
胸の辺りを中心として、すり鉢状に窪ませた周囲に8枚の放射板を展開すると花が開いたような外見になった。もしくはパラボラアンテナか。
しかしてその実態は、魔力波発射口である。
続けて反動に備え、腰の後ろ辺りからは地面に向けて布槍を数本射出して固定しておく。おかげで移動できなくなってしまった。
それを見過ごすほど相対する敵は甘くない。
「GUSYYYYY!!」
二度目の奇怪な鳴き声を上げたのは勝利を確信したからか。
変形した意味までは理解してないのだろうが、強い魔力の気配から脅威を感じたのだろう。光槍をその身に被弾しつつも強引に突き進み、ついに俺の目前にまで迫ったのだ。
漆黒の槍が残像を残して振るわれる。
絶望的なまでの威力を秘めた、一切の抵抗を赦さない絶対必殺の一撃。
あまりの勢いに振り切った直後には風圧で粉塵が巻き上げられ宙に舞った。
そんな光景を俺は、魔族の背後で眺めていた。
スキル【近距離転移】……この僅かな距離ですら、残りのMPをほとんど持って行かれるほどの燃費の悪さだったが、どちらにしろこれで終わりだ!
【魔力操作】の発動を止めると、魔力の渦が行き場を失って圧力の薄い方向へと流出し、そして出口である発射口から白く光る魔力が迸る。
俺が知る数少ない魔法の中で最強は、風の光線だ。
あのレインが放った風は熾烈かつ壮麗で、今もなお鮮明に思い出せるほど脳裏に焼き付いていた。
だからだろうか、俺が放った渾身の一手は、あの時の再現に思えた。
胸の内から溢れんばかりに吹き荒む魔力は留まることを知らず、眼前に立ちはだかる障害を押し潰し、粉微塵に砕き、灰の一欠片も残さんとばかりに滅却させた。
背後からの不意打ちで食らったせいもあるのだろうが……。
そうして魔族は成す術もなく、その魂を世界から消失させた。
さ、さすがにもう限界だ……。
見れば残りMPは一桁に突入している。もはや【合体】を維持するのも難しいくらいだ。
このままでは前みたいに眠ってしまうので解除しておこう。
ミラちゃんの肉体から俺の意識が離れると、途端にガクリと膝を折って座り込んでしまった。
彼女にケガはないはずだが魔力を限界まで消費したことで精神的に疲労しているようだ。すぐには動けないのだろう。
まあ結局は魔法陣で転移するのにMPが回復するのを待たなければならないのだから、ちょうどいい。ゆっくり休んで貰おう。
そういえば魔石があればMPが足りなくても転移できるんだったな。探せば一個くらい落ちてないかな?
たぶん、ないだろうけどね。
余裕がなかったとはいえ、あの商人の体ごと消滅させてしまったから……。
「死ネェェェェェェェェ!!」
えっ……?
誰かの絶叫に思わず【神話領域】に入ってしまった。
状況を確認しようと辺りを見回す。
ミラちゃんは【合体】から解除されたばかりで、まだ意識もハッキリしないようだ。ぼんやりとした表情で前を見つめている。
視線の先には、黒い槍が空中に浮かんでいた。
その矛先は確実にミラちゃんの左胸……心臓を狙っていた。
なんで……一緒に消滅したんじゃ、なかったのか?
気が動転したせいか思考が止まる。
その間にも邪悪な槍はゆっくりとだが、確実に命を奪おうと迫り来る。
とにかく迎撃しなければ……!
【合体】は、ダメだ残りMPが少なすぎる。
これじゃあ合体してもすぐに眠ってしまいかねない。
だったら【結界】で……発動できない!?
……こっちも、MPが足りない! 【変形】もか! クソッ!
思わず悪態を吐いて焦る俺だが、時間とは非情であり一時も待ってくれない。
対処法も見つからないまま、俺の目の前で……。
凶刃は終わりへと到達してしまうのだった。
朝にまた投稿します




