任せたまえー
今回はいつもよりちょっと短くなってしまいました。
溢れる光が収まりを見せ、魔法陣に輝きが失われると周囲は一変していた。
状況を確認する前に『神話領域』へ入っておく。これによって時の流れが遅くなり、ゆっくりと観察できるだろう。
どうやら無事に転移できたようだな。
ミラちゃんも無傷であることに一安心して、転移したら石の中という不安になる想像を振り払った。
改めて見渡せば、そこは森どころか屋外ですらなく灰色の石壁と床、そして天井で覆われた小部屋だ。
どこか地下室のような閉塞感には覚えがあったが、それも当然である。
まさか、ダンジョンなのか。
部屋の様相は、つい先日も潜ったばかりのダンジョンと酷似していた。
誰にも邪魔されず、そして容易に抜け出せない牢獄へと誘い込まれたってわけだろうか。
だとしても転移の魔法陣はまだ生きている。必要な量の魔力を注げば、再び森にある陣へと移ることは可能だった。必要である魔力もそれなりに膨大だったが使えないわけではない。
要するに……逃げようと思えば、すぐにでも逃げられるんだよな。
考えられるのは転移をするほどの魔力を持っていないと誤解しているか、その隙すら与えないつもりなのだろう。かなり慢心している証拠だ。
ずいぶんと甘く見られたもんだな、おい。
俺は正面に向かって問いかけるように睨む。
そこにはひとりの男が槍を携え、なにをするでもなく立ち尽くしていた。
全身を覆う暗褐色のローブと目深に被ったフードで容姿は不明だが、体格から男であること、そして手に持つ黒一色の槍から、こいつが槍男であると確信する。
即座に『神話領域』に入ったのも、転移直後からその存在に気付いたのが理由のひとつだった。
逃走経路は把握……。伏兵は、確認できない……でも油断はしない……。
ひとつひとつ順番に、自分に言い聞かせるように情報をまとめる。
まだ相手の目的も曖昧であり、なにするのか行動が読めないのだ。どれだけ警戒を強めても過剰ということはない。
それに、ここまで無防備だと逆に怪しく感じてしまうな。
恐らくは自分のスキルに絶対の自信を持っているのだろうと当たりを付け、ならばそれらをすべて暴いて見せると気合を入れて【鑑定】を使用する。
その結果……。
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【マルケニウス・ルア・ビルフレスト】
レベル:32
クラス:皇帝国第二皇子
○能力値
HP:320/320
MP:140/140
攻撃力:43
防御力:28
魔法力:27
魔防力:15
思考力:20
加速力:19
運命力:10
○スキル
【王家の血筋】【帝国式剣闘術・上級】
○称号
【王族】【神童】【民の祝福】【怨嗟の声】【不運】【傀儡人】
○状態
支配・封印
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なんじゃこら?
予想していたのは悪魔召喚と、支配に類するスキルだったのだが、実際に表示されたのは想像の斜め上を飛んで行ってしまうものだった。
皇帝国……ってどこだっけ?
前にノットが周辺国家について説明してくれた気がするけど覚えてないな。覚える気もあまりなかったんだけど。ゲームの地名とかはあっさり覚えられるのに、どうも勉強染みてくると急激に集中力が落ちるんだよな。遊びでやるのと強制されてやるのとでは違うというか……。
いや、今は置いておこう。肝心なのはこっちだ。
支配……対象の行動を制限、強制できる。
封印……ステータス、あるいはスキルを封じる。
やはり、この男もヘルと同じなのか。
何者かによって操られている……それも皇子とは、かなりの大物が相手だ。どういう経緯でこうなったのかは知らないけど、きっと【不運】だったんだろうな。
しかしこうなると、槍男は黒幕ではなかった、ということになってしまう。
あるいは、すでに槍を持った男であるという情報が伝わっているのを見越して、この皇子に槍を持たせた……つまり囮にした可能性もあるか。
だとすれば本物が近くに潜んでいるのだろうが……ここから【察知】で知覚できる範囲には、皇子からの敵意しか感じられない。もっとも、その敵意も操られていることで発せられているのだろうが。
念のためにスキルや称号も詳しく確かめてみたが、どれも大した手掛かりにはならなかった。
うーむ、『神話領域』を解除するしかないっぽいな。
少なくとも、なにかしらの策を用意しているはずなのだから必ず動き出すはずだ。その出方を伺うしかないだろう。
やろうと思えば皇子を気絶させるくらいはすぐにでも可能だけど、それで本物に逃げられては元も子もない。
確実に黒幕を押さえ、ノットたちを取り返した上で、二度と手出しができないようにしなければならないのだからな。
するべきことを反芻し、心を落ち着かせて『神話領域』を解除すると、途端に時間の流れは通常に戻った。
さあ、どう来る!
きょろきょろと辺りを見回し始めたミラちゃんは、すぐに正面に立った男の姿を視界に捉えてびくりと身を震わせる。
相手から見れば、こっちはいきなり拉致されて戸惑っているように映るはずだ。必ずこの隙を突いてくるだろう。
だが、ミラちゃんが取り乱して後ろに数歩下がっても、この皇子様はなかなか動きを見せなかった。どこかにいると思われる本物の気配も感じられない。
なんなんだ……?
さすがに妙だと思い始めていた……その時だった。
「あっ……、あああァァァァッ!!」
聞き慣れない悲鳴が誰のものなのか、一瞬では判断できなかった。
あまりに普段とは違う、変わり果てた悲痛な叫びはそう長く続かない。
すぐに思い出したかのようにピタッと口をつぐむと、何事もなかったかのように彼女、ミラちゃんは平然とした顔で前を見つめていたのだ。その瞳からは光が失われている気がする。
そんな様子を間近で見ていた俺は、あまりに異様な光景に呆然としてしまっていたが、なにか異常が起きたのだと急いで【鑑定】をかけてみる。
【ミラ】
○状態
支配
ば……バカな……あり得ないだろっ!?
何者かが敵意を持って接近すれば【察知】に引っ掛かり確実にわかるはずだ。
この場にいるのは俺とミラちゃん、そして皇子だけなのは間違いない。
操られているとはいえ、皇子のスキルには【支配】に関するものは見当たらず、これに関しては無害であると認識していたのだが……。
しかし現実は、なんらかの方法によってミラちゃんが【支配】を受けている。
いったい、どうやって……。
謎ばかりが深まる――いや、今はそんなことより、ミラちゃんをどうする?
操られる前に『神話領域』を利用して先手を取り、そのまま無力化させるつもりだったのだ。解除する方法など用意していないし、そもそも存在するのかも確認できていないわけで……。
い、いきなり大ピンチじゃないかっ!?
咄嗟に『神話領域』に入ったから今はいいが、これを解除したらミラちゃんがどんな行動を取るのか想像もつかない。
それに皇子が動き始め、さらには黒幕まで登場したら最早、抵抗しても時間の問題だろう。そうなったら詰みだ。
……こんなことなら、ここに来るべきではなかったのかもしれない。
後悔先に立たず、というやつだ。
楽観視して安易に、罠に誘い込まれたフリをする、などと策士タイプの主人公みたいなマネを考えついたのが悪かった。
その結果が、このザマなのだから、なんたる迂闊……!
……だが、これで終わりではないぞ。
俺にはいつだって、最後の切り札が残されているのだから。
ひょっとしたら俺が自力で解決するのを期待してくれていたのだとしても、他に方法が思いつかない。手詰まりだった。
これが自分の無能を認める行為だとしても、ミラちゃんが助かるなら……。
だから――――。
お願いします! 先生!!
うむー、まかせたまえー。
イヤッッホォォォオオォオウ! 幼女先生神様は頼りになるぜぇー!
えっとねー、じつはー、がったいでー、かいけつするよー。
はい先生。それは【支配】の話でしょうか?
そうだよー。
なんだいなんだい。【合体】すれば解除できたのかよ……。
だとすると、もうちょっと自分で考えれば思いついてたかもなぁ。
どうやら、なりふり構わずヒロインを救おうとする自分にちょっとばかし酔っていたようだ。俺の黒歴史が、また1ページ……。
でもねー、すこし、まったほうが、いいよー。
あらま。俺としては、すぐにでも解放してあげたいんですけど?
くろまくー。
……はっ、そうだった。どこぞにいる槍野郎を誘き出すチャンスではないか。
向こうは完全にしてやったりと、ほくそ笑んでいるだろうからな。
今度はこっちが目の前で解除してやり、操られていたんじゃ……と困惑したところの隙を突き、残念だったなトリックだよ、とキツい一撃を思いきりブチかましてやろう。そうしよう。
作戦が決まれば話は早い。すぐに行動に移してみると。
「やれやれ、どうやら上手くかかってくれたようだね」
早速だが、どこからともなく男の声がした。
目の前には皇子がいるけど、しかし口どころか身じろぎひとつしていない。
とすると、真の槍野郎なのは間違いないのだが、どこにいる?
相変わらず【察知】は皇子から放たれている敵意しか感知できない。
「ねえ、聞いてる? 返事してよ。一応さ……」
まさか、俺に向かって言ってるのか?
「本当にインテリジェンス・アイテムなのか、確かめておきたいからね」
やっぱり俺のことは知っているか。
だったら目的も見当が付きそうだが――。
「僕と同じ……【転生者】なのかどうかも、ね」
なん……だと……。
ま、まさか、槍野郎の正体は……。
この場にいないと思っていたそいつは、最初からそこに『いた』というのか。
恐る恐る、俺は【鑑定】をかけてみる。その対象は操られた皇子……が、いまや両手で掲げるようにして持つ黒い槍だ。
そして理解した。
こいつは、槍の【インテリジェンス・アイテム】であると。




