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そして布は幼女を護る  作者: モッチー
第1章「受け継がれちゃう伝説」
28/209

偵察中だよー

 薄暗い通りを足早にミラちゃんと俺は駆け抜ける。

 それほど遠くないはずの道程なのだが、今はやけに長く感じられた。

 彼女も同じ心境なのか口数は少ない。少しでも早く、みんなの無事を確認したい一心で駆けているようだ。

 ここで【暗視】のスキルが役に立った。

 装備者であるミラちゃんにも効果が及び、暗い道でも難なく歩けるようになっているのだ。それにノットたちがいても暗くて気付かなかった、なんてこともないだろう。地味に使い勝手がいい。


 ミラちゃんの話では、ノットたちがギルドへ向かったのは朝方だ。

 ダンジョンでの出来事や、上級悪魔を操って冒険者を襲わせていた者の存在など、諸々を報告したのであればギルド内は騒然としただろう。

 詳細や事実の確認などの作業があるとすれば、しばらくギルドに拘束されてしまうと考えられた。

 終わったのが何時頃だったのかは不明だけど、ディアナが疲れたと不満を言い、ノットがてきとうに宥めつつ同意し、レインが無言で頷いたり……そんな場面が容易に想像できる。最後にはさっさと帰ろうとしたはずだ。

 それに宿でミラちゃんを待たせているわけだし、意識がない俺を心配してくれていたみたいだからな。

 しかし実際には、日没になっても戻らなかった。

 夜の町の治安が悪いのは俺より理解していたはずだし、今さら例の釣り行為はしないだろう。特にノットは断固反対しそうだな。


 槍男からの妨害、あるいは襲撃があったのは確実と判断していいはずだ。

 さすがにギルド周辺で騒ぎを起こすとは考えにくいので狙うなら帰路だろう。ならば、ギルドから宿への道中に痕跡が残されていたり、または槍男がミラちゃんと俺を探してうろついている可能性がある。

 そう結論を出した俺は移動しながらも目を光らせ、片っぱしからすれ違う人を【鑑定】して不審なスキル持ちがいないかを探っていたのだが……。


 怪しいのはいないなー。


 悪魔を召喚するスキルと、支配するスキル。

 その両方を所持している男がいれば確定なのだが、そうそう上手くはいかないらしい。

 やっぱり、どこかに隠れているのかもしれないな……ん?

 待てよ……隠す?


 ひょっとしなくても、相手が【隠蔽】持っていたら見破れないんじゃ……。


 今さらな事実に愕然としながらも、急いでスキル一覧を確認する。

 た、たしか前に【隠蔽】を無効化できるスキルが出ていたはずだよな。あの時はSPが足りずに断念したんだったか……。

 ついでに必要そうなスキルも一緒に取得しておこう。

 SPは大量にあるから出し惜しみはしないぞ!



 【スキル、看破を取得しました。】

 【スキル、警報を取得しました。】

 【スキル、隠蔽を取得しました。】



【看破】

 隠蔽を無効化する。使用時にMPを消費する。


【警報】

 攻撃の意思を感知すると警報が鳴る。音・振動・報せる人物を設定可能。


【隠蔽】

 鑑定によるステータス閲覧を誤魔化せる。設定時にMPを消費する。



 これでSP13を消費して、残りSP43だ。

 【警報】はなんとなくで選んだのだが、驚いたことに取得すると同時に【隠蔽】が出現した。周囲を警戒するスキルから、自身の情報を秘匿するスキルに派生したのだろうか?

 思えば【合体】も【支配】から派生していたような気がするな。あと【変形】も関係ありそうだ。ということは似通ったスキルをいくつか取得すれば……。

 ……っと、考え込むのは後にしようか。

 手早くステータスを低く見えるように、そしてスキルと称号は非表示になるよう設定する。

 これでただの【鑑定】では俺の実力を知ることはできなくなった。

 ただ相手にも【看破】があれば無効化できてしまうが、その時は仕方ないと割り切ろう。なにも対策しないよりはマシだからな。

 情報を制する者がなんとやらだ。


 しかし【看破】を使い始めても、やはり今さら感は拭えない。

 既にすれ違った者の中に槍男がいたらと思うと己の愚鈍さに頭が痛くなる。

 こんなポンコツ頭脳であれこれ悩むより、とにかく行動したい気分なのだが……そもそも体を動かしているのはミラちゃんであって、今の俺には頭を働かせることしかできないのだった。


 こうなったら最終鬼畜幼女神様に聞いて……あ、でも変だな?


 いつもなら向こうから勝手に助言をくれる場面で未だに沈黙している。

 現状維持で構わないからなのか、はたまた教える気がないからか……。

 などと悩むまでもなく前者だと思うぞ俺。

 ここに至って幼女神様が俺に不都合なことをするわけがないしな。少なくとも信者である俺はそう信じているよ。


 ……とすると、答えは最初から決まっていたわけだ。


 このままギルドへ向かいつつ、捜索を続けてみよう。

 結局ふりだしに戻ったようで徒労に終わった気分だが、おかげで【看破】や【隠蔽】が手に入ったと前向きに考えておこうかな。うむ。

 やるべき方針が定まったせいか少しだけ気分も落ち着いてきたし、ようやく頭も冷静さを取り戻せたようだ。

 すると、あまり気にしていなかった音が耳に届いた。


「はっ……、はっ……、んっ……、はっ……」


 視野が狭くなっていて気付けなかったが、元々体力のないミラちゃんはここまで走り続けたせいで息が上がり始めていたようだ。表情も苦しげに歪めている。

 それでも足を動かし続けるので、俺は慌てて止める。


〈ミラ、無理をしてもいざという時に動けなければ意味がありません。少し休んで息を整えてください〉


 素直に俺の言葉に従ったミラちゃんは徐々に足の動きを緩め、やがて完全に歩みを止める。途端に膝を折りかけて建物に縋り付き、肩が上下するのを見守った。

 どれだけ装備でステータスを上げても、基礎的な体力は変わらない。後衛の魔法使いであるミラちゃんには、この程度の距離を全力疾走しただけでも限界だったのだろう。

 ギルドまではもう少し距離があった。もし槍男を発見したら戦闘になる可能性は高いし、ここで休ませる他ないな。

 あまり会話する余裕もなさそうなので、俺は話しかけたりせず黙って周囲の警戒に努めることにする。


 ……むむ。


 辺りを見回してすぐに何者かがこちらへ近寄るのを視界で捉えた。

 どこかで見た覚えのある金髪のうさん臭い男だ。通り過ぎるのであれば構わないのだが、どうやら違うらしい。

 【察知】は反応していないので、ひとまず相手の出方を伺おうか。


「そちらにいるのは『鏡の探求者』のメンバー、ミラさんですよね?」


 それはミラちゃんたちのパーティ名だ。あのダンジョンの最深部にあると言われる『鏡』を求める者が集まったから、というのが由縁だとか。

 問われたミラちゃんは軽く咳払いをしてから男に向き直る。どうにか呼吸は整ったみたいだ。


「……そう、ですけど、あなたは?」


 状況が状況だからかミラちゃんも怪しんでいるような声色で返す。


「私はバルド・メラードと申します。以前にもお会いしたことがあるのですが、お忘れでしょうか?」


 あっとミラちゃんが目を見開くのと同時に、俺の記憶も蘇っていた。

 この男、前にギルドで俺を売ってくれないかと打診していた商人じゃないか!


「思い出していただけたようですね」


 にこりと親しげに微笑むのが、どうにも気色悪いので近寄らないで欲しい。

 そんな思惑を無視してバルドは距離を詰めてくる。


「実を言うとですね、先程あなたのお仲間から伝言を頼まれましてね、こうして探していたのですよ」

「仲間って……」

「ほら、あの、銀髪をした少女です」


 こいつが言っているのはノットのことのようだ。


「彼女は、南東の森へ向かうからそれを伝えて欲しい、と言い残して去って行ったのですよ。なにやら急いでいるようでしたが……」


 めちゃくちゃウソ臭いし、罠臭い。あとうさん臭い。臭っ。

 でも、こいつのステータスに決定的となる証拠は見当たらなかった。


――――――――――――――――――――

【バルド・メラード】


レベル:12

クラス:商人


○能力値

 HP:100/100

 MP:10/10

攻撃力:17

防御力:19

魔法力:2

魔防力:13

思考力:28

加速力:16

運命力:17


○スキル

【算術】【目利き】【護身術・中級】【交渉術】


○称号

【元貴族】【落ちこぼれ】【商売人】【詐欺師】【収集家】【豪商】

――――――――――――――――――――


 称号から漂う苦労人臭がスゴイな。どうにか成り上がった感じがする。

 詐欺師ってのがアレだけど商人ならそういうこともあるだろう。あのミスリルナイフを売っていた店主も鑑定したら付いていそうだし。

 なにより、この男は弱すぎる。

 少なくとも槍男ではないし、俺たちをどうこうできるレベルじゃない。

 警戒するに越したことはないが……。


〈ミラ、そのまま聞いてください。返事はしないで〉


 俺はこっそり耳打ちするように話しかける。


〈この男は非常に怪しいですが、他に手がかりがないのも事実ですし、罠だとしてもノットたちに関わっているはずです〉


 考え込む仕草を見せるミラちゃん。なかなかの演技派だ。


〈ひとまず言われた通り南東の森へ行きましょう。仮にみんなが人質に取られているとしたら、ここで無視するのも良くないですからね。むしろ素直に従っておいて、油断しているところを罠ごと喰い破ってやりましょう〉


 勇気付けるためにちょっと過激な表現をしてみたけど、やり過ぎたかな。

 見れば、顎に手をあてるような格好で隠した口元が僅かに持ち上がっていた。

 どうやら俺の目論みは成功した……というよりかは俺の意図を察して、嬉しくて喜んでいる感じがしてならない。


「わかりました。それでは、私はそちらへ行ってみることにしますね。ありがとうございます」


 肯定するみたいにミラちゃんの返事は心強く、怯えを欠片も感じさせなかった。




 南東の森はダンジョンの正反対に位置しており、人の気配がまったくない。

 人がいなければ手入れもされず、そんなところに店を構える物好きもいない。

 まさに用事がなければ人間が立ち入る場所ではないので、ここに誰かがいれば問答無用で害敵として断定する意気込みでやって来たのだが……。


「……誰もいませんね」


 暗いのは別に構わないのだが、森というだけあって無秩序に生え散らかした樹木だったり、無遠慮に伸びる雑草やらが遮蔽物となって、とにかく見通しが悪い。

 どこかに何者かが潜んでいたとしても俺の【察知】や【警報】があるので奇襲には対処できるはずだ。しかしこれらのスキルは魔物と違って無害な人を探すには、これっぽっちも役に立たないのである。


 あの商人もあっさりどこかに行っちゃったし、どうなっているんだ?


 ひょっとしたら俺たちを関係ない場所へ追いやって、時間稼ぎをしているのではと考え始めた、その時だった。


「あ、なにか落ちてますよ。あそこです」


 辛うじて人が通れる獣道に沿って探索していると、少し開けたところへ辿り着いた。周囲は鬱蒼と生い茂った草木に囲まれて気分的には秘密基地だ。その中央の辺りをミラちゃんが指差した。

 たしかに、なにかが落ちているようだ。それも見覚えのある物だ。


 あれは……ノットが持っていたミスリルナイフか?


 彼女が大事に携えていた物で間違いなければ、なぜここにあるのかが重要だ。

 自分の意思で置いて行ったのか、別の誰かがわざと落として行ったのか。


〈ミラ、近寄らないでください。罠かもしれません〉


 というか罠だろうな。

 あのノットが他の武器ではなくミスリルナイフを残す理由が思い当たらない。


「でもクロシュさん、罠って言っても近くに誰もいないんですよね?」


 あくまで対応しているのは『敵意を持っている者』だけという前提だが、罠にかかるのを待ち伏せる人間など敵意しか持ち合わせていないだろう、そして、たしかに今も【察知】は反応しない。

 手に取ろうと近寄ったら大勢の男たちに囲まれる、なんてことはないだろう。


 だとしたら罠のほうを調べるべきか。

 例えばナイフを動かしたら自動で発動するような仕掛けがあるかもしれない。

 それで思い出すのは魔法陣の罠である『悪魔の揺籃』だった。

 あれは踏み込むまで気付くのは難しく、かかった後は自由を奪われるからな。やりようによっては初見殺しだ。

 似たようなものがないか用心して、てきとうに地面を【鑑定】する。



【時と空への扉】


 物質を瞬時に移動させる転移の魔法陣。

 魔力を流すと二つの陣が繋がり、双方向に移動可能な転移陣となる。



 えっ……マジで?

 鑑定結果にはハッキリと名称、詳細が表示されているので不具合が起きたのでなければ、たしかにそこには魔法陣の罠があるようだ。

 これを見るに、陣の中心に置いてあるミスリルナイフは囮か。

 でも本当にあるとは……。

 いきなり見破っちゃったんだけど、なんだか悪いね。こんなマグレで。

 だが俺は謝らない。だって敵の罠だし。 


〈ミラ、ナイフの下に転移の魔法陣がありました〉

「転移……ですか。ということは、どこかに別の陣があるはずですよね?」


 転移の魔法陣に関する知識を持っていたらしいミラちゃんは首を傾げる。

 彼女の言う通り、この魔法陣は一方通行ではなく互いの魔法陣間で行き来ができる門だ。必然として陣は二つ用意されている。

 向こう側で待ち構えているのは恐らく槍男と、必勝の策だろう。

 ならば馬鹿正直に飛び込まず、どこかにある別の陣を探し当てて不意打ちするのが一番なのだが、残念ながらそれも確実ではないし、なにより時間がかかり過ぎてしまう。

 みんなの無事が確認できていない以上、あまり猶予はないと考えるべきだと俺は判断して……。


〈仕方ありません……ミラ、一緒に行ってくれますか?〉


 敢えて敵の術中へと嵌る道を選んだ。

 虎穴に入らずんば虎子を得ず、とも言うしな。

 なにが待ち構えてようが、ミラちゃんは必ず護ってみせる。

 そう覚悟を決め、いつでも対応できるよう気を引き締めた。


「私はクロシュさんの指示に従いますよ。さあ、行きましょう!」


 言うやいなや軽い足取りで魔法陣へと向かって歩き出すミラちゃん。

 あまり信頼され過ぎちゃうのも結構プレッシャーを感じてしまうのだが、まあ変に緊張されるよりは良いだろうし甘んじて受け入れよう。


 ……そもそも俺がこうして苦労しているのも、せこせこと回りくどい方法を取った槍男のせいだったな。

 ヘルの襲撃には手も繊維も焼いたし、マジでロクなことしないな。

 だがそれも、もう、あとわずか……。

 これまで溜まった鬱憤、3倍にして返してやるぞ。

 楽しみにしていろよ!


 ちょっとだけ俺の楽しみが増えたのと同時に、暗い夜の森が眩い閃光に包まれた。

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