忘れてたー
結界『悪魔の揺籃』に囚われたまま、上級悪魔であるヘルを倒す方法は限られている。
前提条件として、こちら側の攻撃は基本的にはヘルに通じない。
これは結界とか関係なく、レベル差によるものが大きいからだ。
ノットが持つホーリィナイフなら僅かにダメージを与えられるようだが、裁縫針で北極熊を倒すに等しい。まったく可能性がないわけじゃないけど、先に彼女の頭と胴がお別れしてしまうだろう。
まともに通じるのは【合体】による攻撃である。
そうなると味方の援護は期待できないため、最も攻撃力の高いディアナとの【合体】が適しているように思えたが、それには大きな問題があった。
そもそもヘルは炎の槍という攻撃手段を持つため近付く必要がないのだ。
一方的に撃ち続ければ勝てるのだから危険を冒してまで接近戦は仕掛けないだろう。
仮に接近して来たところを攻撃できても、ディアナの一撃では致命傷を与えられない。そうなると警戒したヘルは二度と長剣の射程内に入らないはずだ。
初撃で倒し切れるなら楽だったんだが、そう上手くはいかないらしい。
では遠距離戦……魔法で倒してしまうのはどうだろうか。
俺を装備したミラちゃんかレインであれば【合体】せずとも高火力になるし、なによりヘルは黒骸骨と同じく魔防力が低めだった。攻めるなら魔法だ。
実際それで打ち負かすことは可能なようだが、これには別の問題があり、倒すまでに必要な魔法量が判明したことで実行できそうになかった。
これはレインの弓にしても同じで、つまり先に矢が尽きてしまう。
多少のダメージを与えて削るくらいはできそうだが、それでも一撃で倒せる圏内には程遠いようで……。
というか、ヘルのHP1200って多すぎんだよ!
999が限界じゃないのか!
限界突破のアビリティか!?
……喚いたところで仕方ない。
それにHPが999でカンストなんて誰も言ってないしな。俺が勝手にそう思い込んでただけだ。
どうにか気分を落ち着かせ、以上をまとめると、ヘルに勝つにはこうなる。
1、遠距離戦では分が悪いという誤解を与える。
2、まんまと接近したところを【合体】した俺が攻撃する。
3、離れる隙を与えず迅速に倒す。相手は死ぬ。
無理難題で到底不可能に思えるが、俺には秘策がある。
そして『仮想戦闘』はこの作戦を実行可能なのが、ひとりだけいると判断した。
〈というわけでミラ、よろしくお願いします〉
「わ、私なんですか? 私よりレインのほうが魔法も強いですけど……」
〈万全の状態ならばそうでしたが、現状だとミラが適しているのです〉
【ミラ】
MP:65/120
【レイン】
MP:34/130
見てわかるようにレインのMPは残り少ない。あれだけ強力な魔法を行使したのだから当然だろう。その点、ミラちゃんが使うのは簡単な魔法だけだったので、まだ僅かに余力があった。
加えて、魔法が使える者でなければこの作戦は成功しない。
以上のことを交えると、やはりミラちゃんしかいない……のだが。
〈ただ今回の【合体】は、前回のような間接的に動かすものではなく、私とミラが一心同体となるものです。その間はミラの意思と関係なく身体が動かされることになるはずです〉
それはつまり【支配】による強制だ。
少し前の俺だったら特に気にしていなかっただろう。それとも気付いていながら知らないフリで通したかもしれない
でも俺は知ってしまった。
戦いたくない戦いを強いられ、奪いたくない命を奪わせられる。そこに自分の意思が関わる隙はなく、機械のように動き続けるだけ。そんな【支配】される側の苦しみを目の前の悪魔が物語っていた。
もし【合体】すれば、ヘルがこれまで受けていたであろう苦痛をミラちゃんに与えてしまうのではないか。
今回だけだと、一時だけだからと、子供染みた言い訳を用意して、これから先も【合体】を利用して、結果的にミラちゃんを【支配】してしまうのではないか。
心に決めた『護る』という想いは、そんな身勝手な物じゃない……けど。
いつか道を誤ってしまうような気がして、俺は俺自身が怖くなった。
〈ですので……もし、もしミラが嫌であれば、なにか他の方法を〉
そんな俺の逃げるような言葉を遮るように、ミラちゃんの手が胸の辺りへと添えられた。
「クロシュさん、今さらそんなこと言わないでください。流石に私でも怒っちゃいますよ?」
〈……ミラ?〉
「私のこと、護ってくれるんですよね? 私はあの時の言葉を信じていますから。……それとも、あれは嘘だったんですか?」
彼女の瞳には一切の曇りがなく、蒼い空みたいにどこまでも澄んでいた。
〈……いいえ。愚問でした。聞かなかったことにしてください〉
「はい!」
どうやらミラちゃんを案じるあまり、逆に彼女を貶してしまっていたようだ。
ミラちゃんは俺を信じてくれている。
だったら俺も彼女と、そして自分自身を信じてみようと思う。
……そもそも、俺って真面目キャラじゃないしな!
さっさと終わらせて、こんなシリアスは打ち切りにしませう。
〈それではミラ、私に、すべて任せてください〉
「はい、クロシュさん!」
戦闘には参加できないノット、ディアナ、レインの3人にはできる限り下がるよう伝え、俺とミラちゃんは悠然とした態度で前へと一歩踏み出す。
向かい立つは上級悪魔。『炎獄の長』とも称される骸骨炎獄鬼である。
骨と炎だけの顔からは表情を伺い知ることはできないが、なんとなくワクワクという擬音が浮かんでそうな空気を漂わせ、下顎骨をゆっくりと開く。
『ふむ……話し合いは終わったのか?』
〈おう。待たせたな〉
『なぁに、構わんよ』
そう、この上級悪魔さん、わざわざ俺たちの作戦会議が終わるまで待ってくれていたのである。
なんでも、結界がある分だけ我輩が有利なのは不公平だ、とかなんとか。
そのくらいなら【支配】にも抗えるみたいで割と余裕がありそうだ。
……少し考えすぎだったかな。
『だが、これ以上は結界の効力が切れてしまう。我輩の優位性が失われる行動は許されておらんのだ。悪いが……ここからは待った無しである。許せ』
4本の腕に炎が集まり、いつぞやのように槍を形成する。
〈御託はいらんから、さっさと来いよ。こっちも手加減できないけどな〉
笑い声が聞こえた気がしたが、もはや言葉は不要だった。
代わりとばかりに寄越されたのは紅蓮の槍。四つの業火が轟々と飛来する。
「……っ」
息を飲む音がしたのは、誰のものだったか。
ミラちゃんは動かない。
動けないのではなく、動く必要がないと感じているのだろう。
彼女は自分を護ってくれると俺を信じて、すべてを託してくれた。
きっと今の彼女には怖れるものなど、なにひとつとして存在しないはずだ。
なら、その信頼に応えないとな。まずは最初の一手だ!
〈【防護結界・大盾】起動っ!〉
魂をも焼き尽くさんとする炎に包まれる、その寸前、巨大な盾が出現した。
直後、ドォォンッと空気を振るわせる爆音が鳴り響き、薄暗いダンジョンを一際明るく照らし出す。
続けて二度、三度、四度と振動を耳にして、大盾を消失させる。
ミラちゃん及び俺と、背後のみんなにダメージはないはずだ。完全に炎を防ぐことに成功したからな。
強固な防御力。幼女神様が大盾の結界を選ばせた理由がこれだった。
以前の被膜型は人ひとりを護るには適しているけど結界自体が薄く、激しい攻撃を受けると余計にMPを消費してしまう。そこを大盾型だと炎の槍の直撃を受けてさえMPの低下を抑えられる上に、通路一杯に展開すれば後方にも被害が及ばないという寸法だ。
こんなにも都合のいいスキルを用意させてくれたことには感謝するけど、もしやこの展開を予想でもしていたのだろうか。謎がまたひとつ増えてしまった。
結界を解除した途端、黒煙が流れ込むように充満して視界は最悪だが、ヘルの動きは【察知】で把握できるので構わないだろう。
ふと、この煙はどうなるのかなー、と中毒死という言葉が脳裏をよぎって心配になったが、徐々に薄れていることからダンジョンは空調設備が整っているらしく安心した。
そこまで考えてなかったな……下手したらこれで死んでたかも。
まだまだ思慮が足りないのは今後の課題として目の前の敵に集中する。
しばらく次の攻撃に備えていたが、どうやら追加の投擲はないようだ。
やがて煙が晴れていき、互いの姿を確認するまでに至る。
『……あれだけ大口を叩いたのだ、この程度では終わらんだろうと、予想はしていたが……やれやれ、無傷とはな』
器用に下側に付いた二本の腕を前で組み、残りの左手を顎に当て、右手で頭を押さえて呻く。
『ちょっと自信を失くしてしまうぞい』
〈ふん、戯言はいいから本気を出せ。本当にこの程度なら失望するぞ〉
なーんて煽ってみたりする。
あまりこういうの好みじゃないんだけど、必要なら中二病を再発させるよ。
『ふむ……では試してみるとしよう』
残念ながら安い挑発には乗ってくれないようだ。慣れないことはするもんじゃないな。でも試すってどういう意味だ?
言葉の意味に考えを巡らせている間にもヘルは炎の槍をひとつだけ生み出し、無造作に投げ放った。
慣れたせいなのか、先ほどよりも迫力がないように感じるそれを、同じように目前まで引き付け、ギリギリのところで大盾の結界を展開して防いだ。今回もダメージは皆無である。すぐに結界を消すと薄い煙幕の向こう側にヘルの姿が見えた。
その顔が……歪んでいる?
『やはりそうだ。お主、その防護結界は長く持たないのだな?』
ギクリ。た、たしかに大盾型は優秀だが、その分だけ基本的な使用MPも増えている。残りMPの少ない状態では、このような運用法しか取れなかったのだ。
俺には顔も心臓も発汗機能もないのに、こちらの動揺がすべて筒抜けになっているような錯覚を覚えた。
現にヘルは確信を得たのか、新たな炎の槍を手にしながら指摘を続ける。
『恐らく魔力量の問題か。それは強固な防御壁であるが消耗も激しいと見た。故に迫る脅威にも限界まで耐え、瞬間的に使用することで温存しているのだろう』
言いながらも炎の槍は数を増やす。
『であるならば、我輩はお主を消耗させる一手を講じるだけで――』
〈ミラ!〉
「アクアショットっ!」
言い終わる前にミラちゃんが素早く魔法を放つ。
『むっ』
不意を突けたみたいではあるが、水の弾はあっさりと避けられてしまう。
でも構わない。これは牽制用だからな。
〈長々と解説しているところ悪いが、こちらから攻撃しないとは言ってないぞ〉
『なるほど。これほどの魔力の質であれば我輩もただでは済まぬだろうな』
今の一撃で魔法力を見抜いたのかよ。やり難い奴だ。
だが、これだけで終わりだと思うなよ。
〈次、お願いします〉
「アクアショットっ! アクアショットっ! アクアショットっ!」
続けざまに水色の弾丸が乱射される光景は、少し幻想的で美しかった。
しかし込められた破壊力は本物である。一発一発ならばまだ無視もできただろうが、この数を前にしてヘルは脅威と認定したようだ。
それが仇となる。
『うぬっ!?』
最初の一発目の時は冷静に判断し、最小限の動きだけで避けたのだが、大量の魔法弾により僅かに焦りが生じたヘルは少しだけ大きく回避してしまった。
結果、自らの巨体が通路の壁を削り、天井を擦り、動きを阻害される。
そこへ被弾してしまったが最後、吸い込まれるようにして次々に命中し始めた。
相手を圧倒する武器となるはずの巨躯が、この狭い通路に対しては足を引っ張っていたのだ。
『ぬぐっ、この、小癪なぁ!』
確実に蓄積されるダメージにヘルは迷う余裕もなく行動を決断させられる。
『ゴオオオオォォォォオオオォォォォォッ!!』
迫る魔法弾も、狭い通路も意に介さない猛烈な突撃を敢行したのだ。
同時に炎の槍を放つことでいくらかは魔法弾を相殺していたが、連射性、速射性はこちらのほうが圧倒的に上であるため、撃ち漏らした弾がその身を削り続ける。
一見、無謀な特攻に思える行動だが……。
――悪魔こと、ヘルは短い間の中にも思考を巡らせていた。
立ち止まれば的になるだけか。
かといって引けば魔法陣の効果が切れる時間を稼がせるだけであろう。
ならばこそダメージ覚悟の突撃である!
短期決戦に持ち込み、自分が倒れる前に相手を倒すしか方法はない。幸い向こうの防御手段は長く持たないのだから、接近して絶え間なく攻撃を続ければ、すぐに突破できる。
あとはそのまま焼き尽くせば良いだけだ。
そう結論付けたヘルは思考を中断させる。すでに考える必要はないと判断し、爆発的に威力を向上させるために全神経を己の炎と、強者たる敵へと向け始める。
『この戦い、危ういところだったが、これで終わりだ』
小さく呟かれた勝利を確信した声は誰の耳にも届かなかった。元より独り言のようなものだったが、本人は知らぬうちに思考を漏らしていたことにも気付かないほど意識を集中させていた。
だからこそ、いつの間にか魔法弾が止んでいたのにも、さして疑問を抱かない。
せいぜい、迎え撃つのに徹し始めたのだろう、というくらいだった。
すべて計画通りに誘導されているとも知らず――。
ヘルが凄まじい勢いで突き進んで来ていた。
あの様子だと、俺の結界が破れるまで猛攻して止まらないつもりだろうな。
ちらりとミラちゃんのステータスに視線を向ける。
【ミラ】
MP:0/120
限界まで撃つよう頼んでおいたからだが、もうMPは空っぽだ。
しかしこれでいい。彼女の目的は、ヘルを近付かせることだからな。
実際、魔法弾が止まっているのに突撃を止めていない。こちらのMP切れにも勘付いていないのだろう。
少し冷静になればバレる可能性があるため、ミラちゃんには迎え撃つような姿勢を崩さないで貰う。これで魔法が撃てないのではなく、カウンターを狙っているのだと誤解させられたら重畳だ。
やがてヘルが目前まで迫る。
こちらを疑う素振りはない。敵を殲滅することしか頭になさそうだ。
見れば四本の腕に槍ではなく、炎の剣を生み出していた。近距離用の武器に切り替えたというわけか。作戦は上手く進行しているらしい。
ヘルは炎の剣を巧みに操り、すべての切っ先を俺へと向ける構えを取る。
そして突進の勢いのまま、結界ごと貫くかのように突き放たれ――。
待ってたぜ、この瞬間をっ……!
〈【合体】!〉
――直後、爆炎が辺りを包み込んだ。
あまりの威力にヘルでさえ、たたらを踏む。だが止まらない。吹き飛んでしまった炎の剣を再度、生み出して振り被る。敵の健在を確信しているようだ。
煙に紛れて目視できていないはずだが、紅の眼光は標的を見誤らない。恐らくなんらかのスキルによるものだろう。
四振りの炎が迸り、次こそ穿たんとし、真っ過ぐに振り降ろされた。
その腕を、俺はすべて同時に切断する。
『なっ、ぐガぁぁァァッ!?』
腕を失ったことで操れなくなった炎の剣が消え失せた。
痛みに苦悶の絶叫をあげるヘルはこの事態を理解できず、危機を察したのか無意識のうちに僅かに足を引く。
しかし、それ以上は動けない。
さらなる疑問が怒涛のように押し寄せていることだろうが、この好機を逃すつもりはなかった。
時間もないことだし、すぐに終わらせてやる。
『こ、この力は……いったいなんだ、どうしたことだ……』
煙幕の中から白い閃光が走れば、その度にヘルの身体が破壊されていく。
胸骨、肩甲骨、大腿骨、膝蓋骨と砕かれ、ここで支えとなる足を失くした。
だというのに未だ地に伏すことのない事実に驚愕し、炎の髪もだいぶ勢いを弱めた骸骨は、そこで初めて敵から視線を逸らす。
そして気付いた。自分を支えている……いや、持ち上げている白い布の存在に。
煙の中から伸びている布の出所を探るように視線を動かし、やがて俺と目が合った、ような気がした。
ようやく煙の晴れたそこには、未だ結界内にいる俺たちと、俺が布の手を伸ばして、振り被る姿があった。
〈これで終わりだ〉
言葉通り、これが最後と布の手をしならせて振り抜けば、頭蓋骨が吹き飛ぶ。
頭を失った身体は崩れ落ち、落下する頭骨を宙でキャッチしてやる。
トドメを……と思ったがもう動けないらしいのでやめておこう。
俺たちの勝利が、決まったみたいだからな。
『……馬鹿なっ、何故だ……この魔法陣を抜けられる者など……』
頭だけとなっても会話はできるのか。
せっかくだから種明かしをしてやろう。
〈これって生命を通さない結界だろう? 俺には心臓とか血液とかないからな。生き物だと認定されないみたいなんだな、これが〉
もっとも、幼女神様から聞かなければ俺も気付かなかった話である。
おかげで魔法陣の内側から俺の一部を伸ばし、逃げられないように背骨に巻き付けて固定する、という手段が取れたのだ。
あとは追加で伸ばした布の腕、改め『布槍』でヘルの腕を断ち切ったというわけだ。攻撃力は【合体】の影響でめちゃくちゃ伸びるから通じるとはわかっていたが、ここまでスパスパ行けるとは想像以上だ。
ちなみにステータスを見てみると……。
――――――――――――――――――――
【ミラ・クロシュ】
レベル:56
クラス:魔人
○能力値
HP:630/630
MP:9/800
攻撃力:249
防御力:234
魔法力:285
魔防力:264
思考力:75
加速力:45
運命力:60
――――――――――――――――――――
色々とスゴイことになってた。
レベルは二人分を合計した数値で、ステータスはそこから3倍くらいに跳ね上がっている。どうやらまた大幅にレベルが上がったみたいだ。
クラスも魔人とかいう完全に別物になってるし……名前も合体しているようだ。
スキルと称号も確認したら、同じように二人分が合わさった形だった。これは【合体】中なら、俺もミラちゃんのスキルを使えることを意味する。
うーむ、恐るべし【合体】スキル……。
そういえば戦闘に集中していて忘れてたけど姿はどうなっているんだろう?
鏡がないので、あまり客観的に見れないのが残念ではあるが、見下ろすことで大体の容姿が把握できた。
どうやら基本となる身体はミラちゃんそのものだが、その肌には俺が貼り付き、皮膚と同化しているような感じだ。
例えるなら全身を薄い包帯で覆っただけのボディラインが出まくった姿で、他にはなにも身に纏っていない状態である。
ただ肩から胸と背中にかけては一対の翼みたいに左右2枚、前後で合わせて4枚の布が垂れ下がっており、腰の辺りもヒラヒラの超ミニスカートっぽい布が付属しているけど、これが付いていることで余計に扇情的な格好になっている気がしますよ。
でも一番の変化は髪の色だった。
いつの間にか被っていた猫耳フードを外すと、さらりとした黒髪が流れて来たのである。ミラちゃんの髪は優しい青色をしていたので、これは【合体】の影響だと推測できるが、なにがどうしてこうなるのやら。
あれこれポーズを取っていると、しゃれこうべがカタカタと動いた。
『ふむ……奇妙な技を使うのだな。人間と一体化とは……。それに魔法陣の穴を見抜いた知恵と、我輩を赤子のようにバラバラに砕く力……見事なり!』
〈そんなことよりも、その様子だと【支配】はなくなったのか?〉
『うむ。我輩の敗北が決まった時点で召喚の契約は切れている。同時に、我輩を縛る楔も失せたようだ……感謝するぞ、勇気ある者よ』
勇者とかより魔王のほうが好きなんだが、それはともかく良かった。
まだ【支配】が継続するようだったら完全に消滅させるしかないからな。
さすがに俺も、この状態のヘルを攻撃するのは忍びない。
『だが、我輩がこうして話していられるのも後僅かであろう』
〈そういうことは早く言え〉
よく見れば端っこから崩壊が始まっているじゃないか!
〈お前を操ってたのは誰なんだ? さっさと吐け! 吐くんだ!〉
徐々にすり潰された骨粉へと変化する骸骨を急かすように揺さぶる。
『おおお、落ち着くのだ。あの人間だがな、実のところ「槍を持った男」というくらいしか判らんのだ』
〈もうちょっと他にあるだろ。髪の色とか、語尾にヤンスを付けるだとか、そういう特徴が〉
『ううむ……人間は皆、同じに見えるのでな。区別が付かんのだ』
俺も黒骸骨の区別なんてできないし、逆も同じってワケか。
〈……だったら、そいつが他にどんなモンスターを召喚してるかってわかるか?〉
『あの人間の力量では我輩を呼び出すのが関の山であった。他は無い』
〈それは、おかしいぞ。だったら中級悪魔どもはなんだったんだよ〉
『あ奴らは元からこのダンジョンにいた者共だ。我輩が下の階層より率いただけに過ぎぬ』
どうやら、俺たちを探すのが面倒になったから同じ悪魔であり階級が下の黒骸骨たちを無理やり従えて、関所のように配置させていたらしい。魔法陣の罠も似たような理由で仕掛けたようだ。
だから黒骸骨たちには【支配】や【召喚】の状態表示がなかったのだろう。あれはスキルによるものだから、実力で支配すれば関係ないみたいだからな。
しかしヘルの言い分では、かなり前から俺たちを狙っていたことになるのか。振り返ってみれば、俺が初めてダンジョンを出る前から襲って来ていたし。
『いいや、最初にお主たちと相見えたのは偶然である。我輩は出会った人間を攻撃するように、とだけ指示されていたのでな。これが殺せという内容であったら、今ごろはお主らも消炭と化していたであろう』
〈じゃあ俺たちを狙い始めたのは、その後からってことか?〉
『然り』
しかりってなんだよ。いや意味はわかるけど。それかなり重要な話だろ。
これでいくつか見えては来たが、少し整理しないと頭がフットーしそうだな。
『さて、そろそろ時間だが、その前に……』
【称号、炎獄の征伐者を取得しました。】
【炎獄の征伐者】
上級悪魔『炎獄の長』に武勇を認められた証。炎属性の攻撃、耐性が上昇する。
〈なんだこれ〉
『褒美をやると言ったであろう? 我輩は約束を違えぬことで有名なのだぞ』
〈いや知らんし〉
貰える物は貰っておくけどな。
『とはいえ今の我輩ではこの程度の物しか用意できなんだ……。そこでお主、クロシュと言ったか。長く生きていれば、いずれ星が巡り会わせる事もあろう。その時こそ真なる褒美を以て、此度の恩義に報いると誓おうではないか。楽しみにしているが良いぞ! フハァーッハッハッハッハッハァ――』
言いたいことだけ言い切って、馬鹿笑いしながら消滅しやがった。
でもまあ、少しだけ楽しみにしておこう。
個人的にはヘルのこと、あまり嫌いじゃないしな。
ところで、さっきから妙に眠気があるんだけど気のせいかな。俺って眠らなくても平気な身体になったはずだけど……。
あ、わすれてたー。
……嫌な予感がするけど、なにをですかな?
MPが、きれると、そうなっちゃうよー。
【ミラ・クロシュ】
MP:1/800
【合体】
装備者と一体化する。合体中はステータスが大幅に上昇し、MPを消費する。
ああ、そういうこ――。




