グッドだー
っと、気付いたら結構な時間をスキル取得に費やしていたような気がするな。 集中しているせいなのか、こうした考え事の最中は意識が外側へ向かわないのが俺の悪い癖だ。
普段であればそれでも良かったのだが、今はいつ新手のモンスターに襲われるかも知れないと鋭意警戒に勤めていたはずである。完全にやらかしていた。
慌てて周辺の状況を確認してみるが――。
あれっ?
不思議なことに黒骸骨と戦った場所からそれほど離れていないようだ。
つまり未だに俺たちは4階層にいるわけだが、みんなはなにをしているんだ。
なにか問題でも起きたのかと焦る俺だが、ひとりずつ無事な姿を確認して一安心する。
ただ、誰もが体力、精神ともに消耗しているので、必ずしも無事とは言い切れないが……まあ動けるという意味では正しいだろう。
移動していることから察するに、上層への階段に向かっているのは間違いないみたいだが……。
まるで、さっきまで時間が止まっていたかのようだな。
とまっては、いないよー。ちょっと、ゆっくり、だったけどー。
似たようなものじゃないか。で、原因は?
こうして、はなしてると、できるよー。
幼女神様と会話するだけ時の流れが遅くなるって、また反則的な……。
しかし話ができるのは【神託】のスキルによるものだから、つまりは【神託】の副次効果って感じになるのだろうか。
でも今まではそんな効果なかったよな。
れべるあっぷ、したからねー。
俺のレベルに関係するのか?
もっと、あがると、ついに、あえるよー。
あえる? 会える? 幼女神様に!?
そういえば前に、レベルが上がれば姿が見えるとかって話した気がする。ついでに頭をなでてくれるとか約束した気がする!
こんな大切なこと、なんで忘れてたんだ。俺の記憶領域はところてん式か。
思えば前世でもあまり記憶力はよくなかったのだと思い出して納得する。なんにしても、レベルを上げて行けばいずれは会えるのだから問題はあるまい。
それよりも今は……。
ということは、こうしている間も時間はゆっくりになっていると?
ゆっくり、していってねー。
気軽に言ってくれるが、これは凄いことだぞ。これだけでひとつのスキルになっていてもおかしくない。
試しに会話しながらも辺りを見渡せば……やはりか!
そこにはスローモーション映像みたいに、ゆっくりと動くミラちゃんたちの姿があった。
生物、空気、音、流れ、この世界のあらゆる存在と現象が鈍化している。
たぶん、この状態で俺が【変形】のスキルを使っても同じようにゆっくりとした動きになるだろう。あくまでも俺の思考が加速した状態でしかないみたいだからな。でもそれは別に構わない。これの利点は切迫した事態に遭っても、のんびりと熟考する猶予を生み出せるところだ。
例えば戦闘中に使用した場合、相手からすれば俺が高速思考を行える天才キャラのように映ることだろう。
……いいや、それだけじゃないな。
どんなに速い攻撃を繰り出されても、ゆっくりとした世界でなら対応できるようになる。これはよくある知覚速度が上がるスキルそのものだ。
ただし問題点として、これを事前に使用できなければ、俺が相手の攻撃を認識する頃には先手を打たれてしまう可能性がある。
だとしても一瞬ほどの時間さえあれば高速思考モードに突入できるし、最悪でも瞬間的に起動できる【結界】で防御だけは可能となるだろうから、緊急時にはかなり有効な手段だ。
これは良い切り札を手に入れたものだ。
せっかくだから、この技を幼女神様とお話しする空間という意味の『神話領域』と名付けることにしよう。
またの名を『らぶらぶ領域』である。
しかし幼女神様はこの効果の凄さを理解しているのか、いないのか……。
ていく、いっと、いーじー。
理解していないに魂を賭けよう。
ぐっどだー。
あまり話してばかりいると時間が進まないので【神託】を解除する。
いつまでも同じ階層に留まっていると突風が吹いたり死神や月の姉妹が現れるかも知れないからな。ダンジョンだし。
いつもより警戒を強めて歩くミラちゃんたち4人。
どこまでも代わり映えのない灰色の通路を進み続けると、やがて何度目かの角を曲がった先に上層へ向かう階段が見えた。
ここまで新手のモンスターとは遭遇しておらず、周囲にも気配はない。
どうやら3階層まで無事に辿り着けそうだ。
それにダンジョンの階段はモンスターが出現せず、階層を跨いで追って来ないことから安全地帯とされている。長いこと幼女神様とお喋りしていた俺はともかく、ミラちゃんたちからしてみれば厳しい戦闘直後のはずだ。体力はもちろんのこと、精神的にも疲弊しているだろうし、ここで一息つけるのはありがたい。
無論、この異常事態の中で階段が平常時のように安全かは不明だ。
だとしても、少しでも休めるのなら休ませたいところである。
なんなら俺が見張りをすればいいんだしな。
【察知】でモンスターの接近には気付けるし……たぶん問題ないだろう。
よし、そうと決まれば早速みんなに提案しないと――。
「みんな下がれッ!」
「なに?」
「えっ?」
「……っ!」
先を行くノットが突如として振り返ると、ただならない様子で叫んだ。
それとほぼ同時に4人の中心地点、その床から眩い輝きが放たれ、光が這うように地面を走って線を紡ぎ、図形を描き始めていた。
咄嗟に反応できたのは声をあげた本人であるノットと、レインだけだ。
二人は見事な跳躍を見せるも、光の線は意思を持つかのように逃れる者を許さず、やがて広範囲に渡って形成された魔法陣の内側に囚われてしまう。
「こんなに大きな魔法陣……どれだけの魔力を……?」
着地した姿勢のまま、レインが疑問と驚きを口にする。
注がれる魔力が多いほど効果と共に魔法陣のサイズは飛躍的に大きくなるのだが、レインが黒骸骨に放った強烈な風魔法ですら両手で抱え込める程度だった。
では、4人もの人間を内包し、なお余裕があるなどとバカげた大きさはいったいどれほどの魔力が込められているのか。
「ぐぅっ……!」
苦悶の声がしたほうを見るとノットが尻餅をついていた。
どうやら魔法陣から脱出しようとしたところを弾かれてしまったようだ。
ケガはなさそうだが、勢いよく飛び出したことで反動も大きかったのだろう。
「出られないだと……? レイン! この魔法陣がなにかわかるか!?」
「……ダメ。見たこともない」
「ふぎゃっ! ダメだ~、こっちからも出られないよ~」
「そ、そんな……」
「くっ、どうすれば……!」
〈みなさん落ち着いてください。これは一種の『結界』です〉
「……あ、クロシュさん」
恐らく彼女たちも初めて遭遇する事態なのだろう。
混乱して浮足立っているのを感じ取った俺は、冷静になれるよう全員に念話を送る。こういう時にも、直で頭の中に思念を送れる【念話】は言葉で諭すよりも効果的で本当に便利だ。
「クロシュさんは、これがなにか知っているんですか?」
少し落ち着いたミラちゃんの質問に、他の3人も頭を冷やして耳を傾け始めた。
奴はまだ姿を見せないようだし、ちょうどいい、今のうちに魔法陣の効果について説明しておこう。
というのも、この魔法陣の罠が発動した瞬間に『神話領域』内にて【鑑定】を駆使し、ついでに幼女神様からも話を伺ってなにもかも看破済みだったのである。
ただ起動した時点で脱出は不可能だったので、不本意ながらもこうして大人しくしているのだが……。
まあ先に結論を言うと、この魔法陣『悪魔の揺籃』自体に危険はない。
【悪魔の揺籃】
生命を封じ込める罠の魔法陣。
外へ出ようとする者を引き戻し、内へ入ろうとする者を拒む結界を形成する。
隠蔽された魔法陣に踏み込んだ者を一定時間まで封じ込めるだけで他に害はない。効果時間は術者の設定と、設置時に注がれる魔力量によるが、長くとも1時間もすれば解放される程度である。言わば足止めの罠と言えるだろう。
とまあ本当にそれだけなら大した脅威ではないのだが……。
〈ひとつだけ厄介な点があります〉
「厄介な点?」
首を傾げるノットに俺は説明を続ける。
〈この結界が通さないのは生物だけであり、無機物や、魔法などは素通りしてしまうことです〉
「……まさに悪魔という名らしいな」
「それって、つまり……ええっと、どういうこと?」
「モンスター。現れたら一方的に攻撃される。逃げられない」
〈その通りです〉
レインの言うように、この『悪魔の揺籃』は、例えば長い槍で突いたり、魔法であれば外側からでも結界を素通りして攻撃できてしまうのだ。
同じ方法で反撃は可能だが、結界内では行動範囲が制限されてしまうから回避も難しく、相手に近寄ることも逃げることもできない。
捕えられた者は圧倒的に不利な条件での戦闘を強いられるだろう。
「……あの、クロシュさん? それではこの状況はもの凄く危険なのでは……」
〈普通であれば絶体絶命です〉
「うぇっ!?」
不安そうに尋ねてきたミラちゃんは俺の答えによって更に顔色を悪くさせる。素っ頓狂な声が聞こえたと思ったらそっちはディアナだった。
いや、普通だったらって言ってるでしょ。ちゃんと策は考えてあるよ。
「あ、ということは……なにか良い方法があるんですか?」
「もったいぶらずに教えてよぉ!」
〈とりあえず、もう少し待ってください。来たようです〉
「来た、だと? いったいなにが……ッ!」
俺の【察知】にはさっきから反応していたが、ようやくノットにも感知できたようだ。やはり、あいつは気配を隠すのが上手いようだな。俺も【察知】がなければ今も気付いていなかっただろう。
「あいつは、まさか……」
ノットの言葉に釣られるように視線を向ければ、階段から降りて来たそいつの存在を視覚でも認識できる。
色は赤黒く、四本の腕を持ち、大きな角と炎の髪を揺らめかせる巨大な骸骨のモンスター。
俺たちが勝てないと判断して一目散に撤退した、例の悪魔がそこにはいた。
「な、なんで上の階から来るのさ!?」
「そんなこと気にしている場合じゃないぞ……どうするんだクロシュ?」
不敵に笑って見せるノットだが、頬には冷や汗が伝っている。視線は迫る脅威へと釘付けになっており逸らすことができないみたいだ。
俺も改めて悪魔を観察してみる。
逃げる術を失った俺たちへと近寄る悪魔は、しかし緩慢な足取りで、どこかやる気がないようにも見える。
勝利を確信しているからか? 油断しているなら好都合だが……。
どうも様子がおかしいのが気になるが、思えば先の黒骸骨たちも自ら攻撃を仕掛けないなど不審な点が目立ったな。
とりあえず【鑑定】してみよう。
骸骨炎獄鬼
レベル:52
クラス:上級悪魔
HP:1200/1200
MP:100/100
攻撃力:136
防御力:66
魔法力:0
魔防力:32
???
???
○スキル
????
○状態
支配・召喚
上級悪魔。外見からして、そのまんまな感じだ。
だからこそ中級悪魔の黒骸骨たちと戦った際に、こいつも近くにいるんじゃないかと予想していたんだけどな。確信に変わったのは魔法陣の名前を知った時だ。
すぐに魔法陣の術者が、例の悪魔じゃないかと幼女神様に問い合わせてみたら、えさくたー、とかなんとか。意味はわからんが多分、当たりという意味だろう。
レベルが高いのも予想していたことなのでいいとして、それより気になるのは状態の項目にある『支配』と『召喚』の表示である。
支配……対象の行動を制限、強制できる。
召喚……契約を結んだ配下を呼び出す。
要するに、こいつは誰かに呼び出されて、命令されて動いてるってわけか?
だとすると今回の一件には黒幕がいるってことになるな。
うーむ、なんだか面倒な話になってきたぞ。
こいつから直接、事情を聞けたら早いんだけど……。
きいてみたら、いいじゃないー。
モンスターと会話ってできるの?
ふつうは、むりだけど、ねんわが、あるからねー。
【念話】か……言葉ではなく思念で伝達するから可能とかかな?
まあ幼女神様が言うならできるはずだ。やってみよう。
ミラちゃんたちには詳しい事情は省き、少し俺に考えがあるとだけ伝えて待機するよう頼む。
どうせ他に手はないんだ、というノットの言葉に誰もが頷いたので遠慮なく始めさせて貰おう。
〈あー、あー、てすてす、こちらクロシュ。応答を求む〉
『む……何者だ、我輩に話しかけているのは?』
おお、ちゃんと返事しやがった。しかも偉そうだ。
〈さっきも言ったが俺はクロシュという。インテリジェンス・アイテムだ〉
『そうか。ならばこちらも名乗ろう……我輩は炎獄の長、人間たちからは骸骨炎獄鬼と呼ばれている。好きに呼ぶがいい』
なんか思ったより話が通じそうだな。これならなんとかなりそうか?
〈じゃあヘルで。そんで、ヘルにちょっと頼みがあるんだけど〉
『なんだ?』
〈目の前に人間が4人いるけど見逃してくれないかな〉
『駄目だ』
即答かよ!
まぁ、ダメで元々だったからな。情報を探れるだけ探って戦えばいいか。
〈……いちおう理由を聞いていいか?〉
『うむ、これは我輩の意思ではないからだ』
〈それって召喚されたのと、誰かに支配されているからだよな?〉
『ほう……よくぞ見破った』
〈ついでに確認するが、ヘルに俺たちを攻撃する意思はないんだな?〉
『俺たちだと? お主はどこにいるのだ?』
〈いやいやいや! 目の前! 青い髪の人間が着ている服が俺だよ!〉
『おお、そうだったか』
なんか色々と大丈夫かこいつ……。
俺の中で強敵のイメージが完全に消滅して、おじいちゃん臭が漂っているぞ。
いや、初見で俺をそうと見破るのは難しいんだろう。うん。
〈で、俺たちを攻撃したいのか、したくないのか……どうなんだよ〉
『我輩が好む闘争は、強き者との決闘に見出される。弱者に興味は無い』
典型的な戦士って感じだな。
とすると、明らかにミラちゃんたちを襲うようなタイプじゃない。
道理でやる気がなさそうだったわけだ。命令されて無理やり戦わされているんだろう。
〈どうにかして支配を解除できないのか?〉
『……無理だ。あの人間は奇妙な術を使っていた。我輩の魔力を以てすら抵抗もできなんだ』
あの人間、とやらのことは気になるが今は解除の方法だ。
〈本当になにもないのか〉
『もし可能だとすれば……術者である人間を殺すか、我輩を殺すかだ』
察するに、そいつは近くにいないようだ。ならば手段はひとつとなる。
〈俺は……できれば、あんたを殺したくないんだが〉
こうして話しているからか、俺の心中ではちょっとだけ抵抗感が生まれていた。どうも悪い奴じゃなさそうだしな。
さっきまではミラちゃんたちの安全を第一に考えていたが、今ではそういった意味でも、できればヘルと戦うのは避けたいと思うようになっている。
しかし、そんな俺を目の前の悪魔は――。
『ク、クククッ……ハァーッハッハッハッハッ!!』
めっちゃ大口を開けて馬鹿笑いしやがった。
「ひゃあっ!?」
「な、なんだ! どうしたんだ!?」
「く、クロシュさん!?」
「……っ!」
言葉が通じていない者からしたら、ただでさえ上級悪魔を前に緊張していたのに、その悪魔がいきなり爆笑し始めたのだから、そりゃもう混乱の極致である。
ちなみに通じていてもワケがわからん。どうしたんだって俺が聞きたいです。
とりあえず大丈夫だ、問題ないと重ねて言い伝え、なかなか静まらないヘルの笑いが収まるのをしばし待つことになった。
〈おい、そろそろいいか?〉
『ククッ……ああ、いきなり、すまなかったな』
まだ少し笑みが漏れているが無視する。話が進まん。
長々と笑われ続けて俺もちょっとイラついてるんだからな!
〈冗談を言ったつもりはないんだが、どこが悪魔のツボだったんだよ〉
『なぁに、お主がまるで我輩を殺せるかのように宣うのでな……愉快で仕方ないのだよ』
〈む……できるはずがない、とでも言いたいのか?〉
フッと、それまでの楽しげな雰囲気が唐突に失せ、重苦しい圧力が場を満たす。
急な変化に少しばかり困惑していると、ヘルの炎の頭髪が一際激しく燃え盛り、虚ろな眼窩から紅の眼光が迸った。
向けられた感情は、殺意。
『現実を見るがいい。お主は罠にかかった獣である。あとはただ狩られ屍を晒すか、決死の覚悟で足掻き、逃げおおせるかだ……!』
とかなんとか言ってるけど、たぶんヘルおじいちゃんは俺たちに逃げて欲しいんだと思う。
このまま戦えば支配の影響から手加減もできず、確実に命を奪うことになるだろうからな。
まったく、弱者がどうとか言ってはいたが悪魔のクセにずいぶんと甘い奴だ。
だが嫌いじゃない。
〈やっぱりお前を殺したくないな。他に方法はないのか?〉
『……愚かなる者か、あるいは、勇気ある者よ。ならば一つだけ答えよう』
俺を説得する(あるいは脅す)のを諦めたのか重圧が霧散するように消えた。いつの間にか、炎の髪も先ほどとは打って変わり穏やかになった気がする。
そして静かだが威厳のある声で語りだした。
『この身は召喚された分体……すなわち、この場で我輩が死すとも本体へと還るだけである。その瞬間こそ、忌まわしき支配より解放される時となろう』
〈なんだ、じゃあ安心して殺っちゃっていいんだな〉
『クククッ……応ともよ! 見事、我輩を討ち滅ぼしたならば、お主に褒美をくれてやるわ!』
再び頭髪が燃え盛った。それ感情とリンクしてんの?
ともあれ、これで心おきなく戦えるようにはなったが、その前にもうひとつだけ確認しておかないとな。
〈やる前に、さっき言ってた、ヘルを召喚した人間の術者の特徴を聞いておきたいんだが……〉
『あの人間について明かすことはできぬが、それも支配より抜け出すまでの話である……さあ、答えは自らの武勇を以てして掴むが良い!』
なんかノリノリだな、おじいちゃん。こういうの好きなのか。
ミラちゃんたちにも事情を話すと、悪魔と会話したこととか、そもそも本当に倒せるのかとか色々と問い質されたが後回しだ。
まずは悪魔退治といこうか。




