あれをやりますよ
あけましておめでとうございます
『クロシュさん、おまたせしました!』
流星みたいに飛来した全長四メートルのロボット……レギンレイヴから、俺の名前を呼ぶ可愛らしい声が響いた。
この利発そうな声はミリアちゃんに間違いない。俺は詳しいんだ。
ここにいるってことは皇帝国から駆け付けてくれたのだろうか。
しかも乗ることすら困難だったレギンレイヴで。
……どうして?
驚きと嬉しさと疑問が混ざって、しばし脳が混乱する。
どれほどの衝撃を受けたのかと言えば、集中が切れて王都を守るために覆っていた【聖域】を、うっかり解除してしまったほどだ。その事実にも驚いたよ。
危ないので自分の周囲だけでも再展開しておく。
とにかく今はミリアちゃんの所へ行かねば……と思ったけど、状況が悪い。
なぜなら俺に纏わりついていた甲殻球が、より脅威と見なされたレギンレイヴに殺到しているからだ。
だが、さっきの勇姿を見る限りではミリアちゃんに危険はないだろう。
むしろ厄介なのは、先ほどミリアちゃんが撃墜した甲殻球のほうだった。当たり前と言うべきか、砕け散った残骸が真下に広がる王都へ降り注いでいる。
幸いにも円環が王都より大きかったおかげで、大半は壁の外側に向かって落ちているんだけど、いくつか軌道が怪しいものがあった。
万が一、それらが幼女のいる家屋に直撃したら……。
これはミリアちゃんのせいではない。
さっき俺がうっかり【聖域】を解除しなければよかったのだ。いや、甲殻球が悪い。全部あいつらのせいだ。もっと言えば勇王国を裏切ったギニオスとかいうアホが悪い。うん、そうに違いない。
そう結論付けて、まずは落下する残骸を追うことにする。
再び【聖域】を広範囲に展開してもいいけど、残骸を弾いて意図しない場所に落ちても困るし、ここは堅実に回収しよう。
都合がいいことに甲殻球はレギンレイヴに集中している。あいつらの邪魔が入らなければ【黒翼】の機動力で追いつくのに苦労はしないだろう。
その見立て通り、俺は街中に落ちそうな残骸だけに狙いを定め、四次元のポケットへ入れるようにして、難なくスキル【格納】へと回収できた。
これで一安心だ。
ついでに残骸への【鑑定】を試してみる。
以前は妨害されてしまい、ホラーめいたバグっぽい表示が出てしまったが……破壊された今なら……!
【ヨルムンガンドの眷属・10538番機】
破壊されたヨルムンガンドの眷属。
その機能は完全に停止している。
やっぱダメだった。
まあ【鑑定】自体は成功したみたいだけど、壊れているせいで大した情報が得られないらしい。
本体ではなく抜け毛を【鑑定】しているようなものだからか。もし【修雷】で直したら詳細がわかりそうだが、また妨害されるだけなので潔く諦めよう。
ただ、ちょっと番号が気になる。
これってもしかして、甲殻球が一万体もいる……ってコト?
俺が今までに交戦したり、王都の上空を飛び回っている分を合わせても、たぶん千体にも届かないはず。
その十倍以上の数が、どこかに控えているとしたら……急いでミリアちゃんと合流しよう。
俺がゾッとする想像を振り払って視線を移せば、そこには数十体という甲殻球の群れに追われ、ただ空を逃げ惑うばかりのレギンレイヴがあった。
「あれぇー?」
さっきの勇姿はいったいどこへ……。
い、いや、ともかくミリアちゃんの危機だ!
急いで【聖域】を十メートル程度に広げて突っ込むと、甲殻球をピンボールみたいに弾き飛ばす。そしてレギンレイヴだけを素通りさせて内側に迎え入れる。
これでしばらく邪魔は入らないだろう。
一息ついた俺は、今度こそレギンレイヴのコックピットへ近付くと、それを察知したかのように胸部ハッチが開いた。
「クロシュさん!」
「ミリア、ようやく会え……?」
俺の目に飛び込んできたもの、それは以前と変わらない天使みたいに眩しい笑顔と……なんかぴっちりした黒いスーツを着用したミリアちゃんだった。
幼いながらもボディラインがくっきりと浮き出た肢体は妖艶で、少し目のやり場に困ってしまう。局部に金属プレートが付けられているので大事な所こそ隠されているが、むしろ扇情的に映ってしまうのは俺の見間違いではないだろう。
さながら堕ちた天使といったところか……いや、なんで?
「あの、ミリア……その格好は……」
もっと他に伝えたいこと、聞きたいことがあったのに、俺の頭はぴっちり黒スーツでいっぱいだった。
おのれ、ぴっちりめ……好きだけど。
「あっ、こ、これはアルメシアさんから頂いた衝撃緩和用の魔導具でして……!」
どうやら自覚はあったようだ。俺の視線に気付くと、途端にミリアちゃんは頬を赤らめ、両手で体を隠そうとしていた。
えっちすぎる……修正が必要だ。
「衝撃緩和というと、操縦時のことですね?」
「は、はい」
これでレギンレイヴを乗りこなせるようになった理由はわかったが、ぴっちりはアルメシアの仕業だったか。
彼女の美的センスは俺も認めるところだが、時にサブカル系へ傾倒して暴走するきらいがある。
俺に着せようと押し付けた衣装に、和洋折衷ミニスカ和服が紛れていた辺り、これも間違いなく意図的だろう。
まあ、別にアルメシアの趣味を完全否定する気はないし、えっちなのはいけないと思います、とは言わないけれど……ミリアちゃんには早いと思う次第です。
こんなぴっちり着ていたら、黒い甲殻球に召喚されて宇宙人と戦わされたりしちゃいそうだ。
しかし、ぴっちりスーツあってこその勇姿だと判明したのはいいけど、なぜさっきは逃げ回っていたのか。
これは聞くまでもなく、レギンレイヴを改めて観察すれば気付いた。
右腕にあったはずの、大きな槍が失われていたのだ。
思い返すと最後の一機を撃破した際に砕けて、キラキラとした破片が散っていた気がする。
残された武装は、魔力そのものを砲弾として放出するマグナスフィアのみ。これが魔力吸収機能を持つ甲殻球とは相性が悪いから、ミリアちゃんは逃げ回るしかなかったのだろう。
もっと早く察していれば急いで駆けつけたのだが、まだまだ精進が足りないようだと俺は猛省する。
「あ、あのクロシュさん」
「ミリア、ありがとうございます。来てくれて助かりました。それと……お久しぶりですね。会えて嬉しいです」
「あ……」
ぴっちりの引力を振り切って、ようやく本当に伝えたかった言葉を口にできた。
こうしてミリアちゃんとお話ができる。これだけでクロシュさんは、あと十年は戦える気分です。
「わ、私も会えて……う、嬉しい、です」
「泣かないでください、ミリア」
「あれ? えっと、どうしてでしょう……急に」
笑顔なのに、ぽろぽろと涙が零れていた。
きっと不安だったのだろう。緊張もしていただろう。その涙を流させた根本にあるのは俺なので、それが申し訳なくも少し嬉しい。
だがミリアちゃんに涙は似合わない。
俺はそっと布で拭い、改めて感謝を伝える。
「本当にありがとうございます。ミリアが来てくれたおかげで、まだまだ頑張れそうです。でも、私ひとりでは少し大変なので、どうか手伝ってくれませんか?」
「も、もちろんです!」
「それでは、あれをやりますよ」
「はい!」
俺が手を差し出すと、ミリアちゃんは力強い返事と共に繋いでくれた。ここからはひとりではない。二人で一緒に戦うのだ。
即ち、合体……ではなくスキル【融合】である!
俺とミリアちゃんがひとつになってしまえば、あんな甲殻球なんてちょちょいのちょいだからな。
……などと思っていたその時、不思議なことが起こった。
これまでの【融合】は布である俺と、ミリアちゃんの肉体が文字通りひとつになってしまうワケだが、その際にミリアちゃんが身に着けていた物も一緒に取り込んで消失していた。
これは【融合】を解除した際に戻るため、変身バンクで弾けた魔法少女の普段着が元に戻るのと同じ仕様であると考えられる。
じゃなければ【融合】するたびにミリアちゃんが全裸になってしまうので、大変助かる心配りだ。サンキュー幼女神様。
とはいえ、いつも消失するワケではない。
時にはミリアちゃんが身に着けていた物が、そのまま【融合】後にも引き継がれるパターンがあったりするのだ。
この辺りは、たぶん【融合】時における精神の比率が関係しているのだろう。
どれだけミリアちゃん要素が大きいかで、変わっているワケだ。
そして今回の【融合】である。
どうやらミリアちゃんの意志はかなり強かったようで、肉体だけではなく、俺の姿はミリアちゃんが直前まで身に着けていたものとなっていた。
つまりは黒いぴっちりスーツだった。
……ま、まあ、これは覚悟していた範囲だ。
あえて言及するなら、ミリアちゃんの体でよかった、といったところか。
もし大天使ミラちゃんのわがままボディだったら、センシティブな内容として謎の光が差し込んでいたからね。
だから驚いたのは、もうひとつミリアちゃんが身に着けていた装備だ。
現在の俺は……レギンレイヴとも【融合】を果たしていた。
モチベーションが乱高下していますが私は元気です。
本当は去年中に更新する回でしたが、ずるずると遅れてしまいました。
というわけで今年もよろしくお願いします。
(もう三月って早くないです?)




