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そして布は幼女を護る  作者: モッチー
第4章「アーマード・布」
207/209

あなたに我らが王の導きがありますように

 その日、太陽が傾き始めた頃。

 大陸北部の『永年凍土の大地』から、残光を引いて空高く放たれたレギンレイヴは、真逆に位置する大陸南部の勇王国へ向かって一直線に飛行した。


 【怠惰】の魔王が遺した遺跡……正式名称『魔導式マスドライバー基地』は、ある目的のため建造された巨大カタパルトを有する施設である。


 長大な塔だと思われた建造物は、実際は砲身の役割を持つ装置であり、レギンレイヴを勇王国へ送るため限界まで傾けられていた。

 言ってしまえば、とんでもないサイズの大砲だ。


 砲弾となったレギンレイヴと搭乗するミリアには、凄まじい加速によって相応の負荷がかかってしまうはずだが、発射時に魔力の膜で包み込んで保護するシステムがあり、赤子であっても無事に目的地まで到着できる。当時の【怠惰】魔王が、どれだけの技術力を有していたのかが窺い知れるだろう。


 おかげでミリアは首尾よく、そして短時間で勇王国に到着することができる。


『こちらオペレーターのプラチナムです。作戦開始地点への到達予測時間は、残り三十分です。現地では通信状況の悪化が予想されます。作戦内容の確認を行いますか?』

「お願いします」


 薄暗いコックピットの中、モニタに向かってミリアは即答する。

 作戦については事前に聞いていたが、万が一にも間違いがあってはいけない。

 それに通信できなくなるとなれば、今のうちに再確認しておくべきだ。というミリアの真面目な性格が出ていた。


『まず概要として、一撃離脱を念頭に置いてください。ヨルムンガンドは支配領域にある魔力を吸い上げるため、長引くほどこちらが不利となります。この機能は真円を形成する眷属を崩すことで、一時的に妨害できます』


 ヨルムンガンドに備わる機能のひとつ『呑舟之蛇』は、連結した子機が円環を形成した範囲内を支配領域とし、その空間に存在する魔力を無制限に吸収、貯蓄を可能とする特性があった。

 それどころか魔力による攻撃すらも無効化し、己の力へと変換してしまう。


 強力な兵器であるレギンレイヴと言えど、動力源である魔力を失っては手も足も出ない。

 作戦を成功させるには魔力を吸い尽くされる前に機能を止めるか、あるいは即時離脱が求められるのだった。


『そしてヨルムンガンドの本体を撃破しない限り、眷属を生成し続けるため、本作戦の最終目標は本体の機能停止となります』


 ただし、本体の位置は不明だ。

 眷属の近くに潜んでいるのは間違いなかったが、それを捜索している間に再び円環を形成しようと子機が集まれば、いかにレギンレイヴが高性能であっても操縦者たるミリアが長時間の戦闘に耐えられない。

 故に、必要なのはミリアを保護する存在だ。


『本作戦の遂行には、現地において協力者の回収が不可欠です。とはいえ不確定要素の多さから推奨はできませんが……手段が限られているため採用しました。不本意ですが』

「大丈夫です! 絶対にクロシュさんを見つけますから!」


 安否も不明なクロシュだが、合流すれば【融合】によってミリアの身は保護される上に、レギンレイヴ本来の性能も発揮できるという算段だ。

 なにより傍にクロシュがいるだけで、ミリアは心強くて安心できた。百人力どころか、百万人力といったところか。


 だからこそ、今ここにクロシュがいないのは少し寂しい。

 だが、いつかクロシュにパートナーとして頼りにされたいと願うなら、迎えに行くくらい軽くできなければならないだろう。

 ミリアが心に定めた目標は、遥か高みにあるのだから。


『また、レギンレイヴの使用可能な武装は、右腕部に強制接続中の『氷狼騎槍』(ウルフェン・ランス)のみとなります。マグナスフィアによる攻撃は吸収されるため使用を控えてください』


 現在、レギンレイヴの右腕は凍結していた。

 肘の先から紫氷が纏わりつき、手首は完全に固定されて動かすこともままならないだろう。

 その手には、長大な氷の槍が握られている……というよりは、氷の塊に腕を突っ込んでいるような有り様だ。


 槍はレギンレイヴの全長を超える四メートル以上もあり、鋭く先細る先端部分は狼の意匠が刻まれている。

 これはアルメシアが、プロテクトスーツ改良の合間に作り上げたもので、自らが生成した巨大結晶体を削り出し、魔力を付与することで鋼鉄よりも遥かに頑丈な仕上がりとなっていた。

 片手間の作品だが、一流の職人による魔道具だ。武器として不足はないだろう。


 しかしプラチナが言う通り、それは本来の接続手順を無視して不正に装備させている状態だ。

 元々レギンレイヴの武装は魔力由来のマグナスフィアのみであったため、ヨルムンガンドに通用する武器を装着させるには、他に方法がなかったのである。


 このままだとレギンレイヴの持ち味である機動性が大幅に落ちてしまうが、今回は大槍による突貫がメインとなるので問題はない。

 むしろ必要なのは、ひたすら前へ突き進むための更なる推進力である。


『外部メインスラスター及び、サイドバーニアの稼働限界は一分となります。以降は荷物にしかなりませんので、エネルギーが尽き次第パージしてください』


 換装に時間をかけた甲斐があり、レギンレイヴの下半身は大型のブースター装置に埋もれている。

 そのサイズはレギンレイヴよりも遥かに大きく、十メートルを超えている。

 見た目はロケットの先端に、上半身が生えているような形だ。


 これによって一分という短時間だが、さらなる加速を得てヨルムンガンドへ突撃を仕掛けることが可能となっているのだが……事態はより切迫していた。


 ――――ビーッ! ビーッ! ビーッ!


 異常を報せるアラートがコックピットに鳴り響いたのだ。


「な、なんですか!?」

『強力な魔力波を検知しました。これは……』


 うるさいほどのアラート音にミリアは顔をしかめるが、モニタのプラチナは落ち着いた声で報告する。


『ヨルムンガンドからの最終シークエンス信号を確認しました』

「えっと、どういう意味ですか?」

『友軍機に離脱を促しています。作戦空域は現在、とても危険な状況です』

「よくわかりませんけど……このまま行きます!」

『了解しました。現時点よりヨルムンガンド撃墜作戦を開始します。ブースターを起動してください』


 まだ勇王国まで少し距離があったが、このままでは間に合わないと計算したプラチナの指示に従い、ミリアはパネルを操作する。


『そして、やはり魔力障害が激しいようです。ヨルムンガンドの魔力波が収まるまで、これが最後の通信となります。以降はミリア、あなたの判断に委ねます』

「はい、任せてください!」

『あなたに……、の導きが……ように――――』


 祈るようなノイズ混じりの言葉を残し、モニタからプラチナの姿が消えた。

 ここから先は、本当にミリアひとりだけで進まなければならない。

 しかし、今の彼女に不安はない。


「行きますよ、レギンレイヴ!」


 小さな手で操縦桿を握り締めるとブースターが点火し、ミリアの声に呼応するようにレギンレイヴは更なる加速を始める。


「くぅっ……」


 発進時にあった魔力の膜は、すでに消失している。

 全身に襲いかかる圧力にミリアは声を漏らすも、まだスーツの力は使わない。

 今はまだ、その時ではないと耐えていた。


 ほんの一分後。

 燃料が尽きたブースターが切り離され、とても長く感じられた加速が終わった。

 ようやく状況を確認する余裕が生まれたミリアは、目の前の小さなモニタから全天球モニタへ切り替える。


 これはコックピット内の三百六十度、隙間なく設置されたモニタに投影することで、外部の様子を操縦者が擬似的に肉眼で視認できるシステムだ。

 まるで操縦席だけを残して機体が透明化してしまったように錯覚するため開放感があり、狭い空間で長時間の操縦を続けるパイロットのメンタルケアとして採用されている。


 動力源である魔力を少しでも節約するため控えていた機能でもあったが、少しだけならと制限を解除して……ミリアは息を呑んだ。


「わぁ……きれい」


 果てしなく続く空と海、その狭間で輝きを放っている茜色の太陽と、反対側から迫る暗い夜闇に彩られた悠久の景色が一望できたのだ。


 あまりの美しさに陶然としてしまうミリアだったが、センサーの索敵結果が目の前に表示されて、すぐに現実へ意識を戻す。


「あれが、ヨルムンガンドの眷属?」


 かなりの距離はあったが、モニタを見る限りではヨルムンガンドの眷属であると識別されている。間違いない。

 これが意味するものは、二つ。

 すでに勇王国の近くまで到達していること、そして……。


「そ、そんな……円が、大きい」


 眷属の連なりは陸地の上空、遥か遠くまで続いていた。

 あまりの衝撃にミリアは声が震えてしまう。


 プラチナから聞いていた、連結した眷属が描く真円は『呑舟之蛇』という魔力を吸い取る機能であり、最優先で攻撃しなければならない。

 その大きさは想定だと、街ひとつを囲む程度……半径二キロから三キロほどの真円であるはずだった。


 ヨルムンガンドが起動した時期から計算するなら、それは正しいだろう。

 だが、なんらかのイレギュラーが発生すれば計算は狂い、あり得ないサイズの真円が描かれても不思議ではないのも事実だ。


 実際の計測結果は……半径五十キロメートル。


 あくまで現在の地点から観測した数値であり、もう少し小さい可能性や、逆に大きい可能性もある。

 どちらにせよ、これをレギンレイヴ単機で崩すのは無理だと思われた。


 なにしろ攻撃方法は右腕に装着した大槍一本だけだ。

 いくらアルメシアが魔力を込めた魔道具だとはいえ、数千を超える眷属を破壊するだけの耐久力はないし、なにより先にレギンレイヴの魔力が吸い尽くされてしまうだろう。


 作戦は最初から破綻していたも同然であり、すぐにでも撤退するべき状況だ。

 しかし逃げればクロシュもフォルティナも見捨てるようなもの。それだけはできないとミリアは逡巡する。

 その間もレギンレイヴは、凄まじいスピードで真円の中心へと向かっていた。


「どうすれば……え、あれは?」


 ふと、遠くの空が緑白色に輝き、光の渦に覆われている奇妙な光景がミリアの目に飛び込んだ。

 その方角は、フォルティナからの情報によって作戦開始地点として登録されていた真円の中心……勇王国の王都がある。


「あそこにクロシュさんがいる……?」


 なんの根拠もない【直感】が口を突いて出る。

 だがミリアは確信した。


「あそこに、クロシュさんがいる!」


 ならば迷うことはない。

 このまま一直線に進むべきだと、巨大な真円を描く眷属を無視して、ついに勇王国の上空へと入った。


 途端にレギンレイヴの残り魔力を示すメーターが、これまでより早く減少し始めたのをミリアは確認する。

 あまり長く持ちそうにないが、問題はない。

 王都までは、もう目と鼻の先だ。


 すると、急接近するレギンレイヴを脅威と判断したのか、眷属たちがミリアの行く手を阻むように集結していた。

 その数は百機を超える。

 迎え撃つため弧を描いた陣形を取っており、一斉射撃がレギンレイヴへと浴びせられるが、ミリアは微塵も動じなかった。


「邪魔です!」


 憤った声をあげて凍っていないレギンレイヴの左手を前へ突き出せば、攻防一体の武装マグナスフィアから障壁となる力場が発生し、迫り来る砲撃のすべてを防いでしまった。

 魔力を吸収すると言っても、防御に使うのであれば関係ない。

 そもそも妨害されることなど、初めから想定内だった。そのために左手は槍を持たせずフリーにしておいたのだから。


「このまま行きます!」


 弾幕とも言うべき砲撃の雨を押し退けて、強行突破に成功したミリアは脇目も振らず、クロシュがいると信じる王都へ向かう。

 包囲を抜ければ、すでに加速しきったレギンレイヴに眷属は追いつけない。

 そして、ついに目的地が見えるほどに迫る。


 高い壁に囲まれた城下町と王城は、初めて目にする勇王国の王都だったが、それ以上に目を引くのは空である。


「あれは……円がもうひとつ? それに、あの飛び回っている白い光は……」


 王都の空からフタをするように光の渦を生み出していたのは、ミリアが目にした巨大な真円とは別の眷属による、もうひとつの真円だ。

 それも、ちょうどプラチナが推測した通り、王都を覆う程度の大きさである。


 どういう状況なのかミリアは理解できなかったが、もうひとつ気になる白い光には見覚えがあって注目する。

 応えるようにレギンレイヴが自動的に対象を捕捉し、モニタ上に拡大された画面が現れた。


 発光していることもあって正体は不明だが、無数の眷属に追われているのは間違いない。

 それはミリアの目に、害虫に襲われている儚い妖精といった悲痛なイメージを想起させて、思わず叫んだ。


「クロシュさん!」


 口にしたミリア自身も驚いた。確証などない。

 でも、やはり確信はあった。

 あの白い光のところにクロシュがいるのだ。


 すぐにでも駆けつけたい気持ちで一杯になったミリアだが、頭は冷静な判断を下した。優先すべきは他にあるために。


「まずは先に……あの円を崩さないと!」


 ただ合流しても、魔力を失ってしまっては意味がない。

 クロシュのためにも、ミリアは方向を変えずにまっすぐ真円を描く眷属の群れへ突撃する。

 その様は一条の流星の如く壮麗であり、そして信念を貫かんとする少女の毅然とした美しい姿であった。


「えーいっ!」


 かけ声としては、いささか微笑ましい声だったが、心意気だけは歴戦の勇士にも劣らないものがあるだろう。

 真円を形成する眷属のひとつに『氷狼騎槍』(ウルフェン・ランス)が突き刺さされば、貫かれた機体は運動エネルギーを直に受けた衝撃によって湾曲、爆散して、破片と黒煙を撒き散らしながら墜落する。


 無論それだけで止まらない。

 続けて奥に連なる一機……また一機と、ぐるりと真円を描きながら眷属たちを穿ち、やがて破壊の連鎖が一周する。


「これで、終わりです!」


 宣言通り、最後の一機が有無を言わさず撃墜されたと同時に、レギンレイヴの右腕に覆われていた氷もまた、槍と共に砕かれて地表へ落下する。

 内包された魔力が尽きたのだと察したミリアは、用意してくれたアルメシアに感謝の念を送ると、意識を白い光へと移す。


 辺りは真っ黒な煙に覆われていたが、それもすぐに晴れれば、ミリアは待望の瞬間を言葉にした。

 

「クロシュさん、お待たせしました!」

最近一か月がとても早く感じます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 作者さん、更新はお疲れ様です! ロボットSFの感じの一話ですw そして、寧ろ最近この数年もとても早く感じます(苦笑)
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