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そして布は幼女を護る  作者: モッチー
第4章「アーマード・布」
205/209

お待たせしました!

「……だったら、わたしが手を貸してやろうか?」


 思いがけない提案で驚いたが、要するに王都から出られず困っているから、さっさと甲殻球をどうにかしたいだけだと察する。

 とはいえ、わざわざ協力すると言い出したんだ。なにか策があるのだろう。


「あれを落とす方法があるのでしょうか?」

「あ? ねぇよ、んなもん」


 なんだそりゃ。


「まあ落ち着けよ。あいつは外からじゃなきゃ無理ゲーなんだよ。まずは脱出すんのが前提条件ってこった」

「つまり外からなら、そしてあなたなら倒せると?」


 これに訝しむのはファノアだ。しかしプレイスは自慢げに答える。


「わたしのスキルならヨユーで攻略法を編み出せるんだよ。いいか? 簡単に言っちまえば、あれは魔力を吸収するんだ。スキルが使えねーのも、魔力を横取りされてるからだ」

「ですが【人化】などのスキルは使えていますよ?」

「他人から奪うほどの強制力はねぇんだよ。じゃなきゃ今頃、わたしたちの魔力は枯渇してんだろ。まあコストを無視すりゃ使えるけどな。まともに使えんのは体内で発動するタイプだけって覚えときゃいい」


 肉体に作用するスキルは阻害されない。これは俺の予想と合っているので、間違いはなさそうだ。

 だが、その原因が魔力を奪われているから、というのは新情報だ。

 それなら【聖域】や【浄火】を使うのに、魔力の消耗が激しくなっているのも納得できる。


 水に例えると、バケツ一杯に貯めた水でスキルを発動するのに、横から水を奪われ続けているようなものだろう。

 奪われる量よりも多く、バケツに水を注がなければならないワケだ。


「あとは魔道具なんかも同じか。まあ、あれはスキルと違って無理やり使おうとすれば回路がイカれちまうだろうから、完全に封印されたも同然だ」


 そういえば城の兵器が、いくつか使用できなくなったと聞いたな。あれは魔道具だったのかも。

 俺の転移陣もスキルではなく、あくまで描かれた陣を利用したものだから、魔道具の一種と考えれば起動しないのは当然か。色々と納得した。

 いや……でも待てよ?


「耀気動車は動いたのですが、なぜでしょうか」

「あー? 知らんけど、たぶん燃料が魔力じゃないんだろ」


 人工魔力って前に聞いた気がするし、その辺の違いで吸収されないのか。

 だからって役に立ちそうな情報でもない。耀気で動くものとか持ってないし。


「ともかくだ! こっから出なきゃ話は始まらねぇんだよ」

「なるほど。では、どこから出るのでしょうか?」


 王都を囲む壁によって脱出もままならないことは、ここに残っているプレイスだって理解しているはずだ。

 たぶん俺なら強行突破できるけど、王都を囲む壁を越えても魔力を奪うフィールド内だった点を踏まえるならば論外だ。

 どこまで行けば逃れられるのかも曖昧なまま、飛び出すのは無謀だと、俺は学んだよ。聖女に同じ技は二度も通じないのである。

 だからここは、可能な限り甲殻球から見つからないよう心がける、隠密行動こそが望ましいワケだ。

 そう考えていると、プレイスは自信たっぷりに言い放つ。


「お上品なアンタらは知らないだろうけどな、こういう場所には秘密の抜け穴がひとつや二つ、あるもんなんだよ」


 あ、やっぱりか。

 せっかくドヤ顔で教えてくれたのに申し訳ないけれど、実は俺がスラム街で活動していたのは、その抜け穴を探すのが目的のひとつだったんだよ。


 これはファノアからも、そういう噂があると聞いていたからだ。もし実在するならフォルティナちゃんたちの後を追ったり、こっそり王都から幼女たちを避難させることだって可能だからね。


 なぜプレイスがスラム街をうろついていたのかも判明したワケだけど、これは残念なお知らせになってしまうな……。


「な、なんだよっ、その目は!」


 うっかり哀れみの目で見てしまったのが、バレてしまったようだ。

 隣のファノアに視線を移せば、悲哀に満ちた瞳をしていた。とても悲しい目をしている。

 こんな残酷な事実を口にするのは辛いだろう。仕方ないので、ここは俺から告げるとしよう。


「プレイスさん」

「お、おぉ?」

「その抜け穴、一緒に見に行きましょうか」






 スラム街の奥、土をそのまま踏み固めた道の先に、その大穴はあった

 といっても壁にトンネルが開通しているってワケじゃなくて、トラックすら飲み込みそうなほどの大穴が、ぽっかりと地面に空いているのだ。

 おかげで完全に道は途切れており、左右の塀が倒れそうな危うさがある。


 聞いた話では、この穴は古い下水道に繋がっているようだ。では誰かが掘ったのかと思いきや、実際は地盤沈下によって意図せず開通してしまったものらしい。

 そのせいで悪臭が漏れており、今ではスラム街の住民でも、めったに近寄らない不人気スポットだという。


 無論、俺たちも遠目に眺めているのみだ。

 絶対に近くに行きたくない。絶対に。


「というワケで、あそこから外に出られるそうですよ」

「冗談だろ、おい……」


 ところがどっこい、冗談じゃない。

 これが現実だったから、俺も目を逸らしたのだ。

 あんなの抜け穴として定義するほうがおかしいよ。


 ひょっとしたら【聖域】と【浄火】を全力全開でぶち込み続ければ……と思わなくもないが、万が一にも浄化し切れていなかったら大惨事なので不可能である。不可能だったことにする。


 ちなみにスラム街を牛耳っていた悪い奴らは、今回の騒動で王都に見切りをつけたのか、果敢にも穴に入って行ったそうな。

 無事に抜けられたのか、どこかで詰まっていたりするのか。それは永遠の謎にしておきたい。


「それで、ここから脱出しますか?」

「…………」


 ものすごいイヤそうな顔をされた。そりゃそうだ。


「先に言っておきますと、他に抜け穴はなさそうでしたよ。ごく一部の住民が秘匿している線も考えられますが、その場合はすでに逃げているはずなので、見つけ出すのは難しいでしょうね」


 この下水道に続く穴だって、幼女を救うついでに聞き込みをしていたら偶然、教えて貰ったくらいだからね。

 秘密なんて大それたものじゃなく、あくまで噂話くらいの軽い扱いだった。


「クソッ! あんま時間がねぇってのに……!」


 忌々しげに空を仰ぐプレイス。

 察するに、我が物顔で遥か上空に居座る甲殻球を放置している現状は、かなりマズいのだろう。


「ここは情報を共有しておくべきだと思いますよ」

「……ちっ、しゃーねぇな」


 あまり教えたくなさそうな態度からは、その裏に別の思惑が透けて見える。

 やはり、なにか隠していそうな予感がするぞ。

 ひとまず協力する姿勢を見せておくが、油断はできないな。


「いいか? 一度しか言わねえからな」


 そんな前置きから語られたのは、魔王の伝説に『宵月喰らい』として残る、甲殻球……『ヨルムンガンド』に秘められた危険性についてだった。

 元ネタは蛇のはずだが、そこは名付け親が『怠惰』の魔王だろうから、深く気にしても仕方ない。

 それより驚くべき事実をプレイスは口にする。


「あれが空の上に陣取ってんのは、魔力をチャージしてやがるからだ」

「魔力をチャージして、どうなるのですか?」

「ここら一帯が更地にされちまうんだよ」


 それは、つまり王都が丸ごと消滅する、という意味なのだろうか。

 いくら魔力を溜めているとはいえ、ちょっと信じがたい話だが、プレイスに冗談を言っている素振りはない。

 じゃあ……マジなのか。マジか。やばいな。マジで。


「い、いいやっ! ちょっと待ってください!」


 俺の思いを代弁するように、ファノアが食ってかかる。


「王都を更地にできるなんて、いくらなんでもムチャクチャです! だいたい、あれが本当に『宵月喰らい』である証拠はあるんですか?」

「わたしはスキルで調べただけだからな。テメーが信じたくなきゃ勝手にしろよ」

「なっ……!?」


 冷たく突き放すプレイス。俺の【鑑定】と同じで、相手が信じてくれないと証明できないタイプのようだ。

 用紙とかにプリントアウトできたら便利なのに。


「そっちの聖女さんは、どうなんだ?」

「……ひとつ確認したいのですが、そのスキルはどこまで見極められるのでしょうか。例えば、あれの性能を数値化できますか?」

「あー、そういうのは【鑑定】の出番だろ。わたしのは少し違えな」

「だとすれば、対象の行動を予測するようなものでしょうか?」

「……そうだけどよ。あんま詮索すんなよ」


 俺たちの所有するスキルは、どれひとつ取っても切り札になりえるほど強力だ。

 なるべく隠しておきたいのは理解できるので、これ以上スキルについて聞くのはやめておこう。


「では、広範囲に及ぶ攻撃手段について、具体的に教えてください。魔力をチャージしているということは砲撃でしょうか? それとも爆撃ですか?」

「……知らねぇ」

「はい?」

「知らねーって言ってんだよ。あの玉っころが過去に同じことをやったのは間違いねぇ。ただ、どうやったかなんて、わかるわけねーだろ……」


 なるほど。攻撃するのは予測できるのに、どうやって攻撃するのかまでは、判然としないらしい。なんでぇ?

 それだと対策を練ることもできないんだけど……。

 心なしか語気が弱々しいのは、一応プレイスも気にしているからか。


「なんだ、結局あなたもわかってないじゃないですか」

「う、うるせーなっ! そんなの【攻略本】に書かれてねぇんだよ! わたしのせいじゃねーよ!」


 ここぞとばかりにファノアが仕返しをして、プレイスは開き直っていた。

 少女二人でかしましい。

 争いは同じレベルでしか起きないそうだけど黙っておこう。俺は参戦する気はないので。


 それにしても【攻略本】とはスキルでいいのかな? 面白そうなスキルだ。

 甲殻球の倒し方とか、注意するべき攻撃とかが記載されているのだろうか。


 口振りからすると、あまり詳細まで載っていないようだが……あれか。発売して間もない攻略本かな?

 ボス戦前で、この先は自分の目で確かめてくれ、って書かれてそう。

 どこまで信用できるか疑わしいけど、これまで使用していたプレイス本人が堂々と教えてくれた辺り、更地うんぬんっていう辺りは確実っぽい。


「ま、待てっ! あれを見ろっ!」


 急かすような声でプレイスが指を差す。

 釣られて振り返り、空へ視線を向ける俺とファノアが目にしたのは、例によって王都を包むように円を描く甲殻球の群れが、なにやら怪しい輝きを放っているところだった。


「まさか、始まったのでしょうか?」

「……ちっ!」


 いちいち聞くな、と言わんばかりの舌打ちだったが、返事としては十分だ。

 今まさに、魔力のチャージが完了したのだろう。


 輝きはさらに増し、電流めいた閃光がバリバリと音を鳴らして、円環を成す甲殻球を駆け巡る。

 その中心……ぽっかりと空いた空間には、なにも変化がなかった。

 変わったのは、その外側である。


 例えるならオーロラの渦だ。

 発生源である甲殻球の円環から、渦状のオーロラが巻き起こり、本来あるはずの空は緑白色のヴェールに覆い隠されていた。


 唯一、渦の中心である甲殻球の円環。その中心からは光が差し込んでいる。まるで天国へ通じる階段といった様相だ。


「せ、聖女さま……こ、これは?」


 明らかな異変にファノアも動揺していたが、あまり構っている余裕はない。

 なぜなら甲殻球から、とんでもない魔力を感じるからだ。それを使って、なにをするつもりなのかは見当もつかないが、プレイスの言葉を信じるなら放っておけないだろう。

 できれば彼女も、戦力として数えたいが……。


「くそっ……こうなりゃ行くしかねぇか? い、いや、でもやっぱり下水はさすがに……」


 この期に及んで、例の抜け穴からの脱出を躊躇しているようだ。戦うという選択肢は、初めから存在しない様子。

 聞いても教えてくれないと思うけど、きっと相性が絶望的に悪いのだろう。

 そうじゃなかったら、いつかのように戦車部隊で砲撃の雨を浴びせるくらいはしたはずだ。

 となれば、頼れるのは自分自身だけか。


「私ができる限り抑えてみます。お二人は……可能なら逃げてください」


 どこから、どうやって、という言葉は飲み込む。

 あまりに残酷なので。


 背後で二人がどんな反応をしたのか、見なくともわかった俺は【黒翼】を開いて急上昇する。王都の街並みが見下ろせる高さへと。


 すかさず、今度は【聖域】を全力で展開する。

 魔力の消費量を顧みない、その範囲は王都全域だ。

 もし甲殻球の目的が、王都を更地にすることだとすれば、俺の目的は幼女を護ることにある。

 ビームでも爆弾でも、なにひとつ王都には通すワケにはいかない。


 向こうも俺の魔力を感知したのか、円環を形作るグループとは別の甲殻球が、ぞろぞろと集まり始めた。

 その数は、もはや数えるのもバカらしい。少なくとも百機は超えている、


 しばらくは【聖域】で耐えられるだろうけど……正直なところ、俺の勝ち目は薄かった。魔力を吸収するとなると、こっちの攻撃はほぼ通らないし、こうしている今も魔力がガリガリ削られていくのだから、完全にジリ貧だ。


 しかし、俺をこの場に導いたのは、他でもない幼女神様であらせられる。

 ならば、俺のするべきことは、この場に留まり続けることだ。


「はぁぁぁぁぁぁっ!!」


 意識を集中させて【聖域】の強度を高める。頼みの綱はこれだけだ。

 他に攻撃するスキルどころか、防御する手段もない。手も足も出ないとはこのことか。

 でも逆に言えば、この【聖域】さえ保てばいいワケだ。

 だったら、やるしかないよね。


 さらに魔力を注ぎ込めば、俺を中心とした周囲一帯が眩いほどに発光する。それに呼応してか、甲殻球の数も増えており、すべてが【聖域】に阻まれていた。

 窓に張り付いた、虫の大群みたいで気持ち悪い。

 盛大に光っているおかげで、少し視界が悪くなっていたのが幸いか。


 そんな中で、俺は甲殻球の隙間から、遥か地平の先に流れ星を見つけた。

 どうせなら願い事でもしてみようか。


 ミリアちゃんに会いたい。

 ミリアちゃんに会いたい。

 ミリアちゃんに会いたい。


 やったぜ。消える前に三回も言えたぞ。

 それどころか、まだ流れ星は燃え尽きることなく……こちらへ向かっている。


 いや、流れ星じゃないぞ?

 正体不明の飛行物体に、一種の予感めいたものを感じた俺は、状況も忘れて流星だけをジッと見つめてしまう。

 やがて、徐々に輪郭がはっきりと映るに連れて、俺の脳裏にひとつの名前が思い浮かぶ。


「……まさか」


 俺の呟きと同時、高速で飛来するソレは、蒼い残光を残して甲殻球の円環に突っ込むと、その一切合切を手に携えた長大なランスで貫き、残骸を巻き散らしながら撃墜していく。

 さながら連鎖的に爆発を引き起こしたかのような有り様だ。


 瞬く間に最後の一機を爆散させると、黒煙から姿を現したのは四メートルを超える人型の兵器である。



【魔導機鋼士レギンレイヴ】(Aランク)

 人による操縦を想定して設計された魔導機兵の進化形。

 両手に組み込まれた攻防一体の武装マグナスフィアが特徴。

 そのエネルギーの消費量が莫大である欠点を持つ。



 つい【鑑定】で確認したけど、やっぱりレギンレイヴだった。

 どことなく追加パーツ的な装備が増えていて、少しだけ変化が見られたが、もはや間違いない。


 となると、もしや中に乗っているのは……。


 すでに確信していた予想だが、答え合わせのようにレギンレイヴの外部スピーカーから音声が伝わった。


「クロシュさん、お待たせしました!」

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― 新着の感想 ―
[一言] きゃーーー!!!! もうほんとにここで!素敵!抱いて!
[良い点] プレイスさん、色々の面も頼れないぽいですねw そして比べてクロシュさんはとてもカッコ良いです!幼女達の為にとはいえ捨て身の精神力は尊敬出来ます〜
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