聖女殿は、心配ない
遅くなりましたが少しずつ再開して行きたいと思います。
簡単あらすじ
勇王国の王都を謎の甲殻球が襲撃。
なんとか脱出するも転移陣が起動しない。
幼女神様の『あどばいす』に従い、クロシュは囮となって王都へ引き返す。
今ここ
クロシュ・・・・・主人公
フォルティナ・・・皇帝国の第一皇女
ゼノン・・・・・・勇王国の王女
「では、また後で」
そんな言葉を気軽に言い残し、クロシュが宵闇の空に飛び立つのをフォルティナは黙って見送る他なかった。
理由のひとつとして、周囲には甲殻球が集まっていたからだ。
耀気動車の中と言えど、僅かでも声を漏らせば見つかるのではないか。そんな不安が口をつぐませた。
だから、フォルティナは目にする。
クロシュのスキル【聖域】から放たれる柔らかな白い光に誘われるように、無数の甲殻球が殺到し、やがて光が消えてゆく光景を……。
まるで逃げ惑う蛍に群がる害虫のようで、フォルティナはおぞましく感じて身震いしながらも、最後まで決して目を離さなかった。
やがて辺りを静寂が包み、敵が自分たちを完全に見失ったと判断したフォルティナは、ゆっくりと口を開く。
「もう、いいだろう。出発するとしよう」
「……よろしいので?」
王家六勇者のひとり。護衛として同行している『紫牙剣』のセリエルが問いかけた。
常に冷静で冷徹と評される彼女にしては珍しく、フォルティナをどこか思いやるような声色だ。
「僭越ながら申し上げますが、クロシュ殿は……」
「聖女殿は、心配ない」
クロシュは囮となって敵の集中砲火を浴び、闇の中に消えていった。
あれが皇帝国の聖女なのかと、セリエルは皇女の窮地を救った献身に頭が下がる思いだったのだ。手向けの言葉をひとつや二つ、残してもいいのではないかと暗に訴えるほどに。
だが、フォルティナは笑みを浮かべる。
「あの程度で、聖女殿がどうにかなるわけがない。それよりも我々のほうが問題だろう。なんとか港へ向かわなければならないのだからな」
「港町クラールクに、ですか?」
「聖女殿に頼まれたからな」
たしかに飛び立つ前にクロシュは、皇帝国に助けを求めるよう頼んでいた。
「ですが、どれだけ急いでも船で七日は……」
「恐らく聖女殿は『伝心塔』のことを言っていたのだろう」
それは皇帝国が誇る、耀気機関を用いた魔導技術の最先端だ。
海を越えた国家間の連絡すら可能とする『伝心塔』であれば、即座に危機を伝えられるだろう。
ただし、まだ使用するどころか設置準備の段階なのだが、そこはフォルティナも頼まれた以上、必ず果たしてみせると手段について思考を巡らせていた。
実際はクロシュに深い考えなどなく、思い付きで無茶ぶりをしたに過ぎなかったりするのだが、その勘違いが行動力に結び付いたのは怪我の功名か。
「そのようなものが……」
「黙って持ち込んだことを糾弾するか?」
「いえ、独自の技術で他国より優位に立とうとするのは当前の行為かと。無許可というのは……あまり容認できませんが、この際です。頼らせていただきます」
「思ったより話がわかるじゃないか」
フォルティナはお堅い役人のような性格とばかり思っていたセリエルに、好感を抱いてにやりと口角を上げた。
一度方針が定まると、どうすべきか迷うよりも心は穏やかになる。
僅かな希望を胸に宿し、フォルティナたちを乗せた耀気動車と、護衛を担う王家六勇者の二人が駆る騎馬は、港町へ向けて走り出す。
その道中に関しては土地に詳しい者に任せるより他にないため、一段落したフォルティナは車内で柔らかなシートに身を委ねると、ゆっくり息を吐き出す。
――――聖女殿は、心配ない。
自身の言葉が反響して聞こえた。
それは誰に向けた言葉だったのか、彼女が最もよく理解している。誰よりも、そう信じたかったのはフォルティナだ。
フォルティナにとってのクロシュとは、数少ない友人のひとりであり、ミリアを巡るライバルであり、皇帝国を救った恩人であり……。
そして、姉のように慕う大切な人だった。
あまりに気恥ずかしくて、そんなこと本人には決して言えないだろうが、皇帝国から勇王国までの旅路も、とても楽しくて輝いていた。
船では色々と反省点もあったが、概ね楽しかったはずだ。彼女の記憶では、そうなっている。
式典が終われば、最後に観光でもして、また船旅で皇帝国へ戻り、帝都でミリアと再会し、土産物と話で盛り上がり、ベッドの中で様々なことを思い出し、大変だったけど行って良かったと笑いながら眠る……そうなるはずだった。
いいや、そうならなければ、いけないのだ。
(聖女殿だけではない、誰ひとり欠けてはならないんだ! だから絶対に無事で戻って来るんだぞ。また後で、と言ったのは聖女殿なんだからな!)
ざわめく心を落ち着けると、フォルティナは視線を感じた。
いつの間にか伏せていた顔を上げると、薄っすらと灯るランプの中、ゼノンが顔色をうかがうように見つめている。
「フォルティナさま、だいじょうぶですか?」
「ああ、心配をかけてしまったな。少し心に巣食った弱音を叩き出していた」
「……フォルティナさまが、ですか?」
「ふっ、ゼノン殿の信頼は嬉しく思うが、誰にでも自信を失う時はあるさ」
まさに弱音そのものな発言をするフォルティナに、ゼノンは言葉を詰まらせた。
……フォルティナの表情がまったくの真逆。不敵な微笑を浮かべており、むしろ自信に溢れているとすら思わせたからだ。
それが取り繕ったものだと、察せられないほどゼノンは愚かではない。
「やっぱりフォルティナさまは、すごいです」
ここまでゼノンは、なにもできず、なにも言えなかった。
国の一大事だというのに、ただ状況に流されるままであり、これが反撃のための撤退だということは納得しても、どうしても無力さを痛感してしまうのだ。
こんな体たらくで、本当に自分は立派な王になれるのか。
憧れであり、目標として定めているフォルティナを前にすると、余計にゼノンは不安になってしまう。
(もっと、わたしにも、できることがあれば……)
しかし、どれだけ考えても今のゼノンは幼い少女に過ぎない。
むしろ冷静に指示を出せるフォルティナがハイスペックなだけで、さらに年下のゼノンが見ているだけであっても当然である。
だからといって無視できるほどゼノンは大人でもなく、故にひとり悩み続けてしまう。
やがて節約のためにランプの明かりを落とすと、車内は暗い月明りで青色に染まり、ふとゼノンは空を見上げた。
一行が進む先を照らし、導くような宵月が浮かんでいる。
それを遮ってしまう影がひとつ……王都を襲った謎の甲殻球だ。
(宵月……喰らい?)
そういえばと、ゼノンは王家六勇者から離反した裏切り者のギニオスが口走っていたことを思い出す。
『あれこそ魔王の残した災厄のひとつ……『宵月喰らい』の断片だ!』
勇王国に伝わる魔獣『宵月喰らい』の災厄は、この国どころか皇帝国のフォルティナも知るほど有名だ。
その異名の由来は、文字通り宵月が出る頃に現れ、月を覆い隠してしまったという逸話からである。
まさに、この状況はゼノンが知る二百年前の悲劇……怠惰の魔王による侵攻と重なって見えた。
(もし、そうだとしたら……!)
かつての『宵月喰らい』は、勇者の子孫が駆る神獣によって討伐され、いずこかへと封印された。
そして神獣もまた、再び災いが降り注いだ時のために、聖地で眠りについたと伝えられている。
代々の勇王だけに口伝にて受け継がれる聖地の場所を、突然の死別によってゼノンは教えられていなかったが――――。
(たしか、お父さまが神獣について、なにか言っていたような……もしかしたら、それがわかれば聖地の場所も……思い出さないと!)
確かな情報とも呼べないほどの、記憶の欠片を拾い集め始めるゼノン。
それが今の自分にできること……いや、次期勇王たる自分にしかできないことだと確信して。




