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そして布は幼女を護る  作者: モッチー
第4章「アーマード・布」
201/209

では、また後で

遅くなりました。

「聖女様、どうかフォルティナ殿下をよろしくお願いします……」

「ええ、任せてください。みなさんも少しの辛抱ですよ。あんな丸いの、戻ったらすぐに落としますので」


 ちょっとだけ話を盛って明るく振る舞いつつ、王都に残る帝国側のメイドさんたちに一時の別れを告げる。

 できれば一緒に避難させたいけど、少数での強行突破となるので護衛騎士たちですら居残ることになっているんだ。

 残念だが仕方ない。


 それに、いつ攻撃が再開されるかも不明な王城に残るというのに、みんなフォルティナちゃんの身を案じて俺に託してくれている。

 その信頼に応えるためにも気を引き締めないとな。


 俺が城門前へと向かうと、すでに準備は整えられていた。

 王都まで乗ってきた耀気動車にはフォルティナちゃん、ゼノンちゃん、そして俺と運転手だけが乗り込む。

 王家六勇者からは護衛として二人が馬に跨り、左右から挟むような隊列を組んでいた。


 窓からの日差しはすっかり傾き、城内をオレンジ色に染めている。

 もうすぐ完全に日が暮れるろう。

 そうなったら闇に乗じて、俺たちは王都の東門から脱出する手筈だ。


 もちろん、そう簡単に甲殻球が見逃してくれるとも思えないため、囮として西門と南門にも馬を走らせて、脱出するような素振りを見せる算段だ。

 少しでも陽動に気を取られて監視が緩めばいいのだが……まあ、例え気休めにしかならないとしても、やらないよりはマシだろう。


 ちなみに当初は余っている耀気動車を囮にしようとフォルティナちゃんが提案していたのだが、貴重な移動手段が破壊される恐れがあるのと、王家六勇者側からの申し入れもあって馬に変更された。

 つまり単騎だ。

 勇王国の意地と気合が見て取れるな。


「フォルティナ殿下、物見からの報告で囮役に反応したとのことです」


 護衛を務める王家六勇者のひとりが車内に声をかけてきた。

 そういえば名前なんだっけ……なんかクールな女性だ。


「大丈夫そうなのか?」

「どの程度の効果があるのかは未知数ですが、ここで中止はしたくありません。影に入ったと同時に出発しますよ」

「わかっている。聖女殿とゼノン殿も問題ないな?」

「だいじょうぶです」

「いつでも構いません」


 今さら止めるつもりはない。顔も知らない囮役の二人だけど、その二人は命がけで使命を果たしてくれているのだから、その覚悟を無駄にしたくはない。

 フォルティナちゃんたちも同じ思いなのだろう。


「あと三秒……二秒! 一秒! 今です!」


 外からの合図で耀気動車は走り出す。

 向かう先は王城の影にすっぽりと入った大通りだ。

 きっと反対側は夕陽に照らされて、囮も目立ったことだろう。無事に逃げ切ってくれると信じるしかない。


 こっそり裏道から抜ける作戦も考えられたが、それでは時間がかかるのと、もし発見された場合は対処できなくなると判断し、最速で最短の道が選ばれた。

 つまり甲殻球に気付かれても、王都から抜けられたのなら問題ないという、ごり押しである。


 窓から街の様子を窺うと、甲殻球から攻撃を受けたせいか焼け焦げた建物が次々に過ぎ去っていく。その数が少なく見えるのは不幸中の幸いだろうか。

 スピードを出しているためエンジン音や、馬の蹄音が通りに鳴り響いてしまっているが、これはもう開き直っている。

 たった一秒でも、こちらに気付くのが遅れたらいいのだ。そのための囮や日没を待っての決行だったが……。


「来ています! 後方より、約二十!」


 護衛として並走している王家六勇者からの報告で、俺たちも窓から外を窺う。

 たしかに二十以上の甲殻球が、上空を凄まじい速さで飛来してくる。


「後方から……ということは、どうやら囮の意味はあったようですね」

「無事に王都が解放された暁には、その二人を表彰しなければな」


 もし前から来ていたら危ないところだったが、後ろから来るということは囮に釣られて東門が空いている証拠だ。

 それを理解した俺たちは大通りをかっ飛ばし、あっという間に高さ十メートル以上ありそうな門まで接近する。


「あとは門の開閉がきちんと行われるかどうかですね……」


 東の大門は完全に閉じられている。

 襲撃時は昼間だったので開放されていたが、異常事態を察した番兵が外部からの侵入を懸念して閉じたのだ。

 しかし敵は上空からやって来たので逆効果になってしまい、おまけに甲殻球が殺到して番兵たちも門から離れざるを得なかったとか。

 なので、王都を出るにはどうにか門を開ける必要があったのだが……。


「それは杞憂のようだぞ、聖女殿」


 ゆっくりとだが、たしかに重厚な大門が開け放たれていく。

 事前に耀気動車が見えたら開けるために、番兵が操作室へ忍び込む手筈になっていたのだ。

 甲殻球が囮に釣られるかどうかも成否に関わっていたから、割と心配だったんだけどよかった。

 開けっ放しで構わないため、すでに番兵たちも避難しているはず。

 その勇気に感謝して、遠慮なく通らせて貰おう。


「……やはり結界的なフィールドが張られていますね」


 城内からでは見え辛かったが、ここまで近付いてみるとわかる。

 門の外側に、薄い膜のようなものが王都を囲むようにして展開されていた。これがスキルを阻害するなにかに違いない。


 すんなりと通してくれるかは怪しいため、念のために俺はフォルティナちゃんに装備された状態で【聖域】を発動させる。

 魔力は消耗するけど、全力であれば例え謎フィールドが障壁だったとしても、弾いて通るくらいは可能だろう。


 そんな判断が功を奏したのか、拍子抜けするほど呆気なく耀気動車は王都から脱出し、無事に甲殻球の円環が形成するフィールドの外に出られた。

 ここからは転移陣の出番だ。


 すでに転移陣についてはゼノンちゃんと王家六勇者には話してある。

 安易な使用はノブナーガに止められていたけど、こうなったら隠し続ける意味がないからね。

 だから予定通り、耀気動車を止めたら俺は再び【人化】して、車と馬に乗った王家六勇者たちごと転移陣で帝国へ避難する――――つもりだった。


「聖女殿? どうしたんだ? 急がなければ」

「つ、使えません」

「……なんだと?」

「私のスキルが、まだ使えないんです……!」


 すでに王都の外に出ているし、フィールドの影響も受けていないはずだ。

 なのに【変形】を使おうと思っても、布がぴくりとも動かなかった。これでは転移陣を広げられない。

 いや、そもそも転移陣が起動するのかも怪しい。


 まさか、あのフィールドとスキルの阻害は関係なかったのか……?


 だとすれば王都から、甲殻球の円環からどれだけ離れればいいんだ。

 港町か……船で海上まで行けば確実か?

 なんにせよ甲殻球が追って来ているのだ。立ち止まっている暇はない。


「ひとまず港町まで……」

「聖女殿! あれを!」


 フォルティナちゃんの指差す先へと振り向く。

 ちょうど王都とは反対側の方角か。そこには追手の甲殻球とは別動隊らしい甲殻球が無数に飛び交い、そして王都を覆っていた謎フィールドと似たような膜が、とてつもない広範囲に渡って張られていた。

 まるで巨大なクジラの腹に入った気分だ。


「これは……少し予想外ですね」


 というか反則だろ。

 結界の外側にもうひとつ大規模結界があったようなものだ。

 しかも王都どころか、この分だと港町まで範囲内かも知れない。

 ひょっとしたら……勇王国の全域が?


 最悪の状況に舌打ちしたくなったが、大天使ミラちゃんの姿をした俺がそんなことをするワケにはいかないので、唇を噛んでぐっと堪える。


 ……ふぅ、少し落ち着こう。やることは変わっていないはず。

 問題は追手の甲殻球だ。

 あいつらを引き連れて港町まで逃げおおせたとしても、そこで転移陣が使えるのかも不明。

 なら、どこまで移動すればいいのか……。


 そもそも港町から王都まで数日はかかるんだ。

 耀気動車だって無限に走り続けられるわけじゃない。というより転移する前提で動いていたから、そんな準備なんてしていなかった。

 補給も休憩もなく港町へ向かうのは現実的に考えて自殺行為だ。


 いっそ王都に戻るか?

 いや、また閉じ込められるだけで状況は変わらない。それに一度、外へ逃げた俺たちを戻してくれるかも怪しいだろう。


 ここはフォルティナちゃんとゼノンちゃんたちだけでも逃がして、帝国に救援を求めるのが最善か?

 スキルを封じるフィールドの情報さえ外に送れたら、ヴァイスやルーゲインがどうにかしてくれるからな。


 そうなると今度は俺が囮として王都に戻るか、明後日の方角へ逃げるべきなんだが……本当にいけるか?

 俺はフォルティナちゃんたちを護るために、ここにいるんだ。

 なのに離れてしまっては、いざという時に手も足も出ない。

 下手したら無防備なフォルティナちゃんたちに甲殻球が向かって、攻撃されてしまう危険性も――――ない、のか?



『まよわず、もどれ、それが、せいかい、だよー』



 そう幼女神様は仰った。

 俺が苦労することになるとも。


 そして幼女神様は仰らなかった。

 フォルティナちゃんたちが危ないなどと。


 そして最後に……思い出した。

 時が来たワケですね、幼女神様。


「フォルティナ、私は今から王都に戻ります」

「聖女殿? 急になにを言って……」

「時間がないので聞いてください。今度は私が囮となって、敵の注意を引き付けておきます。その間に、フォルティナたちは港町まで避難してください」

「だが、それでは聖女殿は……」

「ちょっと苦労はしますが、たぶん大丈夫ですよ。ただフォルティナ、あなたにはお願いがあります。どうにかして帝国に助けを求めてください。そうすれば誰かしら駆け付けてくれるはずですので。ああ、もちろん敵の情報についても伝えてくださいね。ミイラ取りがミイラになってしまいます」

「み、みいら……?」


 まるで聞き覚えのない言葉を耳にしたように、きょとんと首を傾げるフォルティナちゃん。

 あれ、博識なフォルティナちゃんも、ミイラは知らないのかな?

 残念ながら解説している暇もないので、教えるのは次回にしておこう。


 俺は耀気動車から降りると、心配そうに見つめるフォルティナちゃんの頭を軽く触れて、手の平に伝わる感触の名残惜しさを振り切りながらスキル【聖域】と【黒翼】を無理やり発動させる。

 魔力の消耗が数倍ってレベルで激しくなるが、少しなら持つはずだ。


「では、また後で」


 ちょっとコンビニに出かける気軽さで、黒い翼を大きく羽ばたかせる。

 迫り来る甲殻球を引き付けるため、出来る限り目立つように、フォルティナちゃんたちの存在が夜闇に紛れてしまうように。


 そんな俺が心配することと言えば、ひとつだけだった。

 幼女神様の言う、少し苦労するっていうのは、どの程度なんだろうな……。

 もう現状でもギリギリで、事前に『アドバイス』がなければ、どうするのが正解なのか迷ったままだったかも知れないほどだ。


 これが、すでに少し苦労することに含まれているのか。

 それとも、これからが本当に苦労することになるのか。

 ちょっと王都に戻るのが怖くなってきた……もう帝国に帰りたいな。


 ……ミリアちゃんは元気にしているかな。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 作者さん、更新はお疲れ様です! あのプレイスという奴は迷惑な間抜けに見えますけど、奴と違って甲殻球の兵器は予想より遙かに高性能ですね。お見事な罠でした。。。 確かに、幼女神様のアドバイスが…
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