表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
そして布は幼女を護る  作者: モッチー
第4章「アーマード・布」
199/209

うげっ

「……ちっ、あの結界、堅すぎんだろ! チートかよ!」


 謎の球体が式典会場に落ち、王都を賊が荒らしまわる大騒動の最中。周辺の建物より一際高い鐘塔の頂上、その屋根に小柄な人影があった。

 名前はプレイス・T‐44という、スキル【人化】によって少女の姿をしたゲーム機のインテリジェンス・アイテムだ。


「こっちは『宵月喰らい』なんてやべーもん持ち出してるっつーのによ」


 プレイスの視線の先にあるのは【聖域】に阻まれている無数の甲殻球であり、それらを操作している彼女こそ、クロシュが懸念していたギニオスの仲間だ。

 そして予想通り、攻めあぐねている現状をどう打破すべきかと、イラついた様子で腕を組んでいる。


「仕方ねぇ。こうなったらザコどもに貸したわたしの戦車を呼び戻すか……」


 プレイスは目の前に浮かんでいたSF風味が強い、青白いフレームだけの操作盤を手で払うと、新たな操作盤を虚空から引っ張り出す。

 そこには様々な数値がグラフとなって表示されていたが、目を走らせたプレイスの機嫌はより悪くなった。


「はぁぁぁ? なんで減ってんだよ! あいつら本当にザコだな!」


 スキルで生み出した戦車の残存数の表示が、当初の半分になっていたのだ。

 つまり半数の戦車を破壊されたことを意味しており、せっかく補充したのに赤字になってしまいかねない状況にプレイスは歯ぎしりする。


「あの海賊どもマジで使えねーな! やる気あんのかよ!」


 実は戦車を貸していた相手とは海賊であり、その海賊とはクロシュたちが壊滅状態に追い込んだ残党である。

 本来ならザコに大事な戦車を貸すなどあり得なかったが、今のプレイスはギニオスに雇われて動く身だった。


 ギニオスの作戦では、街中で海賊の残党を暴れさせると同時に式典への攻撃を開始して、混乱の中でゼノンを連れ出した後、他の王家六勇者たちと、可能なら皇帝国の者たちを『宵月喰らい』で殺すという目論見だった。


 ところがプレイスが最初の一撃で皇女フォルティナの命を狙うも、何者かの結界によって阻まれてしまい、おまけに雇い主が捕らえられている。

 これでは肝心の依頼料も払われない可能性が高く、それどころか戦車隊を失ったとあっては収支マイナスであり、タダ働きですらない。


 こっそり結んでいた、海賊たちが奪った金品の半分を受け取る契約も、戦車隊が壊滅してしまえば足しにもならない。

 どちらにせよ海賊たちも無事では済まないため、得る物はなにもなく、やはり完全に赤字だろう。


「もうザコは死んどけ……問題は、あの捕まってるバカだな。あいつさえ取り返せれば最低でも依頼料を確保できる。どうせ隠し財産くらいあんだろーし……そのためにも、やっぱり結界をどうにかしねーと」


 憤慨しつつも頭は冷静に状況を分析するプレイス。

 これ以上は深入りすべきではないと損切りする考えもあったが、負けず嫌いの性格が邪魔をしてしまう。

 なによりプレイスには……まだ勝ち筋が見えていた。


「こうなりゃ『宵月喰らい』が完全に起動するギリギリまで……」

「ここで、なにをしているんだ?」

「うげっ」


 背後からかけられた声の正体に気付いて、プレイスは思わず呻く。

 振り返れば想像した通りの長い黒髪に、深紅の軍服を纏った少女……自身が所属している『黒の虹』のリーダーであるグラムリエルが訝しげに立っていた。

 射貫くような鋭い視線を前に、プレイスは口ごもる。


「どうしたプレイス? オレに答えられないようなことなのか?」

「い、いや、ここにはちょっとした用事があってだな……」

「お前の担当は覇王国だろう。あっちはどうなっている。そして、この騒ぎはいったいどういう意味だ?」


 彼女たち『黒の虹』は世界の破壊を掲げており、各地で暗躍している。

 それぞれ担当する国や地域も割り振られ、プレイスは勇王国ではなく、その西に位置する覇王国にいなければおかしい。


 実のところ前に一度だけプレイスが皇帝国へ出向いていた件をグラムリエルは把握しており、連絡を取ってみればなにかと理由をつけて切ってしまっていた。

 あまりにも怪しい動きを見せるため、直々に訪れたわけである。

 もし裏切っているのであれば、グラムリエルは決して容赦しないだろう。

 個人の戦闘能力で言えば、圧倒的なまでに差があるのだ。


 とはいえ今のところプレイスに裏切る気など微塵もない。

 ちょっと資金稼ぎを優先してしまっていた負い目こそあれど、与えられた役割をサボっていたわけではないと反論する。


「ま、待てよ、ちゃんと仕事はしてるっつーの!」

「ならば説明して貰おうか。なぜ覇王国ではなく、この勇王国にいる?」

「そりゃもちろん、こうすりゃ最後にはあっちの国が滅びるからだよ。今回の騒ぎだって、わたしが依頼を受けたのはギニオスとかいうアホだけど、その裏にいんのは覇王国のやつなんだぜ?」

「ふむ……続けろ」


 プレイスの話ではギニオスが遺跡から発掘された魔王の兵器『宵月喰らい』を入手し、それを起動するためのエネルギー源である七つの宝珠の確保に動き、操縦できる者を雇ったのは、すべて覇王国により仕組まれた流れだった。


 元より覇王国は侵略国家であり、虎視眈々と勇王国に攻め入る好機を窺っていたのだが、これまで勇王が率いる王家六勇者の尽力もあって阻まれていた。

 しかし王家没落を企む裏切り者、ギニオスとの繋がりを得て、状況は大きく動いてしまう。


 覇王国にとってギニオスの目的がなんだろうと関係がない。

 とにかく勇王国の地盤を揺るがす騒動さえ起こしてしまえば、そこを突いて外交手段に出るのも、武力に物を言わせて制圧するのも容易いのだから。

 今回の流れなら無事に『宵月喰らい』が王都で使用された場合、王家六勇者のひとりが乱心したとして喧伝する予定である。

 多くの民に被害が出ていれば、人道的な立場から救助するとして攻め入ることも視野に入れていた。

 どうあっても勇王国の混乱は避けられないだろう。


 その裏に気付かないからこそ、プレイスはギニオスをアホと称していた。

 かくいうプレイスも、偶然にも宝珠の確保から関わっていたために、それらの全貌を知ることができたに過ぎないのだが……。


「それに覇王国の間抜け共も笑えるぜ。あいつらは『宵月喰らい』を無差別に破壊して回る兵器としか見てなかったが、あれの本質は世界そのものを侵略しちまうっていうヤバい代物なんだよ」

「とても強力に思えるが……問題点があるんだな?」

「そりゃそうだ。侵略とは言ったけどよ、そいつは領土を奪うなんて生易しい話じゃねーからな。完全に起動すりゃ抵抗も降服すら許さずに、なにもかも滅ぼしちまってから、その土地を制圧するってわけだ」


 つまり『宵月喰らい』がもたらすのは、まっさらな地面だけであり、他にはなにも残らないという意味だった。

 世界の破壊を掲げる『黒の虹』は、破壊の先を求めているため、すべてを無に帰してしまう『宵月喰らい』の侵略は度が過ぎていた。


「ま、そうならねーようにエネルギーを抑えてあるんだけどな。本来ならわたしが操作する必要なんかねーんだが、下手すると『起動』するんだよなぁ。ギリギリまで性能を発揮すれば、あのクソ結界も破れそうだけどよ」


 と、ここまでの話を聞いたグラムリエルは、納得したように頷く。


「なるほど。つまりお前は覇王国が暗躍した証拠を掴んでいるわけか」


 それに対してプレイスは、にやりと笑って答えた。

 騒動が終わって『宵月喰らい』が停止したあと、プレイスは証拠を公表するつもりだった。

 エネルギー源の宝珠が覇王国を経由して持ち込まれた証明書や、ギニオスと接触した工作員なども確保してあり、すべてが覇王国の関与を示している。


 まさか覇王国も、計画の実態を把握している者が存在するなどと予想だにしていないだろう。

 ただしプレイスはプレイスで、どれだけ被害が出ようとも最終的に自分が利益を得られて、ついでに覇王国の滅亡に繋がればいい程度の腹である。

 勇王国にとっては迷惑この上ない話だった。


「とにかく、そんなわけだからよ」

「事情はわかった。だが、今回は少し相手が悪いようだな」

「はぁ? なに抜かして……」

「お前が相手にしているのは、あの聖女だ」


 その言葉にプレイスが即座に思い返したのは、商家連合国における報復だ。

 天から下される神罰の如く、光の奔流によって打ち砕かれた【傲慢】なる城。

 おかげで暗殺がやりやすくなったが、それを実行したのは皇帝国で聖女と崇められているインテリジェンス・アイテム……【魔導布】だと判明した時、迂闊に手を出すのは避けようと『黒の虹』内で一致していた。

 それほどまでに強力な一撃だったのだが、プレイスは別の理由から冷や汗を流して結界へ目を向ける。

 まさに、黄金の輝きが放たれる瞬間だった。


「や、やばいッ……!」


 その【極光】は狙い違わず甲殻球こと『宵月喰らい』のひとつを呑み込み、一見すると蒸発させしまったかのようだ。

 使用者も勘違いしたのか、放射したまま方向を変え、薙ぎ払うようにして次々と甲殻球を消し去っていく。


「分が悪そうだな……」

「悪いなんてもんじゃねえ最悪だ! このままじゃやべえ!」

「……なにを慌てている? ここで『宵月喰らい』を失おうと問題ないはずだ」


 明らかに様子がおかしいプレイスを前に、グラムリエルもなにかあると見て警戒する。


「食らってねーんだよ! 『宵月喰らい』は魔力攻撃を吸収すんだ!」


 必死の形相で甲殻球を並列操作し、隠しスラスターを起動させて【極光】を回避させるプレイス。

 まるで殺虫剤を吹きつけた羽虫のようだった。


 それでも避け切れずに【極光】が命中するのだが、実は衝撃に押されて凄まじい勢いで弾かれただけで、まったくダメージが通っていない。

 どころか、膨大な魔力を吸収している状態だ。

 もし甲殻球の近くにいたなら、不穏な鳴動の音が聞こえていただろう。


「このままだと……やばい!」

「さっきから同じ言葉ばかりで要領が掴めん。なにがヤバいというんだ?」

「奴が目覚めるッ!」


 そう言い切ったのと、プレイスの操作盤に『コントロール不能』の表示が浮かび上がるのは同時だった。

 もはや『宵月喰らい』はプレイスの指示を受け付けない……誰の命令も寄せ付けない。唯一、従わせられる存在は二百年ほど前に討伐されてしまったのだから。


 ――――ここに【怠惰】の魔王が遺した狂気のひとつ。

 伝承に語られる災厄『宵月喰らい』が真の意味で起動する。


「……ちっ!」


 即座にプレイスが反応して飛び退く。

 すると次の瞬間には、鐘塔の頂上が幾条もの光線によって貫かれ、次いで内側から爆破されたように崩壊してしまう。

 それだけに収まらず、光線の出元である甲殻球は無秩序に飛び回ると、王都のあちこちで同じような破壊活動を開始していた。

 建物が次々に焼かれ、人々は悲鳴をあげながら逃げ惑うしかない。


 落下している間にそうした状況を把握したプレイスは、着地するやいなや衝撃を無視した動きで再び跳躍し、その勢いのまま王都を弾丸のように駆け抜ける。

 向かう先は王都の外だった。


「どうするつもりだ?」


 涼しい顔をして追いついたグラムリエルに、プレイスは振り向かずに叫ぶ。


「もう無理だ! ああなっちまったら止められねえ!」

「なら、どこへ向かっている」

「ここにいると閉じ込められちまうんだよ! そうなった抵抗できねえ!」

「そうか……」


 グラムリエルは『宵月喰らい』の詳しい性能を知っているプレイスの言葉を信じて、自らも撤退することに決めた。

 元より自身の攻撃手段も、魔力弾による遠距離攻撃が主体だったため非常に相性が悪かった。プレイスが援護したとしても止めるのは無理だろう。

 そう判断した彼女の瞳には、混乱の最中で親とはぐれたのか、泣き叫ぶ子供が映されていた。


「……元より、オレたちの目的に犠牲が出るのは決まっていたことだ」


 吐き捨てるように言うと、最後に会場を覆っていた結界の輝きが甲殻球によって破られる光景を目にして、グラムリエルは王都から姿を消すのだった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

よろしければブックマークや、下の☆で評価お願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 作者さん、更新はお疲れ様です! 幼女神様が居れば精神的に余裕を保てますね〜 つもり、意外に実はギニオスは敵ですけど、多数派の勇者達の方が味方ですね。 そしてギニオスが下っ端なのは兎も角、背…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ