それじゃあ、やっちゃえー。
だいぶ遅くなりました。
護ってみせます! ……などとカッコよく決めてみたはいいものの、正直に言ってしまうと【聖域】では甲殻球ひとつ防ぐだけでもしんどい。
それが百個以上となると、ひょっとしたら俺のMPが尽きてしまうか、それ以前に【聖域】を突破される恐れがある。
しかし今さら対処法を考えている余裕もなかった。もう一分もしないうちに、空から爆撃のように甲殻球が降り注ぐのだから。
というわけで。
よんだー?
呼んでないけど呼びました。いま呼びました。
ぐっど、たいみんぐー。
たぶん呼んでいなくても来ると思ってましたけどね。
そうかなー?
割と絶体絶命……というほどでもないですけど、まあピンチなので。
どうだろー?
おや、幼女神様から見ればピンチですらないと?
つよいよー。
まあ幼女神様には誰も勝てないでしょうね。でも対処するの俺なんですよ。
にげるなー。
おっと、最終手段として逃げるのも手だと思っていたんですけど?
たたかえー。
となれば問題は手段ですね。
ちからが、ほしいかー。
なんか前にも似たようなことを言われた気がしますね。
でもひとつだけ思い付いたというか思い出したので、今はいらないかな。
そっかー。
まだ【融合】という奥の手を使っていませんでしたからね。
いつもはミリアちゃんと【融合】だったし、フォルティナちゃんは称号【魔導布の主】を持っていないから最終的なステータスは劣るかも知れないけど、この場を切り抜けるくらいゴリ押しできるはずですよ。
それで、いいのー?
その言い方だと他に正解があるように取れますね。
きめるのは、クロシュくん、だよー。
なんだろう……いつになく幼女神様が意味深だ。
どうするー?
と言われましても、そもそも他にどうすればいいのか思い付かないのですが。
ちからが、ほしいかー。
ああ、そこへ戻るワケですね。
もしかして、ここで俺のパワーアップイベントを挟まないと後悔する的な?
そうでも、ないかなー。
ないのかー。
ちょっとだけ、クロシュくんが、くろうする、かもー。
なるほど。俺が苦労するだけなら、このままでもいいかな……?
幼女神様のおかげでフォルティナちゃんや、ゼノンちゃんたちに危害が及ばないとわかっているので、俺は俺のやりたいようにできる。
いいのー?
あまり幼女神様に頼りっきりでは、信者として不甲斐ないですからね。
だったら、さいごに、あどばいすー。
謹聴しましょう。
まよわず、もどれ、それが、せいかい、だよー。
え、戻るのが正解なんですか?
まよった、ときに、おもいだしてねー。
よくわからないけど、迷うような場面が訪れるワケですか。
ときが、くれば、おもいだすー。
ちゃんと思い出せるように記憶しておかないとですね。
そんざい、しない、きおくー。
俺はお兄ちゃんだった……?
あるいは、いもにかいー。
パジャマパーティーですね。
んなぁー。
幼女神様はかわいいですね。
クロシュくん、いいちょうしー。
幼女神様のおかげですよ。
それじゃあ、やっちゃえー。
やっちゃいます!
という感じで、幼女神様とのお話を終える。
もし誰かが傍から見ていれば、のん気に話している余裕があるのかって不安になるところだが、まったく問題はない。
なぜなら幼女神様とお話している最中は、時間の流れが遅くなるからだ。
恐らくこのまま話続けて十年が経過したとしても、あの甲殻球が落ちることはないだろう。俺も動けないが。
ともあれ、この『神話領域』が存在するため慌てる必要もなく、俺は幼女神様と戯れながら打開策を模索できたワケである。
そうじゃなかったら、もうちょっと切羽詰まった状況だったよ。
〈フォルティナ、今から【融合】を使いますので驚かないでください〉
「な、なに? それはミリアが言っていた……わかった。必要なら聖女殿の好きなようにやってくれ」
もしやミリアちゃんから【融合】について聞いていたのだろうか?
それなら話が早くて助かる。
俺はすぐに【融合】を発動させて、フォルティナちゃんと同化した。
【クロティナ】
レベル:100
クラス:魔導布・融合体
ランク:☆☆☆☆☆☆(オリハルコン)
○能力値
HP:8000/8000
MP:11000/11000
○上昇値
HP:B
MP:A
攻撃力:C
防御力:C
魔法力:A
魔防力:A
思考力:D
加速力:C
運命力:B
ステータスを確認すると、やっぱりミリアちゃんの時よりも全体的に落ちているようだが、これでも十分だろう。
それにしても、また名前が安直だ。たしかミリアちゃんの時はクロシュとミリアでクロシュリアだったかな?
今度はクロシュとフォルティナでクロティナというワケだ。まあ名前は別にどうでもいいんだけど。
雑にくっ付けられた名前に反して、容姿はフォルティナちゃんのままだった。
いつものミラちゃんと違って視点が下がっているから少し戸惑うけど、ミリアちゃんと【融合】した時と大して変わらないし、すぐ慣れるだろう。
あと確認はできないが、たぶん瞳の色が黄金になっている気がする。ミリアちゃんの時もそうだったからね。
(これが融合とやらか……ミリアの言っていた通り、まるで聖女殿に包まれているというべきか、とてつもない安心感があるな。まったく身動きできないのに、それを恐怖どころか不快にすら感じないとは)
フォルティナちゃんの声が内側から響いて聞こえる。
「今は私が肉体の主導権を握っていますが、希望でしたらフォルティナに任せることもできますよ」
(私ではあれを止められる気がしないな。素直に聖女殿に任せるとしよう)
「ではお言葉に甘えて」
俺は【聖域】の効果範囲を周囲一キロまで拡大し、降り注ぐ甲殻球をすべて受け止める。見た目には王都の一角がドーム状の白銀に輝く膜に覆われる形で、会場の外も広範囲に渡って防げているはずだ。
ステータスが圧倒的に上がったおかげか、単身で受け止めた時のようなキツい感覚もない。これなら例え甲殻球が数千個も落ちて来たとしても耐えられる。
「ひとまずはこれで大丈夫そうですね」
(しかし聖女殿、根本的な解決にはならないだろう。あれらの正体と、処理の方法も考えなければ)
「数が多いのが厄介ですね。たぶん、かなり硬いでしょうし」
今はまだ【聖域】の上に乗っかっている状態だ。
すべて降ろしたら会場が穴だらけの玉だらけになってしまうだろうし、なにより数が多くて加減が難しい。
下手したら一斉に勢いよく落としてしまいそうだ。なんだかビー玉が穴に落ちないように転がして遊ぶおもちゃを思い出すな。
「まずは先に情報を吐かせてからにしましょう」
謎の甲殻球は【鑑定】でも正体が明らかになっていない。
ただ魔王の伝説に関係するのは間違いなさそうだ。
下手に攻撃するよりも、布で簀巻きになっているギニオスを尋問してから対策しておいたほうが無難だろう。
そう思っていたのだが……こちらへ駆けて来る集団に気付いた。武装からして衛兵だけど、先頭の四人には見覚えがある。
(あれは……王家六勇者ではないか?)
「敵の援軍ではなさそうですね」
一瞬だけギニオスを救出しに来たのかと警戒したが、一応あっちの派閥とこっちの派閥で敵対していたはずだ。
それが偽装だったとは思えないし、そんな様子でもない。
やがて舞台にまで上がると、こちらを警戒させないように配慮してなのか途中で立ち止まる。
「我々に敵対の意志はありません! そこの罪人を捕らえに来ました!」
勇者のひとりと思われる紫色の髪をした女性が、そう呼びかけてくる。
属性もあってか、どことなく雰囲気は【幻狼】のアルメシアに似ていた。
(王家六勇者のセリエル殿だな。隣にいるのはアグランジェ殿、ゴルベート殿、モルグリート殿だ。ギニオスの『忠臣派』と対立する『革新派』が揃っているな)
すごい。さすがフォルティナちゃんだ。全員の名前を覚えている。
一方、俺はどう答えるかで少し悩んでいると、フォルティナちゃんから代わって欲しいと頼まれたので大人しく引っ込む。
スキルの【聖域】は肉体の主導権とは関係なく維持できるから問題ない。
「罪人とは、このギニオスのことで相違ないな?」
「間違いありません。その男はフォルティナ殿下を害そうとしたのですから。実は先ほどから見張っていたのですが、この騒動の元凶であると確信しました」
「なるほど……その様子では、以前から疑っていたようだな」
どういうことか、こっそりフォルティナちゃんに聞いてみる。
するとギニオスは初めから『革新派』の王家六勇者から睨まれていながら、今まで尻尾を出さなかったようだ。
表向きは派閥争いで反発していたが、その実態は裏切り者が暗躍するのを阻みながら、証拠を掴むために調査していたらしい。
「ゼノン殿下、フォルティナ殿下。ギニオスの策略に阻まれ駆け付けるのが遅れて申し訳ありません。改めまして、私は王家六勇者がひとり、セリエル・マグ・ヌス・アルカイオスです」
「ああ、こちらも派閥争いと聞かされていたからな。新たな王を擁立するとも」
「ギニオスの真意が不明でしたので、我々が対立に動いて牽制し――――」
「ならば、これを機に動いたのは――――」
などなど、フォルティナちゃんと『革新派』の王家六勇者が話し始めてしまったので、あまり興味がない俺は最初に落ちた甲殻球を警戒していた。
変形したままで未だに動く気配がないため、もはやオブジェと化している。
とはいえ急に動き出されても面倒だし、さっさとギニオスを尋問したいところなんだけど……やっぱり勝手に動くのはマズいか。
なにせギニオスの罪は確定的だが、王家六勇者という立場があるからな。罪人とはいえ扱いには色々と取り決めもあるだろう。
こういう時、国家間のしがらみっていうのは面倒だ。
まあ観客の避難誘導も始まっているみたいだし、差し迫った脅威もない。
話が終わるまでは警戒を続けて待つとしよう。
十分ほどして、ようやく話がまとまりつつあった。
朧気ながら聞いていた感じだと、ギニオスが言っていた街で賊が暴れているという話は本当だったそうだが、そっちはファノアを筆頭としたアイギス勇士団という勇王の近衛兵の活躍によって、すでに収まりつつあるようだ。
なぜ近衛が騒動の鎮圧に動いているのか謎だったが、それもギニオスの指示があったらしく、ファノアも知らずに手の平の上で躍らされているらしい。
つまり本来ならファノアとアイギス勇士団がゼノンちゃんの保護に来るはずだったのに、横からギニオスが割り込んだワケだ。
今さらセリエルたちが駆け付けたのも、諸々の対応に追われてギニオスが動いたのに気付くのが遅れてしまったのが原因らしい。
というワケで、とにかくすべてギニオスの暗躍が元凶であり、言い逃れできないほどにギニオスが悪いと確定したのである。
そんなの俺たちからしたら今さらだが、情報共有は大事だ。
そして現在、喋れる程度に拘束を解いて尋問の真っ最中である。
「おいギニオス、なにが目的でこんなことをした?」
「…………」
同じ王家六勇者のセリエルの問いにも、ギニオスは口を閉ざしていた。
その態度は、話すことなどないと言わんばかりだ。
ちなみに俺たち……というかフォルティナちゃんとゼノンちゃんは避難するように言われたけど、なにかあったら俺がいないと対処できないし、そうなると装備者であるフォルティナちゃんが必要だし、するとゼノンちゃんも一緒にいたいと言うので、結局みんな揃っている。
まあ俺の近くが一番安全だからね!
念のため皇帝国の外交官は先に避難させてあるけど、護衛騎士たちはどうしてもフォルティナちゃんを守るため残ると言って聞かなかった。
そこまでの忠誠心を示されたら俺から口出しする気もないし、フォルティナちゃんも認めたので後方に控えている。
今はどこでも【聖域】内だし、なにかあっても平気だろう。
〈フォルティナ、あの大きな玉を誰が操作しているのかお願いします〉
甲殻球が変形したのはギニオスの指示があったからだと思うが、それ以降まったく動きが見られない。
単にギニオスの声に反応するのかと思えば、当のギニオスは口を自由にされても指示を出す気配がない。観念したようでもなさそうだ。
そこで別の可能性として、操作しているのはギニオスではなく他の誰かで、今もこちらの様子を観察し、タイミングを窺っているとしたらどうだろう。
もしかしたら俺の【聖域】のせいで、どう攻めるか悩んでいるのでは?
ギニオスとしても、下手に情報を渡して操作している仲間が掴まってしまうよりも黙秘を続けて、救出を待つのが得策と考えたか。
「ギニオスよ、あれを操作しているのは誰だ? お前ではないだろう?」
「…………」
やっぱり答える気はなさそうだ。
このままだと埒が明かないし……やってみるか。
〈フォルティナ、こうなったら今も宙に留まっているあれらを先に排除します〉
「……可能なのか? 聖女殿」
〈少し派手で荒っぽいので避けたかったのですが、時間が経つほど不利になる気がしますので〉
「わかった。皆には私から説明しておこう」
俺の意図を汲んでくれたフォルティナちゃんが、王家六勇者の面々に俺という切り札について話している間、スキルを確認する。
やはり俺のスキルで攻撃に使えそうなのは少ない。せいぜい【変形】や【魔力放出】に【水魔法・中級】くらいだろう。
ただ、どれも遠い上空の甲殻球が相手では通用しそうにない。
未だに頼るのは、ちょっと癪だが仕方ない……【極光】で撃ち落とそう。
それも商家連合の時とは違って【融合】状態での発動だ。
正直、どれほどの威力になるのか今から恐ろしいが、確実に甲殻球の装甲を貫けるなら躊躇ったりはしないぞ。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
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