おまえはだれだ
「お前はなにを企んでいる?」
いきなり直球で問い詰めるフォルティナちゃんを前に、真顔のギニオスは答えないまま、視線だけをちらりとゼノンちゃんへ向けた。
……距離を確認したのか?
一方でゼノンちゃんは頭の上にハテナマークを浮かべている。
とりあえず、そのままじっとしていてね。
なにせギニオスからの敵意に【察知】が全力で反応しているんだ。
できれば、こっちの動きに集中したい。
そもそもギニオスは最初から敵意を俺たちに向けていた。
ただ、それは【察知】の仕様上どうしても軽いものと、重いものも等しく感知してしまうので、ちょっと気に食わないとか、言葉だけで実際には危害を加えない文句のような場合もある。
だから警戒に留めて様子見していたんだけど……今は違う。
フォルティナちゃんに向けているのは、完全な殺意にまで強まっていた。
どうやらフォルティナちゃんは痛いところを突いたようだ。
今にも襲いかかって来そうで、ちょっと緊張する。
こうなるなら式典前に教えてくれていれば心の準備もできたのに……と思ったけど、さっきのやり取りからすると、もしかしたら確信がなかったのかも。
「どうしたギニオス殿? まさかフォルティナ殿だけ無理やり連れて行こうなどと考えてはいないだろうな。先に行っておくが私を甘く見て貰っては困るぞ」
ギニオスへの疑いを強めたのか、フォルティナちゃんは普段以上に強気で挑発的だった。
俺はさっき言われた言葉を思い出す。
『聖女殿、ゼノン殿を頼む』
この状況なので短い言葉だったけど、そこに込められた意志は伝わっている。
要するに、この追及でギニオスがなんらかの強硬手段に出るかもしれないと踏んでいたのだろう。
まあ言われるまでもなく、ゼノンちゃんへ向けて布槍を伸ばしているけどね。
スキル【迷彩】で一部だけ透明化させて、しかも床を這わせているから誰も気付いていないはずだ。
触れてさえいれば【近距離転移】で一緒に逃げることも簡単だし、別の布槍も伸ばしているからギニオスの捕縛だってできる。
むしろ警戒すべきは、予想外のところから邪魔が入らないかだろう。
会場は依然として混乱に満ちており、式典を続けるのか中断するのかも曖昧で、勇王国側が手配した警備は集まった民衆が暴走しないよう抑えるのに手一杯だ。
さっきまで収めようとしていた進行役の老人も舞台上から去っている。
手に余ると判断したのか、ギニオスが現れたので後を任せようとしたのかは不明だが、余計な手出しをされたくなかったので好都合だ。
帝国側の騎士たちも、まだ状況が掴めていないらしい。
いざとなったら、こっちはこっちで逃げるなり隠れるなりするから、その時は騎士たちも撤退するように伝えてある。放っておいて大丈夫だろう。
とりあえず、俺たちに近付こうとする者はいないので安心する。
他に問題があるとすれば……まだギニオスの目的が不明なところか。
ここでゼノンちゃんを連れ出して、いったいどうするつもりだったんだ?
たぶんフォルティナちゃんは理解しているんだろうけど、俺はなんとなく推測しかできないので、ここは黙って見ていよう。
「さて、急になんの話でしょうか? 突然のことで驚きましたが、どうもフォルティナ殿下は誤解をされているようだ」
いっそフォルティナちゃんの挑発に乗ったギニオスが、逆上してくれたら手っ取り早く拘束できたんだけど、案の定というべきか冷静だな。
ギニオスがどれだけ不審でも 証拠もなし手は出せないだろう。
だが、それを見越していたのか我らがフォルティナちゃんは怯む様子もなく、さらに挑発めいた追及を続ける。
「ほう、誤解とは……ならば海賊の件はどうだ?」
「どうと申されますと?」
「あれだけ大きな船は勇王国でも、容易く入手できるものではないそうだな。それを賊が三隻も所有していたのは奇妙だろう」
言われてみればリヴァイアがあっさり二隻を沈めて、一隻を拿捕したけど、普通なら大型船に囲まれてしまい窮地だっただろう。
「また皇帝国の船を待ち伏せていた件も併せて考えれば、機密情報を入手できる大きな後ろ盾……王家六勇者ほどの大物がいなければ辻褄が合わないな」
「ですから、それはお恥ずかしい話ながら革新派の仕業ですと以前にも……」
「そういえばギニオス殿は、この国の防衛や治安維持を担う役職だとか」
反論させまいとフォルティナちゃんが言葉を被せて、滔々と述べていく。
「賊の情報を集めるのも、そして意図的に隠し、操るのも難しくない立場だ。我々からすれば最も疑って然るべき立場だろう……おや、そうなると革新派だけではなく、忠臣派も味方とは言えないのではないか? 少なくとも私はそう考えたよ」
なんとフォルティナちゃんは、ギニオスと会話した時からすでに怪しいと疑っていたらしい。
「そう考えれば、ゼノン殿の言動にも説明がつく。少々言い辛いが、次期勇王にしては浅慮すぎるからな。だがそれは意図して物事を教えられず、誤った価値観を吹き込まれていたなら頷ける。最初の妙な口調も、聞けばギニオス殿が発端だったらしいからな」
えっ、あのゼノンちゃんの次期勇王に相応しい振舞いと言っていた話し方もギニオスのせいだったの?
というか、いつの間にそこまで調べていたんだろうフォルティナちゃん。
俺がちゃんと聞いていなかっただけか……。
「ついでにファノア殿の事情も聞いたが、先代が亡くなってから若くして王家六勇者に就任したそうだな。なかなか素直そうな性格で、私から見ても御しやすいと思ったものだ……そういえばファノア殿の姿が見えないな。ゼノン殿の前に駆け付けるなら、役職的に彼女が先ではないか?」
「ファノアは先ほども言いましたように、街で賊どもが暴れているので討伐に向かわせました」
いや、それは変じゃないか?
俺が気付いたのだから、もちろんフォルティナちゃんも不審な点を突く。
「ゼノン殿の近衛がファノア殿の役割で、ギニオス殿は国の治安維持や防衛こそ本分だったと記憶しているが……記憶違いだったか?」
「それは――――」
「ああ、いやもう答える必要はない。私の眼に答えが視えたからな」
気付けばフォルティナちゃんの翠色の瞳が、右眼だけ金色に輝いている。
相手との心の距離を測れるスキル【心理眼】を使っているようだ。
これによってフォルティナちゃんは誰が味方で、誰が敵なのかを判別できるワケなのだが、後で聞いたら【察知】と同じで細かい心までは読めないらしい。
だからギニオスが内心では皇帝国を嫌っている、というだけの可能性も否定できなかった。
そこで真意を探るのがフォルティナちゃんの目的だったようだが、どうやら重なる追求によって彼女にしか見えないなにかが視えたようだ。
結果……やっぱりギニオスは敵だと判断したらしい。
「まあ、どうであれ私はゼノン殿から離れるつもりはない。なにを企んでいるのかは知らないが観念することだな」
「そうですか……クッ、クククククッ!」
唐突に体を震わせながら、不気味な笑みを浮かべるギニオス。
明らかに様子がおかしいというか、ちょっと気持ち悪いほどだ。
これにはフォルティナちゃんも顔をしかめながら、さり気なくゼノンちゃんの傍に近寄って庇うように立つ。
「ぎ、ギニオス……?」
さすがにゼノンちゃんも異常を察したのか、不安そうに呼びかけるがギニオスは意に介さない。まるで興味などないかのようだ。
「いやいや、聡明とは聞いていましたが、ここまでとは思いませんでしたよ」
「ふむ……もっと足掻くかと予想していたのだが、本当に諦めるとはこちらも思わなかったぞ。それで、すべてを白状する気はあるのか?」
「白状ぅ? ククククッ、フォルティナ殿下は誤解されているようだ」
さっきと同じ言葉を慇懃無礼に繰り返したギニオス。
たしかに諦めた様子ではない……むしろ、まるで余裕の態度だ。
「少し欲張りすぎましたからな、元々の計画に戻すだけです」
「計画だと?」
「知る必要はないでしょう。なぜなら……お前たちは消えるのだからな」
反射的に、俺は甲殻球へと【鑑定】を飛ばした。
なぜか単なる砲弾かなにかだと思い込んでいたが……こいつ、動くぞ!
【?????????=???????】
この情報は秘匿されています。
この情報は秘匿されています。
この情報は秘匿されています。
この情報は秘匿されています。
この情報は秘匿されています。
この情報は秘匿されています。
この情報は秘匿されています。
この情報は秘匿おまえはだれだ。
……あれぇー!?
なんかまったく【鑑定】できないし、表示もバグっているんですけど?
と、とりあえず置いといて怖いから【聖域】を全力で展開しとこう……。
甲殻球は纏っていた甲殻プレートが重低音を鳴らしながらスライドして、内側から湾曲した鋭いカギ爪が突き出てきた。
その数は四本……それも四方から地面へ向けて伸ばし、本体の甲殻球を持ち上げる形になっている。
もしかして、これは足なのか?
ゆっくりとカニみたいな足を動かして、獲物を探すように回転する甲殻球。
やがて俺たちに赤い光点が向けられたところで、ぴたりと動きを止める。
いきなり襲いかかって来るワケではないようだが……油断はできない。
甲殻球の正体は見た目からして兵器というか、恐らくロボットのようなものだったのだろう。
俺も驚いたけど、フォルティナちゃんたちは俺以上にびっくりしていた。ぽかんと見ているだけで他に気を配る余裕もなさそうだ。
唯一、ギニオスだけは余裕の笑みでのんびりと眺めている。
よほど自信があるのか……ともかく、こいつが元凶なのは間違いない。
今なら布槍で捕まえられそうだけど、完全に【鑑定】を弾く甲殻球がどう反応するのかわからない。
いきなり爆発はしないと信じたいが間違いなくヤバいことだけはわかる。
それに最優先すべきはフォルティナちゃんと、ゼノンちゃんの安全である。
極論を言えば、こんな奴ら放っといて逃げればいいからね。
……なんて楽観視していたのがフラグとなったのだろうか。
甲殻球を見上げていた俺の視界に、現実逃避したくなる物が映ってしまう。
〈あー、フォルティナ、これは、ちょっとヤバいですよ……〉
「……うん? せ、聖女殿でも対処できないのか?」
俺の【念話】でようやく我に返ったフォルティナちゃんに、よく空を見るように伝えると、ほとんど俺と同じ心境へ至ったようだ。
さっきまで晴れていた青空は、雲に覆われて薄暗くなっている。
その雲を突き抜けて飛来するのは、いくつもの黒い点。
俺たちの目の前にある甲殻球と、同じと思われる物体が流星群の如く降り注ごうとしている……そんな光景が広がっていた。
パッと見で十や二十ではない。百以上が確認できる。
雲の上から降っているのだとしたら、後続はもっと多いかも知れない。
「クククッ、ハァーッハッハッハッ! 今さら気付いたところで手遅れだ。予定は狂ってしまったが、あれを止められるものなど存在しないのだからな」
止められるものなら止めてみろと言うかのようにギニオスは嘲笑う。
ここにいたら、こいつも潰されて死ぬと思うんだけど……なにか回避方法でもあるのか?
「貴様……いったい、なにを」
「ぎ、ギニオス、なんなのあれ!?」
「ゼノン殿、危ないから下がっているんだ!」
まだゼノンちゃんはギニオスが味方だと信じたいのか、フォルティナちゃんに抑えられていなかったら駆け寄っていそうだ。
「いやいや構わないとも。教えたところで支障などない。あれがなにかゼノン様に教えて差し上げましょう……と言いたいところだが、教えるまでもなく知っているはずだがな」
「え……わたしが知ってる?」
「あれこそ魔王の残した災厄のひとつ……『宵月喰らい』の断片だ!」
ギニオスから明かされた甲殻球の正体に、ゼノンちゃんとフォルティナちゃんは言葉を失ったようだ。
その名前には、俺も覚えがある。
たしかゼノンちゃんが話してくれた昔話に登場する、かつて勇王国を襲った魔王の配下だったはず。
断片というのは……本体ではない、という意味だろうか。
それにしても、また魔王か……。
やたらと縁があるが、こうして明確に敵対するのは初めてだろうか?
魔王そのものと比べたら格落ち感はあるけど、こっちだって【強欲】の魔王の見習いみたいなものだ。
格としては同等だろう。たぶん。そうであって欲しい。
とりあえず、なんかムカつくからギニオスは拘束しとこう。
「な、なんだこの布は!? やめっ、私を助けろヨルむぐぐっ……!」
全身を布槍でぐるぐる巻きにして、ついでに口も塞いでしまう。
感覚がないとはいえ、俺の本体でおっさんに触れたままなのは非常に気持ち悪いので、さっさと布槍を切っておく。
ただの頑丈な布に戻るけど、キツく縛ったから自力で脱出は不可能だろう。
そうしてギニオスを地面に転がしても、目の前の甲殻球が動く気配はない。
口で指示を出さないと反応しないのか?
もしくはコントローラーを隠し持っているのかも知れないけど、少なくともテレパシー的なもので動かせるワケではなさそうだ。
……そもそも本当に操れているのかも怪しいが、疑いだしたらキリがない。
動かないなら、まず先に対処するのは空のほうだ。
「聖女殿、どうするつもりだ?」
〈あれを防ぎます〉
「……できるのか?」
〈できなければ、私はフォルティナとゼノンだけ連れて逃げますよ〉
「それしか、方法はないのかっ……」
俺たちが無事でも、この会場にいる人たちは死ぬ。確実に。
いや、会場どころか勇王国のあちこちに大きな被害が出るのは明白だろう。
それでも皇女と王女、二人の身の安全を最優先すべきなのは、たぶん誰よりも理解しているからこそ、フォルティナちゃんは無力な自分を嘆いていた。
その隣ではゼノンちゃんが、無言のまま降り注ぐ流星群を見つめていた。
憂いに満ちた横顔は、今にも涙を流しそうなほど健気で悲痛だ。
もしもギニオスの発言がすべて事実なら、これから行われるのは伝説に残る災厄の再現である。
前勇王である父を継いで、立派な王になりたいと語ったゼノンちゃんの幼い夢を無残に砕き、笑顔を奪ってしまう極悪非道の所業だ。
――――二人の幼女が笑顔を曇らせている。
だったら俺のやることは、たったひとつしかないだろう。
「聖女殿、私は頼むことしかできない……だから、頼む」
〈ええ、任せてください。私がすべて護ってみせます!〉




