こちらで勝手に動くから構うな
ミリアがプラチナからの連絡を受けていた同時刻。
通称『聖女の村』にある村長邸の執務室では、両手に黄金のガントレットを装着した金髪美少年ことルーゲインが、一枚の資料を手に唸っていた。
「むむっ、やはりこれは早めに報せておくべきでしょうか……」
「どうしたんだルーゲイン? そんなに変な顔して」
そこで部屋に入って来たのは黄色い全身鎧の男……ゲンブだ。
いきなりノックもなしに入室する辺りから、二人は気が置けない親密な間柄だと窺わせる。
事実、かなり仲の良い二人だが、それも間にクロシュという人物が収まっているが大きな理由のひとつだろう。
そしてルーゲインがここまで悩むのは、クロシュが関わっている場合が多いのだと、経験上ゲンブは察していた。
「ああ、ゲンブさんですか。実は以前にクロシュさんから頼まれていた情報が入りまして……」
「情報?」
「この人物についてです」
ゲンブが受け取った資料には写真のように精密なイラストが添えられていた。
どこかの街並みの雑踏に紛れて、ずいぶんと奇抜な格好をした少女の横顔が小さく確認できる。
「名前はプレイス。冒険者ではありませんが、なんらかの目的を持っているようで世界各地から目撃情報が集まりました」
「ひょっとして、この子も……?」
この世界の交通事情は、国を越えるにも一苦労するほどで、世界各地を移動するとなれば長旅が当たり前だ。
見かけ少女のプレイスが、それを単独で行えるとはゲンブには思えない。
となれば、残る可能性は特殊なスキルを持った存在……つまり自分たちと同じインテリジェンス・アイテムである。
「クロシュさんも、それを探りたいようでしたが残念ながら確証はありません。ただ転生者であることは、ほぼ間違いなさそうです」
「どうしてだ?」
「彼女と接触した者の話では、性格こそ幼稚なものの外見通りの年齢ではありえない考え方をする、とのことです。要するに精神的に熟成しているわけですね」
「なるほど……それで、クロシュが気にするってことは敵なのか?」
「その可能性はあるようですね。未知のスキルを持っているとすれば、警戒して損はないでしょうし」
そこでゲンブは再び手にした資料に視線を落とす。
ほとんどは各地での目撃情報ばかりだったが、特記事項として戦闘スタイルについて記されていた。
詳細不明と前置きされながら敵対者を異空間に引きずり込み、なんらかの攻撃によって戦闘不能に追い込んでいた、という話だ。
「異空間ってなんだ?」
「さて、まったく見当も付きませんが、危険であることは間違いないでしょう。なにより最後の目撃情報は、勇王国へ向かう姿ですからね」
「あ、本当だ! だったらすぐに伝えたほうがいいんじゃないか?」
「もちろん僕もそう思いました。そして先ほどから何度も【光念話】で連絡を試みているのですが……」
世界中のどこへでも瞬時に繋がり通話が可能なスキルだが、それが通じない事例は過去にも一度だけあった。
それはクロシュがミリアと共に、フォルティナにカードでの決闘を挑み、魔道具の結界内に取り込まれた時だ。
さすがに、それだけで異常事態だと判断するには早計だろうと、ルーゲインは勇王国に滞在している知人への連絡を試すも……。
「こっちも繋がらない? クロシュさんだけならともかく、これはどういうことでしょうか……」
ルーゲインが連絡を取ろうとした知人は勇王国の王都にいた。そしてクロシュもまた王都にいる頃だと予想する。
この時、すでに式典が始まっているためルーゲインの推測は間違いない。
「ということは王都全体でなにか異変が……!?」
「ルーゲイン、行くのか?」
「まだ情報が足りませんが、そうですね。すぐに動けるよう準備してください。その間に僕は、勇王国の近くにいる者と連絡が取れるか確認してみます」
「わかった! 他のやつらも呼んでくる!」
一気に慌ただしくなり、同時に緊迫感が室内に漂い始める。
本来ならば、状況によっては応援に駆け付けるか判断するところだが、その状況が一切不明というのはルーゲインにも予想外だ。
となれば、それ自体が駆け付けるべき異常事態だと判断したのは言うまでもないだろう。
この後、ルーゲインを初めとしてゲンブ、ヴァイス、クレハ、ジンの五人は勇王国へと向かって飛び立つことになる。
そこに【幻狼】アルメシアの姿はなかった。ゲンブが連絡をしたものの『こちらで勝手に動くから構うな』と素っ気ない返事をされたからだ。
いったいアルメシアはなにをしているのか、勇王国でなにが起きたのか。
すべてが明らかになるのは、舞台に役者が揃った時だろう。
――――時は遡り、勇王国で式典が始まる数日ほど前。
どこかの光も差さない地下深く、淀んだ空気が渦巻く古びた岩窟に、ひとりの男が佇んでいた。
その男は壁に手をかける。ごつごつとした天然の岩肌ではなく、その壁一面だけがつるつるとした黒い金属で構成されており、表面にはくぼみも見られる。
くぼみの数は七つ。ちょうど手の平サイズの球が嵌まる大きさだ。
「いよいよだ。この時がやってきた……!」
低く唸るように男が言うと、懐から球を取り出す。
そしてくぼみへと球をひとつ、またひとつ、そこが本来あるべき場所だったかのように、自然な手つきで押し込んでいく。
やがて最後のひとつが収められた時、黒い金属の壁に変化が生じた。
薄っすらと走る溝を赤い光点が忙しなく流動し、さながら夜空に降る星々を思わせる。
「これで、これで我が一族の悲願は、祖国は……ク、クククククッ!」
狂喜の笑みが男の顔に浮かぶと、黒い金属壁から不気味な音が響く。
その鳴動が徐々に大きくなるに連れて、男の狂喜と笑みも深まる。
まるで共鳴する男と黒い金属壁。酷く醜い悪意が溢れ出し、岩窟そのものを震わせる。がらがらと崩落が始まる中でも男は笑い続けた。
――――そして舞台は整った。あとは役者を待つのみだ。
次回からようやく本編が進みます。
遅くなってすみません。




