なにがあったんですか?
とても遅くなりました。
あと今回は短いです。
予定だと倍くらいの長さで投稿するつもりでしたが分割します。
ついに貿易同盟が正式に締結される日。
勇王国で式典を行っている頃……皇帝国にあるエルドハートの屋敷では、いつも通りの静かな昼下がりを迎えていた。
クロシュたちが出立してから、これといった問題も起きておらず、まったくもって平穏そのものだ。
以前までは、その中庭に場違いな全長四メートルの人型兵器【レギンレイヴ】が鎮座し、ミリアが小さな体で弄り回していたが、現在そこには人型兵器どころか人の気配すらなく、ただ真っ白な雪のドームが入口をぽっかりと開けている。
別名『かまくら』とも呼ばれるドームは、外から窺うと高さ二メートルほどで奥行きは四メートルほど。大人が数人も入れば、窮屈になってしまう程度の広さにしか見えないだろう。
おまけに、かまくら内の中央には狼の氷像が設置されており、それは精巧な造りで非常に美しいものの、はっきり言って邪魔である。
なにより奇妙なことに、帝都はアーティファクトによって雪が降らないため、周囲に雪が積もっているわけでもなければ、外から運び入れたわけでもない。
では、なぜエルドハート家の屋敷に、かまくらが作られているのか?
実のところ、この『かまくら』は見た目通りのドームではなく、異空間へと通じるゲートの役割を持っていた。
起動条件である氷像に触れて転移すると、移動先も『かまくら』の中だが、外の景色は一変しており、見渡す限りの雪原が広がるのだ。
曇天の下に雪が止むことなく降り続け、どこまで行っても果てはなく、ひたすら続く冷たい銀世界……。
それがアルメシアの持つEXスキル【かまくら】の能力である。
そして姿のなかった【レギンレイヴ】は現在、この銀世界で空を駆けていた。
ミリアからの依頼でパイロットスーツを開発したアルメシアは、起動実験する場に困っていた彼女のために、この【かまくら】を提供したのだ。
雪と氷だけの世界では、誰に見られる心配も、迷惑をかける杞憂もない。
備え持った性能を思う存分に発揮して、雪煙を巻き散らしながら最高速度、旋回性能、武装の試射を行い、それらのデータを取っていく。
やがて白い大地に二本の足で着陸すると腹部のハッチが開き、スーツを身に着けたミリアが操縦席から降りた。
ちなみにスーツはミリアの要望で何度か改良が施され、デザインもアルメシアの閃きから微妙に変化している。
全身にぴっちりと吸い付く黒のスーツは同じだが、各部にプロテクターが装着されるようになり、幾分かボディラインの露出は減っていた。
ただし装着箇所によって水着のように見えてしまい、これはこれで微妙に恥ずかしく感じてしまうミリアである。
「調子はどうだ?」
「そうですね……さすがにフルスロットルで動き続けると反動に耐えられそうにありませんが、通常起動であれば問題なさそうです」
「ならば、まだ及第点ということか」
ミリアの感想を聞き、アルメシアもメモを書き込む。
機能を全開で使えなければ兵器としては欠点であるため、反動を軽減するスーツの新たな改良案を考えているのだ。
「いえ、ひとまず動かせるようになりましたから、あとは戦闘行動を負荷が軽いパターンで組めば、今のままでも十分に戦えるはずです」
ひとまずミリアは、納得できるところまで到達できたと考える。
初めはまともに動かすことすら不可能だったのだから、完璧ではないが大きな進歩と言えるだろう。
一方で完璧主義の気があるアルメシアは、まだまだ満足していないが、スーツを改良するだけでは限界が見えていたのも事実だ。
クライアント側が納得しているのであれば、一応の完成とするのも仕方ない。
そもそもミリアがクロシュを装備すれば、それらの課題は容易くクリアできるのだが、常にクロシュが傍にいるとは限らない。
現に勇王国へ向かったクロシュとは、離れ離れになっている。
だからこそ、ミリアは自分だけでも戦える手段を用意し……引いては、クロシュのパートナーとして相応しくあろうとするのだ。
「ありがとうございました、アルメシアさん。今日はここまでに……?」
――――ビー、ビー、ビー、ビー。
起動実験を終わりにしようとするミリアの言葉を遮って、レギンレイヴから電子音が鳴り響いた。
聞き慣れない音にミリアは戸惑うも、アルメシアはなんらかのアラームか、警告音だろうと見当が付いたため、落ち着くようミリアに伝える。
「レギンレイヴから、ですよね?」
「とりあえず乗ってみるべきだろう。お主になら操作方法もわかるだろう?」
「ほとんど手探りで、半分は直感ですけど……」
操縦法がシンプルな設計だったからこそ、上手く扱えていたようなものだ。
特に操縦席の正面に配置されたモニタには、なぜか様々な説明文が図入りで表示されるため、初心者に優しい仕様になっている。
とにかく言われた通り、再びレギンレイヴへ搭乗したミリアは点滅するモニタの表示を確認し、やがて通信システムの呼び出しだと気付いた。
遠方にいる相手と会話できる魔道具は、存在こそ知っていたものの、まさかレギンレイヴに搭載されているとは思いもせず、同時に誰が呼びかけているのかと首を傾げる。
つまりは相手も同等の通信装置を有しているわけで……そこでひとりの人物に思い至り、モニタのパネルにそっと手を触れさせた。
『――――通信開始します。こちらはアマト魔王国軍所属、管理用魔導機巧人プラチナム:認識番号α‐13です。応答願います』
「やっぱりプラチナさん!」
永年凍土の遺跡で出会った管理人の少女の姿がモニタに映し出される。
まさにレギンレイヴを借り受けた相手であり、通信設備があっても不思議ではなかった。
『あなたは、魔導キーの所有者ミリアですね?』
「そ、そうですけど……プラチナさん、急にどうしたんですか?」
『緊急事態につき、全機体へ可能な限り招集要請を出しています』
「招集?」
『遥か南に位置する聖王国と呼ばれる地域にて、重大な処理案件が発生しました』
「えっと、聖王国って昔の勇王国のことですよね……」
ただ事ではない様子にミリアの表情が引き締まる。
そして、なによりも勇王国には大切な二人が滞在しているのだ。
「なにがあったんですか?」
『わたくしたちの、かつての同胞が目覚めました』
プラチナは【怠惰】の魔王に仕えている。
その同胞とは、つまりは魔王の軍勢を意味していることに気付いたミリアが、プラチナから詳細を聞き出すのは自然の流れだろう。
それは同時に、プラチナが意図した通りでもあるのだった。




