すごくすごいです!
ゼノンちゃんは翌日も、その翌日も遊びにやって来た。
もうすぐ式典なのに余裕あるなぁと思っていたけど、どうやらゼノンちゃんは特にすることがないらしい。次期勇王なのに。
まあ、まだ幼いし、身内に敵がいる状況で下手に動くとかえって危ないから、逆になにもしなければ手出しする隙を与えないとかなんとか。
その道のプロであるフォルティナ先生ちゃんのお言葉なので間違いない。
城を抜け出して遊びに来ているのも徹底的に隠しているので、むしろお城にいるより安全かも知れないと護衛のファノアも認めている。
なによりゼノンちゃん本人が楽しそうだし、良いことずくめだね。
「フォルティナさま! 城下町では屋台が出ているそうなんですよ! すごいですね! ところで屋台ってなんでしょう?」
「知らないで喜んでいたのか……一言で説明すれば露店だな。祝い事の時によく見かける。たしか商人だけに限らず申請すれば誰でも出せて、多くの民が小遣い稼ぎをするのだったか」
「さすがフォルティナさまです! 詳しいです!」
「このくらいはな。皇帝国とこちらで違いもあるだろうが、ここ数日の感覚からすると大きく違ってはいないはずだ」
すっかりフォルティナちゃんも、ゼノンちゃんの相手に慣れたようだ。
昨日なんて雑談に興じながら、さらりと王家六勇者について聞き出していた。
特に護衛のファノアと、前に話したギニオスとは、どういう関係だとか、これまでの行動などなど。敵対しているという四人の勇者より詳しく調べている。
どうやらフォルティナちゃんは、ゼノンちゃんの敵が本当に四人だけなのか、信用できる味方は誰なのかを探っていたらしい。
そう簡単に信じない辺りが、さすが皇女様というべきか。
ファノア本人の前で聞き出しちゃうのも、さすがだ。
結果として、この二人に怪しい点はなかったらしい。
王家六勇者には役目が割り振られていて、ファノアは勇王の護衛としてアイギス勇士団という近衛を率いている。
一方でギニオスは国防担当で、他国からの侵略と、国内の治安維持の両面で勇王国を守っている。
どちらも護りに特化した勇者であり、ゼノンちゃん視点の印象ではあるけど、忠義に厚くて信用できる者だと考えられたのだ。
ひとまずフォルティナちゃんも、それ以上は追及しないでいる。
「しかし民が祭り気分ということは、今回の式典は期待されているようだな」
「もちろんです! 皇帝国はすごく進んでいて、すごくすごいです!」
耀気機関のことだと思うけど、ゼノンちゃん日に日に知能が溶けてない?
「だが勇王国にも良いところはあるだろう? 皇帝国としても、今回の同盟には期待しているからな」
「そうなんですか?」
たしか雪に覆われた帝国と違って、勇王国は温暖な気候のおかげで作物が豊富とかだったかな。
でもゼノンちゃんはピンと来ていないのか、きょとんとしている。
「もちろんだ。それに勇王国も歴史ある国だからな。これは私よりもゼノン殿のほうが詳しいのではないか?」
「もしかして魔王と勇者の戦いのことですか?」
「皇帝国にも伝わっているほどだ」
「ふぇー」
またしてもピンと来ていないのか。妙な声をあげるゼノンちゃん。
この興味の薄さは、現地の人からしたら地元の名物なんて買わないし、観光スポットにも行かないみたいなものだろう。
「ちなみに、どのような伝説なのでしょうか?」
「頼めるだろうかゼノン殿?」
「ま、任せてください!」
せっかくなので俺が聞いてみると、フォルティナちゃんからの言葉もあってかゼノンちゃんは緊張した面持ちで語ってくれた。
とはいえ、すでに知っていたように【怠惰】の魔王が、かつて聖王国と呼ばれていた勇王国に攻め入り、当時の勇者が討伐したという話だ。
その後、勇者は王家に加わって今の勇王国になるワケだけど……ゼノンちゃんの口から語られた伝説は、もう少しだけ詳しく触れられていた。
「魔王は恐ろしい魔獣『宵月喰らい』を差し向けて、天は魔獣の影に覆われ、大地は魔獣の侵攻に砕かれ、人々は逃げ惑うばかりだったそうです」
初めて聞いたけど、どうやら魔王の配下にとんでもない化物がいたようだ。
「これに対抗するため初代勇王様は神獣を操り、嵐を呼び寄せ、雷を轟かせて魔獣を沈黙させたんです。そして魔王が倒されてからも神獣は聖地に眠り続けて、この国を見守っているのでした……めでたしめでたし」
「おとぎ話ですか?」
いや史実なんだろうけど、ゼノンちゃんの締め方が昔話のようでつい。
「そのように言い伝えられている、ということだろうゼノン殿?」
「はい! お父さまから何度も聞きました……」
前勇王、つまりゼノンちゃんの父親は、数年前に亡くなっているんだったか。
これまで寂しがるような素振りを見せなかったゼノンちゃんだけど、ふと思い出してしまったのか、さっきまでの笑顔が曇ってしまった。
すぐにフォルティナちゃんが励まそうとしたようだけど、その前にゼノンちゃんが顔を上げて口を開く。
「お父さまは、勇王国のどこかに聖地があると言っていました」
「どこか?」
「その場所は王になった者だけ伝えられるんです。だから、わたしが勇王になったら聖地に行かないといけないです……」
勇王となった者は、その聖地に赴くことで正式に勇王として認められる。そんな儀式が昔から残っているらしい。
もちろん、あくまで勇王家に伝わるものであって、国としては必要ない手順みたいだけど……。
「お父さまのためにも、わたしは立派な勇王にならないといけないんです」
なるほど。立派な王のイメージに拘っていたのは、亡くなった父親の跡を継ぐためでもあったのか。
どうやらゼノンちゃんは、俺が思っていたより強い子だったみたいだ。
「ふむ、なにか文献に残されてはいないのだろうか?」
「調べてもらっているんですけど、まだわからないんです」
残念ながら調べものとなると俺は役立てそうにないな。
この国は土地勘もないから、聖地とやらを探すのも難しそうだ。空を飛んでいるだけで見つかるほど大きな目印でもあったらいいけど。
まあ探すにしても、式典が終わってからになるか。
いよいよ式典が明日に迫った夜。
俺はフォルティナちゃんと二人、部屋で打ち合わせをしていた。
「正直なところ、聖女殿はどこまで対処できるのだ?」
「近くにいるフォルティナだけでしたら、確実に守り切れる自信があります」
「つまり離れているゼノン殿は、場合によっては難しいか」
予想では式典でなにかしら仕掛けて来ると見ているフォルティナちゃん。
なので今のうちに可能な対策と、いざという時の動き方を決めておくのだ。
実際の話、護るだけなら俺は得意だと言える。
まず【聖域】は常に展開している結界であり、同時に癒し効果もある。この内側にいるだけでも鉄壁だが、さらに俺を装備として纏えば盤石だ。
しかし同時に装備できるのは当然ながらひとりだけ。
故にフォルティナちゃんは確実でも、ゼノンちゃんまでフォローできるかは状況によるのだ。
仮に暗殺者が百人で押し寄せて来ても、そのくらいなら問題ないだろう。
やばいのは隕石が落ちるレベルの焦土攻撃をされるか、あるいは事前に分断されて知らないところでゼノンちゃんが襲われるパターンだ。
「やはり式典までゼノンと一緒にいるべきでは?」
「いや、向こうも護衛はいる。それに可能性が高いのは式典の最中だ」
「思ったのですが、なぜ式典なのでしょう?」
いくらゼノンちゃんとフォルティナちゃんを同時に狙えるとはいえ、最も警戒されている場所では失敗する可能性も高いはずだ。
俺が暗殺するんだったら、片方だけでも確実な時にする。
しかしフォルティナちゃんには、一種の予感みたいなものがあるようだ。
「ギニオス殿が式典を警戒していたからな」
「それが理由ですか?」
「まあ、確実とも言い切れん予想だ。聖女殿には気にせず警戒して欲しい」
なにやらフォルティナちゃんには、フォルティナちゃんの考えがあるようだ。
お言葉に甘えて、俺は俺で好きにやらせてもらおう。
「では、ひとつ考えがあるのですが……フォルティナ、私を装備しませんか?」
「……なんだと?」
目を見開くほど驚かれた。そんなに変なこと言っただろうか。
「聖女殿はミリアでなくともよかったのか?」
「そうですね。少し性能は落ちますが、フォルティナでも問題ありませんよ」
称号の関係でミリアちゃんが装備した時が一番だけど、別に誰でも装備するだけなら可能だ。させるかどうかは俺次第だが。
そこで初めから俺を装備したフォルティナちゃんが式典に参加すれば、あとはゼノンちゃんに意識を集中させられるので楽になる。
なにより……実質的に、俺が式典に参加しなくてもよくなるのだ!
「ふむ、とすると私ができる限りゼノン殿から離れないよう注意しなければならないな。それと聖女殿を纏うとなれば衣装との兼ね合いもある。調整が必要か」
よし、どうやらその気になってくれたようだ。
もしかしたら欠席するのは問題だとかで強制参加かと不安だったが、そもそも皇女のフォルティナちゃんがメインで、聖女はおまけだからね。
急病だとか言っておけば大丈夫だろう。
「ところで聖女殿の衣装についてなのだが……」
「え、私はフォルティナに装備されるので必要ないのでは?」
「だが、いざとなったら聖女殿とは別行動することもあるはずだ。なんとでも言い訳できるように、予定通りにしておくべきだろう。持って来ているのだろう?」
「そうですね……」
まあ着るだけならいいか。
一応、アルメシアから着付けのやり方は教わっておいたし。
モンハンライズ買ってしまいました。
あまり遅れないようがんばります。




