ああ、フォルティナさまっ
お引っ越しとモニターの破損によって遅くなりました。
一時間にも及んだ王家六勇者のギニオスとの話し合い。
これによって多くの情報が得られたし、ひとつの約束が交わされた。
ほとんどフォルティナちゃんが相手をして、俺は隣で置物になっていただけだけどね。向こうのゼノンちゃんとファノアも同じなので、誰も文句はないだろう。
ひとまず得られた情報をまとめみる。
ギニオスの話によれば、敵は同じ王家六勇者の四人らしい。
それぞれ【紫牙剣の勇者】セリエル、【蒼流槍の勇者】アグランジェ、【金蝕弓の勇者】ゴルベート、【黄令杖の勇者】モルグリートというそうだが、すでに俺の頭では名前を覚えられる気がしないし、もう忘れた。
重要なのは目的だ。
そいつらはゼノンちゃんを次期勇王の座から引きずり下ろし、身内から勇王を担ぎ上げて、この国を牛耳るつもりだとギニオスは予想していた。
そのために海賊まで扇動して、フォルティナちゃんや俺たち帝国の使節団まで襲わせたのだとか。
どうもゼノンちゃんに責任を押し付けるつもりだったそうだけど、他の奴らや国家そのものに対してもペナルティがあるのでは……?
政治に詳しいフォルティナ先生ちゃんいわく。
「まだ条約にない部分だからな。仮に私が死んでしまったとしたら、被害者である皇帝国……まあ父上が納得するかどうか次第だろう」
どうして国同士での取り決めがないのか聞くと。
「他国の重要人物が自国で害されたとして、その責任や賠償方法など決めておきたくはないし、決めるのは難しいな。そもそも、そんなことにならないよう互いに万全を期すものだ。だからこそ聖女殿が同行しているだろう?」
なるほど、と納得する。
「ちなみに過去には戦争が起きた事例もあったらしい」
「そう簡単に戦争が起きてしまうものなんですか?」
「まあ、過去の話だ。現代では侵略行為に対して近隣諸国が制裁する協定が結ばれているから、大儀でもなければ動かない。いや……つい最近、武王国の軍隊と衝突したんだったか? あれは軍から離反した逆賊だから関係ない、などと言い逃れするつもりだったそうだが……」
武王国はなぜかトップである王が、全責任を認めて賠償に応じている。
ちなみに【隷属の魔眼】の効果対象ひとりは、未だに埋まったままだ。
それはさておき、敵だという勇者四人は、どこまで想定しているのだろう。
さすがに戦争は避けたいが、そこは俺がフォルティナちゃんを護れば心配いらない話なので、考えるだけ無駄か。
むしろ問題はゼノンちゃんだ。
誘拐未遂に関しては本当に無関係の一般犯罪者が犯人で、勇者四人の企てではなかった。それはそれで治安やばいけれども。
ただし護衛であるファノアは捜索に出ようとしたら、勇者四人から妨害に近い嫌がらせ受けたそうで、完全に白とも言い切れない。
なにせ世間知らずなゼノンちゃんが、お祭り騒ぎの城下町でひとりふらふらしていたら誘拐されるのは必然だ。
もし意図してやったとすれば、これからは地位どころか命も危ない。
これはフォルティナちゃんもギニオスも同様の意見だったそうで、ひょっとしたらゼノンちゃんが表舞台に出る式典で犯行に及ぶかも知れないらしい。
しかも帝国の使節団も揃っている。あちらからすれば、どちらかを排除できればいいみたいだし、たしかに絶好の機会だろう。
もちろん放っておける俺ではなく、フォルティナちゃんも今さら知らんぷりできない優しい子だ。
というワケで、俺たちはゼノンちゃんを護るために協力を約束した。
これは非公式なもので強制力も責任もないけど、式典の最中にゼノンちゃんの最も近くで待機できるのは、俺とフォルティナちゃんだ。
周囲の護衛たちも気を張っているだろうけど、咄嗟の時に間に合うか微妙な距離があると思うし、いざという時は任せて欲しいね。
そんな感じで急に始まったギニオスとの会談は、お開きとなった。
あまり長居もできないと、慌ただしく大使館を後にしようとするゼノンちゃんたちだけど、その際にゼノンちゃんは妙にフォルティナちゃんを気にしており、まるで話しかけたいような素振りだ。
何度もちらちら見られていたから、さすがにフォルティナちゃんも気になって問いかける。
「ゼノン殿、なにか用だろうか?」
「むぇ!?」
飛び上がらんばかりに驚くゼノンちゃん。声をかけられるとは想像もしていなかったらしい。
顔を赤くしながら、しどろもどろになって答えようとする。
「あああ、あのっ、余は……じゃなくて、わたしは……その」
「ゼノン様、お話し中のところ申し訳ありませんが本日は時間が……」
「う、うん……」
もう帰り際だったこともあってファノアに止められてしまった。
しょんぼりするゼノンちゃんは、最後に振り返ってぽつりと言う。
「また来てもいい……ですか?」
「む? まあ私は構わんが、聖女殿もそれで――」
「わかりました! 明日また来ますね!」
沈んだ表情も一転。ゼノンちゃんは弾む声で言い残すと、ぱたぱたと出て行ってしまった。
なんだか友だちと遊ぶ約束みたいだったな。
続けてファノアも後を追いかけるように去るのを見届けてから、フォルティナちゃんは俺に向かって首を傾げる。
「あれはいったい、なんなのだろうな?」
「たぶん、明日また遊びに来るということでしょう」
「遊びにか……ん? まさか私とか?」
そりゃ俺じゃなくてフォルティナちゃんに言ったんだから、そういうことだと思うよ。いや俺にも理由はまったく不明だけども。
明日になったら本人に聞いてみようか。
――――そして翌日。
宣言通り、ゼノンちゃんは本当に再びやって来たのだが……。
「フォルティナさま! フォルティナさま!」
「あ、ああ、なんだゼノン殿……?」
目の前に、とても微笑ましい光景が展開されていた。
「フォルティナさまは、どうしてそんなに立派なのですか?」
「いや、立派と言われてもな。私はまだ未熟だと感じているのだが……」
「さすがフォルティナさま! わたしも見習います!」
「なんなのだ、いったい……」
ソファに座るフォルティナちゃんに、隣できらきらと輝く星が散るような目を向けるゼノンちゃん。
それは憧れの視線そのもので、まるで熱狂的なファンのようだ。
……ちょっと既視感がある気がする。主に帝国で。
護衛で付いて来たファノアも、戸惑った様子でどうしようか迷いながらも離れて見守っていた。
あちら側からしても、この状況は予想外らしい。
「す、少し席を外させて貰おうか。聖女殿、来てくれ……」
「わかりました」
「ああ、フォルティナさまっ」
悲しそうなゼノンちゃんを尻目に、俺とフォルティナちゃんは部屋の隅まで移動して声を潜める。
「聖女殿、あれはどういうことなんだ? ゼノン殿はどうしたというのだ?」
「そうですね、これは私の推測が多分に含まれますが……」
まずゼノンちゃんの態度が急変した原因は、フォルティナちゃんへの憧れが関係しているのはたしかだろう。
あの視線は俺にも覚えがあるからね。
「憧れと言われてもな。私のどこを気に入ったというのだ?」
「詳しくは本人に聞くしかありませんが、昨日の一件が理由でしょうね」
「窮地を救ったのは聖女殿だ。それなら聖女殿に憧れるはずだろう」
「いえ、そちらではなくてですね……」
「フォルティナさま? どうかしましたか?」
後ろから声をかけられたフォルティナちゃんは、意を決してゼノンちゃんに向き直る。
「……あー、ゼノン殿、なんというか昨日と少し雰囲気が違う気がするのだが、なにかあったのだろうか?」
雰囲気どころか口調も完全に変わっちゃってるからね。
「それは……次期勇王に相応しい振舞いをしてたから……」
「相応しい振舞い? あれが?」
「お、おかしかったですか?」
「あまり似合っているとは言えなかったな」
あれはあれで俺的にはかわいいけど、無理している感がすごかったな。それもまたよしだが。
「それで、今日はもうやめたのか」
「はい! フォルティナさまのおかげです!」
「私の……どういう意味だろうか?」
「昨日ギニオスとむずかしい話をしてました! かっこよかったです!」
「どうしよう聖女殿、まるで理解できないのだが」
珍しく困った顔で助けを求めるフォルティナちゃん。
俺もなんとなくだけど、推測を混ぜて解説する。
「昨日の会談で、フォルティナは私や他の者に任せたりせず、ひとりで話を進めていました。まさに立派な皇女として、ですね」
そんな姿を目の当たりにしたゼノンちゃんは、上辺だけの自分を鑑みて本来の口調に戻し、同時にフォルティナちゃんへの憧れを抱いたのだろう。
つまり本来のゼノンちゃんは、王女とは思えないほど純真で、とても素直な子だったワケだね。
「まあ仲良くなれたのですから、よかったじゃないですか」
「う、むぅ……よかった、のだろうか?」
「フォルティナさまは、わたしがいると迷惑ですか?」
「そういうわけでは……いや、だからと言ってくっ付かれるのはだな……」
「えへへぇ」
あまり釈然としないフォルティナちゃんだけど、はしゃぐゼノンちゃんに懐かれて戸惑う姿は、心が洗われるかのようだ。
この光景を護るためにも、俺は全力で護衛しなければ……!




