ここはどこなのだ……ですか?
「ゼノン……それもケラウノスだと?」
誘拐されかかっていた少女の言葉に、フォルティナちゃんが反応した。
知っているのかと見れば驚き半分、疑いが半分の妙な表情を浮かべている。
「お知り合い……ではないですよね?」
「ああ、だが名前は聞いている。この国の住民なら誰でも知っているだろう。なにせケラウノスは王家の血を引く者しか名乗れないからな」
つまり、王女様?
「もっとも本当かどうかはわからんが……」
「うむぅ……わた、余は正真正銘、本物の次期勇王たるゼノン・マグ・ナ・ケラウノスであるぞ! みなさ、お主らこそ何者だ?」
俺とフォルティナちゃんは顔を見合わせて、この場はすべてお任せします、任せておけ、といった風にアイコンタクトを交わす。
この子が本物でも偽物でも、下手な扱いはマズいからね。
「……そうだな、まずは名乗っておくとしよう。私の名はフォルティナ・ルア・ビルフレスト。そして彼女はクロシュだ。聞き覚えはあるだろうか?」
「んぅ?」
かわいく首を傾げられた。
「ないのか?」
「うーん、初めて聞くし、初めて会うよ? あ、余はまったく知らぬぞ!」
「……さっきから、なんなんだその妙な話し方は?」
俺も気になっていたゼノンちゃんの口調に、フォルティナちゃんが鋭いツッコミを入れてくれた。
「妙ではないぞ! これは次期勇王として相応しい振舞いである!」
「無理をしているようにしか見えないが、まあいい。私たちを知らないという点からして、かなり疑わしいからな」
あっさり名乗ったなと思ったら、どうやら確認していたみたいだ。
これから同盟を結ぶ相手国の、しかも式典に参加する皇女の名前を知らないのは不自然すぎるからね。
ゼノンちゃんが教えられていない可能性もあるけど、それはそれで勇王国の上層部はどうなっているのか怪しい。
「そ、それよりも、ここはどこなのだ……ですか?」
今さら辺りをきょろきょろと見回して、不安そうに質問するゼノンちゃん。
もしかして誘拐されかかっていたことにも気付いていなかったのか。
「聖女殿。ひとまず予定通り、こちらで保護しよう。それから連絡を……」
「ゼノン様!」
「あ、ファノア!」
路地の奥から大声で呼びかけられたゼノンちゃんは、心細くて泣きそうだった表情を一転させて笑顔になった。
何者かと見れば、そこには赤い髪をした女の子が、ものすごい勢いで駆けて来ている 一瞬だけ身構えちゃったけど、たぶん味方のようだ。
それに今の呼び方からすると、ゼノンちゃんは本物っぽいかも?
「貴様ら、ゼノン様になにをした!」
「む、勘違いしないで欲しい。我々は彼女を助けただけだ」
「なにを白々しい……ゼノン様、すぐにお助けします!」
「ま、待ってファノア! この人たちは悪い人じゃないから! ……たぶん」
そこは断言して欲しいところだけど、気を失っていたから仕方ないか。
このままだと話もできないし、とりあえず敵意がないことをアピールして落ち着かせないと。
……それからフォルティナちゃんは経緯を説明して、どうにかゼノンちゃんの護衛だというファノアの誤解を解くことに成功した。
幸いにも誘拐犯が倒れたままだったし、後から駆け付けた衛兵が起こして問い詰めたら、あっさり自供したので助かったよ。
ついでに俺たちの身分も明かしておく。
状況的に見てゼノンちゃんが王女様なのは間違いなさそうだし、どうせ後で知られるのだから、先に説明しておいたほうが面倒も少ない。
証明としてフォルティナちゃんが指輪と、なにかの書状を見せたら一発で信じてくれた。皇女の証なのかな?
「フォルティナ皇女、聖女クロシュ様。ゼノン様を救って頂き、ありがとうございます。そして数々の無礼をお許しください」
こっちの無実と素性が判明した途端、ファノアが素直に頭を下げてきた。
でも疑ってしまう気持ちはわかる。俺もミリアちゃんやフォルティナちゃんが誘拐されそうになったら、同じくらい慌てていただろうからね。
「いいえ、護衛として仕事をしようとしたのですから構いませんよ。ですよねフォルティナ?」
「まあ、こんなところで大事にするつもりはないな」
「感謝します」
そんなファノアは『王家六勇者』のひとりで、近衛みたいな役職らしい。
つまりはゼノンちゃんの護衛なのだが、あっさり連れ去られているワケで、ちょっと怪しい。
これが帝国で、フォルティナちゃんが害されたとなったら、護衛騎士に重い処分が下るのは間違いないだろう。
ひょっとしたら犯人と内通していたのではないか?
そんな疑惑が顔に出てしまったのか、俺の視線にファノアが口ごもる。
「そ、その、私は――――」
「余が悪いのだ! 市井の者たちのお祭りを見てみたくて、こっそりファノアの目を盗んで抜け出したから……」
なるほど。護衛対象が自分から離れてしまったのなら、どれだけ厳重に警備をしても意味がない。
それにしても、その理由がお祭りを見たいからとは……。
やっぱりゼノンちゃんの口調はえらい人をそれっぽく装っているだけで、まだまだ中身は年相応に幼いのだろう。
フォルティナちゃんやミリアちゃんがしっかりしているから、つい忘れてしまいそうになるけど、八歳とか九歳ってそんなものだよね。
「い、いえ、ゼノン様は悪くありません! たしかに我々はゼノン様を見失ってしまいましたが、あの妨害さえなければ問題なかったのです!」
「ほう、それはどういう意味だ?」
これに食い付いたのはフォルティナちゃんだ。
言葉通りに受け取るなら、ゼノンちゃんを護衛するファノアを、誰かが邪魔したことになる。
「……申し訳ありません。ここでは話せませんので、後ほど説明する時間を頂けませんか? ――――お二人には、内密にお願いしたいことがあります」
最後の言葉は周囲を気にしてか、ぎりぎり聞こえるほど小さかった。
隣にいたフォルティナちゃんも聞こえたみたいだけど、怪訝そうに俺へ視線を向けて来る。
わざわざ他国の俺たちに頼み事なんて、普通じゃないからね。だけど【察知】に反応もないし、話を聞くだけなら受けても問題なさそうだ。
俺はフォルティナちゃんに視線を返して頷いた。
……数時間後、場所は変わって大使館の一室。
俺とフォルティナちゃんの前には、ゼノンちゃんとファノアに加えて、もうひとり厳つい顔をした生真面目そうな男が増えていた。
その男の名前はギニオス・マグ・ヌス・アダマント。
ファノアと同じく王家六勇者のひとりにして、治安維持から賊の討伐、さらに他国の侵略から領土を守る役目を担っている防衛の要だとか。
「まずはゼノン様を救っていただき感謝を申し上げます」
「ああ、偶然にも犯行を目撃しただけで成り行きだ。気にしないでくれ」
非公式の場となっているものの、俺は口を挟まずフォルティナちゃんに任せる。
それは、さっきファノアが話していたお願いしたいことの内容次第で、今後の対応も大きく変わってしまうから、下手な回答はできないためだ。
少し情けないが、交渉はフォルティナちゃんのお仕事でもある。
「さて挨拶はもういいだろう。わざわざギニオス殿が同席しているのだから、先ほどファノア殿が言いかけた話の続きは、よほど重要なのだろう?」
「はっ、その点に関しまして我々も協議した結果、フォルティナ皇女にすべてを包み隠さずに打ち明けることにしました」
「ふむ……たしか何者かに妨害された、と聞いたが?」
「それをご説明する前に、今の王家六勇者について話さなければなりません」
ギニオスが語ったのは、次期勇王を巡っての争い、というべきか。
簡単にまとめれば王家六勇者はファノアとギニオスの忠臣派と、そのほか四人の革新派で二分され、水面下で攻防を繰り広げているそうだ。
このまま時間を稼げば忠臣派は成長したゼノンちゃんを勇王として担ぎあげ、それで万事解決するはずだったが、それを良しとしないのが革新派だった。
ギニオスによれば海賊たちの襲撃は、革新派が仕掛けた策略の一端である疑惑が浮上しているのだとか。
「ほう、まさか皇帝国をそちらの政争に巻き込むつもりか?」
「無論ながら、我々としては回避したい展開です。しかし革新派は聞く耳を持たないでしょう。証拠すら掴めていないのですから」
「……そこまで話して良かったのか?」
「すでに巻き込んでしまっているのです。であれば、下手に隠すよりも、協力し合える関係を築くべきではないでしょうか」
「確かにな」
納得したように頷くフォルティナちゃん。
それからも二人で延々と話し合いが続き、俺とファノア、そしてゼノンちゃんは軽く蚊帳の外となってしまった。
まあ会話に加われと言われても困っちゃうけどね。
――――なにより俺は【察知】の反応に集中するのに忙しい。
敵意の出所はフォルティナちゃんと話している男……ギニオスだった。
これだけだと理由もわからないし、今すぐに襲いかかって来る様子でもない。
表向きは協力的でも、内心では快く思ってないとか、そんな感じか。
幸いにもゼノンちゃんはもちろん、ファノアからも敵意は感じ取れなかったので、王家六勇者としての敵意ではなくギニオスの個人的な感情だろう。
誰にだって嫌いな相手とかいるし、それを表に出さないのであれば、こっちから今の関係を壊す必要もないはずだ。
警戒だけはしておくけどね。
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