名前は言えるか?
ちょっとしたハプニングが道中あったものの、無事に王都へ到着した俺たち。
外から見たら高い城壁に囲まれた王城を中心として、城下町が広がっている立派な都市だけど、帝国の都市そのものを防護膜で包み込んだ帝都を知っていると、やはり見劣りしてしまう。
街中の雰囲気にしても帝都が整然とした街並みに加えて、行き交う人々も落ち着いていたのに対し、こっちの王都は全体的に雑だ。
後からどんどん追加したからか、城から離れた建物ほど無秩序に建っていて、車内から見る限りでは貧富の差も激しく思える。
幸いにも大通りだけは計画的に整えられているようで、王城までの道はまっすぐ伸びていた。
田舎国とは聞いていたけど、ここまで差があるとは思わなかったな。
ただ帝国の技術が異常なのか、勇王国が特に遅れているのかは、他の国々も見てみないことには判断できない。
もしかしたら、どちらも正解かも知れないけどね。
せいかいは、ひとつじゃないー。
正解は、まだまだいっぱいあるのでしょうね。
しんじつは、いつもひとつー。
真実はひとつでも、正解は人によるということですね?
さがせー。
この世のすべてが置かれていそうですね。
ないよー、なにもないよー。
無いんですか?
ふぉーすを、かんじろー。
暗黒面に落ちそう。
ちのりを、えたぞー。
血糊?
ちがでるならー。
神様だって死にますね。
まあ幼女神様は俺が護りますので、その心配はありませんが。
それにしても、なんだかずいぶんと久しぶりですね。
はんとしぶり、かなー。
いえ、たしか一週間ちょっとだったと思いますが?
それはどうかなー?
意味深だけど幼女神様のお言葉は考えても答えが出ない場合が多いので、ほどほどに流しておくのが正解だ。
そんな感じで、俺がこっそり幼女神様との会話を楽しみながらも、耀気動車は王都の大通りを進んでいく。
馬が牽引していない車を見慣れないのか、多くの人に注目されている様子が窓から窺える。
「……え?」
「どうした聖女殿?」
つい声に出してしまい、フォルティナちゃんが心配してくれる。
「いえ、今そこに見覚えのある姿が……」
「いったい誰なんだ?」
「フォルティナは覚えていますか? あの旅行のことを」
ミリアちゃんたちと行った遺跡で出会った管理人形のプラチナ。俺は彼女に力を貸して遺跡を修復した。
その際、謎の戦車部隊が遺跡を攻撃していたのだが、その犯人はプレイスという名前の少女だと判明している。
ちょっとSFチックで奇抜だけど、どこか楽しい感じの格好だったので、よく覚えている。
そして先ほど、そのプレイスを一瞬だったが目撃したのだ。
人混みに紛れていても、あの遠目にもわかりやすい格好は見間違えないだろう。
「問題は、ここでなにをするつもりなのか、ですね」
まさか撃退した俺を追って来たとは考えにくいが、放っておくのは少し恐ろしい相手だ。
あの戦車部隊をいきなり展開されたら、常に近くにいるフォルティナちゃんは守れてもメイドさんたちが危ない。護衛騎士なんて率先して死にに行きそうだ。
それどころか、もし式典を狙って動かれたら台無しになってしまう。
かといって安易に追うワケにもいかない。
俺はフォルティナちゃんの護衛として同行しているのだから、ここで放って行っては本末転倒だろう。
少し前に反省したばかりだし。
「不安要素は排除しておきたいですけど……警備をより厳重にしましょう」
「だが聖女殿、野放しにしておくのは危険なのだろう?」
「あの時は話ができる状況でもありませんでしたので、ひょっとしたら観光に訪れただけかも知れませんよ」
「だったらいいのだが……いや、今回の式典は成功に終わらせたい」
なにかを決意した顔で、フォルティナちゃんは耀気動車を止めさせる。
「なあ聖女殿、私を連れて偵察に行ってくれないだろうか?」
「えーと、なぜでしょう?」
「私の護衛を気にしているのだろう? だったら私も一緒に行けば、聖女殿に守られながら、その人物に探りを入れられるはずだ」
言っている意味はわかるし、理に適っているけど、自分から危険に飛び込むようなものだ。
でも、俺も気になっているのは確かだ。
正直なところ、こう言ってくれてありがたいとすら思う。
「本当に構わないんですね?」
「ふっ、当然だ。頼りにしているぞ聖女殿」
ここまで言われたら期待に応えないワケにはいかないな。
「それでは私から離れないようお願いしますよ」
「もちろんだ!」
俺はフォルティナちゃんを抱えた状態で【黒翼】と【迷彩】を使い、街中を低空飛行する。
ほぼ建物の二階程度の高さなので危ないが、いざとなったら結界と同じ働きをしてくれる【聖域】が守ってくれるので、そこまでの危険はない。
それに、あのプレイスを追うには飛ばないと遅いし、高すぎても見失うのだ。
……まあ、すでに見失っているんだけどね。
「ちょっと遅かったですね……」
「ふむ、悪巧みをする者は路地裏というのが相場だと思ったが……」
当然ながら相手もジッとしているワケではない。
そこでフォルティナちゃんの指示を受けて、路地裏を巡ってみたものの、残念ながらプレイスらしき人影すら見当たらなかった。
「車は先に行かせていますし、大使館の場所もわかっているので問題ありませんけど、あまり心配させるのも申し訳ないですね」
理解のある護衛騎士やメイドさんたちは黙って見送ってくれたが、内心ではきっと心配しているに違いない。
俺はその信頼を裏切らないよう、無事にフォルティナちゃんを連れて帰らねばならないのだ。
少し慎重に行動するくらいが、ちょうどいいだろう。
「そろそろ戻りましょうか」
「仕方ないな。少しは観光できたから、それで良しとしようか」
「この街もお祭り騒ぎですね」
路地に入ると静かだが、通りに出ると途端に騒がしくなる。
その熱量は港町にも負けないくらいで、ここは式典が行われる中心地なのだと実感させるほどだ。
この活気を帯びた空気は、技術が進んでいる帝都にはないものだった。
しかし、逆にちょっと心配な点もある。
あの港町でも路地に入った途端、俺は悪党に襲われそうになったのだ。
マルク少年が助けてくれたので未遂に終わったが、結局マルク少年が海賊に追われることになったりと、とにかく治安が悪い。
さすがに王都となれば、しっかりしていると思いたいが……。
「聖女殿、あれを見てくれ!」
「……フラグでしたか」
路地の先を見れば、ちょうど荷袋を肩に担いだ男が角を曲がるところだ。
気になるのは、その袋が子供くらいの大きさで、袋の口からキラキラした糸束のようなものが零れ落ちていた。まるで髪の毛みたいな質感だ。
「聖女殿!」
「わかっています!」
フォルティナちゃんを抱えながらだが、ここで見捨てる道理はない。
すぐさま頭上から奇襲し、粗野な男の足を布槍で払うと、質の悪い麻袋を優しく回収する。男はそのままあっさり昏倒した。
思ったよりも早く終わって拍子抜けしてしまうが、まだ仲間がいないとも限らないので油断はしない。
ひとまず地上に降りてから、袋の中身を確認しなければ。
「どうだ聖女殿?」
「予想通りでしたね」
袋を引き裂いてフォルティナちゃんにも見えるようにすると、中から現れたのは小さな女の子だった。
意識はなかったが、呼吸はたぶん正常でケガらしいケガもない。
例えどこかに異常があっても、このまま【聖域】内にいれば、すぐに回復するだろう。便利なスキルだ。
「やはり誘拐だったのだな」
「ええ、すぐにフォルティナが気付いてくれて助かりました」
「本で読んだことがあるからな」
路地裏を探すように指示をしたのも、それが元なのかな?
「しかし、この子はどうしましょうか」
「ひとまず我々で保護して、落ち着いてから勇王国側に連絡してみよう。こちらの騎士が犯罪の現場に居合わせたとでも言っておけばいい」
さすがは皇女様だ。こういう時でも判断が早い。
もし俺ひとりだったら、このまま親を探しに奔走していたかもしれないな。
改めて少女の様子を見てみる。
年齢はミリアちゃんと同じ、それよりも下で八歳くらいだろうか。
薄い緑色と白色の二色に分かれるという珍しい髪の色で、その髪を払えばあどけない寝顔があった。
「んぅ……?」
「目が覚めたようですね」
「気分はどうだ? 大丈夫か?」
自分よりずっと小さい相手だからか、フォルティナちゃんは率先して少女を介抱していた。
俺も彼女の意志を尊重して、この場は任せることにする。
「……んー」
「名前は言えるか?」
「……名前?」
少女は虚ろだった目に光を灯すと、たしかに呟いた。
「……ゼノン。余は、ゼノン・マグ・ナ・ケラウノス……である」




