甘々ー?
完全に日が落ち、闇に覆われた町の印象は昼間と打って変わる。
ただ単に暗いだけではなく、人通りが完全に途絶えていたからだ。
ひたすらに黒色だけが世界を塗り潰し、無音とも錯覚してしまう静寂。
現代の日本人が持つ感覚からすれば少し不気味に思えただろう。
ああ、田舎の方だったらそうでもないんだけどね。
街灯すらないから笑っちゃうくらい暗くて、でも日によっては月明かりのおかげで不自由しない程に明るくて……なんか懐かしいな。
上京してもホームシックとは無縁だった俺が、異世界の夜で郷愁感に駆られるとはなんとも不思議な話だ。
別に、帰りたいって気持ちはないんだけどな。
そもそも俺もいい歳で……あれ、今年で何歳だったっけ?
いかんな。ボケるには早いはずなんだが。
まあいいや、今はこっちに集中しないとな。
俺たちは建物の影に身を隠し、ソレの動きを監視していた。
宿の前に、闇夜に紛れて動く人影が三つ確認できる。
通常であれば灯りのひとつでも持って歩くものだが、そうしないのは後ろめたいところがある人物だけだ。
そしてなによりも俺の【察知】が反応している。
なら、間違いない。
〈予想通り、来たようですね〉
「どこの間抜けかは知らんが、ありがとう、とでも言っておこう」
ニィッと口角を吊り上げた彼女は、ゆっくりと物影から出る。
そこに、ちょうど風が吹き抜け、浅く被っていたフードが脱げてしまう。
もはや隠しておく必要もなかったので特に気にすることもなく……。
「じゃ、狩りを始めようか」
そう言って、俺を着たノットは音も無く歩き出した。
話は数十分前に戻る――。
「簡単に言えば、いつもの釣りだな」
宿の一室で俺が羞恥に悶えた後、さんざん引っ張ることになったが大した話じゃない、と前置きしてノットが発したのはそんな言葉だった。
ここで言う釣りとは、本当に魚を釣るわけではない。
餌をぶらさげて獲物を釣り上げる行為そのもので、餌とは金貨、獲物とは犯罪者を差すのだろう。ギルドに引き渡せば報奨金が出るそうだからな
そしてギルドでの一幕によって、餌は撒かれている。
「じゃあギルドにいた奴らが襲って来るかもしれないってこと?」
「いいや、クロシュの察知について話したからな。よほどの間抜けじゃない限りは大人しくしているだろう。来るとしたら又聞きしたバカだな」
どちらにしても酷い言い草だな。
「それも、私たちがそれなりの金貨とインテリジェンス・アイテムを持っていると知っていながら、相手の戦力を把握できない程度か、または、よほどの自信家か……そんなところだろう」
「本物の実力者が襲って来る可能性はないのでしょうか?」
ミラちゃんが疑問を抱くのも当然だ。
でもランクの高い冒険者はダンジョンに長く潜ってるって話だし、仮にそいつらが俺たちの話を聞いても金貨数枚のために罪は犯さないだろう。
そしてインテリジェンス・アイテムの装備者には迂闊に手を出せない……これはノットの言葉だったかな?
それだけ俺は怖れられているわけだ。
これらの要素から導き出されるのは、割に合わない、だろう。
「もし注意するとしたらクロシュ自体を狙う奴だな。それ相応の準備と覚悟をして来るはずだ」
具体的にどんな手を使って来るのかと聞けば。
その1、インテリジェンス・アイテムを持ち出す。
その2、純粋に強者である。
その3、数で押す。
以上の三通りが考えられるそうだ。
しかし最初のはインテリジェンス・アイテム自体が非常に珍しいので対抗策として用いることは、ほぼないだろうとのこと。
次に、あまりに強いと名が知られてしまうもので、少なくともこの町周辺で高名な人物は確認されていないそうだ。
最後に数の暴力だが、例えザコだろうと30人も集まればさすがに危ないかも知れない……のだが、そんなに集まったらすぐにバレるし、町中で大規模な戦闘なんて始めたら他の冒険者たちも黙ってない。
可能性としては、どれもあり得なくはないのだが、確率は低いものだった。
「というわけでだ、来るとしても大したことはないだろう。もちろん、これは事前の情報収集から判断したものだからな。じゃなきゃ、さっさと町から出ることを提案していた」
ノットが自信たっぷりに宣言する辺り、本当に大丈夫なんだろう。
だとすると、あとは実際にどうやって捕まえるのかだな。
大罪人になると生死不問だけど、今回のような小物は生きたまま連行しないといけなかったはずだ。
「ここで、さっき私がクロシュを装備できるか確認したのに繋がるんだが……隠密か、捕縛に類するスキルは持ってないか?」
隠密か捕縛か……それっぽいのは無さそうだな。
「もしあったら私がクロシュを装備すれば、単独で制圧することも可能だと思うんだが……どうだ?」
〈……少し待ってください〉
期待するような目で見られると無理です、とは言い辛いな。
俺としても心当たりがないわけじゃない。
もしもーし、神様いるー?
はーい。
隠密か捕縛っぽいスキルってあるの?
あるよー。
まだ一覧に出てないだけか。どうすれば出るの?
ひみつー。
じゃあヒントくださいよ。
しょうがないなぁー。
さっき気付いたんだけど直接は教えてくれないことでも、こういう形でなら色々と教えてくれるんだよな。
他にも困っている時や、明らかに楽な解決法があると誘導してくれるし。
神様の慈悲ってやつなのか、ただ甘いだけなのか。
えっとー、とうし、へんけい、いじょうたいせい、しびれ、かなー。
甘いだけだったようだ。
あまあまー?
いえ、こちらの話ですとも。
答えそのものを頂けたので、早速やってみようか。
【透視】(1)
物体を透かして視る。精度は消費するMPによって変化する。
【変形】(1)
指定した部位の形を変える。精度は消費するMPによって変化する。
うむ、まずはこの二つだな。
【スキル、透視を取得しました。】
【スキル、変形を取得しました。】
あと【異常耐性・痺】か。
【異常耐性】(2)
異常耐性を得る。取得する異常を選択。
【異常耐性・毒】 【異常耐性・痺】 【異常耐性・呪】
この中から選択して……。
【スキル、異常耐性・痺を取得しました。】
【異常耐性・痺】
身体の動きを制限する異常を緩和する。
その結果、出たのがこちらになります。
【色彩】(1)
色を自由に変更できる。
【暗視】(1)
闇夜の中でも昼間と同じように見渡せる。
【看破】(6)
隠蔽を無効化する。使用時にMPを消費する。
【異常付加】(2)
攻撃時に異常を付加する。取得する異常を選択。
【異常付加・痺】
なかなか魅力的じゃないの。
どれも欲しくなるところだけど、さすがにSPが足りない。
残りは……5だな。
もう【看破】を取得する余裕はないし、今は諦めるしかないか。
残りの【色彩】と【暗視】そして【異常付加・痺】は全部取ってしまおう。
【スキル、色彩を取得しました。】
【スキル、暗視を取得しました。】
【スキル、異常付加・痺を取得しました。】
【異常付加・痺】
攻撃時に身体の動きを制限する異常を付加する。効果はレベル差で変化する。
ふう、大盤振る舞いだった。
SPは1になっちゃったけど、ここは前向きに考えよう。
スキルを取得して発展させれば、より便利なものが現れるかも知れない。つまり無駄使いではないんだってな。
これで隠密行動をするには有利になるはずだし、ノットの腕前と麻痺の効果を合わせれば楽勝だろう。
ノットに新スキルを得たことを話すと、すぐに行動に移した。
宿の前で屈み込み、なにやら相談している三人組。
通常であれば深い闇に紛れており、そこに人がいることすら気付くのも難しいのだが、俺の視界にはハッキリと黒装束の男たちの姿が捉えられていた。
これは【暗視】のスキルによるものだが、どうやら装備者にも効果が及ぶようでノットにも問題なく見えているようだ。
見えてなかったとしても、ノットには気配で位置がわかっていただろうけどね。
少しずつ話し声が大きくなってきたので耳を澄ましてみる。
「おい、いつになったら開くんだよ」
「ちょ……ちょっと待てって」
「お前がカギを開けられるって言うから乗ったんだぞっ」
なんだこいつら。
どうやら予想以上の小物が釣れたようだ。こんなのじゃ報奨金は期待できそうにないな。
同じ感想を抱いたのか、ノットも顔をしかめた。
〈ノット、どうしますか?〉
念のために鑑定してみたら平均レベル10以下だったし、称号から冒険者だとわかったけどけど、これじゃランクは低いだろう。
ぶっちゃけ放っておいても害はなさそうだ。
〈ギルドに連行する労力を考えると割に合わない気がしますが……〉
でもノットは首を横に振った。
判断は彼女に任せることは事前に決めておいたので、俺は従うだけだ。
ノットは脱げたフードを深く被り直し、周囲の警戒すらまともに行っていない三人の背後に忍び寄る。
仮に振り返ったとしても、スキル【色彩】で俺は全身が黒一色となっており、【変形】でフードを形成してノットの全身を覆い隠し、極めつけに【気配操作】によって闇へと完全に溶け込んでいるため、低レベルのこいつらでは目の前に立っていても発見できなかっただろうけど……。
なんか、ここまで用意周到に準備したのがバカらしくなってしまうな。
やはり同じ気持ちなのか、ノットはナイフすら抜かずにさっさと終わらせた。
「というわけで、これが収穫だ!」
部屋に戻るなりテーブルの上に小袋から取り出した銀貨3枚を放り出した。
ぎょっとする三人を放置してピョンと跳び、勢いよくベッドへと座り込む。
同じくベッドに腰かけていたレインが反動でちょっと浮いたけど気にしない。
色々と行儀が悪いのは、かなり機嫌が悪い証か。
「まったく、来るのはザコか間抜けだと言ったのは私だけど、あれほどとは思わなかった!」
あっさりと手刀による攻撃で麻痺状態にできたので、その場に放置してギルドに職員を呼びに行き、そのまま引き渡したのだが……。
「少なくとも金貨1枚くらいは得られるはずだったんだよっ……」
あいつら三人で銀貨3枚、ひとりにつき銀貨1枚。
途中からノットもわかっていたんだろうけど、安すぎた。
「ま、まあまあ、ダメで元々だったんだからいいじゃん!」
「そうですよ。ケガもなく無事に終わったことですし、良かったです」
珍しくディアナがフォローして、ミラちゃんが続く。
レインもおろおろしていたけど静観することにしたようだ。
「……はぁ。もういい、もう釣りはしないと決めた。……クロシュたちとアサライム狩りをした方が何十倍もマシだ……明日もダンジョンに行こう」
今度はがっくりと俯きながら俺に向かって、つまらないことに付き合わせて悪かった、と言うと意気消沈したまま部屋を出て行ってしまう。
ちょっと心配だったけどディアナたちによると、たまにああやって落ち込むから大丈夫だとか。
そういうもんなのか……いや、でも放っておくのもよくない気がするんだけど。
などと考えていたら再び扉が開き。
「言い忘れてた、おやすみ」
とだけ残して行ったノットの姿を見て、苦笑しつつも俺は安心していた。




