しばらく顔を出さないほうがいいぞ
あけましておめでとうございます。
今年もクロシュと幼女神様をよろしくお願いします。
「今日はここに宿泊ですか?」
「そのようだな。今のところ順調でなによりだ」
俺とフォルティナちゃんが乗る耀気動車が大きな建物の前で停車する。
この耀気動車はフォルティナちゃんと俺の移動用に、わざわざ帝国から持ち込まれたものだ。船の貨物室に、こんな大きな物が積み込まれていたとは知らなかったが、しっかり陸地での長時間移動を考えていた点はありがたい。
なにせ、この勇王国の移動手段は馬車が主流だ。
試しに少しだけ乗せて貰ったが、耀気動車と比べると振動が気になるし、やはり乗り心地に差が出ていた。
数十分ならまだしも、これに数時間も乗せられるのは避けたいところだ。
さすがに数は用意できなかったのか、メイドさんたちや護衛騎士たちは現地で調達した馬車を利用している。
ちょっと心苦しいが、それが仕事な面もあるそうなので我慢して貰おう。
「明日には王都に到着して、その四日後に式典でしたか」
「うむ、ここまでは……まあアレだったが、王都は発展していると聞く。少しだが輸入した耀気機関を使っているそうだからな」
言葉を濁したのは、それだけ言葉にし難い体験をしたからだろう。
俺も二度と馬車には乗らないと誓ったからね。
勇王国に到着した翌日、マルク少年とも別れを済ませた俺たちは予定通りに港町を離れ、王都へと向かっていた。
もちろん忘れずにお土産は回収し、船へ積み込んでおいたので心配ない。
その頃にはすっかり海賊退治の話も広まったようで、感謝の声を届けたいと公館前にまで多くの人が押し寄せたりするハプニングもあったが、目論んでいた通り帝国へ対する印象はうなぎ上りだ。
これにはフォルティナちゃんも気分をよくして出発した。
問題があったのは、街道をしばらく進んだ頃か。
港の船と同じく、街道も事前に交通規制されていたようで、すれ違う馬車もない快適な道程だったのだが、それも途中までだった。
先行する護衛騎士によると、なにやら事故で道が塞がれてしまい、足止めを食らった馬車の渋滞が発生していたらしい。
交通規制と言っても完全に封鎖することはできず、あくまで帝国使節団の一行が通る時間帯だけの規制だったため、直前まで通っていた馬車に追い付いてしまったワケだ。
迂回しようにも、遠回りになってしまう上に安全なルートから外れてしまう。
おまけにこっちは護衛騎士とメイドさんたちを連れた大所帯だ。これはさすがにどうしようもなく、前が動くのを警戒しながら待つこととなった。
幸いにも、渋滞の原因はすぐに解消されたようで一時間もしないうちに再び耀気動車は動き出した。
何事もなくて良かったと思ってたら、なぜか護衛騎士が慌てた様子でやって来ると、用意していたお香を焚くようにと同乗していたメイドさんに指示を出す。
このお香は、現地に滞在していた外交官がオススメしたもので、移動中に使うかも知れないからと耀気動車内にも常備されていたものだ。
俺とフォルティナちゃんは勇王国の名物なのかなと深く気にせず、詳しい説明は聞かなかったのだが、ここで使うとなってフォルティナちゃんが声をかけた。
「急にどうした? なにかあったのか?」
「それがその……この先で多くの馬車が立ち往生しておりましたので、その影響が残ってしまいまして」
「だから、なにがあったと聞いているのだが……」
要領を得ない騎士の悦明にフォルティナちゃんも怪訝に思い、恐らく軽い気持ちで前方を見てみようと窓から顔を出した。
そこは【聖域】の範囲外だ。
「お、お待ちください。皇女殿下の目に触れるほどのものではありません!」
「いったいどうしたと言うんだ……うっ」
弾かれるようにフォルティナちゃんは車内へ素早く戻った。勢い余って俺に倒れかかるほどだ。
何事かと抱き留めながら様子を見れば、鼻の辺りを両手で押さえている。
ケガをした感じではなく、ただ不快そうな表情だった。
「フォルティナ……?」
「聖女殿、しばらく顔を出さないほうがいいぞ」
外を見れば騎士が申し訳なさそうな顔をしていた。
「そう言われると気になりますね」
「せ、聖女様、どうかお待ちを……」
止めようとする騎士だが、さすがに手を出せないようで俺は窓から顔を出す。
そして前方を見ると特におかしな物は見当たらない……そう思った時、地面にごろごろと転がる石のような物に気付いた。
しかも石の数が多く、このまま進むと危ないのではと、さらによくよく観察してから俺はすべてを察してしまう
転がっていたのは石なんかではなく、大量の馬糞だった。
「そのための、お香ですか……」
幸いだったのは【聖域】は悪臭に対しても効果があったことか。
効果範囲も常に俺を中心としているから、顔を出しても嗅覚にダメージはなかったものの、気分的によろしくない。
というか道を埋め尽くす汚物の上を通ると考えると、ちょっと……。
「しかし今までは大丈夫でしたが、なぜ急に?」
「先ほどの事故で多くの馬車が立ち往生していたのも原因のひとつですが、元々こういった場所が多いとのことです」
騎士によると、交通規制に合わせて勇王国側が事前に掃除していたらしい。
だったら普段は、これ以上に酷い道なのかと気付いてしまうが、確認する気にはならなかった。
あと、さすがに街中では片付けを仕事とする者がいるため、あまり気にならないようだけど、それが街道となれば定期的に回収するだけで、酷いところでは垂れ流しのまま手付かずなのだとか。
いっそ馬車の持ち主に掃除させたり、法で取り締まったほうがいいと思うが、馬車が主流の勇王国では難しいのだろうと、途中からフォルティナちゃんが話に参加する。つまりこの先、交通が盛んな街道は油断できないワケだ。
耀気動車しか知らなかったフォルティナちゃんはカルチャーショックを受けたようで、急激に気落ちしてしまった。
一応、帝国にも馬はいたけど主流は耀気動車で、帝都でも馬なんてみかけなかったから仕方ない。
感覚的には俺も似たようなものだが、常に【聖域】から出ずに済むので精神的にはかなり助かっている。
「聖女殿……私から離れないようにな……」
船上の船酔いに続き、またしても俺の【聖域】に依存するようになったフォルティナちゃんである。
まあ、俺も【聖域】を常時展開しないという選択肢はないので、逆の立場だったら同じことを言っていただろう。
せめて視界に入らないようにとフォルティナちゃんが指示を出すと、騎士はそれを当然のように受け答えて駆けて行くのだった。
……あとで車輪の掃除とかするんだろうか。本当にご苦労様です。
クロシュたちが馬糞に四苦八苦していた頃、王都オリンピアにて。
雄大なる王城の奥深くに位置する第一会議室では、六名の男女がピリピリとした雰囲気の中で顔を合わせていた。
ここに集うのは誰もが勇王に近しい『王家六勇者』の名を冠する者である。
本来であれば、この場にはもうひとり存在しなければならない。
だが六勇者を従える勇王の座は、空のままであった。
三年前のことだ。
突如として崩御した勇王ゼウラス・マグ・ナ・ケラウノス。
この一大事に王家六勇者は、ひとまず混乱を防ぐために政務を取り仕切り、表面上は問題なく国家を維持していた。
しかし次期勇王となるべきゼノン・マグ・ナ・ケラウノスはまだ幼く、とても王として政治に口出しできる状態ではなかった。
その成長を待つにしても、勇王国は王が不在のままとなってしまう。
――――ならば、代理として新たな勇王を選出すればいいのではないか?
いったい誰が言い出したのか、王家六勇者の中でそんな議題が持ち上がった。
たしかに血筋を少し遡って見れば、過去に王族と結ばれて王家の血を少なからず受け継いでいる者もいる。
だからといって王位継承権は存在せず、代理と言えど認めても良いものか。
王家六勇者の間では今、新たな勇王を推し進める革新派と、あくまで正統な次期勇王はひとりとする忠臣派に分かれ、日夜その答えを模索していた。
「……皇帝国の使節団は、明日には王都入りするそうだ」
「ほう、それは良かった。なにかと問題が立て続けに起きていたからな」
「例の海賊共はどうなった? 残党は残らず捕らえねば」
「ぬふふふ、すでに動かせていますからご安心を」
クロシュたちの近況を軽い口調で話し合い、海賊の残党への対処も容易く行うのは革新派の四人だ。
それぞれが王家六勇者たらしめる秘宝、勇者の証ともされる武器を装飾品のように身に着けている。
ひとりは【紫牙剣の勇者】セリエル・マグ・ヌス・アルカイオス。
冷静な態度と口調とは裏腹に、戦いとなれば腰に差した剣を抜き、苛烈なまでの攻撃で敵を圧倒する好戦的な女性だ。
二人目は【蒼流槍の勇者】アグランジェ・マグ・ヌス・トリアイナ。
長身の彼は不敵な笑みを浮かべながら物思いに耽る。テーブルに置かれた槍で貫く敵のことを考えているのだ。
三人目は【金蝕弓の勇者】ゴルベート・マグ・ヌス・アルテミス。
鋭い眼光の男であり、背中に折り畳み可能な弓を背負っている。普段は寡黙で大人しいが、一度獲物と定めた相手は決して逃がさない執念深い性格だ。
四人目は【黄令杖の勇者】モルグリート・マグ・ヌス・カドゥケス。
常に柔和な笑みを張り付けた中年の男だが、人を動かすことに長けており、手に持ち続ける杖は軍を率いる者に絶大な効力を与える。
そんな勇者たちを苦々しく見つめる男がいた。
彼は【銀旋斧の勇者】ギニオス・マグ・ヌス・アダマント。
隣には最年少で、まだ少女らしさが残る【赤吼刃の勇者】ファノア・マグ・ヌス・ケルベロス。
こちらの二人は忠臣派として、革新派の四人とは対立している。
対立と言えど政務の関係上、表立って争うなど本末転倒であるため、ほとんどが水面下での嫌がらせにも似た工作が多い。
少しでも隙を見せれば、一気に崩されて押し切られてしまうだろう。
だからこそ互いが膠着状態に近く、三年もの時が過ぎていた。
このまま待てば忠臣派は次期勇王ゼノンの成長を期待できるはずだが……。
「――ふん、よく舌が回る」
「なにか言ったか、ギニオス」
「いいや、ただの独り言だ。気にしないでくれ」
そう言われては引き下がる他ないセリエル。
だがギニオスと同じ忠臣派のファノアは、その言葉の真意を理解していた。
この会議より以前、ギニオスと打ち合わせをしていた時のことだ。
使節団を襲った海賊たちは、以前から近海を荒らしていたのは間違いない。
しかし大型船を三隻も所持していたとなれば、明らかに誰からか支援を受けていたとしか考えられなかった。
これについてファノアは、ギニオスよりひとつの仮説を聞かされた
すなわち革新派は使節団……皇女、または聖女を害するつもりなのだと。
そんなことが実現すれば、勇王国の信頼はがた落ちだ。
ファノアには理解できなかったが、そこにこそ狙いがあるとギニオスは不快感を滲ませながら語った。
現状で次期勇王と目されているのはゼノン・マグ・ナ・ケラウノスだ。
これは実務を王家六勇者が担っていたとしても事実上のトップは変わらず、勇王国の代表者にして、責任を取る者となる。
もし使節団に、なにか大きな危害が及べば……最終的に責任を取るのは王となってしまう。
もちろん王家六勇者も無傷では済まないが、正統なる勇王を廃してしまえば後はどうとでもなる。
そのために海賊を支援し、失敗すれば残党狩りと称して証拠隠滅を図っているのだろう。
この話を聞かされたファノアは、自身が仕えるゼノンを思う。
まだ幼くして母を失い、今度は父王まで失くした。
その境遇は、若くして王家六勇者の責務を背負わざるを得なかった今のファノアによく似ている。
だからこそ、いや……そうでなくとも、彼女は主君を守らなければならないと固く誓った。
幸いにもゼノンの身柄は忠臣派で匿っており、その周囲は近衛であるアイギス勇士団が固めている。
だが、それでもファノアは今の王家六勇者を見ていると、この権謀術数が渦巻く勇王国から守り切れるだろうかと不安を抱かざるを得ないのだった。
実は新作を投稿していたりします。
よろしければ、そちらも呼んで頂けると私がめっちゃ喜び舞います。
タイトルは以下の通りです。
「ダンジョンテーマパーク『ヴァルハラ』へようこそ!」




