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そして布は幼女を護る  作者: モッチー
第4章「アーマード・布」
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ふふん、このくらいはな

 結果から言うとフォルティナちゃんは怒らなかった。

 護衛として同行しているのに面倒事を増やしたのは残念賞だけど、悪党を発見してマルク少年を助けたので印象は悪くなかったみたいだ。

 元々、自由にしていいとフォルティナちゃんから許可を出していたのもあり、怒るに怒れなかったのもあるかも知れない。

 どうあれ、やっぱり余計な手間をかけてしまう行為は慎むべきだと俺は反省したので、いざという時に身分を明かせないお忍び行動は控えよう。

 そうなると残る問題はひとつ……。


「うちの聖女殿が世話になったそうだな。私からも礼を言わせて貰おう」

「そ、そんな……ボクは大したことしてない……ません」

「気楽に話していいですよ? この場には我々しかいませんからね」

「聖女殿の言う通りだ。そう畏まる必要はない」

「は、はい……」


 俺とフォルティナちゃんが声をかけても、マルク少年は緊張からか声も表情も硬いままだった。

 でも本当に周囲の目もないし、この部屋内だったら敬語すらいらない。

 もし公式な場だったら、フォルティナちゃんの口調はもう少し丁寧になっているからね。

 なので、この場は俺たちだけの非公式なお茶会というワケだ。


 なぜマルク少年を交えてお茶会なのかと言えば、フォルティナちゃんに紹介した流れと言うべきか。

 色々と事情を説明しなきゃならなかったし、逆に事情を聞いておきたかったから一席設けたのである。主にフォルティナちゃんの提案で。

 あとはまあ、諸々のお礼を込めたおもてなしの意味合いも含めている。


 というのも話を聞いてみれば、実はマルク少年が俺を探していたのは、俺がフォルティナちゃんから受け取ったお金を、あの店番少女に袋ごと渡したまま帰ってしまったからだ。

 一度は受け取ったけど、追加で購入した時に忘れてしまったらしい。店番少女も大量購入に浮かれていたとかで俺が去ってから気付き、マルク少年が慌てて追いかけたのだとか。


「聖女殿……」

「言わなくても理解していますので……」


 財布を忘れるなんて、うっかりにもほどがある。

 あまりにも情けなくてフォルティナちゃんの視線が痛い……。

 顔の熱さを誤魔化すように、俺は話題を変える。


「と、とにかくマルク君、私のことはナイショにしておいて欲しいんです」

「ははは、せっかくの聖女殿のイメージが崩れてしまうからな」


 うぐぅ……やっぱりフォルティナちゃん怒ってない?


「もちろん秘密にするよ。それにミラ……クロシュお姉さんが聖女様だったのは少しびっくりしたけど、その、イメージが崩れたりなんてしないから……」


 マルク少年の優しさが心に染みるな……。

 こうして彼が心優しく健やかな育ってくれたおかげで、俺の世間体は守られたのであった。

 ……しかし、まだ一件落着とはならない。

 やがてマルク少年の緊張も和らいできた頃、あの悪党たちについての報告が届いたからだ。


 捕らえた悪党どもを尋問したところ、やつらの狙いが皇帝国から来た俺たちであるのは間違いなかった。

 具体的にどうするかまでは決めていない、なんとも場当たり的な行動だったそうだが、報復するつもりで動いたと白状したそうだ。

 気になるのは、何に対しての報復なのかだが……それもあっさり吐いた。


「まさか海賊の仲間だったとは予想外でした」

「ふむ、考えてみれば残党がいてもおかしくはないか」


 悪党どもの正体は、俺たちが討伐した海賊の仲間だったワケである。

 この港町にも海賊たちの隠れ家があり、表立って動けない仲間に代わり、人知れず街中で暗躍していたのだ。

 それが三隻もあった大型船の内、二隻を沈められてしまい、残る一隻も拿捕されてそのまま勇王国軍に引き渡されてしまった。

 多くの仲間と商売道具を失って、もはや壊滅状態である。

 まあ自業自得だし、なんの罪悪感も湧かないが。


「問題は、残りの仲間ですね」


 まだ隠れ家に残った海賊がいたらしいのだが、今回の大捕り物を察して逃げられてしまったのだ。

 ほとんど勢力を失っているので放っておいても海賊としては終わりだが、逆恨みで狙われ続ける恐れがある。

 もちろん俺やフォルティナちゃんには指一本どころか、視界にすら入ることはできないだろうけど……。


「次はマルク君が狙われるかも知れないワケですか」

「この館に入って行くところを見られていたとすれば、まず間違いなく手を出しやすいと見るだろう。人質にするか、単なる憂さ晴らしとするかはわからないが、危険に変わりはないな」


 つまるところ、俺がマルク少年を連れて来たのは軽率だったワケで。


「すみませんマルク君。まさか巻き込んでしまうことになるとは思わず……」

「えっと、ボクは気にしてないから」

「確かに賊が悪いのであって聖女殿に非はないだろう。だが、この国では我々が保護するというのも難しいな」


 だからといってマルク少年を放っておくのも無責任か。

 良い策がないかフォルティナちゃんも頭を悩ませていたけど、結局のところ勇王国の問題は、勇王国に任せるのが一番だと結論を出した。


「こちらから保護してくれるように働きかけてみよう。さすがに我々ほど厳重に警備してはくれないだろうが、自国の民ならば守って然るべきだ」

「ずっと保護されるワケにもいかないでしょう。根本的な解決のため、なるべく早く捕らえられないか聞いてみます。……ところでマルク少年のご家族は?」

「家族は……その、今はいなくて……」


 言い辛そうなマルク少年を前にして、やってしまったと思った。

 俺は謝ろうと口を開きかけるも、それを遮るようにマルク少年が首を振る。


「あ、あの、ボクはまったく気にしてないというか、もっと小さいころの話だから覚えてなくて……だから、クロシュお姉さんも気にしないで」


 気遣っている風でもなく、本当に気にしてないようだ。

 ただ深入りするのも躊躇われる内容なので、あまり触れないようにしよう。

 少なくとも船で働いていると言っていたので、生活に困っているワケではないのだろう。


 それと海賊の件に関しても、船乗りたちは海賊を敵視しているので、きちんと事情を話せば協力してくれるらしい。

 これが勢力を保っていた頃であれば軍を頼るしかないけど、すでに落ち目なので一丸となって抵抗すれば、残党くらいは対処できるとマルク少年は自信ありげに豪語する。


「ボクも気をつけるから、大丈夫だよ」


 などと言われても、警戒し過ぎるということはないだろうし、やっぱり不安なことに変わりはない。

 俺の考えが顔に出ていたのか、今度はフォルティナちゃんが擁護する。


「賊と言えど、日中の大通りで襲いかかるほど恐れ知らずではないはずだ。路地や夜間での行動を控えれば、そう危険はないと私も思うぞ聖女殿」

「フォルティナがそこまで言うのであれば……」


 彼女は気休めを口にしないで、ちゃんと現実的な考えの下で言葉にする。

 だからこそ俺もフォルティナちゃんが大丈夫だと判断するなら、そこで疑ったりせず素直に信じられるのだ。

 これは単なる思考停止ではなく、俺なりの信頼の証である。

 まあ、ミリアちゃんが関わると途端にぽんこつと化してしまうから、時と場合によるけどね。誰にだって調子が悪いことくらいあるものだ。






 当面の問題が解決したところで俺たちはお茶会を再開したのだが、ここで驚愕の事実が判明する。

 なんと俺の耳には同じに聞こえていたマルク少年の言葉が、実は帝国の言語とは違ったのだ。

 というか勇王国と帝国では言語が異なるようで、フォルティナちゃんはすでに修得しているから違和感なく話せるらしい。


 一方で俺だが、前にもオーガの言葉が理解できた上に、俺の言葉も相手に通じていた時と同じように、不思議なパワーで自動翻訳されていたようだ。

 その話をミリアちゃんから聞かされていたから、フォルティナちゃんは俺の言語能力について疑問も心配もなかったのだとか。


「てっきり聖女殿は気付いていると思ったが……」

「いえ、それがまったく……今も違いがわかりません」

「ボクも普通に話せてたから、勇家のお嬢様だと思ってたんだ」


 実は最初から雰囲気で聖女様に似ている気がしていたけど、この国の言葉がぺらぺらだったので他人の空似だと思い直したというマルク少年。

 あれ? あの変装ってあまり効果なかった?


「ところで少し気になったのですが、その勇家というのはなんでしょう?」

「ええっと、勇家は……勇家だよ?」

「聖女殿、この国では勇王の下に王家六勇者が仕えているように、各領地を勇者として任命された者が治めているのだ。ざっくりと言ってしまえば皇帝国における貴族に代わる地位だな」


 改めてフォルティナちゃんから、勇王国というものについて講義を受ける。

 内容はルーゲインが話していたのと同じく、かつて『聖王国』と呼ばれていた国は【怠惰】の魔王によって蹂躙され、勇者の血を王家に迎え入れて『勇王国』として生まれ変わった経緯だ。

 この時に国を守るため戦った貴族の大半が物理的に滅びてしまい、名前だけではなく制度そのものの見直しが行われた結果、新たに『勇家』が誕生した。

 いくつかの優遇措置があって平民より裕福だが、帝国の貴族ほど贅沢だったり傲慢な暮らしはできないらしい……建前上は。


 ちなみに貴族制度の撤廃には反対の声も多かったと想像できるが、フォルティナちゃんの予想だと魔王から逃げたり亡命した貴族なども多かったらしく、反対勢力はそのまま押し切られたのだろうという。

 生き残った貴族のイメージが悪くなり過ぎたワケだ。

 だからこそ英雄として知られた勇者にあやかって、勇王から認められた勇士が当主を務める家系という意味で『勇家』なのだとか。


「随分と詳しいですねフォルティナ」

「ふふん、このくらいはな」


 得意気に笑うフォルティナちゃんだけど、前は勇王国について詳しくないって言ってたのに……言語と一緒に勉強したのかな?

 そんな様子を微塵も見せない辺り、隠れた努力家である。


「あの、これってボクが聞いてもいいの?」

「ということですが……フォルティナ?」

「うむ……まあ表ではあまり話さないほうがいいだろうな」


 さっきの魔王から逃げたとかの予想は、ちょっと過激だからね。

 昔の話とはいえど、安易に触れてはならない歴史もあるだろう。

 ひょっとしたら当人にとっては昔の話ではなく、今も続いていたりすることだってあるかも知れないのだから。

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― 新着の感想 ―
[良い点] クロシュさん、なんという残念臭さw フォルティナさん、こういう口調でしたっけ?
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