だ、ダレのことでしょーか?
グラたんに加勢するぞー、なんて意気込んでみたものの……俺にできることは、ほとんどなかった。
というのもグラたんが強い。
いや、強いのは登場の仕方や、魔力から察していたんだけど、てっきり悪党どもを皆殺しにしてしまうような強さだと考えていた。
しかし実際にグラたんが動けば……。
「ぎゃあああっ!」
「なんだ、なにをしやがっ……足があぁぁぁ!?」
「気ぃ付けろ! あのガキ魔道具を持ってやがぐおぉぉ!」
懲りもせず子ども扱いした奴は、他よりも手酷く撃ち込まれて悶絶していた。
それでも、やはり死んではいない。苦しんではいるけど、誰ひとりとして命に関わるほどの重傷を負った様子はなかった。
グラたんの攻撃は素早く腕を振っているだけに思えるが、ほんの一瞬だけ手元に銃が出現し、音もなく射撃している……はずだ。
はっきり見えるワケではないから憶測も入っているけど、さっきちらっと見えた銃に似た武器を使っているのは間違いないと思う。
ただし、もし本物の銃であれば腕や脚など撃ち抜いてしまうのに対し、この場に出血している者は確認できない。
なにか秘密があるのか……。
ちょっとグラたんに【鑑定】を使ってみたいが、ステータスを覗くスキルはレベルが高いと気付かれるし、グラたんは高レベルな予感がする。
この状況だと敵対して取り返しが付かなさそうだから絶対にやめておこう。
なによりグラたんの華麗な戦闘を見守るのに忙しい。
「ちくしょう! だったら、こっちのガキだけでも……オフゥ!?」
「少し黙っててください」
敵わないと判断したのか、マルク少年に手を出そうとしていた輩を布槍で迎撃する。具体的には悪党どもが落とした棍棒で、人体の急所を一突きだ。
もちろん急所とは鳩尾のことだよ。
それにしても、今のはグラたんがワザと見逃したのかな?
ほんの僅かだけど、こっちを気にする素振りを見逃さなかったぞ。
俺がどう戦うのかを確認したかったのか、あるいは単純に危ないから俺を見ていたのか。幼女を見守る時、幼女に見守られるのだ……。
さすがに二度目はなく、後に続こうとした者はグラたんに撃たれて倒れていくから、やっぱりワザとだったっぽい。
「……フンッ、これで最後か」
ともあれ気付けば集まった悪党で立っている者はいなくなった。
固い地面に転がってあーうー呻くのがうるさかったのか、黙らせるようにひとりずつ追加で撃ち込む姿は無慈悲の一言だ。本当に死んでないのだろうか?
「それで、こいつらはなんだったんだ?」
「私も詳しくは知りませんが……マルク君?」
「えっと、ボクはお姉さんを探していたら、この人たちはどこかを襲撃するって話してたんだ。だから急いで報せないとって思って……」
要するに俺を助けようとしてくれた時と同じワケだ。
そして悪党どもは紛れもなく悪人……より酷いかも知れない。これから同盟を結ぼうって国の要人を害そうとしたのだから。
下手すれば両国の関係は悪化していたと考えたら大罪人だ。
「なんだ強盗の類だったか? 生かしておく必要なかったな」
尋問でもするつもりだったのだろうか。
「まあいい、こいつらの後始末を頼む。悪いがオレは先に行かせてもらう」
「構いませんよ、グラムリエル」
俺が名前を呼ぶと、去ろうとしていたグラたんはこちらに向き直り、再び鋭い視線をぶつけてくる。
だけど睨まれている感じはしないから、ちょっと目付きが悪いだけなのかも。
「そういえば名乗ろうとして邪魔が入ったんだったな……もう今さらか」
倒れている悪党どもを睨みつけて溜息をひとつ吐くと、気を取り直したように俺を見てにやりと笑う。僅かに窺えるギザギザの歯がキュートだ。
今度こそグラたんは立ち去ろうとして最後、背中越しに恐らく俺へ向けてこう言った。
「またいずれ、な」
どういう意味だろう?
その言葉の真意を測る前に、グラたんは姿を消していた。
また会うような口振りだったけど、残念ながら俺は一か月も滞在せずに帝国へ帰る予定だ。
ただ俺も、その内に再会するような予感めいたものを感じていた。
単なる願望かも知れないけどね。
それから俺は公館の警備に事情を話し、悪党どもを引き渡すワケだが、これが少し大変だった。
なにせ俺は勇王国側が用意した警備の者に黙って抜け出している。本来ならこっそり帰るはずだったので、ここで露見しては立場上いろいろと困るのだ。
仕方なく悪党どもは縛り上げてからマルク少年に見張りを頼み、一度フォルティナちゃんがごろごろしている部屋に戻ってから、警備の者に窓から怪しい人影を見たとか苦しい言い訳で誘導し、なんとか事なきを得た。
まあ警備側からすれば賊が襲撃を企てていたワケだから、大慌てで他に仲間がいないか調査が始まるわ、捉えた連中にも厳しく追及するわで、とんでもなく大事になっていたけど、未然に防げたので一安心といったところか。
ちなみに現場には俺も無理を言って同行し、マルク少年をそれとなく擁護したので悪党の一味と誤解されたりもせずに済んでいる。
そこからマルク少年の証言により、犯罪に巻き込まれたところを通りがかった何者かに助けられ、ついでに悪党どもを捕らえて行ったという形になった。
かなり怪しいけど事実だし、俺は変装していたので結果としてバレなかったから大成功だろう。
これで一件落着……とはならなかった。
「あの……お姉さん、ですよね?」
「だ、ダレのことでしょーか?」
悪党どもが連行されていく最中、被害者として扱われていたマルク少年に一声かけておこうと近付いた時である。
変装を解いて黒髪の聖女クロシュ形態になっているというのに、なぜかマルク少年が謎の観光者ミラお姉さんだと疑っていた。
いや、これはもう確信を持っているレベルだ。
なぜだ? たしかにグラたんに名乗ったけど、あれはマルク少年には声が届かないよう細心の注意を払っていた。聞こえたとは思えないが、もし聞こえていたとしたら誤魔化すのは難しいぞ。
とはいえ近くに警備の者が大勢いるし、今まさに『お知り合いですか?』的な視線を向けられているワケで……認めたら話がおかしくなってしまう。
「ど、どなたかと勘違いされているのでは?」
「でも、そのミサンガ……」
「ちょっとこっちに来なさい少年」
「え、えっ、えええっ!?」
うっかりしていた……まさかミサンガを手首に巻いたままだったとは。
店番の少女に巻いて貰ったところはマルク少年も見ていたから、これは気付いても当然だ。
間抜けすぎるミスに自分で呆れるが、ここで諦めるワケにはいかない!
俺はマルク少年を引き寄せると、周囲に漏れないよう声を潜める。
「いいですかマルク君、私とはここで初めて会いました。いいですね?」
「あ、あの、お姉さん……」
「お願いしますから頷いてください。それまで離しませんよ」
「わか、わかった、から……」
緊張からか顔は赤いし目が泳いでいて少し頼りないが、ひとまず理解してくれたらしい。
だが、しっかり説明してから改めて口止めしておかないと、どこかでポロっと言ってしまいそうでまだ不安だな。
この場で長話はできないけど、どうして俺を探していたのかも聞いていなかったから、その辺の事情を確認しておきたいのもある……仕方ない。
「みなさん、こちらの少年のおかげで賊は捕らえられ、未然に防げたと私は考えています。そこで彼を館へ招待してお礼をしたいのですが構いませんか?」
「もちろんです! 館には使いの者を走らせますのでご心配なく!」
「というワケですから、一緒に来てくれますね?」
「え、あ、あの……はい」
よし、どうにかこの場は乗り切った!
あとはゆっくりマルク少年に事情を話して口止めするだけだが、これはフォルティナちゃんに怒られるかな……?
今後はどれだけ余裕があっても、お忍び観光は控えよう。
お忍びって響きが、なんか好きなんだけどね。




