教えてやろう
とても遅くなりました。
ひょんなことから地元民のマルク少年に案内して貰うことになった。
観光案内とまではいかないが、右も左もわからない外国人からすれば道案内でも非常に助かる話だろう。
まあ帝国に戻っても異世界人の俺には案内が必須だけどね。
さて、道すがらマルクの話を聞くと、彼は船乗り見習いだとかで、今日は船を出せないから掃除だけして仕事が終わったらしい。
いつもより時間が余ってしまったので、せっかくだからお祭り騒ぎの街中を歩いていたら、偶然にも観光客を狙う悪だくみを耳にしてしまった……というのが俺と出会った経緯のようだ。
「この先に露店があるんですか?」
「うん、えっと、ボクが知ってる露店があるんだ」
はっきり詳しいとは言っていなかったから、自分でも紹介できるところに行こうと考えたのだろう。
俺は正直、そこまで大きな期待はしないでいたのだが……。
「ここは……小さいですね。店も、店員も」
案内されたのは路地の一角で、ちょこんと座る少女の露店だった。
固い石畳に布を敷いて、木箱の上には商品らしき小物が並べられている。知らずに一目見ただけだったら遊んでいると勘違いしそうなほど簡素だ。
思わず小声でマルクに尋ねてしまう。
「なぜ彼女はひとりで露店を? 大人はいないのでしょうか?」
「その、親がいない子たちが交代で店番しているんだよ」
考えてみれば、すぐにわかりそうな答えだったな。
帝国にも孤児院があったように、この勇王国にも孤児はいるだろうし、その中には大人に頼れない境遇の子も存在するワケだ。
より詳しく聞けば、やはり少女は街外れにある廃墟……いわゆるスラムで暮らす子供のひとりで、何人かが集まって協力しているのだとか。
それを聞いて俺が黙っているはずがない。
「とりあえず、これで買えるだけお願いします」
「わーい、まいどー」
フォルティナちゃんから貰った小袋をそのまま渡すと、店番の少女はにっこり笑いながら受け取った。なんか思ったより反応が軽いな。
ちなみに商品が安かったのか、それともフォルティナちゃんが多く入れてくれたのか、箱の上にあった品はすべて買えたようだ。
おまけに中身はあまり減っていない。返された袋の重さから俺がそう判断していると、少女が箱を開けてなにかごそごそと取り出した。
「おねーさん、おねーさん」
「どうしました?」
「まだあるけど、もっと買わない?」
「……ありったけ頂きましょう」
「まいどー」
商売上手というのか、想像していたよりずっとたくましい。
そして俺は、まんまとカモられた観光客の気分になってしまった。
と、とはいえ、買った品はお土産に相応しい物ばかりだ。
浜辺で拾い集めたのであろう貝殻を加工した手作りアクセサリーに、帝国では見慣れない鮮やかな花飾りやミサンガなど、なかなか情緒があってかわいらしい。
ちなみに店番の少女が作ったというミサンガもあったので、その場で腕に付けて貰った。俺のお土産はこれに決まったな。
数も十分すぎるほど手に入ったから、もう他の露店まで見て回らなくても大丈夫だろう。もう手で持ち切れない。
まあ、俺には【格納】があるから荷物にならないけど……と、スキルを発動させようとした寸前で二人の視線に気付く。
子供の前とはいえ、堂々とスキルを見せるのはよくないかも知れない。
「えーと、すみませんが全部は持ち切れないので、少しの間こちらで預かってくれませんか? 後で引き取りに戻りますので」
「いいよ。おねーさん、たくさん買ってくれたから」
「お姉さんって、やっぱりお金持ち?」
「私の知り合いはそうですね」
俺はそこまでお金持ちじゃないよ。カードの利益があるけど、ミリアちゃんやフォルティナちゃんと比べたら、とてもお金持ちだなんて言えないね。
預かって貰ったお土産は手間をかけて申し訳ないけど、あとで何人かの騎士に頼むとしよう。
さて、これで俺の用事は済んだし、あまりフォルティナちゃんから離れすぎるのもよくないので、そろそろ帰るべきではあるんだけど……。
隣のマルク少年へのお礼をどうするべきか悩むな。
どこかの露店でなにか買ってあげようと考えていたのに、あっという間に終わってしまった。ここで買った物は女の子向けっぽいから、少年に対するお礼としては向かないだろう。おまけに現地人だし。
良い店を紹介してくれたから、ぜひともお礼はしておきたいのだが……。
「お姉さん、どうしたの?」
「えーと、ですね……」
いっそ本人に直接聞いてしまうか?
「マルク君にお礼したいのですが、なにか欲しい物はありませんか?」
「ぼ、ボクは別に……」
「遠慮しなくてもいいですよ。私がお礼したいだけですので。ああ、それに物じゃなくても、なにか悩みとか頼みたいこととかあれば相談に乗りますが?」
時間がかかるのは困るけどね。
「ほ、本当に大丈夫だから……」
「そうですか?」
あまり無理強いしても逆に迷惑だろうけど、これは遠慮してるのか、本気でお礼なんていらないと思っているのか……どっちだ?
マルク少年の顔を凝視しても、困ったような表情をするだけで本心までは窺い知れない。
俺まで困ってしまうけど……それが今は助かる結果になったようだ。
「ではマルク君、案内してくれてありがとうございます。私はそろそろ行かないといけないので……」
「え、そうなの?」
やっぱりお礼が欲しかったのか、残念そうに落ち込むマルク少年だが、これ以上ゆっくりしていられない。
なぜなら、たったいま【察知】に反応があったからだ。
それもこの反応だと狙いは……。
「またどこかで会いましょう」
「あ……」
早々に別れを告げて、俺はその辺の路地へと身を滑らせる。
瞬間、まず【迷彩】によって姿を隠してから【黒翼】で建物の上空まで一気に飛翔すると、そのまま公館へ一直線に向かった。
敵意はフォルティナちゃんたちが休んでいる公館、その裏手側に集中しているようだ。
ただ俺の【察知】に反応した辺りから考えるに、狙いは帝国からやって来た俺たち全員だろう。
一見すると無防備なこっちにひとりも来ていないのは、俺だけ外出しているのに気付いていないからか。
とても好都合なので、ひとまず様子を見てから殲滅しよう。
それから十数分ほどが経ったか。
敵意を辿って公館の裏手側を上空から見張っていたのだが、ここからだと怪しい動きをしている連中がよくわかる。
公館とは道を挟んだ反対側にある路地に上手く潜んでいるが、丸見えだな。
どいつも布らしき物を顔に巻いて隠しているから非常に怪しい。
当然ながら警備は厳重にされている。そんな怪しい連中が容易に近付けるワケもなく、今のところは遠巻きに眺めているだけのようだ。
人数は十人以上いるだろうか。たまに入れ代わるので総数はもっと多いのかも知れないが……。
近付けば会話も聞こえるしスキルで透視もできるけど、なるべく常に全体を視界に入れておきたいからやめておく。
こっちが陽動という可能性もあるからな。目的がいまいち読めないのもある。
もう面倒だから先手を打って制圧するのもありだけど、今のままだと証拠もなにもない。ここは帝国じゃないので聖女パワーも効果半減だ。
なるべく慎重に行動しなければ……。
「お――、なにを――だッ!」
「――て……、――っ!」
路地の奥から誰かが争っているような声が聞こえる。内輪揉めか?
様子を窺っていると、路地に潜んでいた怪しい連中がこぞって声の方向へ走り出した。まるで誰かに見つかって、慌てて逃げだしている感じだ。
すでに周囲から他の敵意が感じられなくなった俺は、さっきの声が気になったので引き続き上空から後を追っていく。
入り組んだ路地でも、やはり空を移動すれば迷うこともなく、すぐに目的の場所を発見できた。
それほど離れていない路地奥にある開けた空間に、どこからか次々に押し寄せる集団と、数によって包囲された少年の姿が……。
「いや、あれマルク君では?」
つい先ほど別れたばかりのマルク少年の姿が確認できる。
状況はよくわからないが、見たままに表現するなら悪党に追い詰められたといったところか。
一瞬マルク少年も仲間なのかと疑ったが……必死に活路を見出そうとしている様子からして、明らかにそんな雰囲気じゃない。
おまけに声がはっきり聞こえる位置まで降りてみると。
「手間かけさせやがって……!」
「お前ら、話を聞かれた以上このガキを逃がすわけにはいかねえぞ!」
「わかってらぁ! ただでさえ皇帝国のせいで……ちくしょう!」
……なんとなく話が見えてきた気がする。
まず間違いなくマルク少年は巻き込まれただけなので、帝国の関係者としても放ってはおけない。
まだ悪党どもの目的も正体もわかっていないが、こんな路地で少年を囲んでいる時点で通報ものだろう。さっきの不穏な発言もそれを後押ししている。
よし、タイミングを見計らって……今だ!
「無事ですか、マルク君……!?」
「そこの少年、手を貸して……っ!」
少しカッコつけて、マルク少年と悪党を分断するように舞い降りて登場した俺だったが、すぐ隣から聞き覚えのない声がした。
咄嗟に振り向くと、そこには異質ながらも俺の魂に反応する姿が……!
「なんだ貴様は……誰だ?」
「誰と言われましても」
怪訝な表情で俺を見上げるのは、一言で言えば紅い軍服の幼女だった。
その目付きは鋭く睨みつけるかのようで、まるで獲物を見定める鷹だ。どうにも身長が低いので威厳もなにもないのはご愛嬌か。
真っ赤な軍服も迫力こそあれど、やはりちっこい手足がかわいい。きゃわわ。
そしてなにより注目すべきは……とても長い『黒髪』だろう。
珍しいどころか俺が確認できたのは幼女神様を含めても四人目という、もはや世界に数人レベルの激レアである。ちょっと親近感が湧いちゃうね。
……なんて言っている状況じゃないな。
「お、おい、なんだてめぇら!? どこから出てきやがった!」
「俺らの邪魔すんなら容赦しねえぞ!」
「え、あれ? お姉さん?」
軽く無視する形になっていた悪党どもとマルク少年も、いきなり現れた俺たちに混乱していたが、あまり長く放置もできない。
問題は隣にいる、この軍服幼女が何者なのかだが……。
「知り合いか。まあオレの邪魔をしなければなんでもいい。下がっていろ」
そう言われて思わず体が勝手に従おうとしたけど、さすがに名も知らぬ幼女ひとりに任せるような俺ではないぞ。
まったく気配を感じさせずに現れた辺りから、見た目通りの幼女ではないとしても関係ない。すべての幼女は俺の保護対象なのだ。
どうやら味方みたいだし、ここは共闘といこうか。
「先ほどの答えですが、私はクロシュと言います。手伝いましょう」
「……なんだと? 貴様が?」
まさかと言わんばかりに見つめられたのは、お前が戦えるのか? という意味だろうか。それはこちらのセリフでもあるけれど黙っておく。
「そうか……ならば名乗っておこう。オレは――」
「さっきから、なにごちゃごちゃ言ってやがる! このガキが!」
焦れた悪党のひとりが遮るように、酒瓶らしき物を投げつけたようだ。
瓶は回転しながらまっすぐ軍服幼女に向かっており、このままだと頭に直撃して大ケガは免れないだろう。
だが俺は余計なお節介だと魔力のうねりから察し、ただ黙って見過ごした。
結果、酒瓶は宙で砕け散っていた。
「……は?」
破片が散る音が路地に響き、静まり返った場に男の呆けた声がよく聞こえた。
投げた悪党には、なぜ勝手に酒瓶が割れたのか理解できなかったのだろう。
俺から見てもギリギリだったから無理もない。そもそも知らなければ、もし見えていても、やはり理解できなかったはず。
今のはミリアちゃんの螺旋刻印杖に近い武器によるものだった。
あれは魔力を弾丸として放てるアーティファクトで、本来の用途はカギだと判明したが……これは違う。
紛れもなく攻撃を目的とした武器……銃の一種だ。
「おい……オレをガキと呼んだか?」
「そ、それがいったいなんだってんだよ!?」
俺は背中から立ち昇るオーラを幻視して今度こそ少し下がる。
この幼女、キレてる。
「教えてやろう。誰であろうとオレを……このグラムリエルを子供扱いすることは決して許さん! 高く付くぞ、この雑魚がッ!」
「ひっ!?」
あまりの迫力に、大の大人が怯えている。
たしかにドスの利いた声はなかなか恐ろしいが、その内容が『子供扱いするな』では片手落ちというべきか。
「なにビビってやがる! まとめてやっちまえ!」
「おおー!」
さすがに全員を委縮させるのは無理だったようで、悪党どもが本気で襲いかかってくる。もちろん手には刃物やら棍棒やらの凶器を持っていた。
これだけ数が多いと、ちょっとマルク少年が危ないか。
さっき宣言した通りに、俺もグラムリエルちゃんを手伝って……いやグラムちゃん? グラちゃん? ……グラたん!
よーし、グラたんを加勢するぞ!




