楽しそうでなによりです
勇王国まで、ようやく残り一日となった。
明日には目的の港で停泊し、現地にいる外交官と情報のやり取りを行った後、あちらの首都へと向かう手筈になっている。
移動はまだまだ続くが、もうすぐ海から陸へ戻れるからか、あるいは昨日の遊覧飛行がいい気分転換になったのか、本日のフォルティナちゃんは亡者ではない。
いつもの上部甲板で優雅にお茶を楽しみつつ、メイドさんたちと華やかにご歓談あそばされている。
まあ、その内容は遊覧飛行の感想を言い合っているだけだが、本人たちはとても楽しそうなので良しとしよう。
また飛びたいと言い出さなかったのは、目的地が近付いたからだろう。
気候が温暖な勇王国は漁業が盛んで、近くの島々を往来する船も多いらしい。そろそろ、そうした船が近くを通りかかるかも知れない。
もし大空を飛び回っているところを目撃され、しかも後に皇女様とよく似た少女がはしゃいでいた、などと噂が立ってしまえば威厳も損なわれてしまう。
皇女としての責務を果たそうと己を戒めるフォルティナちゃんは立派だ。
俺も護衛として、精一杯サポートしないとね。
……そう気分よく決意を新たにしていたら、急に敵意を感じ取れた。
だが立ち上がって周囲を見渡しても大海原が広がるばかりで、しかも具体的な位置どころか方向すら定かではない。
スキル【察知】が壊れたりしない限り、これは妙な反応だ。
まず考えられるのは相手スキルの影響だが、それなら僅かにでも気付けたのが納得できない。相手がよっぽど粗末なスキルを所持しているなら話は別だが、この感覚からすると可能性としては低いだろう。
あり得るのは単純に距離が遠すぎる場合か……。
「聖女殿、どうかしたのか?」
「いえ……気のせいかも知れませんが、少し警戒しています」
俺の言葉に場の空気が一気に引き締まった。
とはいえ、なにが起きたとか、敵がどこにいるのかもはっきりしないが……。
「怪しいとしたら海中か、あの島くらいですか」
どこかの皇子のように、もしかしたら潜水艦みたいな乗り物を所持しているやつがいるかも知れない。
でも例え海の中から接近されたとしても【察知】が機能しないはずがない。
とすれば……水平線の先を見れば小島が浮かんでいる。
いや、小島といっても距離が遠いから感覚が変になっているだけで、きっと近付けば船よりは何倍も大きいはずだ。
あそこなら例えば敵が潜んだり、船を隠しておくにはちょうどいいはずだし、遠すぎて【察知】の有効範囲ギリギリの距離だとすれば納得できる。
この船の進行方向からすると、横を通る形になるか。
「……そういえばフォルティナ、たしか勇王国では海賊が多く出没すると前に言ってませんでしたか?」
「カイゾク?」
「海に出る盗賊のことです」
「ああ、あれか」
商家連合の貿易船が狙われることはあっても、基本的に陸地が多い帝国では海賊の名前が珍しい。
小規模な襲撃があるくらいだから、フォルティナちゃんも『海に出る変わった盗賊』という程度の認識しか持っていないのだ。
おかげでカードゲームの間にさらっと教えられ、雑談のように流されたので思い出すのが遅れてしまった。ちょうど手札で熟考していたのも間が悪かったな。
「たしかに、前に話した気がするが本当に存在するのか? 海に逃げ場などないだろう? 船が沈んだら盗品はどうするつもりなんだ?」
「私は海賊ではないので理解できませんが、立派な馬車を狙おうとするのは盗賊などと変わらないのでは?」
「ふむ……普通なら守りが固く、報復の怖れがある馬車を狙ったりしないが、海の盗賊となると恐れ知らずなのだな」
海賊が標的を選ぶ基準なんて俺は知らないが、そう話している間に敵意がより正確に感じ取れるようになってきた。
間違いなく島の反対側にいる。これは待ち伏せだ。
「ちょっと連絡して来ますので待っていてください」
「クロシュ様、フォルティナ殿下を部屋にお連れしますか?」
盗賊と聞いてメイドさんたちも真剣な顔付きで俺に注目していた。
昨日の遊覧飛行を楽しんでいた時とは雰囲気が大きく異なり、主であるフォルティナちゃんを守ろうとする意志が垣間見える。
「いえ、部屋に避難するほどではありませんよ。私もすぐに戻るので、そのまま普段通りにしていてください」
「かしこまりました」
全幅の信頼を寄せられているのか、俺の言葉に間を置かずメイドさんは答え、フォルティナちゃんもリラックスした様子でティーカップに口を付けていた。
こうなると責任重大だが、今回は俺の出る幕はないだろう。
ひょっとしたら、あいつもとっくに気付いているかも知れないが、念のために確認だけはしておこう。
ほぼ予想した通りの展開となった。
しばらく進んだところで、島の陰から敵意を放つ船が登場したのだ。
予想外だったのは、それが大型船で三隻だったことか。
大きさだけならこちらと同程度だが、中身の性能が圧倒的に違うので無視して振り切れただろう。
しかし面倒なことに海賊船(暫定)は、こちらを囲むように一隻が先行、そして後方から二隻が追跡し始めた。
後に聞いた話では、その時の風向きや波にも左右されるが、慣れた動きだったので予定されていた作戦だったのではないか、とのことだ。
つまり通りかかった船を数で圧倒して逃げ場を塞ぎ、こちらの戦意を削いでから乗り移って制圧、根こそぎ金品を略奪するという。
通常であれば脅しで大砲などによる多少の撃ち合いもあったのだろうが、こちらが一向に動きを見せなかったから武装していないと勘違いしたのか、安易に接近したらしい。
事実、こちらに大砲なんて武装は存在しない。
あるのは武装ではなく少し変わった装備と、人材を乗せているくらいだ。
海賊たちは、たった一隻で豪華な船が海を渡っていることを、もうちょっと不審に思うべきだったのだろう。
なんの備えもないワケがなく、結果として後方の二隻は沈んだ。
リヴァイアのスキル【渦潮】によって突如として大渦が発生し、それに飲み込まれたのである。
後に残されたのは海上に浮かぶ残骸だけだ。
もし海賊じゃなかったらと少し心配にもなったが、普通はなんらかの信号を送るところを、無断で囲い込んで来た時点で文句は言えないそうだ。
おまけに、こちらは皇女さまを乗せているのだから、不敬な輩は処断する構えである。慈悲はない。
「まだ一隻残っているな」
「あれは可能なら拿捕……捕まえるそうですよ」
フォルティナちゃんの疑問に、俺はわかりやすく答える。
事前に確認したところ、リヴァイアは海賊船が動き始めた辺りで、その正確な数まで判別しており、二隻は沈めるが、残り一隻はそのまま勇王国まで連れて行けば帝国の強さをアピールできると語っていた。
ただ牽引するとなれば耀気機関の負担も大きくなるため速度は落ちるし、スキルで運ぶのにも限界がある。
ちなみに当然ながら汚い海賊を、この栄光ある皇女専用の船に乗せるなんて案は最初から検討されないし、俺も許可しない。
なので最終的な判断は船長と相談して決めるそうだ。
「なるほど、たしかに近隣を荒らしている賊を引き渡すのはインパクトがあって良い手土産になる。ただ、到着が遅れるのは避けたいな」
「反乱を起こされても面倒なので、あちらの乗組員が降伏しなければ、完全に沈めてしまうとも聞きましたが……」
まあどっちに転がろうとも俺たちに大きな影響はないだろう。
問題は勇王国の海の治安があまり良くない点と、陸はどうなのかという点だ。
ただの海賊が、あんな大型船を三隻も保有していたのも気になるし、なにか面倒事に巻き込まれそうな予感がする。
「クロシュ様、船員から海賊たちが降伏したので船を引いて勇王国へ向かうとの連絡がありました」
「そうですか、わかりました」
どういう議論が交わされたのかは知らないが、こちらに話が来なかったなら俺の仕事はないはずだ。
あとは任せて、ゆっくりさせて貰おう。
「ふむ、やはり海で盗賊とは無謀に思えるな。よほど陸地での取り締まりが厳しいのだろうか? 耀気機関が普及していない田舎とは聞いたが、どんな国なのか少し楽しみになったな」
「フォルティナが楽しそうでなによりです」
でもきっと陸地の治安も良くはないと思うんだ。
海賊たちは、海賊たちなりに利益があるからやっているだけでね。




