対価はなんですか?
クロシュとフォルティナが船上で項垂れていた頃……。
「来たぞ」
「お待ちしてました、アルメシアさん」
帝都のエルドハート邸でミリアが自室へ迎え入れたのは、氷像のインテリジェンス・アイテムである【幻狼】アルメシアだ。
冷たい印象を周囲に抱かせる彼女だが、ミリアへ向ける視線には普段より暖かいものが含まれていた。
それがミリアの人間性によるものか、それとも黒髪によるものかは、アルメシアにしかわからないだろう。
「依頼された物の試作品を持ってきた。試着してくれ」
「ありがとうございます。すぐに準備しますね」
単刀直入でぶっきらぼうな物言いだが、それが彼女の性格であり、別に機嫌が悪いわけではないと理解しているミリアは気にせず受け取る。
そして手にしたのは小さな手の平にも収まる金属製の円盤だった。
「あの、これは……?」
「いちいち着替えるのでは、いざという時に面倒だろう。瞬時に装着できるよう仕掛けを施した。名を付けるなら『展開式小型バリアスーツ』だ」
「えっと、とにかくこれが防具になるんですよね?」
「衝撃や振動などを緩和させる目的ならば不足はないだろう」
そう、ミリアがアルメシアに依頼したのは防具の製作であった。
レギンレイヴを操縦する際に生じる強い揺れから身を守り、まともに運用するための対処法のひとつである。
以前、アルメシアがクロシュを訪ねて現れた時に、彼女が冒険者専用で魔道具化した装備を販売する『ワルキュリアの羽衣』のオーナーであり、その多くはアルメシア本人が手がけている作品であることを知った。
そこでミリアはチャンスと思い、クロシュを驚かせようと内緒でこっそりと防具製作を依頼していたのだ。
とはいえ『ワルキュリアの羽衣』は貴族であろうと特別扱いせず、オーダーメイドの予約もずっと先までいっぱいだと聞いている。
断られても仕方ない……そう予想していたミリアだが、意外にもアルメシアはこれを即決で受け、むしろ快諾する勢いであった。
というのもミリアの依頼した防具……アルメシアに言わせればパイロットスーツだが、そのデザインはすべてお任せである。
であれば黒髪の少女モデルを自分好みに着飾れるも同然であり、アルメシアからすれば願ってもない話なのだ。
さらに依頼の対価としてミリアには、新たに開発した装備を試着するモデル役を頼んでおり、本人の口から『私で良ければ』と約束を取り付けていた。
ミリアは望みの防具を手に入れ、アルメシアは理想のモデルを確保できる。
まさしくウィンウィンの関係だろう。
「これはどうやって身に着けるのですか?」
「胸の中心に押し当てて、中心に触れながら念じてみよ」
「えっと、こうですか? ……わっ!?」
言われた通り胸元に円盤を当てると、円盤から黒い影が煙のように吹き出し、瞬時にミリアの全身を包み込んだ。
思わず身構えるミリアだったが、その時にはすでに装着が終わっている。
気付けば着ていた衣服は消え失せており、代わりとして肌に吸い付くほどぴったりと合う黒装束へと様変わりしていた。
つい手放してしまった金属の円盤も胸元で固定され、怪しい光が灯っている。
「こ、これが防具なんですか?」
「見かけは頼りなく思えるだろうが、それも魔道具だ。強い衝撃や振動に対して自動で緩和するバリアのようなフィールドを極小範囲に形成する。簡単に言ってしまえば、どれだけ揺さぶられようが肉体への影響は少なくなる」
たしかにレギンレイヴを操縦する上での問題点は平衡感覚にさえ影響が出る激しい振動であり、それを防げるなら防具のデザインについては指定しなかった。
だが試着したミリアは、姿見を前にして顔を熱くさせる。
「そ、その、これはちょっと……」
「気に入らないか?」
「いえ、あの、はい……これは人前に出られません」
ミリアが戸惑うのも無理はない。
そのスーツを端的に言い表すとすれば、ぴっちりスーツだからだ。
肩から背中、腰からお尻、そしてふとももから足先まで身体のラインを隠すこともできず、シルエットだけならば衣服を身に着けていないかのようである。
まだ幼いとはいえ貴族令嬢が着用する代物ではないだろう。
もちろんアルメシアも、これで公の場に出るのは変態くらいだと認識していた。
なので、こうして楽しむのは他に誰もいない場所だけで、実際に使用する際には上に重ね着するのが普通だろうと用意済みだ。
そうして取り出したのは白い布地で、頭からすっぽりと被ると前掛けのように前後を覆い隠すものの、左右は大きく開いているデザインだった。
貫頭衣とも呼ばれるタイプだが、通常より明らかに布面積が少ない。
「ふむ、やはり黒と白のコントラストが素晴らしい」
「そ、そうですか……?」
「だが注意点もある」
さっきよりマシになったとはいえ、まだ抵抗感のあるミリアを無視してアルメシアは機能の解説を続ける。
その視線はミリアへ向けられたままだ。
「バリアスーツは着用者の魔力を利用している。つまりお主の魔力が尽きてしまえば、それは単なる煽情的なスーツになる」
「煽情的!?」
「お主の目的を考えるならば、振動そのものを抑えなくてはならんだろう」
軽く流されてしまったミリアは、そろそろアルメシアという人間を誰よりも正しく理解し始めていた。
だがモデル役を引き受けた今となっては時既に遅し。
未来の苦労するだろう自分を憂いながら、とりあえずミリアは説明する。
「ええと、あの子……レギンレイヴの操縦は簡単にできるよう設計されているんですけど、それはあらかじめ動き方が定められているからなんです。だから、それを変更してもっと無駄を少なくしたり、無理のない動きにできれば振動も軽減されると思うんです」
「……まるでロボットのプログラムだな」
「ぷろぐらむ、ですか?」
「いや、それより機体そのものの改修はできんのか? コックピットや座席に手を入れれば劇的に変わるはずだが」
「もっと大きな工房で、たくさんの技術者と、十分な資材があれば可能だと思いますけど……私にはどれも足りていないので」
そもそもレギンレイヴの構造から解析しなければならず、それには数年がかりでの研究が必要となる。
最終的にはミリアも取りかかりたいと考えていたが、レギンレイヴはプラチナからの借り物であるため、そう長くは手元に置いておけない。
そういった理由があるため、機体の改修は諦めていたのだ。
「ですが、せっかく動きを変えても確かめる方法がないんですよね」
庭の敷地に鎮座するレギンレイヴだが、もしテスト起動するならば当然ながら飛行も含まれる。
もし実行すれば帝都は大混乱に陥ってしまい、その責任は重いだろう。
「つまるところ実験する場所がないわけだな?」
「はい、前はクロシュさんが連れて行ってくれた広いところがあったので、そこでなら問題なかったんですけど、今はそれも難しいので……」
「ふむ……ならば、私が力を貸してやってもよいぞ?」
「え?」
その申し出に、ミリアは喜びよりも驚きが勝った。
アルメシアとの関係はクロシュを通じた知り合いで、仕事を依頼した相手というよりは親しい間柄だと思えている。
だからこそ彼女の本性を知りつつあるミリアは、違和感から問いかける。
「……対価はなんですか?」
「ふふ、賢い者は好きだぞ。美しい者の次にな。なに、対価というほどの要求ではない。ただ少しばかり助力をして欲しい」
「……具体的に聞かせてください」
もったいつけるアルメシアだが、なんとなくミリアには予想ができた。
これまでの言動、そして彼女の性格から、なにを求めるのか。
「クロシュの奴にな、私の仕立てた衣装を着せたいのだ」
「うぅ、やっぱりそれですか……」
これを他の者が聞いていれば、なんだそんなことか、それは本人に聞けばいいだろう、前にも着て貰ったじゃないか、などと考えただろう。
しかしミリアは知っていた。
アルメシアがクロシュに着せようと持ち込んだ様々な衣装の多くはクロシュが言われるがままに着替え、その着こなしも見事だったが、幾つかの衣装だけはクロシュが明確に拒否感を表していたのだ。
その衣装とは主に、裾が短いなど露出が派手なタイプである。
「つまり、それらをクロシュさんに着るよう説得するのを手伝うわけですね?」
あまり気が進まないミリアに、アルメシアは攻勢に出る。
ミリアがアルメシアの人となりを理解し始めたのと同じく、アルメシアもまたミリアという少女の心を理解し始めていたのだ。
「私の見立てでは、あやつはお主に甘いからな。勝算は大きいだろう」
「そ、そうでしょうか? クロシュさんは私に甘いんですか?」
「弱点と称してもよいくらいだ」
薄々と自覚はあったが、はっきりと言われてはミリアも照れてしまう。
これを好機と見てアルメシアが追撃を仕掛けた。
「もちろんクロシュだけと言わず、お主にもクロシュとお揃いの衣装を用意しようではないか。そして二人が並んだところを写し絵に残すのはどうだ?」
「クロシュさんとお揃い……並んで……写し絵で……」
「無論、どうしても嫌だと拒否するようであれば無理強いはさせない。私にも矜持があるのでな。無理やり着せるなど面白くもない」
抵抗感や羞恥心がある衣装を着せるのは大好きだったが、それはミリアに隠したまま決断を迫るアルメシア。
一方でミリアも、この提案は悪くない……どころか、胸のうちから溢れるほど湧き出す想いがあった。
目的は違えど、もしかしたら二人は同じ道を歩めるのではないだろうか。
「……わかりました。そういうことであれば、きっとクロシュさんも許してくれるはずです!」
「そう言ってくれると信じていた。よろしく頼んだぞミリアよ」
「こちらこそアルメシアさん!」
爛々と輝く瞳で握手をするミリアと、表情は冷たく内心で燃えるアルメシア。
二人の共同戦線によってクロシュの防衛が破られる日は、そう遠くない。
船旅の続きを書こうと思いましたが
先にこちらの様子を挟んでみました。




