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そして布は幼女を護る  作者: モッチー
第4章「アーマード・布」
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頼りにしているぞ

「聖女殿よ、もう支度はできているだろうか?」

「ええフォルティナ。とはいっても、私が用意する物はほとんどありませんが」


 ついに勇王国へ出発の時が訪れた。

 迎えに来てくれたフォルティナちゃんに答えながら、俺は本当に少ない荷物であるトランクをメイドさんに手渡す。

 片手で運べるほど小さく、中身も入っていない。見せかけの荷物だ。

 なぜそんな物を用意したのかと言うと、本物はすべて【格納】に入れてあるのだが、正直にそれを告げてしまっては危険物をどこにでも持ち込めると宣言するようなものだ。

 別に悪事を働くつもりもないが、変に警戒されないためにも偽装は必要……というフォルティナちゃんの意見に従った結果である。


 それに日用品の多くはフォルティナちゃん側が手配してくれている。

 前回の遺跡旅行でも不足はなかったので、きっと勇王国に滞在する間も、まったく不自由することはないだろう。

 まあエルドハート家のお世話になりっ放しの俺からすると、いつも通りというワケである。


「ではノブナーガ、ネイリィ、そしてミリア。少しの間ですが留守にします」

「ああ、楽しんで……とまでは言えないが、まあクロシュちゃんなら心配いらないだろう」

「怪我や病気には気を付けてね」

「クロシュさん、フォルティナをお願いします」

「任せてください。無事に勇王国から連れて帰りますから」


 そんな話をしているとフォルティナちゃんが軽く笑い飛ばすように言う。


「そうだぞミリア。精鋭の護衛騎士に加え、聖女殿まで借りるのだ。世界広しと言えど、これ以上に安全な旅はそうないだろう。だから、心配しないでくれ」

「はい、もちろん心配なんてしていません。それにクロシュさんが一緒なんですから、きっと大丈夫に決まってます」


 口ではそう言いつつも、本心では今も不安が拭い切れていないはずだ。それを隠して気丈に笑顔を浮かべている。

 だからフォルティナちゃんも笑って、二人は再会を約束する。それは特別なものではなく、いつも通りの言葉だった。


「では、またなミリア」

「はいフォルティナ、また」


 まるで今生の別れのような雰囲気で、強く握手を交わす二人。

 傍で聞いている俺としては死亡フラグっぽくて焦るけど、せっかくの歴史に残りそうな名場面に水を差したくないので、暖かい眼差しで見守るのであった。

 ただノブナーガやネイリィ、護衛騎士たち大人組もちょっと曖昧な笑みを浮かべていたので、大袈裟だと思っていたのは俺だけじゃないのだろう。

 少女たちの深い友情はとても尊いけど、その気になれば転移陣でいつでも戻れるから、本当に危険なんてないのだ。






 最後の挨拶回りも終えて、俺はフォルティナちゃんと共に耀気動車へ乗り込んでいた。行き先は駅だ。

 旅程としては、まず帝国東端の港まで耀気機関車で向かい、そこから船旅でのんびり勇王国まで向かう。

 到着まで一週間。とてつもなく退屈な時間だという。


 まあ船上なら色々と珍しさもあって数日は楽しめそうだが、それも慣れるまでの話で、その後はひたすら青い海と空を眺めるしかない。

 景色だけなら最高だけど、もし船酔いでもすれば地獄である。


「聖女殿、実は私は船に乗った経験がほとんどない。ほんのちょっとだけだ。もし長く乗っていると船酔いする体質であれば、とてつもない苦悶を味わうと教わったのだが……じ、事実だろうか?」


 先ほどまで心配などないとミリアちゃんに豪語していたフォルティナちゃんだったが、俺以外の目がなくなった途端に弱音を吐いていた。

 といっても船酔いを怖がっているだけだけど、そのしおらしい仕草が強気な普段とのギャップで結構な破壊力を秘めている。


「安心してくださいフォルティナ。幸いにも私の【聖域】は体調を万全に整えられます。これは船酔いにも同様の効果があります」

「そ、そうか! なら心配無用だな! いや、薬やらなにやら用意していたが無用だったようだ。聖女殿が同行してくれてよかった」


 そんなところで感謝されても微妙だけど、まあ役に立てて良かった。

 思えば、こうして彼女とゆっくり話す機会はあまりなかったかも知れない。いつもミリアちゃんが同席していたからね。

 せっかくの長い旅なので、その間にもっとフォルティナちゃんとも親交を深めてみよう。


「ところで詳しく聞いていませんでしたが、いったい何人ほど同行しているのでしょうか?」

「供回りのことなら二百人ほどだ。護衛騎士が百八十人、世話係が二十人いる」


 世話係とはメイドさんのことか。

 ちょっと多いように思えるが、皇女様ならこのくらい必要なのか。


「一応言っておくと、聖女殿の世話係も含まれているぞ」

「私のですか?」

「すべてこちらで受け持つ約束だからな。そこまで数はいらないと聞いているが足りなければ私のほうからも回すから言って欲しい」

「お気遣いなく」


 どうやら知らぬ間に俺のお世話についてやり取りがあった模様。

 こういうのはノブナーガではなく、たぶんネイリィの指示だ。普段の生活パターンとか完全に把握されているから。

 もちろんミラちゃんの姿ではしたないマネは一切しなかったので、品行方正な淑女らしい淑女として映っていただろう。中身は別として。

 人数はいらないというのも、普通のご令嬢は着替えから身支度、湯浴みまでメイドさんに任せるけど、俺はその辺りを自分でやってしまうからだ。

 というか前世での感覚があるから自分で着替えるとか当たり前だし、身支度は一度【人化】を解除すれば寝癖もリセットされる。お風呂に関しては、さすがにひとりで入らせて欲しいといった感じである。

 たまに用事を頼む時くらいしかメイドさんを必要としなくて、逆にお世話させてくださいと陳情された経験があるほどだった。怖かったので却下したが。


「ちなみに割合はどうなっていますか?」

「私が十五人。聖女殿が五人だが、やはり少ないのではないか?」

「いえ、もっと減らして構いませんよ。私はひとりでもいれば十分です」

「そ、そうか? そこまで言うなら、あとで変更させておくが」


 驚いたような目を向けるフォルティナちゃんだけど、俺は逆に二十人近いメイドさんに、どう仕事を割り振っているのか気になるよ。ヒマで手持無沙汰になるメイドさんとか出ないのだろうか。


 あと興味はなかったけど護衛騎士が百八十人という中途半端な人数である理由も話してくれた。

 要するに船の定員が二百人で、その中で必要なメイドさんを選び、残り枠を護衛で埋めたワケだ。

 しかしなぜ船団で向かうのではなく、たった一隻にこだわるのか。

 その理由はリヴァイアにあった。


「現状、勇王国まで確実に行き来できるのが、その者が乗船している船だけだそうだ。一緒に行動すれば複数の船でも問題ないと私も思ったが、嵐などに見舞われるとはぐれる可能性が高いらしい」

「なるほど。そうなると他の船が危険になるワケですか」

「式典前に遭難事故を起こして捜索に手間取ったり、破損したみすぼらしい船で勇王国に入港しては皇帝国の名折れだ。貿易は実現不可と判断される恐れもあるだろう。なにより、あまり数が多すぎても威圧させてしまう。威厳や格式を持って侮らせないことは重要だが、あくまで同盟国へ向かうのだからな」


 様々な思惑の上で計算された一隻らしい。

 俺はまったくの素人なので、そういう外交はフォルティナちゃんに任せて護衛に専念するけどね。


「そうだ聖女殿、先に重要な話をしておこう」

「急ですね。なんでしょう」

「ああ、聖女殿は『伝心塔』を知っているだろうか?」


 聞き慣れない言葉に俺は首を振る。


「皇帝国の最先端にある耀気機関を用いた魔導技術……と聞いているが、私も細かい理屈は知らない。肝心なのは、これは遠方と連絡できるものということだ」

「……遠くにというと、勇王国からこちらまで届くのでしょうか?」

「さすがに聖女殿は鋭いな。そのようだ」


 今まで色んな機械に似た道具があったけど、通信機のようなものはスキル以外で見かけなかった。

 ここに来て登場するとは……一気に世界が変わってしまう予感がする。

 なにせ海で隔てられた他国とも通信できるのだから、情報の伝達速度はこれまでの比ではない。

 もし戦争に使えば圧倒的なまでに緻密な作戦行動が取れるだろう。アニメやマンガでもそういった展開があったから確実だ。

 ……しかし待てよ?


「先ほど『伝心塔』と言っていましたが、もしやかなり大きいのでは?」

「私も実際に見たわけではないが、かなり巨大なようだ。それを勇王国側に用途を悟られないよう建設したいらしい」

「具体的にどうするのでしょうか」

「……実のところ私も専門的な部分までは覚えていないのだが」


 塔の本格的な建設はまだ先の話であって、今回の使節団はあくまで式典への参加が目的になる。

 そして帝国の外交官が勇王国に滞在している大使館のような施設があり、そこを改築して塔にする予定なのだとか。


「それを秘密裏に建設すると言い張るのは無理があるのでは?」

「怪しまれるだろうが、無理やり調べられることもないからな。ただ可能であれば交渉して、一定の土地を自由に使える権利を得る方針だ。元ある施設を塔に改築するより、新たに建造したほうが自然だからな。そしてそれは今回の私が受け持つ仕事でもある」

「私は政治に明るくありませんが、それはかなり難しいのでは」

「困難を可能にするのが外交という手段だよ、聖女殿。まあ貿易を持ちかけたこちら側が一歩リードしているからこそ、望みがあるわけだが」


 なるほど。つまりフォルティナちゃん次第というワケか。


「それに関して、私がするべきことはなんでしょうか?」

「特にはないな」

「……ではなぜ私に話を?」

「聖女殿には隠さず、話しておいたほうが良いかと思ってな」

「そ、そうですか……」

「頼りにしているぞ、聖女殿」


 ふふっと、あまり見せない柔らかい笑みを向けるフォルティナちゃん。

 これは……ミリアちゃんがいないせいなのだろうか?

 フォルティナちゃんの態度がいつもより軟化しているというか、デレているというか、かわいいというか……。


 いや、もちろん最初からフォルティナちゃんはかわいい。

 だけど今までと違い、なにかラブコメの波動を感じる気がするぞ!

 もしや今月はフォルティナちゃんとの親密度を上げる、イベント強化月間だったのではないだろうか?

 そんな誤解をしてしまいそうだけど、俺は冷静になった。

 浮かれて失敗するワケにはいかない……ここはイベント回収しつつも、しっかり護衛の役割は果たすぞ!

やったか!?(やってない)

おれは しょうきに もどった!(戻ってない)


俺は冷静になった(なってない)

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― 新着の感想 ―
[良い点] フラグのネタですねw 百合百合の感じが有ります、素敵ですw
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