季節限定バージョンとかいいっすね
「むむっ……」
「どうかいたしましたか? クロシュさん」
「お、お姉さま! どこか具合が悪いのですか!?」
「少し休む?」
心配そうにアミスちゃん、ソフィーちゃん、ミルフィちゃんが優しい声をかけてくれる。その後ろではヴァイスが無言でレイピアに手をかけているけど、敵襲じゃないから落ち着いて欲しい。
「いえ、大丈夫ですよ。少し妙な予感がしたと言いますか……きっと誰かが私の噂をしていたのでしょう」
「お姉さまの噂でしたら、それは褒め称える噂に違いありませんわ!」
「この生産所はクロシュさんをご存じの方々ばかりのようですし、先ほどから視線も感じるので、それではないでしょうか?」
いつも前向きで全力なソフィーちゃんはともかく、アミスちゃんの言う通り、たぶん周囲の視線に過剰反応してしまったのだろう。
こうしている今も、ちらちらと窺うような視線を感じるし。
「すみません聖女様。従業員には事前に伝えておいたのですが、やはり気になってしまうようでして」
「誰でもクロシュさんを初めて目にすれば、こうなるのは仕方ないでしょう」
見兼ねたように謝罪したのはスイレン商会のトップであるマオと、そのパートナ-の片眼鏡ことグラスだ。
「構いませんよ。それに、見学の予定を入れたのも少し急でしたからね」
「いえ、いつでもと言い出したのはこちらですから」
「そうですよクロシュさん、来て欲しいと頼んだのも私たちです」
そう、ここはスイレン商会が所有するカードの印刷所……いわば工場だ。
以前から視察に訪れて欲しいと頼まれていたので、ちょうど遊びに来ていたソフィーちゃんも誘い、せっかくだからとアミスちゃんとミルフィちゃん、ついでにペンコも連れて一緒に来たのである。
そこにヴァイスが同行するのは、まあいつも通りだけど、珍しいことに今回はミリアちゃんの姿がない。
いや、もちろんミリアちゃんも誘ったんだけど、最近はレギンレイヴを乗りこなすための改善策を考えるのに掛かりっ切りで、集中したいようだったからそっとしておいてあげたのだ。
なにか手掛かりを見つけたのか、悩んでいる様子はなかったので、ミリアちゃんがレギンレイヴを颯爽と駆る日も遠くないだろう。
「ところで聖女様、この生産所を見てどう思われましたか?」
「どうと言われましても……思ったよりも小さい、とかですかね?」
カード印刷所は俺のイメージしていた工場よりも、ずっと規模が小さい。
というのもカードを印刷できる機材が、たった一台しか置いてないからだ。
フル稼働しているから常にカードが流れてきて、それをチェックしたり区分けしたり梱包したりで従業員の仕事はそれなりに忙しいが、現在の販売量からすると供給が間に合わなさそうな予感がする。
「仰る通りです。今はどうにか間に合わせている状況ですが、このペースですと第三弾を販売する頃には遅れが出そうです。第一弾の復刻販売もして欲しいとの声も出ていますからね」
どうやら第二弾を出してからは、第一弾の販売は売り切ったところで販売をストップしていたようで、現状では手に入らないらしい。
手に入らない物ほど、欲しがるのが人間の性だ。限定品と言われたらつい買ってしまうように。
「そこで新しい製造ラインを確保しようと考えているのですが……」
「なるほど。刻印珠ですね?」
たしかカードを印刷するために必要な機材で、冒険者ギルドから譲って貰った刻印珠は唯一とても扱いが難しく、そして貴重な物だ。
身分証の発行にも使われているから偽造されないように、しっかり管理できると判断された者でなければ所有できないのである。
もちろん聖女パワーなら問題ないので、俺が許可を出せばいいワケだ。
ただし、もしもマオが悪用しようと考えていたら俺の責任問題になってしまうから慎重に判断しなければならない……なんて今さらだな。
「最近は窃盗事件もあったりと物騒なので、防犯には力を入れてください」
「当然です。あの一件から警備にはさらに力を入れていますからね」
あの一件とは、どっかの商会から圧力という名のイチャモンを付けられた時のことだろう。
「もっとも、あれ以来どこの商会からも口出しされなくなったどころか、急にカードを扱わせて欲しいという商談があちこちから寄せられましたからね。聖女様の宣伝効果とでも言うべきでしょうか。やはり皇帝国おいて、その名は大きいのだと改めて思い知りましたよ」
まあ簡単に言ってしまえば、後ろ盾に皇帝とエルドハート家が付いたワケだから当然とも考えられるな。どちらも相手にしたくないし、ならば味方をしたほうがいいに決まっている。
「そういえば、あの商会長は未だに逃げているんでしたか?」
「ドルゴー前商会長ですね。皇帝国内では指名手配中ですし、国外へは身分証がなければ出られないので時間の問題だと思いますが、自暴自棄になって逆恨みで襲われても困りますから、こちらも警戒だけはしています」
「商会からはなにも言われてないのですか?」
「あの商会は監視対象ですからね。今は大人しくするしかないのでしょう」
ノブナーガも言っていたが、あの商会が潰れずに残るよう手配していたのは、逃亡中の自身を支援させるための可能性もある。
だからこっそり連絡を取っていて、マオの言うように逆恨みから変な嫌がらせでも指示されていないか心配だったんだけど杞憂だったのか、それとも嵐の前の静けさいうやつか。
「では印刷所の規模を大きくするのは構いませんが、それで従業員に無理な労働を強いたりはしないでください」
ブラック企業ダメ絶対。
「ええ、もちろんですよ。五日間の勤務と二日間の休養は勇者アールヴァイトが定めた大原則ですからね」
「勇者アル……なんですか、それは?」
「ご存じありませんでしたか? かつて召喚された勇者のひとりで、勤務条件の大原則として労働者が得られる権利の基礎を築いた方ですよ」
「そうですか……勇者アルバイトが」
きっと召喚される前はブラックなモンスターと戦っていたに違いない。
見知らぬ勇者の奮闘と思想に敬意を表し、俺はカード生産工場を絶対ブラック企業にしないと固く誓う。
そんな感じでマオとグラスとの話を終えて、俺は出来上がったばかりのカードが流れて来るのを見ている三人と一本のところへ向かった。
「見ているだけで楽しいですか?」
「珍しい光景ですので、勉強になります」
「お姉さまもこちらへどうぞ!」
「こうして量産されているのを見ると、ちょっと感慨深い」
「そうっすねー。近いのは苦労して描いた原稿が製本されているところを見ている感じっすね」
「そうですか」
ペンコのわかるような、わからないような例えを想像していると、ミルフィちゃんが眠そうな目をこちらへ向けて来る。
「クロシュさん、次のカードについて相談いい?」
「そろそろ第三弾の方向性をまとめないとでしたね」
一応アイデアはあるけど、こういうのは俺ひとりで決めずに、みんなの意見を聞いてから決定したい。
「ところで前に渡したリストはどうしますか?」
「それってカードにしてくれっていう貴族のリストっすよね? あれ実際に会わないとイラストとして描けないっすよ?」
「全員を希望通りに採用する必要はありませんよ。ただ相手は貴族ですからね。自分がカードになれば周囲に自慢もしますし、今後も応援してくれるでしょう」
要するに広告塔やスポンサーの役割が期待できるワケだ。
もちろん下位貴族では意味がないので、あくまで上位貴族の有名人である必要はあるけど……。
「考えれば考えるほどノブナーガは適任なんですよね」
本人が希望して乗り気である以上に、地位も資産も十分すぎるほどで、おまけにカードにするに相応しい【竜体化】のスキルを持っている。
「ひとまずノブナーガとネイリィの二人のカード化は決定してもいいのでは?」
「ん、クロシュさんがそういうなら、そうする」
「前に見たこともあるから描くのも簡単っすよ!」
「あとは……他になにか良い案はありますか? もしなければ私から提案がありますけど、ミルフィはどうでしょうか?」
「ない」
「そ、そうですか……」
ばっさり否定されてしまった。
考えていなかったのではなく、考えても案が出なかったのだろう。知り合いに有名人や英雄と呼べる人物がいるほうが稀だ。
その点で言えばミルフィちゃんたち自身が世間では有名人で英雄なのだが、すでにカード化しているので残念ながら意味がない。
「それでクロシュさんの提案って、どこの誰なんすか?」
これから描くかも知れない人物だからか、興味深そうにペンコが尋ねてくる。
せっかくだから、みんなからも意見を取り入れたかったんだけど……と、見回せば誰もがわくわくとした顔と、期待に満ちた目で見つめているではないか。
これはもう、ほぼ確定な予感がした。
「ええ、まずミリアの友人であるフォルティナから、自分もカードにして欲しいと前に頼まれましてね」
「でも、リストには書かれてない」
「ミルフィに渡したリストは、あくまで貴族の希望ですから。もし他に素晴らしい案があればそちらを優先しますが……」
改めて確認してみたが、やはり誰もないようだ。
「なければフォルティナ皇女をメインとして、帝国の貴族をテーマにするのはどうでしょう?」
第一弾は図らずもミラちゃんやミリアちゃんたちといった、かつての聖女と、現代の聖女というコンセプトになった。
第二弾は冒険者の最上位、ドラゴン級二人という英雄たちが目玉である。
そして第三弾は、帝国の皇女と貴族たちがピックアップされるワケだ。
「私はいいと思う」
「自分もいいっすよ!」
「お姉さまの言うことなら賛成ですわ!」
「貴族が相手となると問題事も多そうですが、可能なら楽しそうですね」
予想通り、概ね賛成となった。
ただアミスちゃんが懸念したように身内ではない貴族となると、どんなワガママ案件となるかわかったものじゃない。
なので俺は最初から決めていた。
「フォルティナのカードデザインはクレハと同じような指定が入りますが、他はいつも通り自由に作れるようにします。もし貴族からクレームが入ったら、その貴族は二度とカードにしません」
「おおぅ、権力に屈しないスタイルっすね!」
聖女という最高権力のひとつを持つ俺が言っても説得力が皆無だな。
しかし変な横槍を入れられても面倒なので、聖女パワーを使える場面ではじゃんじゃん使うぞ。
「じゃあ、リストから何人か選ぶ」
「わたくしも手伝いますわよミルフィ!」
「二人とも、名前だけで顔と一致させられるのですか? そのリストの範囲であれば私は覚えていますから協力しますよ」
わいわいと三人でリストを覗き込むが、あまり騒ぎすぎると迷惑になる。
「みなさん、細かいことは後にしましょうか」
俺の言葉に察してくれたようで、どこにいるのかを思い出した三人は、恥ずかしそうにしながら印刷所を後にする。
まあマオも従業員のみんなも、微笑ましい感じで見ていたから、そこまで問題はなかっただろうけどね。
その後、フォルティナちゃんとミリアちゃんのカードを対のデザインにすると知ったソフィーちゃんが『わたくしもお姉さまと対にしたかったですわー!』と嘆くように溜息をついていた。
もちろん、すでにカード化しているのは本人も理解している。
だから本気ではなかったのだろうが、そこでペンコがぽろっと『季節限定バージョンとかいいっすね』などと零してしまった。
同じ人物でも、衣装デザインと性能が異なる別バージョンとして出すアイデアに食い付いたソフィーちゃんは元より、ミルフィちゃんも興味を示し、アミスちゃんもヴァイスをちらちら見ながら詳細を耳にして……。
季節限定カードが販売される日も、そう遠くないだろう。




