随分な挨拶ではないか風小僧
「ではこれより会議を始めたいと思います」
インテリジェンス・アイテムたちが集う庭園。
そこに用意された、管理者と称される者たちが利用できる秘密の小部屋で、金髪美少年のルーゲインが宣言した。
この場に呼ばれたのは鎧姿のゲンブに、紅髪和装少女のクレハと……そしてもうひとり緑髪の青年がいる。
「なぁ、なんでオレは呼ばれたんだ?」
「それはもちろん、貴方にも関係があるからですよジンさん」
「あーだから、それがなんだって聞いてんだよ」
気怠い様子で席に座る【嵐帝】ことジン。口調こそ粗野で荒っぽいが、機嫌が悪いのではなく素だ。
ただちょっと理由も説明されず呼ばれて来てみれば、いきなり会議だと面倒そうなことを言われたので、やる気が微塵もないのである。
「ではクレハさんもまだ事情を知らないので、併せて説明しましょう。実は近くクロシュさんが勇王国へ向かうことになりました」
「……クロシュってのは、あのクロシュだよな?」
「僕は二人もクロシュという方を知りませんね」
その名前を耳にした途端、ジンは興味を持ったかのように反応した。
少なくとも聞く姿勢はできたようだ。
一方クレハは興味なさそうに黙っている。一応それでも聞いているのは、クロシュがヴァイスと深く関係しているからだろう。僅かな情報も逃さず仕入れる所存なのである。
「先に経緯についてお話しますと、クロシュさんを聖女として認定している皇帝国からの依頼を受けて、フォルティナ皇女に同行するとのことです。表向きは聖女の立場ですが、実態は護衛ですね。勇王国には色々と黒い噂もありますから」
王家六勇者の怪しい動きの他、隣接する覇王国の暗躍や、遺跡を荒らす盗掘団の活発化など、治安の悪化に拍車がかかりそうなイベントが目白押しだ。
そんなところへ行くのだから、例えクロシュが幼女のためなら火の中、水の中、草の中、森の中、土の中の幼女マスターを目指してなくとも心配するだろう。目指しているからもっと心配するべきだ。
「もちろん僕とゲンブ、それとヴァイスさんは有事に備えるつもりです。具体的にはいつでも駆け付けられるように準備をします」
「ねえちょっと……それってヴァイスも動くってことよね?」
「ええ、その通りですよクレハさん」
「そ、そう、だったらアタシも一緒に行ってあげるから声をかけてよね」
「すでにそのつもりで用意してありますので安心してください」
ヴァイスが絡めば必ずクレハも加わると想定していたので抜かりはないルーゲインである。
「で? 結局のところオレはなんのために呼ばれたんだ?」
「いざという時、我々が勇王国まで素早く移動できる手段が欲しかったのです」
「んなの自分で飛べばいいだろ?」
「すまないが、俺は長距離は飛べないんだ」
「あ? そうだったのか?」
申し訳なさそうにゲンブは言うが、それだけが理由ではなかった。
「たしかに僕やクレハさん、ヴァイスさんも飛行スキルは持っていますけど、さすがに遠いと消耗が激しくなるんです。駆け付けても全員が戦えないというのは避けたいので」
「だからオレに運ばせようってわけか……」
ジンの持つスキルは風を操り、空を自由に駆けるのに長けている。
もちろん他者をまとめて浮かべて、集団での遠距離飛行も容易い……というより普段から運び屋として稼いでいる慣れた手段だ。
「別にいいけどよ。しっかり料金は払って貰うぜ? 皇帝国から勇王国までっつーと、かなり距離あるからな。特急プランも乗っけると割増価格で……」
「そういえば」
遮るようにルーゲインはジンの声に被せる。
「ジンさんは、クロシュさんに負い目があるとお聞きしましたよ」
「だ、誰からそれを……」
「今回の件はクロシュさんへの罪滅ぼし、というと大げさですが、多少なりとも埋め合わせになるかと思いますが」
「あーわかったわかった! 今回は特別に無料でやってやる!」
「ええ、それはクロシュさんも喜ばれるでしょうね」
にこりと無邪気な笑みを浮かべるルーゲイン。彼は初めから、ジンが村襲撃に関わっていたとクロシュから聞いていたのだ。
その一件で糾弾も報復もするつもりはないとなれば、ジンは償いの機会を欲しがっているだろうと予測したわけである。
決して、これは利用するしかない! ……という裏はない。
「では連絡役として僕がクロシュさんからの連絡を中継するので……」
「おや、今日はまた珍しく騒がしいな」
運搬役を確保できたところで会議を進めるルーゲインだったが、唐突に乱入する者が現れた。
冷たくも以前より親しみを感じられる声に、誰もが驚きと共に振り向く。そこにいたのは狼の氷像に腰かける【幻狼】アルメシアだ。
「これだけ揃うのは、いつぞやの集まり以来か」
「貴女は……」
「ゲェ、なんで姐さんがここに!?」
それぞれ反応は異なるが、ジンのそれは顕著だ。
「随分な挨拶ではないか風小僧」
「な、なんだよ風小僧って」
「フフフッ、少し前にな」
「なぁ、なんかあの人、前より雰囲気というか性格が丸くなってないか?」
「クロシュさんの話にも出ましたし、心境の変化があったのでしょう」
まるで姉と弟のようなアルメシアとジン。
こそこそ仲が良さげに話すルーゲインとゲンブ。
そしてクレハは……相手がいないので、とりあえず寝たふりをするのだった。
「あの、【幻狼】さんは、どうして急に?」
「どうしてもなにも、呼んだのはお主だろうに」
実のところルーゲインは、初めからアルメシアにも声をかけていた。
だが普段から協調性に欠ける彼女が来ないのはいつも通りとして、まったく気にしてなかったのだ。
そこへ突然の来訪である。不思議に思うのは当然だった。
「いえ、いつも興味がなさそうでしたから」
「まあそうだろうな。事実クロシュに話があっただけだ」
「なるほど」
むしろ納得してしまうルーゲインである。
「ですが、今日はクロシュさんは参加していませんよ」
「そのようだな。しかし興味深い話だ。せっかくだから飛び入りさせて貰おう」
「構いませんが……では初めから説明し直しましょう」
「頼む」
そうしてクロシュの勇王国行きと、いざという時に救援へ向かう段取りで、そのために協力を求む会議だと教えるルーゲイン。
ちなみにルーゲインの独断であるため、当然ながらクロシュは知らない。もしかしたら無駄になるかもだが、過去の経験からその可能性は低いと判断していた。
「ふむ、となると……あの娘の依頼も」
「依頼ですか?」
「おっと、私としたことが守秘義務に違反してしまうな」
「では深くは聞かないでおきましょう」
と言いつつもルーゲインには、誰からの依頼なのか見当が付いていた。
恐らくクロシュ関連で娘とあれば、該当者など極限られている。そしてそれは悪い結果とはならないだろうとも。
「まあ大したものではないのだが、本人からの要望でな。特にクロシュには知られたくないそうだ」
この場に集まった者たちのほとんどはアルメシアの生業を把握していない。
ジンだけは知っているが、依頼者が誰であるか、どのような依頼なのかなどは元より秘密主義のアルメシアは漏らさないのだ。
故に依頼者がミーヤリアであり、依頼したのがパイロットスーツで、そのデザインはアルメシアの手に委ねられたとは誰にも知られないままとなるのだった。
お披露目の時は、そう遠くない。




